悪鬼首無輪舞曲…の場合
「「「「とりっかーとりー!!」」」」
「…あ?」
突然の大声に課題をしていた集中力ぶち切れ、聞きなれん言葉に思わず無愛想な反応をして客人を睨みつけてしまった。
悪かったとは思っているから一気に残念そうな顔をするのは頼むからやめてくれ。さすがの私も心苦しい。
「何だって?鳥?」
「中在家先輩から聞いたのですが、今日は海の向こうの盆の日らしいです!」
「盆?」
「はろうぃんという日らしいです!」
「……そうなのか。……なんだ、じゃぁ、鬼灯でも飾ればいいのか?」
胡坐をかき本を読んでいたところに来た委員会の後輩たちは一変して楽しそうな表情で私の部屋に入ってきた。盆と言えば鬼灯を飾るが、海の向こうでもそうなのだろうかと聞いてみるといえいえと手を振りながら勘右衛門が私の側に座った。
「俺たちなりにそれがなんなのか調べてみたのです。今日の夜、南蛮では死者の霊が家族を訪ねてくると信じられていたらしいのですが、時期を同じくして出てくる有害な精霊や魔女から身を守るために仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていたのだそうです」
「ほぅ」
「って、うぃきぺであ先生が言ってました」
「誰だ」
「南瓜をくりぬいてお化けをかたどり幽霊を追い払ったりするみたいです。あ、先ほどの言葉は「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ」という意味らしく、お菓子をくれなかったら復讐にイタズラをしてもいいという意味らしくて」
「なんとも短気な理由だな」
「なんでお菓子かは解りませんけど」
長次のヤツめ、イベントごとが好きなこいつらに余計な知識を与えおって。被害を受けるのはこの私だ。少しは考えて言葉を出してもらいたいものである。
とはいったものの、こいつらの期待しているような目には答えてやらねば委員長としての名が廃る。菓子か。さて、くれてやれるようなものはあっただろうか。
本を閉じ立ち上がり、近くの襖を開けてはみたが、先の委員会で出した饅頭で私の手持ちは全て底をついていたようで、菓子を置いていた皿は綺麗に空になっていた。
「すまん、俺の手持ちは今なにもない。勘弁してくれ」
菓子をくれなければイタズラをすると張り切って唱えていたくせに、四人は私に菓子がないとなるとしょんぼりとしっぽを垂らした犬のように元気がなくなってしまった。菓子ならまた明日買ってきてやると言ってもずずんと落ち込み暗いオーラを出すばかり。あぁそうか"今日"やらねば意味がないのか。
「……解った解った。じゃぁ…なんだ、その……一寸ここで待っていろ」
本を机に放り投げ、刀を腰に刺した私を見て、四人は頭の上に疑問符を出したような顔をした。部屋の扉を閉め、向かった先は図書室。
スパンッと勢いよく扉を開けると、付近に座っていた後輩たちは肩をビクッと揺らして入ってきた私を見た。どすどすという私の足音に気付いたのか、貸出カウンターに座っていた長次も目を覚ました。
「長次、貴様よくもイベント好きの俺の後輩にいらん知識を与えたな。おかげで勉強の時間が潰れたではないか」
「……ハロウィンか…」
「そうだ。恨むぞ」
「もそ…」
「本を出せ。その行事について書かれている本だ」
長次はのそりと立ち上がり本棚へ向かって歩き出した。確かこの辺…ともそもそ呟きながら出した一冊の本は、見慣れない本だった。新刊なのかと問いかけるとこくりと頷く。なるほど、これを見てあいつらは騒いでいたのか。
ぺらりとめくるとハロウィンという文字。南瓜が面妖な形の顔に斬られ内側から蝋燭で照らされていてなんとも不気味なカカシが出来上がっている。こんなもん飾り付けたところで霊が失せるとでもいうのか。くだらん。長次の笑顔の方が余程不気味だろうに。
「責任を取って、お前が菓子を作れ。あいつらのためにボーロを焼け」
「…委員会がある……」
「さすがの長次も、イタズラされたくはないだろう?」
本の両端を持ち引き裂くように両側に開いた。もう少し力を込めればこの本は真っ二つに裂けること間違いなしだ。ピッ、とページに小さく傷が入ると、長次は顔を真っ青にしてふへへと笑って急ぎ図書室を飛び出した。雷蔵が「何かあったんですか…」と怯えながら聞いてくるが、笑顔でそれを流し、私は本の貸し出しを願い図書室を出た。己の委員会の委員長を脅していただなんて話聞きたくはないだろう。
次に向かうは用具倉庫だ。
「おい留三郎。壊れたカカシなどは置いてないか?」
「カカシだぁ?んなもんあるわけねぇだろう。何に使うんだ?」
用具の下級生たちに挨拶され、小さく手を振りながらも留三郎を見た。何かを作っている最中なのか釘を口に銜えトンカチを持つ手を止めた。赫々云々でと伝えるとふんふんと頷きながらも、そういうことならと腰を上げた。
しんべヱに近くにある端材であろう樹を持ってくるように指示すると、少し遠くからかなりの量の樹を運んできた。中でも比較的使えそうな樹やら木材を組み合わせ私も微力ながら手伝いつつ、あちこちを釘で打ち付けると、アッという間にかかしの身体の様な物が出来上がった。
「これでどうだ」
「素晴らしい腕だな。恩に着る」
「おう。で?何に使うんだ?」
「後で教えてやろう。すまん、今は急いでいるんでこれでな」
そしてわたしは生物委員会の処へ行き、竹谷から小屋にある藁を分けてもらい本を参考に樹に藁を巻きつけた。それを持ち食堂へ行き、食堂のおばちゃんから南瓜を一つ頂けないかと交渉したところ、腐っているのが一つあったからそれでよければと中々の大きさの南瓜を手に入れた。
真上に南瓜を投げ刀を抜き、本のらんたんとやらの絵を参考に南瓜に目と鼻と、口を斬りこんだ。丁度その時長次の姿が目に入った。
まだ最中か、長次は割烹着を身にまといボーロを作る作業に没頭していた。解っていると思うが本気で恨んでいるわけではないと言うと、長次も理解していてくれたようで私にボールを一つ差し出した。手伝えってか。
しばらくしてボーロも焼き上がったらしく、それも受け取りつつ、そういえばと少し存在を忘れていたが先ほど切り刻んだ南瓜をカカシの頭部に突き刺した。奥を見るともう一つ中々の大きさのボーロがもう一つ出来ていた。恐らく図書委員会でもハロウィンをやるのだろう。長次の優しさに思わず笑みがこぼれた。これは私の部屋の近くに飾っておくから後で一緒にハロウィンをしようと言うと、長次は大きく頷いた。
ボーロを片手にカカシを片腕に抱え、長屋へ戻った。何分両手がふさがっているので致し方なく行儀は悪いが足で扉を横に取り飛ばすように開ける。
私が手に持っているハロウィンには欠かせぬ物。そして、焼きたて作りたての良い香りがするボーロ。
これを見て、四人は一気に顔色を輝かせた。
「さぁもう一度問いかけるがいい。学級委員長委員会委員長として、全力でお前たちの期待に応えよう」
とりっかーとりー!
「庄左ヱ門、彦四郎、茶を入れてくれ」
「はーい!」
「これは夜になったら蝋燭を入れような」
「怖ェー!凄ェー!」