「小夜先輩!」
「やぁ孫兵!お迎え?」
「はい!一緒に帰りましょう!」
「よし来た!今片づけるから待ってね」

生物委員会の仕事が終わり、ケータイを覗き込むと時間はもう部活終了時刻を示していた。今なら小夜先輩と一緒に下校できるかもしれない。足取り軽く弓道部の道場へ向かうと、其処にはタオルを首にかける小夜先輩のお姿が。横から声をかけると、小夜先輩も嬉しそうに手を振ってくれた。

ジュンコも、小夜先輩にお逢い出来たのが嬉しかったのか小夜先輩のお姿が目に入ると、小夜先輩を確認するように首を上げた。

「小夜先輩、今日僕の家に来ませんか?」
「うん、私も丁度ね、孫兵とお話したいことが合ったの」

「?解りました。じゃぁ、駐輪場で待ってますね」


まだ胴着だということは着替えるのに少々時間がかかるだろう。此処で待ってたら弓道部の邪魔になってしまう。やぁと出てきた藤内と左門に手を振り、僕は駐輪場へ向かった。

運動部の人たちが大きなカバンを持って駐輪場へ来ては出ていく。僕はそれを、自分の自転車に跨りながら小夜先輩の自転車の横で待っていた。


「伊賀崎、」

「……」


聞えた声は、全く求めていなかったもの。


「何のご用ですか潮江先輩」

「…お前その態度どうにかなんねぇのかこれでも」
「先輩面するのはよしてください。人殺しが、よく平然とそんな顔して僕の前に来れますね」
「っ…」

ジュンコも警戒するようにシュゥと鳴いた。

「……お前に話が合ったんだが、聞く気はねぇんだな」
「貴方と話をするほど、僕暇じゃないんです」


高等部の先輩に暴言を吐いただなんて知られたら、小夜先輩にどんな目されるか。だけど小夜先輩だって、潮江先輩たちの事を嫌っているはずだ。僕がこの人に何を言おうと、きっと小夜先輩からのお怒りなど、ないに決まってる。
潮江先輩は諦めたかのように、近くに止まっていた自転車に跨って、僕の側から離れて行った。


「お待たせ孫兵!ジュンコもお待たせ」

綺麗な指でジュンコの顎を撫でると、ジュンコも嬉しそうにその指に触れた。

行きましょうかと自転車をこぎ、僕と小夜先輩は僕の家に向かった。僕の家と言っても、ほとんど両親の帰って来ない家だけど。ほとんど一人暮らし。だけどジュンコもいる。キミコも三四郎も大山兄弟だっている。皆にはやく、小夜先輩と再会させてあげたかった。赤になる信号が恨めしいほど。


此処ですと自転車を停め、僕は小夜先輩を家に招き入れた。鍵をあけている途中で、小夜先輩の首にジュンコが移動した。クラスの女子はジュンコを見ただけで怖がっていたのに、さすが小夜先輩。ビクともしないどころか喜んでいらっしゃるだなんて。

「誰もいないのでゆっくりしていってください」
「なにそれ凄いエロいフラグ立ってない?」
「僕が信用できませんか?」
「信用はしてるけど私まだ犯罪者になりたくないって事だけは覚えておいて!」

思わずぶっと笑ってしまう。学校にいるときは、小夜先輩と僕はクラスも学年も校舎も違う。どうしても二人きりでいる時間は短くて、寂しい。放課後にデートできるといっても、小夜先輩はバイトだったり、部活だったり。僕も委員会があったりで、時間があう時は中々少ない。昔と違って歳の差があると、こうも不便になってしまうだなんて。昔は自由な時間なんて、いっぱいあったはずなのになぁ。

「まごへ、この部屋孫兵の部屋?」
「そうですよ。紅茶でいいですか?」
「うんありが……アァァアーーッッ!!三四郎!大山兄弟!!久しぶり!うわあぁあキミコもいる!マリーちゃんもいる!なんて久しぶりなの皆私の事覚えてるーー!?!?!?」

リビングにいる僕をよそに、小夜先輩は僕の部屋に飛び込んで雄叫びを上げた。そう、彼ら、彼女たちを、早く小夜先輩にお逢いさせたかった。だって、みんなもきっと小夜先輩を覚えているはずだと思ったから。お茶を入れるのはちょっと待って、僕はこっそり部屋の中を覗いた。水槽やら虫かごやらの前で興奮するように彼らの名前を呼ぶ小夜先輩に反応するように、キミコたちは小夜先輩に少しでも近寄ろうと前に出てはガラスにくっついていた。あとで出してあげよう。



「で、小夜先輩、お話ってなんですか?」

「あぁ、うん」



一度キッチンに戻り、紅茶をカップに注いだ。小夜先輩は学校で、僕に話があると言った。何の話なのかは見当もつかなかったが、まぁ家につけば解ることだろうと、あの時は掘り下げはしなかった。












「この間ね、伊作たちと話をしたの」











ドクンと、心臓がはねあがった。



心臓がやかましくなったのは、善法寺先輩と話をされたということ、だけじゃない。


今小夜先輩は、善法寺先輩を名で呼んだ。

今まで、立花先輩も、潮江先輩の事も、苗字で呼ばれていたのに。


まるで、あの時のように。






「そう、ですか」

「うん。3日ぐらい前かな。……聞いたよ、その、…この世界にいた天女様の話」





いよいよ、僕はもう、正気ではいられなくなってきている。

伊作先輩が小夜先輩に、天女の話をしたっていうのか?

今更なんでそんなことをした!?どうして小夜先輩に、そんな余計な入れ知恵をしたんだ!?




「そうですか、」

「……なんていうか、その、」

「……」

「…あ、別に、あいつらの事を許したわけじゃないよ!本当に、今でもあいつらの事は許せないと思ってるし、憎むべき相手だと思ってるよもちろんじゃん!だけどね、その、」






小夜先輩の口が、にごりはじめる。



駄目だ


駄目



小夜先輩が


小夜先輩が、


また、



遠くへ、
























「私にも、悪い所はあったのかもしれないって、」























ガシャン!!!

と、大きく鳴ったのはおそらく、



僕が、マグカップを、投げたから。







「ま、孫兵!?どうし」



「そうやって、貴女はまた!!僕の側から離れて行こうとするんですか!?」



「孫兵!?」







なんてことだ!この先輩は、僕の言葉を信じてくださっていたと思っていたのに!

それなのに!小夜先輩は善法寺先輩の言葉を鵜呑みにした!

恨んでいるとおっしゃったのに!!

許せないとおっしゃっていたのに!!



自分にも非があった!?

そんなわけないだろう!!


僕を信じず、あの先輩方を信じるというのか!?

自分を殺した先輩方を受け入れるつもりか!?




こんなバカな話があってたまるか!!






「孫兵!落ち着いて!」
「貴女までそんなバカみたいなこと言いはじめるんですか!?どうして!!ついさっきまで、小夜先輩はあの人たちを憎んでいるといったではありませんか!!」

「孫兵聞いて!!」
「僕が、僕がどれだけ貴方の事を想っていた思うんですか!?僕がどれだけ貴女を愛してどれだけ貴女を守ってきたと思うんですか!!」

「孫兵!」







「貴女は今、僕を裏切ろうとしているのでしょう!?違いますか!?」







部屋に飛び込むようにはいると、怯えるようにしている小夜先輩のお姿。僕の大声に驚いたのか、キミコたちも寝床へと姿を隠してしまった。




「孫兵…!」

「どれだけ貴女方は身勝手な人間なんですか!!貴女にも非があった!?何処に非があるというのです!?」


「ま、ごへ」

「こんな酷い話があっていいわけないでしょう…!僕は、小夜先輩を想ってこそその話を隠していたんです!!えぇもちろん知っていましたよ!!天女という存在がこの現代にいたことも!恐らく昔へいったんだろうということも予想できていました!!導き出せましたよ!何故天女が上級生ばかりに懐いていたのかという理由も!何故僕らには目もくれなかったのかということも!!だから、それがなんだっていうんです!それは小夜先輩に非があったという理由になるわけないでしょう!!」


「まご、」

「貴女の何処に非があったというんです!!貴女は僕らのために一生懸命動いて僕らのために指示を出してくれた!貴女を慕わない生徒なんていなかったはずです!それなのになんですか!?自分にも非があった!?天女があの暴挙を働いていたことに対して、小夜先輩の何処に非があったというんです!!」

「ま、」



「こんな侮辱された気分は初めてですよ小夜先輩…!僕は、小夜先輩を愛してこそ、あの女を殺したんですよ…!?貴女がいない世界に未練はないと思って、だから小夜先輩の後を追って、死んだんですよ……!それなのに…!それなのに、貴女が導き出した答えはこれなんですか!?」




キミコ達を見ていた小夜先輩は床に座ったらしく、小夜先輩に馬乗りになるのはたやすいことだった。両手をつかみ床に叩きつけるように押し倒せば、小夜先輩は痛みに眉をしかめた。


両手はふさがっているから、涙がぼろぼろ流れてしまう。止められない。

だけど涙が止まらないのは、小夜先輩のせい。小夜先輩が、変な事を言うから。


小夜先輩が、僕からまた離れようとするから。



「小夜先輩はいつだってそうです…!やっと手に入ったと思っていたのに、それからも同学年だからという理由であの先輩方と仲良くしていらっしゃった…!僕だけを見ていてくれなかった!貴女はいつだって僕の心を掻き回していた!」
「ち、違うわ孫兵!」

「何が違うとおっしゃるのです!実際そうでしょう!今世でもこうして逢えたというのに!貴女はまた、同学年という理由だけであの先輩方を受け入れようとしている!あの人たちは、貴女を殺した張本人たちですよ!?どうすればそんな人間を許すことが出来るんですか!?」
「許そうなんて思ってない!私はただ!」

「貴女は何も解ってない!!僕は小夜先輩ががあの先輩方の名前を呼ぶだけで腹が立つというのに!貴女は平気であの人たちの手を取ろうとする!!」
「違、」

「今まで僕は何のために貴女を想い行動して来たと思っているのですか!?今世こそは、僕だけを見てほしくて!僕以外は何も見なくていいからと思っていた!貴女が再び手に入り僕以外を見なければ他などどうでもいいと思っていたぐらいでしたよ!貴女はそれに、答えてくれないんですか!?」
「ま、」



「僕には小夜先輩しかいないんです…!小夜先輩は、僕がいなくても、平気だとでもいうおつもりなのですか……!!」



可笑しい!頭がどうかしている!どうして小夜先輩はあの先輩方について行こうとするんだ!僕は!?じゃぁ此処まで貴女を想い行動していた僕は一体どうなるんです!?僕の頑張りを認めてくださらないというのですか!?貴女のために体を遠くへ運び埋めたというのに!貴女のためにあの女を殺したというのに!貴女のために僕はあの身を捨てたというのに!生まれ変わって記憶が戻って、小夜先輩を探し続けましたよ!逢いたかったから!貴女に逢いたかったから!よくそこまでやってくれたって褒めてほしかったから!自分勝手だ!!この上なく自分勝手だ!!僕の気持ちなんて知りもしないで!あなたはまたあの人たちのところへ行ってしまうというのか!!

今度こそ!僕だけを見ていてほしかったから!!滑稽だ。酷く滑稽だ。僕はこの人に裏切られた。ずっと小夜先輩の事だけを想い続けて来たのに。小夜先輩は。小夜先輩は違うというあの先輩たちを受け入れ、僕を心から受け入れようとしてくれない。嗚呼そうか、『恋人』なんて一種のカモフラージュってやつだったのかそうか小夜先輩は僕の事を愛してくださったと思っていたのに今世でも僕の事を愛してくださったと思っていたのに小夜先輩は違うのか善法寺先輩を立花先輩を潮江先輩を食満先輩と中在家先輩を七松先輩を尾浜先輩を久々知先輩を鉢屋先輩を竹谷先輩を綾部先輩を滝夜叉丸先輩を田村先輩をタカ丸さんを受け入れようとしているおかしいこんなおかしい話があってたまるか僕はそんなの望んでいないのに小夜先輩はそれを望んでいるだなんてこんなのあまりにも酷すぎるじゃないか僕が一体何をしたというのですか僕はただ一人の人を愛して一人の人だけを想ってただ生きていただけなのにこんなにひどい裏切りがあるだなんて一体いつ予想できただろうか小夜先輩は本当に罪作りな女性ですねジュンコ達とは大違いだ僕の心を掴んでおいて小夜先輩御自身の心は僕の事を全く理解しないで

ふわりと

何処かへ


飛んで



行って




しまう







これでは












まるで






















「あなたが、てんにょさまみたいではありませんか」
















「…まご、へい……?」




あの女だっていつもそうだった。

先輩方の心を掴んでは、また別の先輩の処へ行ってしまう。

ふわりふわりと別の男からべつのおとこへ。

てんにょというよりあれはまるで毒蛾のようだったなぁ。




みていてはらだたしい光景だった。

じっとしていればいいものを。




小夜せんぱいもおなじように

僕から別のひとのところへふわりととんで




毒蛾は

まわりのはなを毒塗れにして

いっしょうけんめいさいているはなを殺す






そして、



最期は、




結局、













「…小夜先輩、愛してますよ」

「まご、」


「僕は貴女を、どんなお姿になっても愛していると誓います」

「孫兵…!」



「僕が、小夜先輩事を嫌いになるわけないじゃないですか」









そうだ最初からこうすればよかったんだ。

簡単な事じゃないか。



逃げる虫は虫かごへ。



それからさらに逃げるなら、

より頑丈な檻へ。








それでもなだめなら、










































美しい蝶に針を刺し、標本にするのと同じ事。

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