結局、あの連中とは一回もまともに話をしていない日々が続いた。教室で文次郎が私に話しかければ、仙蔵が私に話しかければ、私はすぐに友達の元へ移動する。教室外で話しかければ、丁度そこにいた友人の元へ移動する。接触をしなかったろ組の小平太と長次にも、私が転校してきたことはバレていた。2組の教室前を通った時、小平太に名を呼ばれたが、ダッシュで女子トイレへ駆け込んだ。女子トイレ、其処は男が入ったら最期、卒業までイジめられる呪いがかかってる場所だ。小平太は追ってこない。図書室へ行き長次に一度壁ドンされたときは本気で終わったと思った。涙目で何かを話す長次の声は、現代に生まれ変わりウォークマンで弱った私の聴覚で聞き取ることは出来ず、呼ばれた友人の声に導かれるように脇を通って逃げた。頬のテープは、頬の傷を隠していたのだろうか。私が此処へ来て最初の頃に長次を目に入れたときは隠すようにはっていたのに、壁ドンされた日は、何も貼っていなかった。もしも私が記憶を失っていた時に思い出すように、剥がしたとでもいうのかな。…馬っ鹿みたい。そんなもん見たところで、思い出すわけないじゃない。

「小夜!パス!」
「あいよ」

ダムダムとボールをバウンドさせながら、少し離れたゴールを目指した。この学園の体育館履きは中々履き心地が良い。

つい先日の話だが、待てども待てども訪れない私にしびれを切らしたのか、虎ちゃんが私を高等部の校舎から中等部の校舎へ拉致した。予想外に逞しい虎ちゃんの二の腕にハァハァしながら中等部へ行くと、其処は懐かしいが大きく成長した可愛い私の後輩たちの姿。待っていろとでも言われたのか、一年い組、ろ組、は組、そして、二年のみんなが、中等部の会議室に集合していた。扉を開けて私を目にしたみんなは、泣く者もいれば、笑顔で抱きしめてくれる者もいた。本当、こいつらの身長の高さにイラッとくる。中坊のくせになんだその高身長は。いや、しんべヱだけはあのままで安心した。なんていうかもう、一家に一人しんべヱ。そうかそうか、ニュースで見たことのある「福富財閥」という単語はお前の家の事だったのか。うん、バケモンだなお前。

優秀だと豪語していた一年い組のみんなも、縦線が異常に入っていたろ組も、実践のは組と呼ばれたは組も、ツンデレとからかわれていた二年(一部の天使を覗く)も、今此処にはいないが、あの三年生たちも、皆、口を揃えてこういうのだ。



『守ってあげられなくて、申し訳ありませんでした』



私の指示に従い上級生がおらずとも委員会をする下級生たちの姿に心を打たれた。上級生がいないというのが、どれほど大変だったことか。いつものマラソンコースは覚えていても、熊や山賊から身を守る術はまだ身に着けていない。逃げるしかない。蛇や毒虫が逃げても、下級生が行くのは危険だと言われる場所へは行けない。仲間は何人か失った。下級生だけで火薬の整理なんて出来ない。委員会から離れる。一部の上級生のくのいちに忍たま長屋へ行き委員会を手伝って貰っても、あいつらもあいつらで忙しい身だったし、天女へ近寄ることはしたくないと、あまり協力的なヤツは集まらなかった。

その中でも最上級生である三年生は、良く働いてくれた。孫兵は生物を、作兵衛は用具を、藤内は作法と図書を、左門は会計を、数馬は保健を、三之助は体育と火薬を。かけもちが忙しい時は、全て私が指揮を執った。出来るだけ天女とかいう女に、下級生たちを近寄らせたくなかった。でも天女は、向こうから私に近寄ってきた。


「りっちゃんパス!」
「はーい!」


邪魔だからくノ一長屋へ帰れと、そう言った。お前のせいでこうなっているのが解らないのかと説教をたれれば、わざと泣くふりをして上級生達を集める。下級生がいれば庇ってくれるのだが、あいつらを危険な目にあわせたくない。上級生が集まる前に、私は、悔しいが背を向ける。女のケツを追うな。委員会に参加しろ。あいつらは聞く耳を持たない。女に夢中だ。あの女のご機嫌をとるのに夢中だ。何故。後輩を見てくれ。私の声を聞いてくれ。声を出した。話をした。聞かない。

そして、

それが重なり、

あいつらの、


限界が来たのか、




私は、




「あっ!小夜危ない!」

「あ?あっ!痛ッ!」





ボールが顔面に飛んできて、とっさに出した右手の手首はズキッと痛んだ。顔面を負傷しなかったものの、利き手となる手首を負傷とは、中々私も馬鹿な事をやったもんだ。反射神経はずいぶんと衰えたなぁ。あの時ならクナイ投げてバスケボールなんて爆発させている所だろう。

突然の痛みに顔をしかめてしまい、ボールを投げてきた友人はごめんね!と私にかけよった。タイムは一度止められ、先生も私の手首を見る始末。少し曲げてどうだ?というが、痛いもんは痛い。素直に痛いですと言えば、早急に保健室に行くように先生は私に指示した。ボールを取れなかったことを友人に謝罪し、私は一旦授業を抜けて保健室へ向かうことにした。

体育館を出て階段を降り、しばらく歩く。緑色の扉には【不在】の札がかけられていた。新野先生いないのか。でも湿布と包帯ぐらいもらえないかなぁ。あ、いないならドア鍵かかってるか。残念。


「………お、」


物は試しにとドアを左にスライドさせるように引くと、意外なことに、そのドアは動いた。不在なのに、鍵はあいてるのか。セキュリティ大丈夫かこの部屋。

部屋の中は薬の匂いで充満していた。まぁほぼアルコールだろうけど。恐らく湿布は冷蔵庫の中かなー、と漁るように探していると、



「誰?」



背後で、ベッドのカーテンがシャッとあいた。

……あぁ!これはフラグでしたか!



「…………小夜…?」

「ごめんなさい、湿布が欲しかっただけだから」


「っ!ま、待って!」

「ちょ、」


冷蔵庫を開け発見した湿布を一枚とり、聞こえる声に振り向かないようにドアに向かって走り出したが、一歩遅く、目の前のドアはぴしゃりと閉じられた。

声の主の左手はドアをしめ、それと同時に、首に回ったベージュのセーターの袖。まるでヘッドロックでもかけられているよう。


「……怪我したなら、僕にやらせて。保健委員だから」
「離れて」

「どうせ今の君に、一人で包帯なんて巻けないだろう」
「……」


伊作如きに背後を取られるとは、私もとうとうおちるところまでおちたな。ぐいと肩を引かれ椅子に座らされた。正面に座ったのは、やっぱり伊作だ。変わらぬ髪色、変わった長さ。姿が見えたらすぐに身を隠していたために、伊作との接触は初めての事だ。初接触で捕まるとは、最悪だな。


「……君と話がしたかった」
「煩い」

「どうしても、小夜に謝りたかった」
「黙れ」

「……頼むよ、話を聞いて」
「……」


湿布を張り、包帯を巻いたのだが、包帯止めはせず、包帯のはしは伊作が持ったままだ。泣きそうな目に、震える声。…なるほど、逃がさない気だな。


「…こんなところ孫兵に見られたら…嫉妬でお前の事殺すぞ」
「……ははは、愛されてるね」


「五百年前に私を死のどん底に叩きつけたお前が、一体私に何の話があるというんだ?」


足を組んでそう問いかければ、伊作はうつむいたまま、ポツリと呟いた。


「…君は、やっぱり僕らを恨んでいるかい?」
「身を叩かれ斬られ焼かれた相手に対して恨みがない、なんて菩薩の様な者が、この世にいるとでも思っているのか?」
「…うん、そうだとは思っているよ」
「なら聞くな時間の無駄だ」

「……そんな君に、あの方の話をするのも申し訳ないけど、聞いて」
「……」


「…信じられない話なら、信じなくてもいい。伊賀崎から聞いているかもしれないけど……でも、…あの天女様…あの子は、








この時代に生きていた女の子だった。」









顔を上げた伊作の目は、まっすぐで、とても、嘘をついている目には、見えなかった。




「………何を、」

「聞いて小夜。本当の話だよ。これは、嘘偽りのない話だよ。…三年前、この学園の中等部3年だった僕らの友人が一人、行方不明になった。そう、丁度あの時の僕らの歳と同じ歳の出来事。学園長先生の私有地に学園の跡地があるって話は、恐らく伊賀崎から聞いていると思うけど、其処に行った女の子が一人、行方不明になった。結局三年たった今でも、彼女の手がかりは何一つとして見つかってない…。恐らく、信じられない話かもしれないけど、彼女は、天女様は、この時代から、過去の僕らの元へ行ったんじゃないかと思うんだ」

「……」

「この世の中学3年の時、君はこの学園にいなかった。だけど僕らはいた。昔の記憶は持たずともあの時と変わらないぐらいに仲良くしていた。その輪の中に、あの天女もいたんだ。僕らは仲良しだった。嘘だと思うなら他の連中に聞いてみるといいよ。仙蔵でも、文次郎でも、小平太でも、長次でも、留三郎でも、鉢屋でも、尾浜でも、不破でも、竹谷でも、久々知でも、滝夜叉丸でも、三木ヱ門でも、喜八郎でも、タカ丸さんでも。彼女は中学部からの途中入学だった。だからこの三世代の皆の顔を知ってたんだ。委員会で接触してたり、いろんな行事で、各学年と接触してた。だから、彼女は、四年以下の下級生たちと仲良くならなかった。此処は小中高一貫だけど、途中入学だったから、四年より下の後輩たちとは仲良くならなかったんだ。それで、この世界の僕らと、あの時の僕らは顔が一緒だった。だから、僕らの名を知っていたし、僕らにばかりくっついていたんだ」

「……」

「それなのに、くノ一教室という別の場所にいた君。この世界で、みたことのない小夜という存在が僕らのそばにいた。君は、天女様の知る存在じゃなかった。別の世界から来た天女様の拠り所は知った顔と同じ顔をした僕らの元だったのに、君は、あの世界の小夜はあまりにも僕らと距離が近すぎた。だから、小夜は、天女様に邪魔扱いされていた」

「……」

「……彼女に惚れたのは、完全に僕らの鍛練不足だったよ。確かに、彼女は幻術を使ったわけじゃない。彼女の惚れたのは、僕らの意志の弱さ。これは、…認める。…別の世界から来た女の子に優しくも出来ないのかと腹が立ったのも、僕らの意志の弱さだ……。彼女から聞いたんだ、同じ顔をした僕らと、自分は暮らしていたんだと。涙を見た。全て聞いた。どうしても嘘に聞こえなくて、だったら、……彼女を、…誰からでも、守ってあげないとと思ったんだ………」

「……」

「……はは、本当に、僕は昔から忍びに向いてないと言われていたけど、……小夜を殺してから事の重大さに気づくだなんて……。本当に、どうかしてたね。…本当に、ごめんね」

「……」


「……これだけは知っておいてほしかったんだ。彼女は、僕らを侍らそうと幻術を使っていたわけじゃない。ただ心の拠り所が欲しくて、それで、知った顔の僕らにばかりくっついていた。…確かに過ぎた言動や行動はあったかもしれないけど、……僕らことは許さなくてもいいだけど、……彼女を、許してあげてほしいんだ…」


仮にも友達だったから。そうつぶやいて、伊作は包帯止めをパチッととめた。

離された腕は綺麗に包帯が巻かれていた。あの時と何も変わらぬ、綺麗な巻き方だった。うん、動かない。



「………お前は、」

「っ!」

「心底本当に忍には向いてないヤツだと思っていたよ。自分より敵を、自分より他の奴を思い行動していた馬鹿野郎だったな」
「……馬鹿野郎は余計だよ」

「…自分は許さなくてもいいから天女は許せ…。良く其処まで勝手な事、言えたもんだな」
「………ごめんね」


「…………知らなかった。そんな、事があったなんて…」


「…!伊賀崎から、聞いてないの…!?ちっとも…!?」
「…あぁ………」


どうして、孫兵はこの話をしてくれなかったんだろうか。何故か、心にもやもやと雲をかけていた。孫兵だったら、この話をしてくれてもおかしくはない。天女様はこの学園にいました、と。孫兵はこれを知らなかったんだろうか。

………いや、孫兵は、意図的に隠していたんだろう。…恐らく、この話を聞けば、こいつらを、許してしまうかもしれないから。



……あの女が、自分の身勝手でこいつらを侍らせているもんだと思っていた…。

こいつらをそばに置いておきたいだけで、こいつらにべったりだったのだと思っていた……。

そういえば私は、あの女に嫌われているようだったか、あいつと、まともに話をしたことなどあっただろうか……。

こいつらに、委員会に出ろ出ろと言うばかりで、あの女の素性を、聞いたことがあっただろうか……。


…私にも、問題は、あったのだろうか……。




この世に生まれ落ちて、私の心は随分と、……余裕が出来てしまっているのだろうか…。この話を聞いて、すべてがすべて、こいつらに原因があったわけではないということを知ってしまった今、







………何処かに、話ぐらい、してやってもいいのかもしれないと、思ってしまっている自分がいるのが、……一番驚いているわけで…。






「離して」
「あ、うん、ごめんね」

「…そればっかりだな」
「…ごめんねなんて、もう、何回言っても足りないのに……」


静かだった部屋に、授業終了を告げるチャイムが鳴り響いた。あぁ、そんなに時間を潰してしまったのか。バスケはどうなったかな。うちのチーム一人足りなくなっちゃったし、負けちゃったかな。

「…じゃ、」
「あ、うん」

お大事にとでも言ったのだろうか、最後の一言は、聞き取ることは出来なかった。











「…伊作、」
「留三郎、君も、こっちへ来て話せばよかったのに」
「……寝てたんだよ」

「嘘ばっかり」
「…小夜は、」

「うん、小夜なら、きっと………」

































「…仙蔵、文次郎」

「っ、小夜…!?」
「お前、」


「……話、しよ…」

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