当時の記憶が甦ったのは、12の時。バチンッと頭の何かが弾けたような感覚に襲われ、その瞬間、何もかもを思い出した。偶然にも同時にあの学園にかかわっていた人間が全員同時に思い出したらしく、体調を崩す者もいれば、その場で倒れる者もいた。

あれは、12歳になった年に迎えた夏の頭の出来事だった。




…… ― 中等部3年の   が、行方不明になった。




全校集会で、学園長先生が放ったその言葉で、僕らは全てを思い出した。あの女の名前が聞こえた。学園を最悪の道へ叩き落したあの女が、行方不明になったのだという。学園長先生のお言葉によると、学園長先生の私有地である山に友人と肝試しに行ったとき、その女生徒は忽然と姿を消したのだという。合わせて4人で行ったはずが、小さな廃墟のような場所へついてから、3人になっていたのだという。今捜索を行っていおるがくれぐれも、と続く言葉は全く耳には入って来ず、僕は、ただ息をすることで精いっぱいだった。

今の名前は、天女と呼ばれた女の名前じゃないか。僕があの時殺した女。小夜先輩の仇を取るために殺した女。


小夜、先輩。


ズキンと痛んだ頭を抱えて、僕は必死に頭を動かした。


「えっ、三反田くん大丈夫!?」
「おい作兵衛どうした?」
「三之助、どっか具合悪いの?」
「神崎!おい神崎!?」
「と、藤内!?せ、先生藤内が倒れた!」


小夜先輩とは誰だ。小夜先輩。あぁそうだ、あぁ、僕が愛した、先輩の名前じゃないか。生物委員会で、くノ一で、僕らの先輩の、六条小夜先輩。そうだ、僕は小夜先輩を愛していて、でも小夜先輩は先輩方に殺されたんだ。だから僕は天女を殺して、小夜先輩の後を追った。小夜先輩の遺体は僕が埋めた。そう、僕が小夜先輩の御遺体を運んだんだ。学園から遠く離れた場所に、桜の苗と一緒に埋めた。



「おい伊賀崎!?何処行くんだ伊賀崎!!おい!お前達まで何処行くんだ!!」


いない。小夜先輩はいない。小夜先輩は、この学園にいない。今まで出会った先輩方の顔を全て思い出した。だけど何処にも小夜先輩の顔はない。列からはずれ顔を探すが、いない。何処にもいない。どうして。この学園にいらっしゃらないのか。なら、何処にいるんだ。

朝礼の列から飛び抜け、僕は走り出した。学園長先生が言ってた場所へ、急いで向かった。一度教室へ戻り自転車の鍵を取り駐輪場へ。同じことを思っていたのか、作兵衛たちも後を追って走ってついてきていた。

「孫兵!何処へ向かうんだ!」
「肝試ししよう。天女が消えた場所へ、今すぐに行こう」

天女が現れたのは夏の頭。あの女が消えた今日も、夏の頭。僕らの導き出した答えは多々ひとつ。



あの女は昨夜、過去の僕らの処へ行ったのだ。



肝試し、だなんて可愛い前置きをしてしまったものだと僕は反省した。だけどあそこへ向かっている理由は、ちょっとした期待があったからだ。昨夜行方不明になったのなら、まだ可能性はある。僕らも過去へ行けるかもしれない。過去へ行って、あの女を追って、過去の過ちを止められるかもしれない。戻って来られる方法なんて知らない。止めたところで今の僕らがどうなるのかとか、そんな深いところは考えてない。過去へ戻って、あの時の間違いを、正すことができるのなら。

でも僕だって解ってはいる。そんなSFじみたことが本当にあるわけがない。過去へなんて行けるわけがない。だけど、ちょっとでも期待はしたい。


自転車を爆走させたどり着いた場所は、小さな神社。自転車を乗り捨てるように止めて、ただ上を上を目指して進んだ。

「俺聞いた事あるぞ、ここ、学園長先生の私有地だって」
「僕も聞いたぞ!学園の関係者なら入ってもいい場所だって!」
「馬鹿野郎テメェらそっちじゃねぇよこっちだ!」

「作兵衛学園の場所解るの!?」
「解るわけあるか!!だけどこいつらが進む方角じゃねぇってことは解るわ!!」

昔は山を登ってたどり着いたような場所じゃない。平地にあったはずなのに。長い歳月をかけ土地が変わったのか。あぁこんなことなら運動部にでも入っていればよかった。





「ねぇ、これって、」





数馬が拾ったそれは、小さな箱。


「……それ、保健室の、」


薬が入っていた箱。



「じゃぁ、」


目の前にある、




「この建物は、」




















おそらくここで、あの女は消えた。





























「離してくださいよ立花先輩、僕これから大山兄弟たちにごはんをあげなきゃいけないんです」


「答えろ伊賀崎、小夜は、記憶を持っているんだな」
「あいつは昔ことを、覚えているんだな」

「早くしないと三四郎がお腹を空かせて脱走するかもしれません。ねぇジュンコ?」

「答えろ伊賀崎!!小夜は全て思い出しているんだな!?そうだな!?」


「…そんなのご自分で確認すべきことではないんですか?僕に聞いて、何か解決策が導かれるとでもお思いなのですか?」


首に巻いた愛しい蛇は僕の頬に擦り寄るように巻きついた。それを撫でようとした手は目の前の先輩に捕まれ、背は壁に打ち付けられるのように張り付けられた。背が痛い。この先輩方は、本当に昔から暴力的で嫌いだった。たった3つしか歳が違わないくせに偉そうにのさばり、やれ口を出せば「下級生は」だの「下級生なんだから」だの見下してきた。昔からこの方々は、本当に苦手だった。

それで今度はなんだ。己が殺した女が現世で再び目の前に現れたことに困惑し、案の定仲は上手くいかず、その鬱憤を僕ではらそうとでもしているのか。本当に迷惑極まりない。


「小夜先輩に記憶があったとして、それを知ったら、貴方方は何か行動にうつすんですか?」
「……過去の過ちを全て、謝罪したいのだ」

「面白うことを言いますね。『貴女を殺してごめんなさい』とでもいうつもりですか?馬鹿も休み休み言ったらどうです?」
「許されるとは思っていない。…我々は、」


「そう、貴方方は決して許される立場の人間じゃない。何故って、感情を殺し闇に生きるべき忍びという存在が、己の私念だけで体を心を動かし、仲間を言った人間を一人殺したのですから。ねぇ、此れほどまでに酷いことをしておいて、許してもらおうなんて甘い考え持ってないですよね?」


滑稽な人たちだ。酷く滑稽で、自分勝手な人たちだ。

殺しておいて、絶望させておいて、謝れば許してもらえるとでも思っているのだろうか。謝れば昔のように仲良く過ごすことが出来るとでも思っているのだろうか。先輩が、小夜先輩が今、どんなお気持ちで此処へ通っているのかも知らないで。昔、どんなお気持ちで死んでいったのかも知らないで。

いや、この人たちはきっと、知ろうともしていないはずだ。あの時小夜先輩をどれほど苦しめてしまったのだろう、ということより、どうすれば自分たちは許してもらえるのだろうということで、恐らく頭はいっぱいだろう。この世に再び生を受け、再び小夜先輩と出会えたから、謝らないといけないと思っているだけ。許してもらえなくても、運よく許してもらえても、一度は自分の気持ちを伝えたから良いと思うんだろう。許してもらえなかったら、あとは自分を正当化し、小夜先輩を責めるだけ。謝れば済む問題だからもうこれ以上自分を苦しめたくないとでも思っているんだろうな。最低だ。本当に、この人たちは、自分勝手な最低な人だ。


「小夜先輩の心も知らないで………!そんな自分勝手な考え方をするのはやめてくださいよ!!」

「伊賀崎、」

「あの時小夜先輩がどんな気持ちで貴方たちに殺されたのか解っているのですか!?どんなにつらい思いをしたのかとか、どれほど苦しめてしまったのかとか、そういうのを先輩方は考えたことがあるのですか!?小夜先輩はもう新しい道を歩かれているんです!先輩方が関わらなければ二度と関わりたくはないと仰っておられたんですよ!当たり前じゃないですか!過去に自分を裏切り自分を殺した人間と、また仲良くなれるなんて思ってるわけないじゃないですか!どうして先輩方は、そんな小夜先輩の気持ちも解ってあげられないのですか!!」


「だが伊賀崎!俺たちは今世であの消えた女と、」
「言い訳なんて聞きたくありません!これ以上小夜先輩を苦しめるのは止めてください!!僕の小夜先輩を、傷つけるのは、やめてくださいよ……!!」






「孫兵、何してんの…!」






一粒落ちた涙をぬぐった袖は、僕の制服じゃない。ふわりと香る花の匂い。


「……高等部の先輩が中等部の後輩泣かせてなにしてんの?私の大事な恋人に何か御用でもあるの?」


小夜先輩は、立花先輩と潮江先輩の間に割って入って、僕を背に庇うように立った。


「小夜、」
「立花くんて私の名前知ってたんだね」

「……冗談はやめろ」
「私まだ何も面白い事言ってないけど」

「小夜、頼む、話がしたいんだ」
「前も言ったでしょう、潮江くんなんかと話してる時間なんてないの。…行こう孫兵、中等部に用事があるの、教室まで送ってあげる」
「はい」


小夜先輩は、立花先輩を突き飛ばすように肩を押し道を開かせた。僕の手を取り中橋を渡って中等部の校舎へ逃げるように走った。小夜先輩は良く見ると少し大きな荷物を抱えていて、何が入っているのかと尋ねると、藤内に渡す物だと言った。中は袴。結局昨日使ってたやつはサイズがあわなくて藤内のを借りたから、洗濯して来たらしい。


「……それにしても、立花達に何言われてたの…?」
「小夜先輩が気になさるようなことではありません」
「嘘。絶対私の事でしょう」


「大丈夫です。小夜先輩、僕は大丈夫ですから」



握られたままの片手を優しく握り返した。

守らなくちゃ。

僕より小さいこの先輩を、

今度は、ちゃんと守ってあげなくちゃ。




「ジュンコ、孫兵に何かあったらすぐ私に言ってね」

ジュンコは小夜先輩が伸ばした手に擦り寄った。




「じゃ、また放課後ね。おっ、藤内いいところに来た!」
「あ!小夜先輩、」
「えっ!?小夜先輩!?」

「うおおおお数馬ぁぁああ相変わらず可愛いなこのやろー!!」
「うわぁぁあああお久しぶりです小夜先輩ぃいいいい」


「作兵衛、三之助!見ろ!小夜先輩だ!」
「嘘だろ!?何処だよ!!」
「まじで!?小夜先輩!?」

「うおお久しぶr作兵衛と三之助デケェ!!170cm以上は近寄るな!私が惨めになっちゃうだろ!!」


相も変わらず騒がしいお方だ。さっきまで悲しい顔をされていたのが嘘のよう。

僕が守らないと。小夜先輩の、この笑顔を。







「……孫兵、」
「なぁに藤内」

「小夜先輩に、天女様のお話したの?」
「するわけないだろう?」

「…しない方が、いいのかなぁ」
「…小夜先輩はお優しい御方だよ。その話をしたら、」






僕の人生は満ち足りた。

愛する友人たちに出会え、

愛する人とまた一緒になれた。








「……きっと、先輩方の事を、全てお許しになるだろうね」















これ以上、何もいらない。

何も、失いたくない。

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