「弓道部は部員はいるのですが大会でいい成績が残せていない。だからその分の部費を他の部活に回した方がいいのではないかと他の部活から攻撃を受けているらしく、それで、廃部の危機だという事なんです」
「あぁなるほどねー」

「小夜先輩が入ったのなら、いい成績が残せる。廃部することはないでしょう」
「私に過大評価しすぎじゃない?」
「僕は見たままを言っただけですよ」

学園から10分ほどの場所にある神社の裏に自転車を止め、階段などのない獣道を突き進んでいった。此処を登るの?と小夜先輩は驚いたものの、久しぶりにこのような場所へ来たからか、内心ウキウキしているようにも見えた。引っ越してこられる前は都会という都会で、山なんてなかったのだと。裏山という言葉が酷く恋しかったと言っていた。

そしてさすがと言うべきか、ジャージなどではなく制服、スニーカーではなくローファーという最悪の装備の中、山を進んでいるというのに、小夜先輩は一切息切れをしていなかった。こうして話ながら上を上を目指しているというのに、小夜先輩の目線は山の中を警戒するように動いている。さすがですねと小さく言っても、何のことだと言わんばかりの目。無自覚にも、昔の癖というのは出てしまうものなのだろうか。僕があの子を探しに山へ入ったときは、小夜先輩の背をついて回っていたというのに、今は、僕より体の小さい小夜先輩が小夜先輩より体が大きくなってしまった僕の背を追っている。なんとも、不思議な光景だ。

「そんなことより、孫兵はあんな遠くまで私の身体を運んでくれたのね」
「……あまり、学園の近くにはうめない方がいいと思ってたんですけどね…。まさか、今回の学園があそこに建っていたとは」
「いや、嬉しいよ。本当にありがとう」

筆箱に所持していたカッターを手に持ち塞ぐように伸びている蔦を斬りながら進んでいった。日が段々と暗くなってきているが、迷うことなく進めるのは、やはり、昔の勘が取り戻せてきているという事なのだろうか。


「……お?」


小夜先輩が、手を伸ばして、目の前の板を手に触っていた。着いた。



「外の門は、崩れちゃったみたいなんです」

「!……じゃぁ、」



「恐らく此処が、忍術学園の跡地だと思われる場所です」



ザァと吹き抜けた風。僕と、僕の横に立つ小夜先輩の目の前に広がる、とても古い、もう、ボロボロとしか言いようのない建物。だけど何処か見覚えのある建物は、おかえりとでも言ってくれるかのように其処に建ち続けていた。
此処は学園長先生の私有地で、学園の関係者なら入っていいことになっている場所だと先輩に教えてもらった。初等部だったときはそれが何故なのかは解らなかったのだが、中等部に入り、とある出来事があって左門たちと此処へ来たとき、確信した。

獣道の先にある、古い、見覚えのある建物。そこは山の頂上なのか、平地になってて、昔と地形がかなり変わっていることもよく解った。昔は平地の中にあったと記憶していたのだけれど、その記憶が間違っているのか、長い歳月で地形が変わり、こんな高い所になってしまっているのか。

だけど見間違えるはずがなかった。入ってすぐのこの感じ。僕が、三年間過ごしたあの建物と同じ作りだった。町の人たちや、この街の博物館の様な場所で調べても、この建物の事に関して一切触れている文献は見つかることがなかった。それはそうだ。忍びの里、忍者が育っていた場所なんて、未来に語られている方がおかしいのだから。皆で学園長先生の処へ問いに行き、良く解ったなと言われたとき、僕らはやはりあそこは忍術学園だった場所なのだと確信した。親に聞いても、町できいてみても、あそこは昔旅館だった、とか、昔の寺子屋じゃないのかと言われるばかり。「忍術学園」という単語は、一度として出てきたことがなかった。


「………あぁ、…なんて、懐かしい……」


小夜先輩から流れる一筋の涙は、懐かしさからなのか、あの時の記憶が、鮮明に蘇ってきてしまったからなのか、僕はそれを聞くことが出来なかった。
学園長先生の私有地だからか、森林伐採に来るようなやからもおらず、樹は伸び、草は好き放題に生え、建物はまるで、森と同化しているかのようだった。

「行きましょう」
「…あぁ、」

そっとつないだ小夜先輩の手は熱く、でも僕の手を、しっかりと握ってくれていた。

外の門がない。だから、正門をくぐるということが出来ないのだけど、小夜先輩は小さく、「ただいま」とつぶやいた。あぁ、小松田さんのサイン攻めにあわないのに帰ってくるだなんて、変だなぁ。

もうボロボロになっているが、あれが煙硝蔵、あれが食堂だろうと小夜先輩は指を差し、僕らは学園の中を、いや、森の中を歩き回った。煙硝蔵はもう半分以上ぐずれ落ちているし、中は丸見え。割れた壺のようなものは、火薬が入っていた物だろう。
食堂はほとんどそのままだが、中にテーブルなどはなく、食堂の仲にも樹が生い茂り、花も咲いていた。


「…おばちゃーん、私今日は、B定食で……」


小夜先輩はふざけたように中に入りカウンターに手を着きそう言った。だけど、返事が帰って来るはずもなく、壁に掛けられている、確か以前はメニュー表があったであろう黒板に触れ、ただ寂しそうに笑い、俯いた。

「小夜先輩は、ハンバーグ定食がお好きでしたね」
「おばちゃんのハンバーグ定食に敵うものなど、この世の果てまで探したってないさ」
「僕もよく真似して、小夜先輩と同じ物を食べていたのを覚えてます」
「気付いていたよ。お前のとこの後輩はなんと可愛いヤツなんだとくノ一達に言われてな、毎日癒されていたのを覚えているさ」

「あの時から、尊敬してましたから」
「嬉しいことを言ってくれるな。…お前の気持ちが、あの時の私の心の支えとなっていた。ありがとう孫兵」



あぁ、小夜先輩だ。

口調が、あの時の小夜先輩に、お戻りになられている。


気付いていないのでしょうか。あぁ、あぁ、お帰りなさい。お帰りなさい。



差し出された手を取り、食堂を出た。此処は廊下のはずなのに、下は草。渡り廊下でもないのに外が見える。変なの。なんだか落ち着かない。


「……ここからは、僕がご案内します」
「頼む」

小夜先輩の手を引いて、たどり着いたのは、長屋。部屋の札は当たり前のように外されていて何処が誰の部屋かは解らない。むしろ、どれぐらい先までこの学園が存在していたのかもわからない。作兵衛達は、あの事件があったせいか、卒業してから、一度も学園には顔を出さなかったらしい。真相を確かめようにも、上の連中には聞きたくないし、下級生たちにも、つらい事を思い出させたくはないと、僕はあれから先の忍術学園を、一切知らない。


「恐らくですけど、此処が僕の部屋だった場所です」
「やぁ、懐かしい狭さだ。よくこの部屋でお前に勉強を教えたり、ジュンコの体調を見に来ていたりしたな」

部屋は比較的きれいに残っていて、立てつけの悪いドアも、ちょっと力を入れればすぐに開いた。
入ってすぐにある机は、僕が置いた場所じゃない。恐らく後輩の誰かが、場所を此処へと移動したのだろう。



「……そういえば孫兵、……ジュンコには、あえていないのか」



小夜先輩は、少し遠慮しがちな声で、そう問いかけた。そう、僕はこの話を、まだしていない。




「…僕はジュンコに、…最愛の友人に、最悪の願いをしてしまったんです」




部屋の中にいる小夜先輩は夕日に顔が当てられ、色のせいか、寂しそうなお顔をされていた。

「…どんな、」


「………僕を、殺してくれと」


驚かれるのと同時に、小夜先輩は、小さく息をのんだ。


「まさか…そんな……」

「……許されることじゃないって、解ってます。……でも僕は、小夜先輩が殺された後、…僕だけ、生きているなんて耐えられなかった……!!でも、自害しようにもできなかったんです…!怖くて…!凄く、怖くて!刀で腹を斬ろうにも!手首を斬り落とそうにも!山賊に殺されようにも!首を吊ろうにも!どうしても僕には出来なかった!小夜先輩の方が…!よっぽど、よっぽど怖くツラく苦しく痛い思いをされたのだというのに!!!僕には、僕を殺すことができなかった…!!だからっ……!だったら!愛する彼女の毒で死ねるのなら!僕は幸せだとおもったんです……っ!最初は……!最初は…、ジュンコも拒否しました…、だけど、僕が、どうしてもと、…!彼女に懇願して…!とうとう、ジュンコは……僕の、腕を……噛んで…!!」


流れる涙は止められない。叫ぶ声は押さえきれない。顔を押さえ、膝から落ちるように、僕はその場に泣き崩れた。ジュンコに、僕は、愛するジュンコに酷いことを願ってしまった。

『小夜先輩が殺されてしまった。だからジュンコ、君の毒で僕を殺しておくれ』

ジュンコは断固として僕に毒を入れようとしなかった。毒蛇や毒虫を飼っている僕はもちろん毒の耐性がついていた。そんじょそこらの毒虫の毒なんかでは死にはしない。強力な即効性の毒でも飲めば、一気に小夜先輩の元へ行けるだろう。だけど毒なんてものは上級生以外では保健委員会しか取り扱っていない。冗談じゃない。小夜先輩を殺した人間がいる委員会なんかに頼むなんてありえない。だったら、だったら僕が育てたジュンコの毒で、死にたい。ジュンコの毒は生まれ持った時よりより強力になっているのを僕は知っていた。ジュンコが迷子しているときに牛に噛みついたあの後の参事を、僕ははっきり覚えていた。ジュンコよりも何倍も大きい牛が倒れ、泡を吐き、あっという間に死んだ。蝮の毒なんてたかがしれているだろうが、解毒剤がなければあっというまにあの牛のようになる。

苦しんで死ぬんだろうな。だけど、小夜先輩の方がよっぽど苦しい思いをしたに違いない。そう思うと、これからくる苦しみと痛みに、不思議と、怖いとは感じなかった。


「僕は、それで…っ!ジュンコの毒で…!小夜先輩を追って、…小夜先輩の部屋で……!!」


死ぬ瞬間の苦しみはまだ鮮明に覚えている。内臓全てが熱くなり血管が外へ飛び出したがっているかのように激しく熱く脈を打ち、体は徐々にいう事を聞かなくなり、呼吸すらまともに出来ず、血を吐き、視界は薄れ、だけどジュンコは、絶対に僕の側から離れようとはしなかった。噛まれた瞬間、死に様は見せたくないと心苦しくも庭にジュンコを投げたのに、ジュンコはそれでも、僕の元に戻っては首に巻きついて、絶対に、僕の側から離れようとはしなかった。何度も何度も、心の中でジュンコに謝り、

僕は、あの世に別れを告げた。

「……それで、天女は」
「…僕が、…殺しました……!大山兄弟たちがいる、小屋に閉じ込めて…っ!鍵を、腹に入れて……っ!」

大山兄弟は僕が飼っていた中で最も狂暴なヤツらだった。動くものなら何でも攻撃するように訓練をしていたので、虫嫌いの天女を閉じ込めれば、あっという間に殺されることなど目に見えていた。数馬達の話では、死体はかなり悲惨なモノとなっていたらしい。

小夜先輩は、怒られるだろうか。僕が人を殺し、小夜先輩を追って自害したことに。何よりも生き物の命を大事にしていた小夜先輩からすれば、きっと許されることではない。生まれ変わって小夜先輩にもしお逢いすることが出来たのだったら、怒られることぐらい覚悟の上だった。






覚悟、していたのに。













「お前は、良い子だな」














小夜先輩は、僕を撫でてくださった。


「小夜、せんぱ、」
「お前は、なんて良い子なんだ…」


それは僕が100点を取ったときのように、怪我をした生き物を連れて帰って来たときのように、小夜先輩のお手伝いをしたときのように、褒めるような言い方だった。
どうして、僕は、だって、そんな、貴女の願ったことなんて、してないのに。


「………叱ってくださいよ…!」
「お前ほど良い子はいないよ」

「ちゃんと、怒ってくださいよ…!」
「お前みたいな後輩が持てて嬉しいよ」

「生物委員が、私怨なんかで人の命を奪ったことを叱ってください…!」
「私を想って動いてくれるなんて、とっても良い子だな」

「なにしてんだって、説教してください…!」
「孫兵みたいな子に愛されて、私は幸せだよ」



「……っ!本当に、ごめんなさい…!!」
「謝ることなど、何もないんだよ」



流れる涙は、どうしても、止まってくれなくて、抱きしめられた体のぬくもりに、今一度、小夜先輩という存在を再確認することが出来た。
温かい。小夜先輩だ。小夜先輩が側にいる。小夜先輩がまた、忍術学園で僕を抱きしめてくれている。もう二度と叶うことのないと思っていた再会。大好きな先輩と此処で過ごすことが出来ないと気付き落胆したあの日。なんて幸せなんだろう。また、学園で、生きている小夜先輩と、こうして触れ合うことが出来るなんて。


涙をぬぐい、再び僕と小夜先輩は歩き続けた。

恐らくここが何年生の長屋でしょうなんて説明しながら歩き、歩き。そして、僕らは再び足を止めた。


「…おや、私の部屋が」
「これは作兵衛の話です。あの後用具委員会が、この部屋を封鎖したのだと」


六年長屋の一角。其処は小夜先輩の一人部屋だった所。何故くノ一の小夜先輩がこちらで暮らしていたのかというと、戦忍を目指すために忍たまの授業を受けたいと学園長先生に頼んだから。丁度一部屋空いているし編入させよ!と学園長先生は突然の思い付きのように高らかと言ったのだった。女である小夜先輩の部屋。其処が、ない。


「……封鎖、したのか?」
「此処で僕、ジュンコの毒で死んだんです。恐らくそれもあり、小夜先輩の怨霊でも現れたらと危惧したんじゃないかと作兵衛が言ってました」

「怨霊って…」
「昔は幽霊とかそういうの、信じやすい世の中でしたからね」

六年長屋があったであろう場所は比較的綺麗に残っていて、小夜先輩の部屋があったであろうスペースは一部屋分の壁があるだけだった。恐らく扉の上から漆喰で塗り固めたのだろう。なんてことをしてくれたんだ。だけどボロボロだな。これなら、恐らく。


「壊せるな」
「壊せますね」


イタズラっ子のような楽しそうな笑み。
学園長先生の私有地の物とはいえ器物破損。いや、学園長先生ならお許しになるだろう。

小夜先輩は壁を見て、ヒビが入っている場所を指でなぞった。此処と此処が…と小さくつぶやくと、小夜先輩は下がっていろと僕の身体を後ろに下げた。

「ヒビが此処と此処に入っている。恐らくここが一番脆い場所だ。つまり此処を叩けば、一気に崩れ…………るッ!!!」

バカンッ!!と凄い音が鳴り、小夜先輩がローファーを履く足は目の前の壁を蹴り砕いた。暴君を蹴り飛ばしていた小夜先輩には、今世でも逆らわない方がいいのだろうと、僕は瞬時に理解した。





「………あぁ、!」




懐かしいとつぶやきたいのだろう。目の前に広がる部屋は、あまりにも、あの時の状況と何一つとして変わっていないような部屋で、綺麗でいて、それでいて何も残っていない、寂しい空間と化していた。小夜先輩の部屋の中に入ると、漆喰のカスでじゃりじゃり言うものの、本当に、まるで、あの時にタイムスリップしたような感覚に陥った。


「そうかそうか、此処で孫兵は死んだのか」
「…はい」


ふと上を見上げると、其処は崩れてはいたが、一部が血天井となっていた。あれは恐らく僕の吐血した板。こんな天井の部屋、小夜先輩以下の学年が住んだことは、一度としてなかっただろう。

僕は机に触れ、押入れに触れ、箪笥に触れ、そして窓から外を見た。いつもなら学園の庭が見えるのに、もう今は木々ばかり。時が経つのは寂しく、無情だ。








「ほぎゃああああああああああああああああああ!!!」







突然、僕の背後にいた小夜先輩が雄叫びを上げた。僕は肩を思いっきり揺らして振り返る。其処には背を90度ぐらいに仰け反らせた謎の姿勢で停止している小夜先輩のお姿。


「ちょ!!小夜先輩姿勢がエラいことに!!」
「ひっ……!」

「何があったんですか!!」
「……背中に、なにか……は…はいっ……!!」


慌てて姿勢を低くし小夜先輩の背中を見る。制服が、何やらもぞもぞ動いている。小夜先輩はシャツの第二ボタンをはずして隙間を作り、僕は手を突っ込んだ。



何かに触れて、ひんやりとする手。









まさか。



















「ジュン、コ」











あの時より一回り程小さくなった真っ赤な蛇は、腕を伝って、嬉しそうに、僕の首に巻きついたのだった。

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