例えば、私が仙蔵と文次郎に昔の事を覚えていると伝えたところで、二人は昔の事についてどう言ってくるのだろうか。ごめんとか言ってくるのだろうか。忘れたとかすっとぼけるのだろうか。孫兵からの情報だと、全員が記憶を持っているととらえて間違いないらしい。それに教室で「伊賀崎孫兵」という名前を出した瞬間のあの反応。私も、二人には記憶があると確信した。恐らく二人に話しかけなかった私を見て、二人は私には記憶がないのだと勝手に判断していたのだろう。残念ながら、私に記憶はばっちりあるのですよ。覚えているよ仙蔵。お前が焙烙火矢を顔面に投げつけてきたことも。文次郎に腹を刺されたことも。あぁ、あの時のお前らの目は確実に獲物を捕らえる目だった。あれは実習中に見せる目だったね。味方になんか、決して向けていい目なんかじゃなかった。私に向けたのよ。あの目を。ねぇ、覚えてる。目を覚ませと私が叫んだことを。まぁどうせ、覚えてないんでしょうけどね。


「っ、六条」
「……何?」


授業終了のチャイムが鳴り、本日の学校生活は終了。初日から濃い一日だったと思った。孫兵に逢えたし、むしろ、昔の連中に逢いにあっていることがあまりにもデカすぎる。うん、まぁ、パンフレット見て嫌な予感はしてたけど。まさか本当に逢えるとはねぇ。

家に帰ったらもう新しい制服届いてるかなぁとか思いながら鞄を持ち椅子を引くと、ガタリと私の前に立ちはだかったのは、隣の席の隈野郎である潮江文次郎その人だ。
私も文次郎に記憶があるということを確信している。逆もまたしかり。だがお互いに記憶があるということを確認はしていない。周りから見れば初対面なのに臨戦状態という、誠に不思議な状態だ。

まずどう出るかと思ったが、

「…少し、話がある」

ほう、なるほど。こう来るか。でも残念ね。私あんたのために時間使ってるほど心広くないから。


「ごめんなさいこれから部活見学なの貴方なんかと話をしている暇なんかない」
「時間をくれ」
「聞こえなかったの?貴方のために確保する時間なんかないの其処をどいて」
「頼む」
「邪魔なんだけど」
「…少しでいい」
「聞こえないのか、…道を開けろ」

声と空気が一瞬かわったからか、周りにいた子たちがなんだなんだと視線をこちらに向けてきた。文次郎が私に絡んできているのが解ったからか、仙蔵も視界の端で椅子から立ち上がったのが見える。これ以上絡まれたらたまったもんじゃない。

「お前は、」
「何」
「……小夜、」






「小夜先輩!お迎えに上がりました!」






まさに天の助け。名を呼んだのは教室の後ろの扉からで、其処に立っていたのは素敵なイケメn………お!


「左門…!?左門なの!?」
「お久しぶりです小夜先輩!僕です!孫兵からお聞きしました!本当に戻っておられたのですね!」
「おま、えっ!?こんなにおっきく…!!ひぇぇぇぷにぷにしてない!解せぬ!」
「失礼な!僕だってもう立派な中三です!」

文次郎なんか見向きもせんと、教室に飛び込んできたのは中等部の制服に身を包んだ左門だった。孫兵ほど身長は高くはないが、私と同じぐらい。わー!とかけより抱きしめてくる左門の可愛さときたらない。可愛すぎ。ぐうかわ。死ぬ。

近くにいた女子からは羨ましいという目なのか、これも知り合いなのか、という不思議な目なのか、微妙な視線を浴びせかけられた。孫兵が覚えていたということは昼休みが終わったときに言ったし、他の三年生達にはまだ逢えてなかったから。そっか、左門も憶えててくれたんだ。嬉しいなぁ。

「…ん?迎えって?」
「小夜先輩は弓道部に入部されると孫兵から聞きました!僕も弓道部なのでお迎えにあがりました!」
「あ、そうなの。孫兵は?」

「生物委員の方へ!終わったら来ると言ってましたよ。あ、孫兵は部活には入ってないので」
「そかそか。うん、じゃぁ左門に案内してもらおうかな」


こっちです!と手を引かれ私は鞄を掴みなおし、わざと文次郎に肩をぶつけ教室を出た。こんな男と話をしている暇なんてない。っていうか、今更何を話せって言うんだ。

なんで殺したの?とでも聞けばいいのか。なんであんな女に夢中だったの?とでも聞けばいいのか。文次郎は話があると言っていた。のこのこついていくとでも思ってるんだろうか。バカバカしい。あんなやつらと話すことなんてない。恐らくあのあと仙蔵も小平太も長次も伊作も留三郎も合流していたかもしれない。で?何を話すつもりだったの?記憶があることを確認したかったの?見て解んないの?孫兵とイチャコラしてきたんだよ?記憶ないわけないでしょ?ちょっと考えればわかるでしょう。

記憶があるのにお前らに飛びつかないってことは、お前らとは関わりたくないって意味だよ。

忍でもないと、人の心も読めないのか。堕ちたもんだな。


「左門!……それに、小夜先輩!?」

「藤内!久しぶり!」
「久しぶりじゃないですよ…!あぁ、本当に…っ、お戻りになられてたんですね…!」
「うん、あぁ、泣かないで藤内。早く逢いにこれなくてごめんね」

左門と手を繋いで階段を降りていると、道中で大きな鞄を持った藤内と遭遇した。左門の存在を確認すると同時に、私の顔を見て、藤内はぶわっと目に涙をためた。藤内も孫兵から私の話を聞いていたらしく、逢いに来てくれたのだという。っていうか、藤内も左門と弓道部らしく、部活に行く途中で、左門が私を迎えに行ったということを聞いて高等部へ来てくれたらしい。私も早くみんなに逢いたかったから、一人また一人と逢えるのが嬉しい。

「藤内も弓道部なの?だったら先に行ってればよかったのに」
「いえ、だって、案内が左門じゃ絶対たどり着けないと思いまして」

「………アッー!そうだった左門病的方向音痴だったわ!」
「忘れてたんですか…」

「まだ治ってないの?」
「はい!」
「胸はるな!作兵衛に言われてお前も迎えに来たんだからな!」

まだ学園内を把握しきれていない私は左門の進む道が違うとも正しいとも判断できない。それを見越して、私が弓道部に入るということを聞いた孫兵がそれを左門に言い、案内を頼んだんだと思う。そしてそれを聞いた作兵衛が藤内に言って、それで藤内は左門を迎えに来たのに姿が見当たらず、此処へ来たのか。大正解だよ藤内。素晴らしいね。あとぶっちゃけ左門が方向音痴って本気で忘れてた。ごめんねホイホイついて行こうとして。

そんなに早く私に逢いたかったのかーと左門の腹をつつくと、あの時とは何も変わらぬ無邪気な笑顔ではい!と返事をするもんだから、私も少々テレてしまう。お、藤内も意外と背高い。チクショウ。立派に育ちやがって。


こっちですと手を引かれたどり着いたのは、体育館の脇にある弓道場だった。もう既に誰かいるらしく、射ている音が聞こえる。パンッと勢いよく鳴るのは的に当たった音だろう。うわぁ久しぶりだ。早くやりたいな。


「…失礼いたします。中等部三年三組、浦風藤内です。部長、新入部員を連れてまいりました」
「新入部員?一体こんな時期に誰…」

「失礼いたします。本日付けで大川学園に転入してまいりました、三年一組の六条小夜です」





「!?……そんな、!」

「まさか………!」






小さく漏れる部長の声は確かに私に耳にも届き、あぁ、こいつもあの記憶があるのかと、小さく舌打ちしたくなった。全員覚えてなくてもいいだろう。一人や二人忘れてくれれててもいいと思う。っていうかこの反応、八の字は私が戻ったことを知らせていないのか。


「雷蔵部長、三木ヱ門先輩、小夜先輩を更衣室へ連れて行きますね」
「小夜先輩は前の学園でも弓道部だったみたいなので、ご心配なく」
「小夜先輩のお世話は我々が致します」

「あ、ま、待って…!」


「小夜先輩こっちです!」
「いやいやいや!更衣室こっちって書いてあるし!」
「あ!すいません!間違えました!」
「ちくしょう可愛い!」


流鏑馬をやりたい、というのは私の我儘だ。まぁ大きな学園とはいえ、馬がいるわけないもんね。馬術部とかあれば別だけど、馬をレンタルすることはできないだろうな。馬術部あるならむしろそっちにはいりたい。

「失礼します!小夜先輩!」
「小夜先輩…!本当に小夜先輩なのですか…!」

「やっぱり久作と庄ちゃんかー!おっきくなって解んなかったけどもしかしてと思ったんだよー!立派に成長したなこのやろー!」


こらこら女の着替えに飛び込むとはお前ら男としては常識がまだまだだな!とは言いたいところだが、今だけは感動の再会を大事にしたい。涙を浮かべ飛びつく袴姿の後輩を私は力いっぱい抱きしめて再会を喜んだ。委員会はあっても部活はなかったから、何処に誰がいるのかは、こうなってくると完全に想像が出来ないな。孫兵の話じゃ委員会はあの時と全く同じだっていってたけど、部活は必須じゃないみたいだし。さて誰がどこにいるのやらなぁ。

っていうか、雷の字が部長。三木ヱ門が副部長。悩み癖があった雷の字が一瞬の気で矢を射ぬかなければならないような部活の部長。はははなにそれ超面白いんですけど。なんの冗談。迷い癖克服したいから集中力が高まるような弓道部入ったってか。部長は高等部の三年にいないのか。えぇー、私最年長だけど部長になるのとか嫌だよ。っていうか、五年がいるとか想定してなかったんだけど。五年て全員帰宅部入ってそうなイメージあったから此処は完全に想定外。あぁ、雷の字がいるならやめたいなぁ。


「小夜先輩、」
「何?」
「是非、久しぶりに小夜先輩の射る姿を見たいです」


獣遁を得意とはしていたが、防ぎ矢も中々得意な方だった。下級生たちに流鏑馬やら普通に射るのを教えたりしていたし、腕には自信があった。だから私は前の学校でも弓道部に入っていたのだ。
藤内にそういわれ、やっぱりやめるとも言えず、私はとりあえず鞄を置いた。ロッカールームから左門が使っていない新品の袴があると探し出してきてくれたようで私はそれを受け取った。さすがに着替えは外に出ていてほしいと困ったように言うと、庄ちゃんも久作も藤内も左門も急ぎ更衣室から出て行った。


弓を射る。今の私にそれが出来るだろうか。心に迷いはないだろうか。少しでも迷いがあれば、確実に真ん中を射抜くことなんてできない。


先生に逢い、学園長先生に逢い、文次郎に逢い、仙蔵に逢い、孫兵に逢い、こうして可愛い後輩たちにも逢えた。

だけど私は、昔の事を許したわけではない。仙蔵たちを、一つ下のやつらを、二つ下のヤツらを、許した記憶なんてない。許すわけがないのだから。


あぁ、こんなどろどろした気持ちではたして弓を射ることが出来るだろうか。



きゅっと縛った袴。荷物はその辺に投げ捨てておき、髪を結わいて更衣室を出た。


これを使ってくださいと久作がはめていた弓掛けをはめ道場へあがった。私という存在を知らぬ下級生たちは私をじっと見つめ、雷の字も三木ヱ門もいつの間にか後ろへ下がり正座をしていた。左門が弓を持ち、庄ちゃんが矢を運び、私の身の回りはあっという間に整った。此処までやられるとちょっとくすぐったい。

カラリとなった弓の入っていた籠。一本手に取り弓を掴み、足踏みした。グイと引いた弓は前の学校とは特に変わらず、後は、私の集中力の問題だ。









パンッ、と鳴った的。弓は、予定通りど真ん中を貫通していた。







おぉ、と小さく漏れた声はおそらく下級生からで、雷の字も三木ヱ門も、私の姿を、ただじっと見つめているだけだった。一本だけうって、とりあえず感覚は其処まで鈍ってはいなかったようで、私は左門に弓を渡して、とりあえず腕前を見てあげることにした。

出入り口近くに置いておいておいたタオル。汗を拭こうと手を伸ばすとそのタオルはふわりと誰かに拾われ、顔をあげると、其処には、


「変わりませんね」
「孫兵、」

「相変わらずお上手だ。僕に弓は使えませんでしたから」
「どうもありがとう」


出入り口から聞こえた声。扉の前に立っていたのは、少し土で汚れた孫兵の姿だった。

左門たちは打ち込みに夢中になっているのか、孫兵の存在には気付いていないようで、私はこっそり道場から出た。


「今日はこのまま部活をされますか?」
「うん、左門達に教わらなきゃ」
「じゃぁ、明日の放課後、僕とデートしてくれませんか?」
「うん、何処へ行くの?」
「僕が命を絶った場所です」
「…え、」



「明日が、僕の命日なんです」



「……孫兵…?」





























「あるんですよ、学園の跡地が」

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