「ごちそうさま!んじゃ行ってみるね」

「本当に案内なしで平気?」
「いやぁ、昔の後輩と逢うなら一対一の方がいいって」
「迷ったらLINE飛ばしてね。ウチらすぐ行くし」
「後輩くん、小夜の事覚えてるといいねぇ」

「うん、本当にね。ほんじゃ行ってきます!」

椅子を引き弁当箱を片づけ、机をもとに戻してから、私は教室を出た。急な転校によりまだ制服が届いていないので、わたしだけこの学園の制服と違う。だから目立ってしまっているようで、廊下を歩けば変な視線をぶつけられた。トホホ、やはり中等部校舎入口まで送ってもらえば良かったかしら。言われたとおりに道を進み、階段を上がり、二階に来た。中橋を渡った向こうが中等部なのだと言われたが、なるほど、二階にしかつなぐ通路はないのか。教えてもらった通り、生徒手帳の地図を開くと、確かにここが現在地。向こうに、孫兵いるのかな。

中橋を渡ろうとした、その時。







「…小夜、先輩?」



「!」







聞き覚えのある低い声が、耳に届いた。

すぐ後ろで聞こえた声に思わず振り向くと、その姿はあの時よりはるかに大きくなっているが、見間違えるはずもなく、こいつは、私の後輩だ。




「小夜先輩、ですよね…?」

「…」




泣き出しそうな、困惑しているような顔で、男は私との距離を詰めた。



「……ごめんなさい。私、今日から此処に転校してきたの。…人違いだと、思いますよ」


「…俺です…!竹谷です!竹谷八左ヱ門です!覚えて、…覚えておられないのですか…!」

「…ごめんなさい、先を急いでいるの。小夜先輩とやら、見つかるといいですね」
「冗談ですよね!?俺ですよ!!」
「ごめんなさい貴方のような知り合いいませんから」
「中等部の校舎…っ、あいつらに、孫兵に逢いにいかれるんでしょう!?覚えておられるのでしょう!?」
「っ、すいません、これで」
「どうして忘れたふりなんかしてるんですか!俺はずっと貴女に謝りたいと…!!」

「やっ、!」


一歩後ずさり、とっとと中橋を渡ろうと駆け出したのだが、それは一歩遅く、私の右腕はこいつに捕まった。さすがにここまで歳を重ねれば自然と力はつくのか、あの時よりもっと強い握力。振りほどこうと思っても、簡単にはふりほどけない。


…と、思ったのだが、振りほどいた腕は簡単に離れた。おかしいと思って目を開けてみると、私の目の前にはガタイのいい背中。誰だと思っているのもつかの間。ダンッと何かが叩きつけられるような音が聞こえた。ふと目の前の背中から向こうを覗き込んでみると、壁に背中を打ち付ける、ヤツの姿。










「この人は、今更あんたが話しかけていい人じゃない…。あれは、…あの時のあれは…っ!あんたたちが素直に謝れば済む様な問題じゃねぇんだぞ!!!」










目の前の男から聞こえる怒鳴り声は廊下に響き、背中を壁に打ち付け座り込んでいる姿は、殴られたであろう顔を押さえ、悲しげに、下を向いたのだった。


「……八の字、貴様のようなバカな後輩など、記憶にない」


八の字。それは私があの時の一つ下の後輩たちに付けていた愛称だ。

三の字。雷の字。兵の字。勘の字。そして八の字。

一つ下はバカで生意気だった。一個上の女である私をよくからかいに来ていたやつらを馬鹿にするために付けていた愛称。それを口にした私は、昔の記憶があると、目の前の座り込む男に言い聞かせたようなものだった。八の字はその言葉を聞き逃さず、驚いたように泣きそうな目で、私のをただ、見つめたのだった。


「行きますよ」
「えっ、ちょ、」


そして私は、目の前の見知らぬガタイのいい体の男に手を掴まれ、一気に中橋を渡って中等部の校舎へ入った。はて、この男は一体誰だ。中等部の子か。それにしてはこの体つきのよさはいったいなんだ。ちゅ、中等部のくせに私より身長がデカいなんて…!誠に解せぬ…!!

中橋を渡り切り扉を閉められた。目の前に広がる太陽のような笑顔。はて、誰だったかな。


「お久しぶりです!やはり小夜先輩ですよね!?」
「?」
「高等部の三年に転校生が来たと聞いてもしやと思って探しに来てたんです!!丁度いいタイミングで逢えてよかったぁ!!」
「??」
「俺の事覚えてますか!?あんときはこんなに小さk………」
「???」

「…先輩、そ、その顔、もしかして俺の事解りませんか?」

「……ごめん、誰?」


こんなにマッチョな素敵な筋肉のやついたかな、という顔で目の前の男を見上げると、男はヘラリと笑って頭をかいた。


「まぁ、そうですよね、俺あんとき一年生でしたしね。もう中一ですし、解んないですよね」
「………一年?」




「俺、また無事に照星さんと逢えましたよ!」




「…………………あ!?!?虎若!?!?!?!?」

「はい!虎若です!!」
「え!?う、え!?嘘、嘘でしょ!?とら、と、………虎ちゃん!?!?」
「はい!先輩の虎ちゃんですよ!!」

「う、嘘だ!私の、私の虎ちゃんはもっとちっちゃくて歯が欠けててバカっぽい顔の…!ち、ちっちゃ、くて……!!違う!!私の知ってる虎ちゃんと違う!!!」
「酷ェ!!」

うわぁぁぁぁあと絶望に打ちひしがれその場にぺたんと座り込み顔を手で覆い泣くと、虎ちゃんも酷ェ!と叫んで膝から廊下に崩れ落ちた。ギャラリーがいなくてよかった。高等部の知らぬ制服の女が中等部の男と一緒に打ちひしがれている姿なんて見られた日には、この場はカオスと化す。

…それにしても、とちらりと目の前の虎ちゃんに目を向けると、言われてみれば筋肉がしっかりしているところをはぶいてなんとなく昔の面影と重ねると、確かに虎ちゃんだ。くりっとした目に未だかけてる歯。ここ笑うところだよね。丸坊主に近い短髪。野球部みたい。そうかぁ、虎ちゃんはこんなに立派な姿に成長してたんだなぁ。虎ちゃんの成長、見るまえに、死んだからなぁ。

「虎ちゃん、立派になったんだねぇ。もう、ちゃんなんて呼べないや」
「小夜先輩も、相変わらず美しいですね」
「バbbアッバbバbbッバババカ言ってんじゃねぇよ!!!私の虎ちゃんはそんなクサい台詞言わないんだから!!」
「さっきから酷ェ!!俺だって惚れた女に褒め言葉の一つや二つ言えますよ!!」

「ほ、惚れ、…!?」
「ずっと、貴方の事、大好きでしたから。貴女の立派な後ろ姿を見て、あぁなりたいと、ずっと思ってましたから」


伸ばされた手はスルリと私の頬を撫ぜ、本当に、この子は立派に成長したんだなぁと、実感した。…実感したとともに、中学生ごときに口説かれて顔が赤くなってしまっているであろう自分を責めたい。落ち着け私。目の前の虎ちゃんは、と、虎ちゃんなんだから……!お、落ち着け!何言ってんだ私!


「やめて虎ちゃん、今の貴方にそんなこと言われたらテレちゃうわ」
「えぇ、俺はかなわないって、ずっと思ってましたよ。……伊賀崎先輩には」
「!」


伊賀崎先輩。その言葉が出た瞬間、私の心臓は大きくはねた。そうだ、私は孫兵に逢いに来たんだ。孫兵は、孫兵は一体何処に。


「伊賀崎先輩なら、恐らく、裏庭にいますよ」
「裏庭、」
「さっき玄関から出ていくの見ましたから」
「…ありがとう虎ちゃん」

「は組の連中も、もしかしたら小夜先輩が来たのかもしれないと騒いでいましたから。いつでもいいんで、顔出してください」
「うん、本当にありがとう」


虎ちゃんはそういうと、座り込む私の手を取り立ち上がらせてくれた。今高等部校舎に戻れば、恐らくまた八の字に逢うかもしれない。だったら俺の靴を使ってくださいと、虎ちゃんは私に下駄箱の場所を教えてくれた。高等部の入口に戻るよりは、そっちのほうが早く済む。助けてくれてありがとうと頭を下げて、私は階段を降りて行った。あの虎ちゃんが八の字を殴るだなんて、昔の私には想像もできなかった。…それほどまでに、私を殺した上級生たちの事を、下級生は許せなかったのだろう。……それはそうだ。己の憧れた先輩たちが、ただ惚れた女のためだけに先輩が先輩を殺したのだから。…許されることなんかではない。そして今再び此処に生きている私の姿を見て、もう二度とあんな事件を繰り返してほしくはないと、虎ちゃんは私を守ってくれたのだろう。憧れた先輩の横っ面を、ぶん殴ってまで。

この世は平和だ。殺人なんて、そう簡単に起きていいわけがない。だけど、そう思っていた昔、私は友人に殺されたのだ。…今、殺されないわけがないとは、言い切れない。


下駄箱まで来る途中、運よく誰にも逢うことはなかった。虎ちゃんに言われた下駄箱を開けると、汚れたスニーカーが一足入っていた。上履きを一旦入れ、少しサイズの大きいスニーカーに足を入れた。あ、足までこんなに成長しているだなんて…。小夜先輩悲しい……。


裏庭はこちらという看板を見つけ、私は看板の方向へ歩いて行った。昼休みはみんなグラウンドに行っているのか、裏庭方向には誰もいなかった。


校舎の裏で日陰になる其処は、本当にひっそりしていて、にぎやかな校舎の声も聞こえなかった。












其処に立つ大木の下。小さく座り込む少年が一人。

あぁ、もしかして、もしや、お前は、私の、可愛い、















「…小夜先輩、今年も、…僕に逢いに来てくださらないのですね」


「!」










少年の口からポツリとつぶやかれた言葉は、確かに私の名前を呼んだ。








「僕はいつまでも待ってますよ。貴女がそこから出てきて、僕に逢いに来てくれるのを」







大木の下に話しかける少年は、一輪の花を其処へ置いた。







「いつまでも、貴女の事を愛していますよ。だから、……」








あぁ、あぁ、それは、私が、あの時、一等愛していた花。

太陽のように咲く、向日葵の花。




































「孫兵、よくお聞き」





「!」


「命とは儚い。それは動物にも、虫にも、人間にも、…花にも同じことだ」








少年は振り返り、私の姿を目に入れた。目からは一瞬にして一筋の涙があふれ出て、驚きの表情は、あぁ、やっと、という表情に変わった。






「小夜、せんぱ、」

「ただいま孫兵」

「小夜、せん、」

「ただいま。ただいま。ただ、ま…ただいま…っ、」





視界は揺れ、私の目からも涙があふれ出た。

あぁ、愛しい彼は、私の事を覚えていてくれた。


私の事を、まだ愛していてくれた。




飛び出し、抱き着いたその体は、昔とは比べ物にならないぐらいに大きく成長していて、私の体など、すっぽりと抱きしめられてしまった。こんなに、大きくなったのか。私は、こんなに立派に成長した彼の姿を見ることが出来なかったのか。悔しいなぁ。もっと私に力があれば、ずっと、こいつと一緒に居られたのになぁ。

話したいことはたくさんある。謝りたいこともたくさんある。だけど今は、今は孫兵に逢えたことで胸がいっぱいだ。何も話せない。だけど、今はこれでいい。

やっと逢えたのだ。話すことなら、これから、いくらでもできるだろう。



「小夜、先輩…っ!」
「ただいま孫兵」

「夢じゃ、ないですよね…っ!小夜先輩、ですよね…!!」
「うん、うん、遅くなってごめんね。逢いたかったよ孫兵」

「僕も、ずっと、貴女の事を…!ずっと、まってて……っ!!」
「ありがとう。本当にありがとう。大好きよ、孫兵」



昔は私が屈んでキスをしていたというのに、今では孫兵が屈まれなければ口づけすらできない。あぁ、本当に、立派に成長してしまったもんだ。

触れた唇は涙で濡れていて、私と孫兵は、思わず笑ってしまった。随分と待たせてしまった。こんなに大きくなるまで、彼を放っておいてしまっただなんて。


徐々に賑やかになるグラウンドの声が段々と裏庭の方にも届いてきた。だけど、孫兵はそれすらも聞かせてくれないように、強く、強く私を抱きしめた。私も抱きしめ帰したいのだが、いかんせん腕は未だに孫兵の胸の位置だ。後ろに回せなくて悲しい。

…それにしても、虎ちゃんが中一、ということは孫兵は中三か。……中三に身長を抜かされあろうことか屈まれてからキスをされ、そして抜け出せないほどの力とは、私どんだけ虚弱体質になってしまったんだろう。昔はこんな男の一人や二人投げ飛ばしていたというのに…。


「孫兵、何してたの」
「…此処に、僕は小夜先輩を埋めたんです」
「あぁ、それで」

孫兵はあの時、私の身体を埋めてくれたらしい。学園の中に埋めたら、私は連中を恨んで成仏できないだろうと考え、少し離れた草原に、埋めてくれたのだと。
学校裏の裏山から、未だに残る近くの大きな川。私と一緒に埋めた桜の苗。孫兵が記憶を取り戻し、記憶を頼りに探しにくると、淡く桜の花を咲かせていたのだという。それは未だ逢えぬ私の墓として、孫兵は良く此処へ通ってくれていたと、孫兵は話した。


「……そういうことか」
「小夜先輩は、花を好んでおりましたから」
「そうか、此の下に、あの時の私が埋まっているのね」

そう考えると、掘り出してみたくもなるもんだ。今はおそらく立派に生えた桜の根によって体は腐り骨すらも樹に呑み込まれている事だろう。だけどこの下にもう一人私がいると考えてみると、なんだかちょっと複雑な気分だ。


「それで、今日も孫兵は私に逢いに来てくれていたのね」
「えぇ。だけど、今日は貴女に本当に逢えると思っていました」
「どうして?」





孫兵は私の身体を一度離し、ポケットからケータイを取り出した。画面を開いて、其処を見せつける。



画面に映し出されているのは、今の時間と、今日の日付。





























「今日、小夜先輩の命日ですから」




























無邪気な笑顔は、あの時と何も変わらない。

短くなった髪。だけど髪色は変わらない。黒い髪なのに前髪は綺麗な金髪で、目は大きく、綺麗な色をしていた。










ただ一つ、昔と違うところがあるとすれば、


孫兵の首に、あの艶やかに美しい赤い蛇が巻き付いていないという事だけだった。

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