「嘘ォ!?こんな半端な時期になんで転校!?」

「転勤決まったからさ☆」
「き、貴様ァ!」


高校三年の夏。まさかの転校が決まった。

それはセミが喧しく鳴く暑苦しい日だった。私がバイト先から帰ってくるなり父は転勤が決まったぞイェーイとのんきな顔でそう言ったのだ。母は能天気にあらまぁ大変とさっそく引っ越しの準備に取り掛かっていたのだが、私は脳内整理に一時間を費やし、ようやく事の重大さに気づいた。引っ越しはすぐらしく、其処から怒涛の日々を過ごした。在籍証明書、単位修得証明書、在籍校校長の転学照会書やらなんやら、次の日学校へ行くなり先生に事の事情を説明し書類を全て用意して、家に帰り引っ越しの準備をして、とりあえず友人全員にメールを送ったら「嘘乙wwww」と全員から返事が返ってきたので全部シカトした。さらに次の日学校へ行くと私から返事が帰って来なかったから本当だと思ったのかクラス中が涙を流し私に抱き着いてきた。アホばっかりのクラスだったのでその日は急遽授業を潰してお別れ会をしてくれたりなんなり。まぁ授業やったところで次の学校で同じ内容をやってるわけではないし、それはそれでありがたいのだけど。まぁこんな変な時期に向こうで友達出来るとか思っていないし、また遊びに来るよとか適当なこと言っといて繋がりは断たずにすんだ。ちくしょう悲しいぜ。

取り寄せた学校のクソ分厚いパンフレットを開いて、私はギョッとした。今まで何処へ行くとかそういうのは聞いてなかったし、転校とかそういうのは親に全部任せてしまったしで転校先は名前しか知らなかった。それがいけなかった。意地でも私はあの土地に残ればよかったと今さらながら後悔した。




学園長先生からのお言葉のページの学園長先生。めっちゃ見覚えある。

ヤバイ。見覚えあるとかそういうレベルじゃない。が、が、学園長先生だ……!!!




私のこの前世?を覚えているのは正直本の読みすぎによる厨二病の一種かただの夢が脳裏に張り付いているだけなのかとおもっていた。記憶のある名前の友人も憶えている顔をした友人もいない。今まで一人も出会っていない。つまり、それは全て夢なのだろうと思っていた。

なるほど、今まで一度も逢わなかったのはこういう理由か。こうして転校して、これから逢うのか。これからあいつらと生活するのか。



これから、私を殺した友人たちと同じ屋根の下で勉学を共にすると言うのか。



なんて無茶な。逃げたい。
……そうだ、むしろあっちが私を覚えているという保証はない。むしろ私の事なんて嫌いで嫌いでしょうがないかもしれない。そりゃぁ、あの天女様の方がいいんでしょうし?あいつのせいで私死にましたし?ボッコボコにされて殺されましたし?上級生に味方とかいませんでしたし?向こうに昔の記憶があったとして、私を覚えている確率なんて、………ないとは言い切れないのが怖い…。私が覚えていたんだから、向こうも憶えている可能性は、十分にある。


「……孫兵、」


彼は、私の事を覚えているだろうか。最期の最後まで私の味方をしてくれた孫兵は、存在するだろうか。私の事を、覚えているだろうか。

私が死んだあと、孫兵はどうしたんだろう。少しでも泣いてくれただろうか。私の指示に的確に動いてくれた当時の三年生は、みんな此処にいるのだろうか。小中高一貫とは素敵な響きだ。可能性は、捨てない方がいい。

しかし、彼らに逢えたとして、私に事を覚えていてくれているだろうか。喋り方はずいぶん変わった。あの時ほど綺麗な言葉を私は話せている自信がない。今風の喋り方で、「誰だお前」とか言われそう。「昔の方が良かった」って言われたら多分泣く。

嗚呼、あいつらに逢いたい。


「お父さん、」
「なんだ?」



「久しぶりだね、此処」



パンッとパンフレットを手で叩くと、父さんは驚きはしたが、「……そうだな」と答え、お母さんは涙を流した。なんだ、二人とも覚えてたのか。






































「待っておったぞ、君が転入生の」
「転入生の、六条小夜です。……お久しぶりです、学園長先生」

「……なんと、覚えておったのか」
「えぇ、しかと」


職員室の来賓客が座る場所であろうソファに、私は深く腰掛けた。此処とは違う制服の女が歩いているということで、校内に入るのに随分視線を集めてしまったが、校舎の中に入ったらそれは凄い数の視線を集めてしまった。来賓用のドアから中へ入ると、あぁやっぱりこの人もいたのかというべき、小松田さんに出迎えられた。「…小夜、ちゃん?」と震える声で名前を呼んだ小松田さんは、事務室から飛び出し「幽霊じゃないよね!?」と私の顔をあったかい手で包んだ。にっこり微笑んで「お久しぶりです」と言えば、小松田さんは優しく抱きしめ、「おかえり」と微笑んでくださった。

案内された職員室。中へ入り名を名乗ると、見覚えのある先生方は、立ち上がり、私の方へ視線を向けた。過去にかかわっていない現世の人間は、何故他の先生方は転校生如きに反応しているのかと思っておられるだろうが、あの学園にいらっしゃった先生方は、私の事を覚えていてくださったらしく、派手な反応はしなかったものの、私という存在を確認した。

名を呼ばれ振り向くと、小さい御姿。嗚呼学園長先生、お久しぶりでございます。


「…ツラかったのう」
「いえ、あれは私の判断です。私がああならなければ、下級生たちに救いはありませんでした」
「いや、わしのせいじゃ。あんな者をあそこに置いたのがそもそもの」
「学園長先生、もう戻ることは出来ぬ過去の話です。もう、そのお話はよしましょう」


「……しかし、ツラくはないか。これから、そやつらと生活せねばならんのだぞ」



核心つくの早すぎるわチクショウめ。
学園長先生は私の顔色を覗き込むようにこっそり、そう聞いてきた。


「…ツラいに決まってるじゃないですか。先に言っておきますが私は今でも、あいつらを許したわけじゃない」


許せるものか。三禁を守らずして女に鼻の下を伸ばしあろうことか六年間同じ釜の飯を食った仲であるこの私を殺したのだから。委員会に出ろと、あの女はほっとけと、後輩を見ろと、そう何度も言っただけで、あの女に危害を加えていると被害妄想をし、私を殺したのだから。あんな理不尽な殺され方あってたまるか。六対一なんて勝てるわけがない。恐らくあの状況では上級生はほぼあの場で高みの見物とシャレこんでいたはずだ。あいつら絶対許さんぞこの野郎と思いながら死んだことは今でも強く覚えている。


「でもまぁ、父の都合ですし、受け入れるしかないですからね。あいつらには関わらずに生きていきます」
「そうか。何かあったら、すぐにわしに言いなさい。出来るだけの手助けは致そう」
「お気づかい誠にありがとうございます」

「では、さっそく教室へ案内しよう。先生、小夜を頼みますぞ」


私の編入するクラスの先生は、あの時の担任の先生ではなかった。そういうこともあるか。まぁ、仕方ない。若い男の先生で、よろしくなと微笑まれた。イケメンだなぁとは思ったけど、初恋泥棒の土井先生の美貌には敵わない。土井先生は、中等部の先生だろうか。

先生の横を歩きながら、前での学校生活のことを少し話た。こんな学校だったとか、バカばっかりだったとか。私の方から話しかけてきたからか、先生は私が緊張しているのか心配していたようだがその心配はなかったなとまた笑った。良い先生みたいだ。よかった。少しは緊張が解けた。






「ほらお前ら席につけー、HR始めるぞ」





先生が教室の前で「少し待っててくれ」と私が歩くのを止めた。ちらりと上を見上げ、目に入る「3−1」のクラスプレート。深く深く息を吐いた。あぁ、また此処か。今世は3組が良かったな。気楽に過ごせそうだったし。


「お前ら、もう噂は聞いているかもしれないが、転入生を紹介する」


ざわざわとする教室。いませんように。あいつらいませんように。いませんように。いませんように!!!!!!



「よーし、入ってきていいぞー」



深呼吸して扉に手をかけ、がらりと扉を横にスライドさせる。しんと静まった教室を一瞬グルリと見回したその中に、やはりヤツらはいた。

記憶はあるのか。私のことを覚えているのか。私の事をすでに聞いていて、驚くことはないのだとしたら、その目線は何を見ている。己が殺したはずの女が現代の制服に身を包み今再び己の目の前に現れたことに困惑しているのか。それともただ転校生に興味を抱いているだけか。

答えろ。どっちだ。








「……本日付でこちらのクラスに転入させていただくことになりました、六条小夜と申します。父の仕事の都合でやってまいりました。半端な時期での編入で皆様にご迷惑おかけするかと思います。短い期間ですが、何卒、宜しくお願い致します」







ペラペラと台本通りの台詞を口にし深く深く頭を下げると、恐らくこのクラスのムードメーカー的存在であろう男が一人、「かーわいぃーー!!」と大声を上げて場を盛り上げてくれた。女子はそれに笑い、男子もつられて私を冷やかすように名前を呼んで、この場の空気は、一旦なんとかなったようだった。


「小夜ちゃんって前の学校で部活なにしてたのー?」
「弓道だよ!此れでも大会で準優勝した腕だから!」

「ほ、本当!?う、うちの弓道部廃部寸前なの!出来れば入ってほしいんだけど!」
「此処にも弓道あるの!?是非入れてほしい!」

「はいはーい!六条ちゃん彼氏はー?」
「残念ながらいないんだなーこれが」

「小夜でいい?うちらのこと呼び捨てでいいからね」
「あとで学校案内してあげるー!」
「ありがとう!嬉しい!」

「それエク?地毛?めっちゃ髪綺麗じゃない?染めてんの?」
「これ?地毛の黒だよ?」



中々出だしは好調で、フレンドリーなみなさんの中になんとか打ち解けることが出来た。先生もこの状況に一安心したのか、授業開始の時間となっているのにみんなの質問攻めを止めようとはしなかった。一通りの質問攻めが終わりやっとこさ解放されたところで、私の席はと先生に問いかけた。


「今あそこしかあいてないからな、あそこに座ってくれ。潮江、面倒見てやってくれよ」
「はい」

窓側一番後ろの席。…最悪文次郎が隣の席か。覚えてないんだろうな。一切質問攻めしなかったのは、私の事なんて覚えていないからでいいんだよな。


「宜しくね、潮江くん」
「あぁ」


なんとまぁ500年ぐらいたってるというのに無愛想は治ってねぇんだなお前。それに隈もそのまんまかよ。どうせ徹夜でギンギンに勉強してるかまた会計委員でやらかしてるかなんだろ。席に座り黒板の方向を見ると、私の少し前の方の席に見知った横顔。仙蔵はあそこか。揃いも揃ってお前らが手にかけた私を無視してくれやがって。


嗚呼憎らしいその顔。此処があの時代なら今すぐその首刀で刎ね飛ばしてやるというのに。平和な世というのはなんと生きづらいことか。



授業が進み、唯一良かったというのは、自分の成績がそこそこ良かったという事と、教科書が向こうと同じだったという事。教科書が違かったら文次郎に見せてと頼まねばならぬところだった。想像しただけで寒気がする。そんなの絶対嫌だ。向こうが私を覚えていないのなら極力関わりたくないのだから。



一時限目の授業が終わり休み時間。教科書を机の中にしまうと、ねぇねぇと大量の可愛いJKに囲まれた。


「小夜ってなんでここきたの?」
「んー、親が転勤で。学校とかは全部親に任せてたんだよね」

「変な時期に転校で大変だったねぇ」
「まぁ別に、向こうの卒アルも貰えるらしいからラッキーだよね」

「うちらなんでも力貸すし、っていうか今度此処案内するよ?」
「本当?嬉しい!」





「っていうか小夜って、前に此処住んでたことあった?」





その質問に、視界のはしに入っていた文次郎が、ノートから少し視線を高い位置へと動かした。



「…あるよ。ずっと昔だから、もううっすらとしか覚えてないんだけど」

「へぇー、じゃぁこの辺知ってんだ?」
「いや、でも私がいたときと全然違うから、出来れば案内してほしいかな!」


嘘はついてない。前世の私は此処に住んでいたのだから。あの時とは全然違う。案内は大変嬉しい申し出だ。







「……ねぇ、ところで、中等部への行き方教えて欲しいんだけど?」

「へぇ?中等部?なんで?」



「知り合いがいるかもしれないの。ずっと昔に別れた知り合いが」



「へぇー!じゃぁ逢いたいねぇ!案内してあげる!」
「中等部かぁ、久しく行ってないねぇ」
「土井先生に逢いたーい!」


「ねぇねぇ、ちなみにそれって誰?名前聞いてもいい?」
















































「…孫兵。伊賀崎孫兵。私の、大事な後輩」







その言葉で、文次郎と仙蔵が、血相を変えて私の方へ視線を向けたのが解った。

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