命 「孫兵、よくお聞き」 「はい、なんでしょうか」 「命とは儚い。それは動物にも、虫にも、人間にも同じことだ。」 「どういう意味ですか?」 「私は一度、死にかけたことがある」 「え?小夜先輩ともあろう御方が?」 「これでも一応人間だ。お前は私をなんだと思っている」 「お聞きしたいですそのお話」 「孫兵は話をそらすのがうまいな。そうだなぁ、あれは私が二年前の、四年生になることを目前とした春休みだ」 「私はまだ、」 「そう、お前はまだ忍たまにもなっていない」 「知らないはずです」 「ふふふ、そうだな」 「それで?忍務内容はなんだったんです?」 「いや、忍務なんかではない。…私は、親友の母親を殺したんだ。人生初の殺しだった」 「…は、」 「私の親友は隣の村の者だが、一番仲の良かったやつだった。だがその者の母親は大罪を抱えた」 「その大罪、とは」 「村を殺したのだ」 「…村、を?」 「あの母親は住んでいた村の人間すべてを殺したのだ」 「どうして、」 「その母親は抜け忍だったらしい。何処の、とはお前にいう事は出来んが、とある城のくのいちだったのだ」 「抜け忍…。」 「旦那は、その城の忍だったらしい。つまり、追手だったということだ。おそらくそうとも知らずあの女はその男と結婚し、そして子、つまり私の親友を孕んだ。子を産み、幸せに暮らしていたというのに、旦那から告げられた、「実は私は追手だったのだ」という衝撃の事実。母親はそれに激怒し、絶望し、己の旦那を殺したのだ。」 「…。」 「その母親は、どうやら暮らしていた村の周りの人間全てが自分の追手なのではないかと思い込み、そして封印していた現役時代の刀を振りかざし、村人すべてを殺したのだ。」 「…小夜先輩のご友人は、」 「あいつはその時、私と一緒に遠乗りに出かけていたんだ。此処で馬術を習ってはいたが、私は馬術が苦手でな。あいつの家には大きな馬がいたことを思い出し、馬術を教えてくれないかと頼んだんだ。」 「そのご友人は、小夜先輩が忍術学園に入学しているということをご存じだったのですか?」 「いや、言えなかった」 「…どうして、」 「あいつは、太陽のように眩しいやつでな。人を殺す道を進む私を許すわけがない。私が此処へ入学したのは忍である父に憧れてだったのだが、やはりあいつには言えなかった」 「そうでしたか。」 「私の村は隣の村で、偶然あったあいつと仲良くなったのだが…。いや、やはり言えんかった。両親には、聞かれたら私は親戚の鍛冶屋の家で修業していると口を合わせておいてくれと頼んでおいた。あいつは私が鍛冶屋になるのだと思い込み、納得して見送ってくれた。休みになったら必ず帰り、その度逢っていたし、疑われることもなかったのだ」 「それで、その村は」 「あぁそうだ、話を戻そう。遠乗りに出かけ馬術を教えてもらい、忍術学園の近くまで送ってもらい別れた。だがその直後、かけてくる馬の足音。そしてあいつの声が聞こえたのだ。「小夜!助けて!村が!お母さんが!!」そう叫んだ。あいつは気が動転していてな、何が起こっているのか説明もしてくれなかった。そして私は馬に飛び乗り村へと向かわせた。其処で見たのは血まみれの女が村で刀を振り回し人を切り刻んでいる姿だった」 「!」 「私は、咄嗟に、懐にあったクナイを投げつけた。相手は引退したとはいえ元プロ。クナイが飛んできたということをみて追手が来たのだと思い込んだのだろう。刀の標的は私に向かった。暴れる刃は重く、力は強く、女の目は血走り、姿はまるで鬼のようだった。」 「…。」 「まだ下級生であり実戦にあまり出向いていない私のような者では勝てるわけもなく、ボロボロになっていった私の背後にいたのは、私の戦う姿を見てか、己の母親の豹変した姿を見てか、腰を抜かすあいつの姿。この女にこいつの姿を視界に入れさせてはいけないと思い必死に戦ったのだが、足をやられ姿勢を崩し、等々女は己の娘の姿を目に入れてしまった。もう、あそこまで暴れては頭も正常ではあるまい。腰を抜かす者を見つけたその目はまるで獲物を狩るような目だった。もはや我が子と判断もできていまい。あいつは、己の母親に殺された。」 「そんな、」 「その時私の頭の中で何かがキレ、………気付いた時は、保健室で寝ていた」 「学園のですか?」 「あぁ。休みも終わりに近く、もう中々の数の先輩方が戻ってきていた。騒ぎを聞きつけた忍術学園の上級生たちや先生方がこの村へ駆けつけた時には……もう時すでに遅く、あの女の喉に刺さっていたのは私の刀。倒れる私の姿を見つけた先輩が学園へ抱え連れて帰り、先輩方やあいつらが必死で私の怪我を治療してくれた。傷だらけの身体を伊作が、新野先生が、先輩方が必死に治療してくださり、なんとか一命は取り留めた。気を取り戻し目を開けると、先生方に取り囲まれていた。何があったのか正直に答えろ、と」 「…。」 「そう、私は疑われていたのだ。飛び散っていたクナイや手裏剣を見て、私が村を殺したのではないかと。違うと弁解しても、あの女が抜け忍なのだと説明しても、先生方はそれを信じてはくださらなかった。もちろん少数は信じてくださる方もいたのだが、いかんせんあの状況で私を信じる方がおかしいだろうに。…だが、私の友人たちは違った。」 「小夜が人を殺すわけがない!!こいつは何よりも人の命を大事に考えるやつだぞ!!」 「それは僕らが一番良く知ってます!!小夜を疑うのはよしてください!!」 「先生方が信じなくても、僕らは小夜を信じます!!」 「小夜は滅多なことがないと人に刃を向けたりはしない…!」 「小夜は生物委員だ!虫も殺せん優しいやつだ!人を殺す!?馬鹿いうんじゃない!!」 「そうだ!!こいつを悪くいうなら先生だろう先輩だろうと俺たちが許さない!!」 「保健室に飛び込んできたあやつらはバカばっかりでなぁ、私を問い詰める先生方や先輩方の胸ぐらを掴み押し倒し涙を流して私の味方をしてくれた。私は身も心も死にかけた。だがあいつらに救われた。傷を下手くそながら治療してくれた。私が犯人ではないと言ってくれた。嬉しかった。親友を失った悲しさを、あいつらは共に感じてくれた。 そしてあいつらが情報を収集したからか、あの女の身元がバレ、元くのいちだという証拠が出来た。証言をしてくれたとある城の忍もいた。私はその忍から抜け忍を殺したことを感謝されてしまった。いやはや奇妙なこともあったもんだ。人を殺して感謝されるとは。人殺しの実習はこれからだったというのに、嗚呼、こういうこともあるのかと間違った知識がついてしまった。ふふふ、今思い出してもあれは笑える。」 「奇妙な体験をされたのですね。」 「真にな。疑っていた上級生、先生方は、私の処へ来て頭を下げた。別に疑われてもおかしくない状況だった。ああ思われても仕方ありあますまいと私は全て許した。 伊作は毎日私の傷の様子を見てくれた。 留三郎は毎日私に食事を届けてくれた。 小平太は毎日私の見舞いをしてくれた。 長次は毎日暇せぬようにと本を持って来た。 仙蔵は毎日授業の内容を説明しに来てくれた。 文次郎は毎日私の代わりに委員会に出てくれた。 あいつらには本当に感謝しているんだ。あいつらがいなければ、私は今此処にこうして生きてることすら難しかっただろう。感謝してもしつくせん」 「………それは、今でも、変わらずにそうお思いですか?」 「……そりゃぁな、こんな状況でもあいつらの事を恨むことは出来んのだ。…だから孫兵、これだけは忘れてないでいてくれ」 「なんですか?」 「決してあいつらを恨むな。恨むべきはこの私だ。強い心を持たずしてお前たちの上に立っていたことを、どうか、どうか許してほしい」 その日の夜。小夜先輩は学園長先生からの忍務があると出かけられた。 僕はその時は知らなかった。 六年生全員が学園から出られていたことを。 一週間後、小夜先輩は裏山で遺体となって発見された。 傷は見たことのある物だらけ。火傷や打撲、切り落とされた体の一部。 そして涙を流すあの女の裏に笑顔があったことを、僕らは全員知っていた。 時は室町、場は忍術学園。 次の日、生物委員会の管理する毒虫小屋の鍵が紛失する事件が起こった。 管理していた生物委員会は仕方がないのでとりあえずと錠がされていた扉を壊したのだが、 小屋の中で、天女と呼ばれし女が遺体となって発見された。 死因は虫たちの毒によるものであった。 そしてもう一人、時同じくして、とある一人の少年が、後悔と自責の念により、死してなお愛した女の部屋の中で愛する毒蛇の毒により、この世を去った。 蛇は、死んだ飼い主から、一寸たりとて離れなかった。 毒虫小屋の鍵は、後日その少年の腹の中から見つかったという。 |