【話 の別ルート】





















「……はっ、聞いていて鳥肌が立つな」


「小夜…?」

「お前らは一度死に、今この世界に再び生を受けたとしているのにまだそんな馬鹿みたいな嘘をほざいているのか」

「そ、そんな、違う!嘘じゃない!!」
「善法寺伊作。私は生前お前らの事を信用していた。同じ釜の飯を食い同じ戦場を駆け回った言わば戦友、友人だった。だが、これは"だった"という過去の話だ。その後私たちはどうなった?私は"被害者"で、お前らは"殺人者"となり下った。この壁を、500年以上の時をこえれば壊せるとでも思ったのか…?虫唾が走るわ!!」

「小夜!!」

消毒液、包帯、湿布、その他もろもろが乗った台を思いきり蹴り飛ばすと、伊作は顔色を変え私の肩を掴んだ。落ち着かせようとでもしているのか。この男、何処までいってもやはりクズだ。

「お前らのそんなふざけた言葉を、今こうしてこの世に再び生まれた私に信じろとでもいうのか!!ふざけるのも大概にしろ!!」
「小夜!!これは真実なんだ!!」

「何が真実だ!だったら私も言わせてもらおう!私を友人と呼んだお前らが、そのお前がら私を殺したのも事実だ!!これをお前らはどう受け止めているんだ!?」

「っ、そ、れは」


「何が幻術だ!!何が天女は現代の友人だっただ!!私はお前らに殺されあの世を去ることになったんだぞ!!愛する後輩とも引き裂かれ!愛する学び舎とも離れ!そして、私の可愛い孫兵までも私を追ってあの世の中を去った!!全てお前らのせいだ!お前らがあんな馬鹿な女の尻を追っかけさえしなければ!私はあの日苦しんで死ぬことなど無かったんだ!戯言を吐くのもそこまでだ!お前らの言いわけなんぞ聞きたくもないわ!」


腕を痛めていたことなどすっかり忘れ、私は体を押さえつけようとする伊作から離れる様に必要以上に暴れ距離をとった。不安の顔、焦る顔、伊作の顔はいろんな感情が混沌としている。私の身体を押さえつけて何をする気だ。またあの時の様に無意味に傷をつけるか。それとも面と向かって話を続けるつもりか。ふざけるな。今の私と、一体何の話をするというんだ。何を話すのかと大人しく治療を受けながら話を聞いていたら、このざまだ。今世に生きた友人だったから天女は己たちの事を知っていた?だから向こうは僕らに夢中だった?友人がいなかったから?知った顔がいて安心していた?だから?だからなんだ?お前は一体何を言いたいんだ?

それは今世に生まれ変わり真実が解った故の言い訳に過ぎないだろう?お前らがあの女に目を向け気を欠けなければこんなあんなことにはならなかったんだぞ?それをお前らは理解していないのか?お前らが委員会に出なかったから下級生たちの心は病み始めていったんだぞ?お前らがあの女を学園に住まわせなければ学園がおかしくなることもなかったんだぞ?委員会に出ていれば、後輩が怪我をすることも、後輩が泣くことも、先生方が苦しむことも、くノ一が荒れることも、私が死ぬことも、孫兵が死ぬこともなかったんだぞ?


「…私は昔から己さえ我慢すればことが全て丸く収まると思っていた…っ!それは友人にも注意された悪い癖だ…!あの事件の時もそうだ…!私一人が犠牲になれば学園が元通りになるのなら軽い物だと思った…!お前らの鬱憤が下級生に向くよりは私一人の命で全ておさめてやろうと!そう覚悟の上で私はお前らの見え透いた誘いに乗って月下の山へ入ったんだ!!」
「…小夜、」


「だがどうだ!お前らは自ら犯した罪を償うことなく、そしてあろうことか孫兵は私を後追いして自殺した!!一番守りたかった命が散ったんだぞ!それもこれも全てお前らのせいだ!私の人生を、孫兵の人生を滅茶苦茶にしたお前らの500年経た言い訳なぞ大人しく聞くとでも思っているのか!私は昔の私とは違う!私一人の命で収まるならばという考えがやはり間違いだと実感した!貴様らにそんな感情を持っていたのが間違いだった!それはお前らも想定内の事だろう!それをべらべらと戯言を並べやがって!どうしようもない馬鹿野郎どもが!恥を知れ!!」


伊作の目に涙が浮かぼうが知ったことか。今世の私は、昔の私とは違う。あんな甘い考えを持っていたのが、最後まで奴らに希望を抱いていたのが間違いだったんだ。孫兵にも怒られた。己を犠牲にするのは止めてくれと。孫兵のいう事をしかと聞いていればよかった。あの場で心を入れ替えていれば、私が死ぬことも、孫兵が死ぬこともなかった。

「嘘じゃない!本当の話だ!」
「小平太!?」

「貴様もだ小平太!いつまでもそのような場所で聞き耳を立てやがって!私がお前如きの気配に気づいていないとでも思ったのか!」

「聞いてくれ小夜!伊作が話したことは全て本当の事だ!私たちは、た、ただお前に謝りたいと…!」
「謝ればあの惨事を許すような広い心を持っているとでも思ったのか!?暴君と呼ばれたお前がそのような甘い考えしか持たんとは落ちるところまで落ちたな!私がお前らの話を信用すると思うなぁ!!」

身を叩かれ斬られ焼かれた相手に対して恨みを消せと言うのか。なんて、なんて馬鹿な奴らになってしまったんだ。小平太は何故六年まで進級できたんだと問うぐらいには成績が悪い奴だった。だが奴には心があった。悲しむ者の悲しみは共に分かち合い、喜びは倍にしてやれる凄い奴だった。あいつがいるだけで心が救われた。それがどうだ。今、忍ではなくただの男子高校生となってしまった奴にはそんな魅力、欠片も残っていない。暴君と呼ばれ恐れられた七松小平太が、このザマとは。

ベッドスペースのカーテンを開け出てきた小平太はもう既に涙を流していた。聞いていられなかったんだろう。忘れられない過去を話す伊作の声。そしてそれを聞こうとしない私の罵声。こんな喧しい空気の中ベッドで寝られる方がおかしい。詰め寄ってきた小平太の歩数分私は後ろに下がり机に腰をぶつけた。保健室の机に背を取られたがそれがなんだ。今私が本気になれば、こんな軟弱な奴等二人、どうとでもなる。

「頼む小夜…っ!話を、聞いてくれ…!」
「近寄るな!!下郎の顔など見たくもないわ!!」

「いっ!?」
「こ、小平太!小夜やめて!」

机の上に出ていたボールペンが小平太の顔をかすり正面奥の壁に突き刺さった。これしきも避けられなくなったとは、嗚呼、なんて情けない!


「次は頬で済むと思うなよ、確実にその左目潰してやる!」


「小夜…!頼むっ…!」
「金輪際私に近寄るな!視界に入ることすら鬱陶しいわ!!」

撒かれた包帯を乱暴に捕り湿布も剥ぎ取り、伊作へ投げつけて保健室を出た。勢いよく閉めたドアの音は思った以上に響いたが、そんなことなど今気にかけている時ではない。胸糞が悪い。私はどれだけナメられれば気が済むんだ。教室で文次郎に捕まりそうになった時も、話をしたいから時間をくれと言われた。こっちにこい、や、話を聞け、といった強制ではない。私に答えを求めた。昔のヤツにそんなゆとりがあっただろうか。いいや、ないはずだ。昔の奴ならば問答無用で肩を掴んで面と向かって説教でも何でもしてきただろう。

「小夜先輩…!?小夜先輩!本当に、お、お戻りに…!」
「退け!私の前に立つな!!」

「なっ、小夜先輩…!?」

己の美談を熱く語っていたやつだって、カッターナイフを向けただけでこのざまだ!嗚呼なんて情けない!それが己を愛し続けた者の末路か!

許してほしい。時間がほしい。話を聞いてほしい。全て私の心任せだ。それで?私がそれを許可すると?許すとでも思っているのか?挙句の果てに過去のあの惨事を謝りたいだと?ふざけている。ふざけている!大いにふざけている!やつらは私をなんだと思っているんだ!私はお前らに殺されたんだぞ!敵に向ける目を友と呼んでくれた私にむけた!敵に投げるべき武器を仲間と呼んだ私に向けた!それを示談で済むと思っているのか!人殺しの能無しどもめ!この世にその記憶を持ったまま再び生を受けたことを後悔するがいい!己の犯した罪を背負い!殺してしまったはずの人間が目の前で生きているという現実を受け入れろ!そして二度と私に関わるな!話しかけるな!こちらを見るな!お前らの存在などもはや無としてもいいぐらいだ!私にお前らなんて必要ない!私を拒絶した人間を私自身が欲っするとでも思っているのか!


馬鹿げている!

実に馬鹿げている!


馬鹿にしている!


私を一体なんだと思っているんだ!


私はお前らのおもちゃじゃない!



思い通りに動くと思ったら大間違いだ!




私は!




私は!












「…ただっ…!お前らに……っ、私の声を聞いてもらいたかった…っ!ただ、!それだけなのに………!!」











何時の間にこんなところまで来ていたのか。目から零れ落ちた涙は頬をつたい、はらはらと弓道場の床に落ちた。誰もいない道場。一人膝をつき涙を流した。あいつらと弓を引いた日々が、教えてくれと笑いあっていた時が、そんな時が、あったはずなのに。

なんでだろう。懐かしいとも、戻りたいとも、大事な時間だったとも、思えない。



「小夜先輩」

「っ!ま、ごへい…!」



誰もいないはずだった弓道場。私の真後ろに立っていたのは、赤い蛇を首に巻いた、愛しい後輩が一人。


「どうしたんです?こんな時間に校舎を出るなんて。次の授業の鐘鳴りますよ」
「やめろっ…!来るな…!」

「…小夜先輩、僕ですよ。伊賀崎です。伊賀崎孫兵です」
「来ないで…!触らないで…!」

「小夜先輩、僕ですよ。孫兵です」


腕を伸ばしたい。その愛しい姿にしがみつきたい。だけど、其れが怖い。信用した相手に裏切られ、命を落とし、再びこうして巡り合ったが、私の心など知りもせず、己の意見を並べて、罪をなかったことにしようとしている、かつての友人がいた。私はそいつに、刃を向けた。手に握るカッターを向けた。

今孫兵を傷つけないとは、限らない。


「やめてよっ…!もう放っておいて……!」
「…小夜先輩」


「…っ、昔、とは、…昔とは違うよ!あたりまえじゃん!私だって死ぬのは怖いよ!私の命で全てが収まるなら何て考えるわけないじゃん!!怖いよ!死ぬのは怖いよ!守りたいものなんて何もない!守りたい場所なんてない!今あいつらに殺されたらどうすればいいの!今度こそ何もかもが空っぽだよ!あの時とは違う…!誰もっ!私の事なんか信じてないんでしょう…!どうせあの女が戻ってきたらっ!みんなっ……!私の事なんか…!」


あいつらの前で、死ぬのが怖いなんて言えるものか。昔とは違う。戦など無い。この命で終わらせられるなら、なんて命を軽く見る考えなんか、持てるわけがない。隙を見せて、また殺されたらどうするんだ。

委員会で後輩が困ることなんてない。今は何もかもが整っている。戦で先生方が出ていくこともないし上級生が不在だからといって委員会活動がストップするわけじゃない。私がいなくたって回る。誰も困らない。下級生が上級生がいないから困ると私に泣きつくことはない。忍務を任せられるのは私しかいないと先生方が私を頼ることもない。私なんていなくたってどうとでもなる。


私が殺されたって、誰も涙なんか流さない。


「小夜先輩」

「まっ!孫兵…!?」


孫兵は壁に背を付け座っていた私が構えていたカッターナイフを、ぐぐと力強く握り、ぱたりぱたりと血を垂らした。

「小夜先輩。僕はあなたを裏切るようなことはしません。あなたから離れることも、あなたを殺すこともない」
「は、離し、」


「聞いてください小夜先輩。僕はあなたを信用し、あなたを尊敬し、あなたを愛したからこそあの日あなたの背を追い命を絶った。後悔も迷いもありませんでした。ただあなたの御側にいたいと思ったからこそ、自害したんです。そしてこうして、また今世であなたと逢え、再び横に並ぶことが許された。僕、こんなに幸せだと思ったことはないです。首には可愛いジュンコがいて、横には大好きな小夜先輩がいる。生きている。楽しそうな笑顔で、僕の横に立ってる。戦も何もない。あの時、あれほど望んだ戦のない平和な世で、再び人生を歩めているんです。僕とても嬉しいですよ。確かにあの先輩方を許せはしませんけれど、でも、僕には関係のない話だ。あなたがあの人たちと関わらなければ、僕だって関わることはないんですから」


血を流す手を伝ってジュンコが私の腕に絡み、そして首に巻きついた。大丈夫よとても言ってくれているのか、シュゥと鳴いたジュンコが頬に擦り寄ると、孫兵は刃を手放し、私を抱きしめてくれた。あんなに小さい体だったのに、もう、こんなに立派な男になってしまった。あの時生きていれば、孫兵もこのまま立派な大人になれたというのに。

あいつらのせいで。あいつらのせいで。



「小夜先輩の御側には僕がいますよ。ずっと側に居ます。裏切ることなんてありえない。ね?それだけでは不服ですか?」
「孫、兵っ…!」

「…あなたがあの先輩方と関わらなければ、もう悲しむことなんてないんですよ」



そうだ。もうあいつらと関わらなければいいんだ。全ての元凶となった、あの最悪の世代を関わらなければいい。あいつらなんて私の過去にいない。いなかった。そうだ。私が関わらなければ、孫兵が関わることなんて何もない。あいつらを傷つけたことだって、私を殺したことに比べたらなんてことない。

「側に、いてくれる…?」
「もちろんじゃないですか」

「孫兵っ!孫兵…!」
「はい、孫兵ですよ」









「助けてよ…!助けて……!孫兵がいなくなったら…っ!私は、何もなくなっちゃう………!!」










「…昔あなたが学園を僕らを守ったように、今度は僕があなたをお守りしますよ。あんな先輩方に、小夜先輩をお渡しするものですか」







鳴り響く予鈴を無視して、孫兵はただ、私の背を撫で続けた。

あの時と、まるで立場が逆になってしまった。



涙は止まらない。だけど、これでいい。

孫兵が側に居てくれる。他には、何もいらない。

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