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「雷蔵、なんか最近楽しそうだな?」
「勘ちゃん、そう見える?」
「うん、なんかいいことあった?」
「いやぁ別に?」
「怪しいなぁ、白状しろ!」
「やめろ!わ、脇はやめてぇぇえ!!」
それは何日も続いた。
最初こそ相手が誰だか解らず、気まぐれに返事を返してくれているものだとおもっていたから気にも留めていたかったのだが、僕が上の句を書けば下の句はすぐにでも返って来た。僕は古文が苦手で、今百人一首の勉強をやっている最中なので、いい勉強になってるし、知らない人とつながってるし、中々に楽しい。昔でいう文通ってところなのだろうか。
だけどやはり、この文字の主が誰なのか解らないというのが少々もやっとする。
兵助は言ってた。昔の人は想い人の顔を見れるわけではないのだと。いや、べつに可愛い人だったらいいなぁなんて下心なんてないのだけれど、さすがにちょっと正体が知りたくなってきている自分がいる。
中庭は場所的に僕の教室から見えるわけじゃないので、廊下に出て窓を開け見下ろさなければならない。どのタイミングで書きに来ているのか、というのは全く持って謎なのだ。
一体誰が、こんな僕の落書きに付き合ってくれているのだろうか。
…三郎だったりして。
……いやいや、それはないな。
「……あ、」
今日は僕が書いてから二日が経過して、続きが書き込まれていた。相変わらずの綺麗な文字に、僕は思わず微笑んだ。
ベンチの背もたれに小さく書き始めたのがきっかけで、今は中々目立つぐらいには広がってきてしまった。黒いボールペンつづる文字は、千年以上前の愛の言葉。それがこうしてここで知らない人と繋がっているというのがなんだか凄いことなのだと思う。むしろ、千年以上も前のラブレターがこうして現代に残っているのにすら感動を覚えてきた。古文とか歴史にはまっちゃいそうだなぁ。
ざら、とボロボロのベンチを撫でると白いペンキ部分は少しはがれて地面に落ちた。
「ママー、おたくの息子がさっき頭うって保健室に運ばれていったわよー」
「誰がママだ!!……って、えぇ!?伊作が!?」
「小平太のバレーボールが直撃したんですって」
「い、伊作ゥウウウウ!!!」
渡り廊下の上で、あの先輩と、食満先輩がお話をしているのが目に入った。食満先輩は委員会で使うであろう用具を抱えていたのだが、善法寺先輩が倒れたと聞いて、明らかに重いであろう工具をガシャガシャと鳴らしながら凄い速度で保健室のある校舎へ走って消えて行った。
「あ、」
「!」
一瞬先輩がこっちをみて、目があった。ドキッと心臓がはねるが、とりあえず何もしないのもあれなので、深くお辞儀をすると、先輩はふんわり笑って手を振ってくれた。
「あ!いた!先輩!兎小屋の鍵持ってます?」
「あら孫兵、あ、ごめんなさい教室に置いてきちゃったわ、一緒に取りに行きましょう」
第二校舎から出てきたのは生物委員会の伊賀崎孫兵で、急いでくださいー!と先輩の背を押しながら第一校舎へと二人は消えて行った。なるほど、あの先輩は生物委員会なのか。ならハチと知り合いだろうか。
「………好き、なんですけどねぇ」
指が触れる文字。あの先輩への想いは消えていないが。
何故か、それよりも、この文字を書いてくれた人の正体が知りたいと思う自分もいる。
このうやむやな思いはあの先輩にも、文字をくれている人にも失礼だろうか。
いや、でも別に返事をくれる人を好きってわけじゃな……
いや気になるなら好きなんだろうか………
でもあの先輩の事が好きだから………
…いやむしろこれを書いてくれている人が男なのかもしれないし
女って決まったわけじゃないし………
「〜〜〜〜っあぁもう!!!」
陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに
乱れそめにし われならなくに「わ、今回は早いなぁ」
昨日書いたのに、もう返事が返ってきてる。
"しのぶもじずり"の乱れ模様のように私の心は乱れに乱れてしまっているんです。
それは一体誰のせいでしょう。全部、貴女のせいなのです。「……普通に返事返してくれちゃって…………」
いつもみたいに書いているだけだと思って、下の句を書き足してくれたんだろうなぁ。
……あなたのせいだといっているのに、気付いていないのでしょう。
「……あなたは一体、誰なんですか」
名前も知らぬ、顔も知らぬこの文字の主に、
僕は恋におちてしまったとでもいうのだろうか。
ベンチのペンキは、またはがれた。