一首、忍ぶれど色に出にけり我が恋は

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「貸出期間は二週間です。返却期限は厳守ですので、お忘れなきようお願いいたします」
「はい、ありがとう」

手渡した本は中々分厚い本で、確か一昨年ぐらいに流行った推理物だったと思う。


「同時に返却もお願いしていい?」
「は、はい!」

バッグの中から出てきたのは、今借りて行ったものとは全然ジャンルの違うホラー物。短編が何本も入っている本。聞いたことのない作者名だなぁ。


「はい、お預かりします」
「どうもありがとう」


ふんわりと微笑んだ先輩は、貸出カードを受け取り、本をバッグにしまって足早にカウンターから離れ、少し離れた場所にある机に座って本を開いた。ぱらりとその本の音が部屋に響く。誰もいないに等しいほどの人数の図書室の中は、本をめくる音と、外から聞こえる運動部の掛け声が聞こえるだけ。他には何も聞こえない。私語厳禁、飲食厳禁のこの空間で、無駄な音など一切響かない。僕はこの空間が大好きで、この委員会に入ったのだ。

当番が終わるまでまだ時間がある。今日は図書室の利用生徒も少ない。

僕はカウンターの椅子に浅く腰掛け背もたれに寄りかかり、今日返却された本を手に取り読み始めた。あぁ、冒頭が引き込まれる始まり方だ。今日はこれから読んでみよう。一応貸出カードに名前を書いておき、僕はその本を読み始めた。


読みながらも、本越しに、向かいに座る先輩がたまに目に入ってしまうのは、どうすることもできない。

恋の始まりなんて、本当に覚えていないんだから。


いつからよく本を借りに来るあの先輩を目で探すようになってしまっていたのだろうか。「今日は借りにきてない」とか、「今回は何を返しに来たんだろう」とか、バカみたいな事ばっかり思っていただけなのに、この行動にこうした「恋」という名前がついてしまったタイミングだけは、覚えてない。あの先輩の名前は貸出カードで知った。あの先輩から直接は聞いてないないんだから、知らないって言う方が正しいのかもしれない。いつか、名前を呼んでみたい。綺麗なあの名前を呼んで、振り向いてもらえたら。


しばらく本の世界に入っていると、サッカー部の声が耳に届いた。はっと意識を戻すと、本は記憶のない所を開いていた。あぁ、途中で飽きて読むのをやめてぼーっとしてたのかな。
貸出カードの僕の名前の横に今日の日付をかいてスタンプを押す。返却しましたと。

まだ委員会終わりまで時間がある。次は何を読もうかと指を動かしていると、ふと止まったのは、さっきあの先輩が返却した本。ホラー物はあまり読まないのだけど少し気になりパラりと開いた。

すると、最初のページを開くつもりが、関係のないページで開いてしまった。中の世界は短編3つ目の、主人公の女の子が何もない真っ白な部屋という謎の空間に閉じ込められてしまっているところ。


「…?」


そのページの間には、長方形で、中はスミレの押し花が入っている綺麗なしおりが入っていたのだ。
もしかしてさっきの先輩の忘れ物だろうか。

僕の心臓は少しはねた。

ふと顔を上げると、先輩はバッグの中をごそごそとあさっていた。頭の上に「?」とつきそうな表情で荷物をあさるも、お目当てのモノは出てこないらしい。


「……すいません、」
「!」

「もしかして、こ、これ探してます?」


僕が手に持つしおりを目に入れると、先輩はぱっ、と、笑顔を見せた。


「あ、やだ、私挟みっぱなしだった?」
「さっきの本の間に」
「ごめんなさい、無くしたかと思ってたのに…!どうもありがとう!」


受け取った白い手はしおりを掴むと、分厚い本の五分の一ぐらいのところに挟まれた。先輩はもう一度、ありがとうと僕に言って、イスを戻し、図書室から出て行った。


「ら・い・ぞ〜!」
「!さ、三郎!」
「見たぞ今の!あれがお前の言ってた先輩か?」
「や、やめろよ馬鹿三郎!そんなんじゃないってば!」
「ばーか、顔に出てんだよ、あの先輩好きなんだろ?バレバレ」
「ちょっ、」


ぴしっとおでこをつつかれ、バッグを背負い図書室へ入ってきた三郎は、棒付の飴を口の中で転がしながら図書室の机に座った。中在家先輩がいたら怒られてたな。飲食厳禁だぞ。

同時に鳴るチャイムに、僕はびっくりして時計を見上げた。うわ、もうこんな時間か。早く図書室の鍵を返しに行かないと。


「生徒会室の鍵を届けに行くんだけど、先に下駄箱で待ってようか?」
「ちょっとまって、僕も職員室行くから!」


カウンターへ戻り荷物をとると、バッグが引っかかったのか、重ねてあった本が二、三冊落下してしまった。いけない。破れたりでもしたら大目玉くらっちゃう。


慌てて拾いカウンターの上へあげると、開かれた一冊の本。


其処に書かれていたのは、






忍ぶれど 色に出にけり 我が恋は

ものや思ふと 人の問ふまで






「……百人一首、」

誰が返した本だろう。



「ここで雷蔵くんに問題です」
「なぁに?」

「その歌を、口語訳せよ」

「え、」


ガリッと飴を噛み砕きゴミ箱に棒を捨て、椅子にこしかけていた三郎はいたずらっ子のように笑いながら、本を拾う僕を見下ろしていた。



「えーっと…なりけりは………断定の連用形と…過去の助動詞で……だから………ふは、うにして………うーん………うーん………………」


腕を組うんうんと唸っていると、三郎は机からおり、僕の前に落ちていた本を拾った。



「いいか雷蔵、よく聞いとけ?」
「うん」


「この歌はな、


あの人を思う気持ちは誰にも知られないよう、ずっと包み隠していたけれど、「誰に恋をしているんだ?」と人から聞かれてしまうほど、とうとう周りの奴らにもバレてしまっているみたいだ。


……っていう意味さ」


「……なるほど、」
「つまり、」


三郎はその本でポンと僕の頭を叩き、カウンターに戻し、










「今のお前の気持ち、まんま歌っているような歌だってことさ」








ひらひらと手を振りながら、図書室から出て行った。
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