七章:ペア決め

「恵々子、あやか、最近どうしたの」

「なにがです?」
「どうされました?」

「最近、妙に私から離れなくない?」

「あら、今頃お気づきで?」
「私たちの千鶴先輩をそんじょそこらの男に渡すわけにいきませんもの」

「あ?なんだって?」


移動教室から移動教室へ。学年が違う恵々子とあやかは、最近事あるごとに私の側にいる。それはまるでボディーガードのように。雨が上がったぐちょぐちょの地面に足をとられぬように下を向いて歩いていると、必ず私の近くをぼすぼすと二人分の足音がついてくるのだ。最初はあの双魔かと思ったのだが、顔を上げればそこにいるのは恵々子とあやか。一体何のつもりだろうか。別に後輩に慕われるので悪い気はしない。それもこんなにきゃわいい恵々子とあやかならむしろ嬉しいレベルだ。だけどそれもちょっと頻繁すぎるのではないだろうか。

「千鶴先輩、今、千鶴先輩争奪戦が始まりそうなの解ってます?」
「はぁ?なんの冗談?」

「え?本当に気付いておられないのですか?」
「なぬ?」








「「もうすぐ、ダンスパーティーが始まるんですよ?」」









夕食後、その二人の言葉の意味がやっと解った。

ハチは卵の謎は未だ解けぬまま。うんうん毎日頭を押さえながら考えているようで、私は一足早く対策法を探していた。図書室で最近の日課となった兵庫第三の皆様+希望する下級生たちと勉強会をして、夕食の鐘が鳴る。いつものように小平太の隣に座り晩飯をかっくらっていると、夕食後、いつものティータイムはなく、机は床に消え、椅子は全て大広間の横に吸いつけられるように寄って行った。棒付キャンディーを食べていた私の身体も、座っていた椅子ごとスゥウウと壁によせられていった。驚いているのもつかの間。大広間入って、向かい右側の壁には女子が。左側へは男子が吸い寄せられていっていた。ぽかんとするのもつかのま、シナ先生がコホンと小さく咳払いをして、大広間は静寂に包まれた。


「予てより、トライウィザードトーナメンにともない舞踏会を行うのが、伝統とされています。海の向こうの魔法学校では、クリスマスイヴに開催されますが、此処は丁度梅雨の時期。聖なる夜に開催というわけにはいきませんが、お客様と共に大広間で騒いで結構。ただし、お行儀良く、お願いいたしますね」


舞踏会。あぁ、あやかたちが言ってたのはこれか。私は足を組んでからんと口の中で飴を転がした。恵々子たちはこれで私の争奪戦が行われると言っていたのか。バカな。ダンスなら勝手に一人d


「早くペアを決めないと、一人で寂しい思いをしますよ」


そうですよねー!!舞踏会ならペアで踊りますよねー!!!


「あやかさん」
「辞退できるけないでしょう。千鶴先輩は大川の代表選手なんですよ?」
「いえしかし」
「寝言は寝てからどうぞ」
「ウィッス」


「今全校生徒、そして兵庫第三、風魔とすべての生徒が集合しているので言わせていただきます。たった一夜で己の学校の名に恥じぬようはしたなくはしゃいでハメを外したりしないこと。各々が最高のリードをしてください。そして、舞踏会なので、何よりも肝心なのが、……ダンスです」


シナ先生のその言葉に、男子も女子もざわざわと騒ぎ始めた。そりゃそうだ。こんな公開処刑に匹敵するほどの恥ずかしい事出来るわけがない。海の向こうの文化なら恥ずかしくもなくすぐに踊れるだろう。それにダンスの心得があるやつは多いだろうが、問題はペア決めだ。リア充が増えることであろうな。くっそ爆発しろ。

シナ先生がパチンと指を鳴らすと、小松田さんはゆっくり大きなレコードに針を乗せた。それと同時に、優雅な音楽が大広間に響いて、全校生徒がさらにざわついた。あぁバカバカしい。当日は風邪を引く予定になってるはずだから私には関係のない話だ。ポケットから読みかけの本を取り出し、飴を舐めながら音楽をBGMに、私は完全に別の世界へ入って行った。



「さ、誰か代表して踊ってくださる方はいらっしゃらない?」



「いきなよ恵々子、憧れの小平太先輩と踊って来な」
「や、やめてくださいよ…!」


女子はざわつき、男子は下を向いて素知らぬ顔をした。

だがそんな中、男子席の方からカツンカツンと足音が響いていく。なんとまぁ物好きな奴もいたもんだ。誘われた女はさぞ幸せだろうに。

本から目を離さずそんなことを考えていると、最悪なことに、足音は私の目の前で止まった。




「与四郎、」

「おらと踊ってくれんべ?お姫様」




跪き、手を差し出すのは、風魔の真っ白い制服に身を包んだ与四郎さんその人でした。うおおおおお公開処刑執行人は貴様かぁああああ!!!
女子はそれにきゃー!と黄色い声をだし、男子は、……っていうかろ組寮の生徒は殺意むき出しでこっちを見てた。あ、まずい、主に兵庫第三の義丸さんの顔がマズい。与四郎逃げて超逃げて。


「失礼、錫高野くん。貴方は風魔の代表、円城寺さんも大川の代表。残念だけど代表選手同士でペアを組むことは出来ないわ」

「えぇー!なんだべそら!そんならそうと早く言ってくんねぇと!」


与四郎は跪きながらそう叫んだ。なるほど、代表選手同士でペアにはなれないのね。良い事聞いた。与四郎とペア組んだら、…絶対風魔の女子から殺される。っていうかさっきから恐らく与四郎ファンであろう女子からの視線が痛い。そりゃまぁあそこまでちょっかい出されてちゃ、ファンも激おこですわな。いやまぁ与四郎とは(ほぼ一方的にだが)親しくさせていただいております。好かれているというのも自覚しておりますが、与四郎さんお願いですから自校の女子の皆様の気にもなってくださいな。

……だけど、こんなイケメン独占できているだなんて、考えようによっちゃ凄いことよねぇ。なんでこんな私に構ってくれんのかしららら。


「でも、これは練習ってことでいいんでしょう?」
「!」




「踊っていただけますか?王子様」




本を椅子に置き、ローブをスカートに見立てて指でわざとらしく持ち上げた。手をゆっくり、与四郎の差し出す手に乗っけると、与四郎は満足そうに笑って私の身体を引き寄せた。キィイイと風魔の女子が騒ぐけれど、フハハハ!!今だけは優越感に浸れるわチクショウ!!

風魔の女子め、貴様ら一回戦目で、私は五分でドラゴンにやられる方にかけていたのを知っているんだからね!!三郎から聞いたんだから!!お前ら絶対許さんぞ!!!


「…与四郎イケメンなんだから、これ以上かっこいいことしないでくれる?」
「なして?」

「……私の心臓が持たない」
「そりゃぁ都合いいべ。おらがおめぇさんの心かんまぁしてんなら、おらにそのまんませっきり惚れてもらって、風魔につれてかえんべ」

「こ、断る…」
「ひゃっこいなー」


与四郎の余裕ぶっこいた笑顔が腹立つ。喜三太狂とはいえ、イ、イケメンに微笑まれてときめかないほど私の心強くないんだからねッ…!!

手を取り腕は腰に回され、音楽に合わせて体はくるりと一回転して、与四郎のリードの身を任せた。大広間で踊る私たちをみてか、男子は徐々に腰を上げ女子を誘いに行った。女子から踊ってほしいと誘いに出るものもいれば、恥ずかしくてか大広間から出て行ってしまう者たちもいた。あらあら、可愛いなぁみんな。



そしてこの日を境に、恵々子とあやかはさらに私のボディーガードを強化していった。恵々子もあやかも、私からほとんど離れようとはせず、近寄る男子という男子を全て睨み付けていき、私にペアの誘いをするようなヤツを遠ざけて行った。おいおい、ハンパな男に渡したしたくないっていう心は解ったけど、これじゃ私ぼっちになっちゃうよ。先輩悲しいよ。

今恵々子は先生から呼び出しをくらっているようで、私の横にいるのはあやかだけだ。

「っていうか、あやかこそペアは?」
「私はダンスパーティーなど出ませんよ!千鶴先輩をお守りするのが役目ですから!」

「えぇー!あやかのドレス姿みたいのになぁぁぁーーー????」
「で、でも私には、」

あぁー、学園内に徐々にリア充たちが増えてきた。死にたい。


「っと、よぉ嬢ちゃん」
「おや、義丸さん」

知らない人間の突然の出没に、とっさにあやかは私の制服をキュッと握った。


「お堅いお目付け役がいるって聞いたんだが、本当にいたんだな。千鶴、ダンスパーティーのペア決まってねぇんだって?」
「可愛い後輩に守られるのは嬉しいけれど、これじゃ私ぼっちになっちゃいそう」
「出来るもんなら千鶴は俺と踊って欲しかったんだが、代表同士じゃダメみてぇだしなぁ」

曲がり角で出会ったのは、タンクトップの素敵筋肉の義丸さんだった。手に持つ分厚い教科書を見る限り、恐らく授業終わりなのだろう。後ろを走る一年は組寮の子たちがいるってことは、一年生の授業に混ざってたのか。偉いなぁ、こんなにおっきいのに一年生の授業に混ざれるとか。そういえば、は組寮のタカ丸も一年生の授業に混ざってたなぁ。努力家は本当に素晴らしい!尊敬する!


「嬢ちゃん、名前は?」
「え、あ、あやか、です」

「可愛い後輩ちゃんだな」
「でしょう?自慢の可愛い後輩ですよ」
「そうかそうか。この子ダンスのペアは?」
「ダンスパーティーに参加の意思がないみたいで、決まってません」

「なんだもったいねぇな。こんなに可愛い嬢ちゃんが一人じゃ海の男の名が廃る。そうじゃ嬢ちゃん、俺と一緒に踊ってくれねぇかな?」
「は、はい…!?」


義丸さんは仰々しく膝をつき、私の制服を握っていたあやかの手をとった。あやかはボンッ!と一気に顔を真っ赤にしたが、義丸さんもなかなかイケメン部類だ。怖いけど。こんなの人に膝をつかれて真っ赤にならないわけがない。まぁ私はならないけどね。変態だって知ってるし。

「…義丸さん」
「ん?」
「あなたいくつでしたっけ」
「25」


「通報しました」
「なんでだよ!!」


「まぁいいか!あやか!ドレスは義丸さんに選んで貰えよ!お幸せに!」
「えっ!ちょっと!千鶴せんぱぁい!」


義丸さんに手を握られたままのあやかを放置し、私は一直線に学園外に駆け出した。恵々子もいない今!やっと私は一人になれるのだ!フハハハ!やっとこれで一人でゆっくり勉強ができるぜ!勉強も読書も常に恵々子とあやかが側にいたから集中できなかったがやっとだぁぁあ!!

校舎の外に出て庭へ足を運んだ。大木先生の小屋が見える場所のベンチに座り、私は深く深くため息を吐いた。今日の授業は終わった。あとは夕食まで適当に時間を潰していよう。本を開いて風の音を聞きながら、私は教科書を開いた。

ぶっちゃけ今はダンスパーティーどころではない。ハチがヒントを解く前に、私も対策法を出しておかねばならないというのに、あのヒントから次の対戦方法がさっぱり思いつかないのだ。さてさてどうしたもんかなぁ。ハチならもうそろそろヒント解ってもいい頃だろう。

あぁやっと一人きりだ。久しぶりにのんびr




「三之助ぇええーーー!!左門んんんん!!!!」




り……出来ない…だと…………。




「作兵衛?」

「あっ!千鶴先輩!す、すいません邪魔して…!」
「いやいや、邪魔ではないけど」
「あいつら見てませんか!またどっかいっちまって!」
「いやぁ?今日はとんと見てないけど…」
「あいつら…!」

私は最近、作兵衛が土井先生とタメはれるほどの神経性胃炎になってしまうのではないかとハラハラしている。杖を片手に校内を爆走する作兵衛に、安息の日などはない。そろそろ私と留三郎と小平太の力作の忍びの地図をこの子に譲り渡す日が近いかもしれないなぁ。よし、あいつらと相談しよう。


「おいで作兵衛、たまには休憩しなさいな」
「で、ですが…!」

「ここに、長次が作った南瓜のパイがふたつあります」
「!」

長次の手作り南瓜のパイといえば長次が作る美味しいお菓子ランキングで常に上位に居座り続けている絶対的王者だ。これを嫌いというやつはこの世界には一人としているわけがない。ろ組寮の連中はたまに長次が作るお菓子に血眼になっての争奪戦を始める。まぁ私と小平太は仲良しだから貰えるけど、他の連中は好きに食えと言われるので、手に入れられないときもあるようだ。

間食用に作ってくれたそれは小平太と食べようと思ったのだが、恵々子とあやかがずっとくっついていたので小平太を探すことが出来なかった。恵々子かあやかどっちかだけにあげるわけにもいかないし。

え?二つあげろよって?嫌にきまってんだろ一個は私のだ。


作兵衛もその長次のお菓子が大好きな子の一人であり、私がポケットからラップされたそれを出すと、杖をしまって大人しく私が座るベンチの横へ腰を下ろした。きゃわいい。

「美味しいですか?」
「はい!」
「それはなにより」

もくもくとパイを口に運ぶ作兵衛の頭をぽんぽんと撫で私は背もたれに深く体重をかけ本を開いた。足を組んでぱらりぱらりとページをめくっていきながらさくさくとパイを食い進めると、横にいた作兵衛が「あの!」と突然大きな声を上げたのだった。


「どうした?」
「千鶴、先輩は、…!」
「うん?」
「ダンスパーティーとか、どう、されるのですか!」

「ダンスパーティー?あぁ、どうしようかなぁと思ってる」
「……へ?」
「ペア決めてないし、恵々子とあやかに邪魔されてたんだよ」

「千鶴先輩と踊りたい方なんて、たくさんいるでしょうに…」
「ははは、それはどうかなぁ」
「ぜってぇいます!千鶴先輩はドラゴンだって倒した凄い人ですよ!」
「恵々子とあやか怒らせるぐらいならドラゴン相手のほうがまだ気が楽だったよ」

最後の一口を口に放り込み、名残惜しいがパイは手から消えてしまった。飲み物でも持って来ればよかったかなと思っていると、作兵衛が肩にかけていたバッグから小さいタンブラーを差し出した。中身は紅茶か。なんて気の利くいい子なんでしょうか。

「ありがとう。まぁぶっちゃけダンスパーティーぐらいばっくれても文句言われないっしょ。大丈夫大丈夫。当日は禁じられた森でセストラルの世話と遊んでるよ」
「そう、ですか」


タンブラーをバッグにしまい、作兵衛は足をぶらぶらと動かした。

いやいや、だってあれ強制とか言われてないし。っていうか、大川は共学。そんでもって風魔も共学だけど、兵庫第三は男子学校だ。仮に大川と風魔の男女比が全く同じだったとしても、兵庫第三がいる限り、男女比は絶対的に男の方が多い。ペアが作れなくてあぶれる子もいるはずだ。それに恥ずかしいからとか、ダンスを踊れないからという理由で欠席するやからも少なからずいるはず。だったら別に私も出なくてよくね?二回戦目のことについても考えておかなきゃいけないし、時間無駄にしたくないし。出来ることなら休みたい。双魔からゲーゲートローチでも買うか。


「あ、あの、」
「ん、」
「その……」
「どうした」

「…お!俺に千鶴先輩なんて!た、高望みだって解ってます!!り、理解はしてますから!!」
「ん!?何!?なんだって!?何の話!?」




「もし、もしよろしければ!!お、お、俺とダンスパーティーに行っていただけないでしょうか!!!!!!」




「はいよろこんで!!!!!!」
「えっ!」


作兵衛はベンチから立ち上がり、未だ本へと視線を向けている私の前に立って手をつきだした。握手でもするのかと思いきや、彼は私にダンスパーティーの申し込みをしてきたのだった。さんざん言っているが、私は未だダンスパーティーのペアを決めていない。むしろ決める気すらなかったところだった。其処へまさかの可愛い可愛い後輩からのお誘い。断るわけがないだろう!!


「え?本当?本当に私でいいの?」
「千鶴先輩さえよろしければ!」

「作兵衛同級生からモテるんだから同級生で探せばいいのに」
「……三之助と左門追っかけてる日々をおくってたら…」
「oh…」


すっかりタイミングを逃したという事か。南無。

私は立ち上がり、私の前にあった手をきゅっと握った。作兵衛はそれに満足そうに笑って、私に抱き着いた。ううん可愛い。そうと決まればとっととドレスを用意しなくては!作兵衛のドレスローブも一緒に用意しよう!


「じゃぁ買い物行こうか!仕立て屋!」
「はい!」


抱き着いて、私を見上げる作兵衛に、一つの疑問が浮かんだ。









踊るとき…………身長差、大丈夫だよね。
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