四章:第一回戦
「うーん……千鶴先輩が自分から起きるのを待つか…それとも起こすべきなのか……早くしないと試合が………でも千鶴先輩低血圧だし……」 「もそ…」 「!中在家先輩!」
「……『汝の夢よ、今この時より悪夢へ変われ』」
「…………………ッッ!!!!ギャァァアアアアアアアアアーーーーーーーーーーッッッ!!!!」
「千鶴先輩!?」
「い、今、い、いい、今、赤子を抱いたばばばばっばっばbっばば化け物が……!!!」 「化け物!?赤子!?」
「…あ、なんだ長次か……起こしてくれたのね、ありがと…」
「…もそ…」
本を片手に杖をくるくるとペンのように回し、それをしまった。恐らく、今私を起こした呪文は長次オリジナルの呪文であり、朝の目覚めが悪すぎる私のためにと開発した呪文である。どんなにいい夢を見ていてもその夢は悪夢へ変わり、悪夢はさらに怖すぎる夢へと変わり強制的に現実世界へ連れ戻される恐ろしい呪文だ。長次が手に持っているのは姑獲鳥の夏。あぁ、あの化け物は姑獲鳥だったのか。そりゃ恐ろしいわけだ。
「おはよう雷蔵、今日はよろしくね」 「はい!宜しくお願い致します!!」
ぼさぼさになった寝癖を長次に整えられ、その間に杖を手の中で踊るように回す。引き出しが開き箪笥が開き、今日の着替えはベッドの上に、化粧品は顔の前で舞い、顔面工事をしながら服を着替える。ギュッと髪を結ばれ飛んできた鏡で左右を確認して、準備はOK。ついで長次は小平太を起こさねばと隣のベッドに入って行った。ありがと長次ママ。
先に行ってろと手をひらひらされ、私は雷蔵と共に大広間へ向かった。ぐあぁぁと大きく欠伸をしながら歩き大広間へ着いたのだが、中には代表選手以外は誰もいなかった。むしろ大川の生徒だけ。他の連中はもう競技場で待機しているらしい。なんとまぁ早いこと早いこと。じゃぁ長次たちもそのまま向こう行くのかな。ご飯持ってったかな。……まぁ持ってなくてもきり丸らへんが弁当とか売ってそうだけど。
「おはよう、仙蔵」 「ああおはよう。紹介しておこう、第一回戦、私とペアを組んだ久々知兵助だ」
「え!?兵助!?」 「兵助!お前がペアなのか!」 「おはようございます千鶴先輩。おはよう雷蔵。今日はよろしくな」
仙蔵の横に座ると、仙蔵の向こうに隠れていた姿が立ち上がり、私に深々と頭を下げた。兵助だ。まさか同じ委員会の後輩が一回戦目で出てくるは全く思わなんだ。ちょっと複雑だったけど、まぁ別に直接決闘倶楽部のように戦うわけじゃない。兵助は仙蔵のために全力でドラゴンを倒しに行くだけだろう。
「千鶴、僕のペアは数馬だよ!ドラゴンでさえ効く魔法薬の開発を実験したくて」 「三反田数馬です!宜しくお願いします!」
「そっか、は組寮は下級生なんだね?ま、マイナスにマイナスがかかればプラスになるし、不運と不運がかかれば幸運な事あるかもねぇ」 「頑張ってね三反田!」
はい!と大きく返事をした数馬は、もりもりと幸せそうにご飯を食べた。うちとい組は五年から。は組寮からは同じ委員会で信頼も厚いのか、パートナーには三年の数馬が選ばれたようだった。 風魔と兵庫第三は?と聞いたのだが、今朝はあの二校には誰も逢っていないらしく、情報は得られなかった。まぁどうせ向こう行けばあえるだろうし。とりあえず飯を食おう。腹が減っては戦が出来ぬというしね。
今朝の焼き魚定食も美味でございました。手を合わせ荷物を持ち、大川代表三組そろって大広間を出、競技場へと向かった。緊張した面持ちの数馬を雷蔵と兵助が手を繋ぎながら緊張をほぐしてあげている姿に何とも言えぬ萌を覚え、試合前だと言うのに呼吸が荒くなってしまった。二人がこんなにやさしい顔するだなんて計算してないぞ…!!
競技場に向かうにつれ、歓声がどんどん大きくなっていった。まるでコロシアムのような競技場から聞こえる歓声は地を揺らすほどに大きかった。競技場の周りには知らぬ服を着た知らぬ顔の人間もいた。仙蔵が言うには、学園長の招待で他の学校の教師や、魔法省の人間までもが見に来ているのだとか。なんていい迷惑。コロシアムの中でドラゴンと戦うところを見に来ただなんて、これじゃ本当に海の向こうの国にあるコロッセウムと同じようではないか。私たちは永久の栄光が目当て。剣闘士なんかじゃない。……まぁ、敵がドラゴンってとこでもう命がけなんだけど。
裏口から中へ入り指示された部屋に行くと、兵庫第三の義丸さんと、風魔の与四郎はもう着替えて準備が整っていた。
「おはよう与四郎、今日はお互い頑張ろうね!」 「あぁ!こっちこそよろしく頼むだよ!」
相棒の後輩だと紹介された知らぬ顔。お互い自己紹介をして頭を下げると、ガッと肩を義丸さんに掴まれた。
「よう千鶴、俺には挨拶無しか?」 「おはようございます義丸さん、順番ですよ順番」 「おはよう。こいつが今日の俺の相棒だ、よろしくな」
「おはようございまーす!義丸のアニキのペアで、網問っていいます!」
「網問さん、今日はよろしくお願いしますね!」
がっしり握手を交わした好青年の網問さんははなんとも人懐っこそうな性格で、犬のようにころころと可愛く笑ってみせた。あ、癒された。雷蔵も網問さんと握手を交わし、準備を済ませるため荷物を置いて服を着替えた。 準備が終わると、カーテンの向こうから学園長先生が開会宣言を声高らかに叫んでいらっしゃった。さらに大きくなる歓声に、ちょっとだけ心臓がはねた。ううん、今更ながら凄い舞台に立つんだなぁ。死ななきゃいいけど。
「代表選手諸君!此処へ集まるのじゃ!」
カーテンが開き向こうから学園長先生と、その他学校の教師陣の方々が中に入ってきた。恐らくその上を飛んでいるのはカメラだろう。競技場にとりつけられた大画面に、今の映像が映し出されているのか、外から私たちの名を呼ぶ声が大勢聞こえた。雷蔵はぴったりと私の横につき、その横にいた緊張している面持ちの数馬と手を繋いでいた。ギャワイィイイ。
「協議の結果、順番はゴブレットが名を吐き出した順に進めることとする!各々第一回戦目の課題は、何処からともなく情報をえておるようじゃな?」
チラリと私の方をみた学園長先生。くそぅバレてやがる。
「土井先生!」 「はい、」
土井先生が、もぞもぞと動く布袋を、与四郎の前に出した。与四郎は何だ?という顔をしながらも、その布袋の中に手を突っ込んだ。中からつかんだのは、手のひらサイズのドラゴン。……の、模型か?
「…風魔は、ウクライナ・アイアンベリーです」
ウクライナ・アイアンベリーといえば、グリンゴッツの銀行を守っていると噂され、ドラゴンの中では最大の種類だと本に書いてあった。
此処で外の客席の連中は、第一の課題を察したのか、競技場がどよどよとどよめき始めた。永久の栄光がかかったトーナメント、命がけと言われていたとはいえ、まさかドラゴンと対決することになるとはと思っているのだろう。私たちはそれを数日前に知ったんだよクソ!!!!
続いて義丸が引いたのは、「チャイニーズ・ファイアーボール」。仙蔵が引いたのは「ハンガリー・ホーンテール」。伊作は「ルーマニア・ロングホーン」だった。
さて残った種類は何か。実際に見た獅子龍はひかれたし…。
「雷蔵、ひいていいよ」 「は、はい」
雷蔵が手に取り、中から引きだしたのは、「ペルー・バイパーツース」という種類だ。頭をフル回転させ図書室から借りた本の中を思い出す。えーっと、確かドラゴンの中では一番小柄だけど、スピードが異常に早いヤツだ。嗚呼、これはついてるぞ。私たちには丁度いい相手じゃないか。
「いいねぇ、残り物には福がある」 「千鶴先輩、随分と余裕ですね」 「そりゃぁ相棒が優秀な雷蔵じゃ、緊張のしようがないもん」 「……ご期待に答えられるよう、善処いたします」
「ルールは簡単じゃ!各々が引いたドラゴンが守る卵を奪う!それだけじゃ!なお卵は金色で、競技場の何処かに置いてある!見つけ出し、それを奪い、卵を持ち競技場東にある檻の空いている所へ飛び込めば、合格とする!失格ルールは、命を落とした者、それだけじゃ!」
命を落とした者。なるほどな、そりゃ強制失格だわ。
「では風魔の、準備はよろしいかの?」 「……あぁ、大丈夫だーよ」
「よろしい!では風魔流忍術学校代表、錫高野与四郎!大砲の合図d
ドォオオオオオオンッ
「おわぁ!!小松田くん!!!!!!」 「ほぇぇええすいません学園長先生ぇ!!」
学園長先生が思っていたタイミングとは違ったタイミングで、テントの上にいた小松田さんは思いっきり大砲をぶちかました。あ、あれミキティの鹿子じゃね?
与四郎は大きく深呼吸して、ペアの後輩とテントの入口に立った。
「与四郎、頑張ってね」 「あぁ!おらのかっけぇとこしっかり見てろー!」
いつも通りのおちゃらけたような笑顔で、与四郎はテントから出て行った。
義丸さんも仙蔵も伊作も、網問さんも数馬も雷蔵も、自分の事でいっぱいいっぱいで風魔の戦い方を見ている余裕もなかったようだ。設置されたテントの中の椅子に深く腰掛け、集中力を高めているようにも相手をしていた見える。
そんな中、私だけはテントから顔を出し外を眺めていた。ドラゴンが美しくて緊張とかそれどころじゃない。与四郎が相手をしていたウクライナ・アイアンベリーは白とも灰色ともいえる眩しい色で、爪は長く、目はドス黒い赤を光らせ与四郎を狙って真っ赤な炎を吐いていた。うひょー!と興奮しているのもつかの間、与四郎が後輩を庇うように岩場を飛び、マントを舞わせ風を起こし炎の軌道をずらした。なるほど、風魔ならではの魔法はあれか。風を操りドラゴンの翼を押さえ飛ばないようにし、その間に後輩くんが卵を奪取し東の出口へ駆け込んだ。檻が降り、ゲームは其処で終了となった。 拍手が起こり無事に一回戦目を突破した二人だったが、課題は思った以上に苛酷なものだった。風の悪魔と呼ばれた与四郎が苦戦を強いられていたみたいで、自慢の真っ白いマントを焦がして帰って来た。すぐに救護班に取り囲まれたが、小さいながら顔にも火傷の跡が目に見えた。
ついでテントから出て行った義丸さんと網問さん。二人はさっき私に向けていた笑顔が嘘だったかのように真剣な表情で立っていた。頑張ってくださいと言って見せた笑顔は、恐らく精一杯の強がりだ。 そういえば義丸さんに、先日兵庫第三の学校は海の中にあるという素敵な話を聞いた。まるでそこは水族館のようで、でも太陽の光は不思議なことに陸地と同じぐらいに届いているのだと。そのせいもあるのか、兵庫第三の二人は水を操る力が特化しているようだった。Aguamentiにより出した水を思うままに操り獅子龍の炎を遮った。船に乗る機会が多いからか、その時に吹く風を一瞬にして読み取り風上へ。強く吹いた時はその分炎の威力も弱まり、義丸さんたちにとっては都合が良い。自然の力を味方につけ、勉強中というたどたどしい呪文で必死にドラゴンからの攻撃を回避し、兵庫第三は奇跡的に無傷でゲームを終わらせた。
ついに大川の出番となり、仙蔵は兵助を連れて、意気揚々とテントから出て行った。行ってきますと私に頭を下げた兵助は、緊張と不安と期待のいりまじったような表情をしていた。 仙蔵たちの対ドラゴン戦は、まさしくコロシアムでやるにふさわしい戦い方だった。杖を振り、攻撃呪文と防御呪文を重ね合わせ、まるでそれは決闘倶楽部にいるような姿だった。いくら狂暴なドラゴンとはいえ、魔法使いの魔法のスピードには敵わない。それも決闘倶楽部で負け知らずの仙蔵の力あり、勤勉化で努力家の兵助が加われば、鬼に金棒だ。鎖につながれたドラゴンは空をそこまで高く飛べないが、上からの攻撃。その形で仙蔵はドラゴンの動きを止め、兵助はその間に卵を奪取し東の出口へ走った。しかし、呪文を解き仙蔵も走ったが、岩場で安定していない足場。姿勢を崩した兵助はその隙を突かれて攻撃してきたドラゴンの爪により左足に重傷を負った。私は思わずテントを飛び出し柵に手をかけ競技場を見下ろした。あの兵助の叫び声、傷は深い。まずい、骨までいってないだろうな。防御呪文も間に合わず、仙蔵はそれに気を乱したのか、ドラゴンに全力の失神呪文を食らわせ、ドラゴンは吹き飛び気を失うように地に伏せた。兵助を担ぎ東出口に出た二人はそのまま試合終了。会場がざわつく中、伊作と数馬以外の保健委員もあの場へ駆けつけるように走って行った。
兵助の事が心配か、伊作は気が気ではなかった。保健委員だからいかないととは言っていたが、次はお前らたちの出番だと私が行くのを阻止した。戸惑ってはいたが、出番となり、意を決して、伊作と数馬は手を繋いでテントの外へ出て行った。
「…へ、兵助は大丈夫でしょうか……!い、行ったほうが…!で、でも、次は僕らの番だし…!」
「…心配なら行っておいで雷蔵。あんたがいなくても、私は一人で戦える」 「そ、そんな…!」
「だったら、今はこれに集中しなさい。兵助だって生半可な覚悟で仙蔵のペアになったんじゃない。命落とす覚悟で参加を決意したんだから、心配しなくても大丈夫だよ」
「…千鶴先輩」 「それに、あれは私の委員会の後輩だよ。…ちょっとやそっとじゃ死にはしない」
恐らくこの言葉は、私自身に言い聞かせているのもある。私だって、大事な後輩があんな断末魔のような叫び声をあげたのを聞いてしまったのだ。心配しないわけがない。兵助は大丈夫だろうか。骨までいっていたりしたら。私の薬を預ければよかった。仙蔵に怪我は。嗚呼、もし雷蔵が同じ目にあったりしたらどうしよう。どうしよう。大事な後輩に怪我をさせてしまったら。
「……千鶴先輩、僕は大丈夫ですよ!心配しないでください!」 「…雷蔵、」 「今日ばっかりは、悩むことはやめます!兵助の事も、信じます!!千鶴先輩の指示すべてに従います!頑張って、一回戦目突破しましょう!!」 「……っ、おう!!任せたぞ相棒!」 「はい!お任せください!」
ガチッとグーにした手を合わせた。伊作たちが出て行ってから随分と時間がたっていたのか、客席が突如歓声に包まれた。テントを両手で開き見下ろすと、ドラゴンはぐったりと地に伏せ大きく、いびきをかいていた。マントで口元を覆っていた伊作は、倒れたルーマニア・ロングホーンの角を少し切り落とし服の中に入れていた箱にそれをしまった。ルーマニア・ロングホーンの角は魔法薬の材料になるのだ。あの野郎それをとるとは随分と余裕じゃねぇか。私の分もとってくれただろうな。さっきまで緊張してた顔は何処にいきやがった。数馬と手を繋いで仲良く卵を持ち上げ、観客席に手を振りながら余裕で出口から出て行った。い、伊作…!恐ろしい子……!
「……ん、」 「千鶴先輩?」 「……うわ、この匂い、伊作のやつ眠り薬使いやがったな…!」
生ける屍の水薬。伊作がこの学園に入ってすぐに作り方を身に着けた薬だ。強力過ぎると一生眠ったままとなってしまうような薬だ。あいつはこれの調合は異常に得意で、調節も上手い。眠れくなったら伊作に頼むのが一番だ。長次は良く眠らない小平太のために調合してもらっている。まぁ飲ませるまでが大変なんだけど。
「さ、そろそろ行こうか雷蔵。準備は?」
「ばっちりです!」
「それでこのろ組の生徒だ!さ!行こう!」
「はい!」
千鶴コールと雷蔵コールが響く競技場。テントから出て階段を降りた。
さぁ、行こうか相棒!
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