三章:作戦会議

本があっちへこっちへ飛び回る。本棚の上の方へしまうべき本を本棚の前で手を離すと、それはマグルの世界で言うエレベーターのようにふわりとまっすぐ上に飛んで行って本と本の間にすっとおさまった。毎度のことながら図書室にかかっている魔法はとても便利だ。これもこれもと本棚の前で手を離すと、上へ上へと飛んで行った。

だが、三冊ほど、この本棚の中にしまわれるはずの本が別の場所へ飛んで行ってしまう。はて、あの本は此の棚のはずなのに。一体何処へ行くのだろう。

腕に抱えた返却済みの本を全て棚に戻し終え、本が飛んで行った方向へ足を運んだ。空飛ぶ本の後ろをついていくと、その本はとある人物の座る机の上にぽすりとおさまった。


「…千鶴、先輩?」


飛んできた本に気付いたのか、ぼーっとしていた千鶴先輩は、ハッと意識を戻したように手元にある羽ペンを動かした。しかし、その手もしばらく動くと、また再びピタリと止まった。
千鶴先輩がぼーっとされるなんて、珍しい。勉学が身に入らないのだろうか。

嗚呼、そういえば千鶴先輩はトライウィザードトーナメントの代表選手に選ばれたのだった。僕も実は名乗り上げたけど、やはり僕みたいな優柔不断な人間に苛酷な課題をこなせるわけないもんね。千鶴先輩の方が適しているだろうなぁ。
そっと横に座ったのだが、千鶴先輩の視点はぼーっと目の前の壁を見つめているだけで、僕にはちっとも気付かなかった。


「…千鶴先輩?」
「ぎゃぉっ!!!」

「す、すいません!驚かせました!?」
「あ、雷蔵!いや、ううん、あ、またぼーっとしてた?」
「えぇ、なんだか、集中されていないような…」

「あー、ちょっと休憩…」

勉強用の眼鏡を外して、千鶴先輩はんんーと声を漏らして椅子にもたれかかるように背伸びをした。
ふと千鶴先輩の座っておられる席に山積みになっている本の数々に目を移した。

「ドラゴン学」「ドラゴンの言葉」「ドラゴン全種」「魔法生物・ドラゴンの章」「ドラゴン今昔」

どれもかしこもドラゴンの本だ。恐らくこの図書館の中にあるドラゴンの本という本は今此処に集まっているのではないかというぐらい大量に置いてあった。
千鶴先輩は確かにいろいろな生物の言語を後天的にマスターしている天才的頭脳の持ち主だ。なるほど、今年はドラゴンの言葉について学んでいくのか。

「千鶴先輩、本年度はドラゴンについて勉強されるのですか?」
「…………その予定は夏からだったんだけど…………だったんだけど……急遽早まったのよ……」
「??早まった?どういうことです?」

千鶴先輩は目を覆うように両手で顔をかくし、深く深くため息を吐いた。


「…トライウィザードトーナメントの第一の課題が、ドラゴンと戦うことだったんだよね…」


僕はびっくりしてえ"!?と言葉にもならないような声を発してしまった。今日の図書館の当番は僕と中在家先輩だ。これ以上騒いだら怒られちゃうかもしれない。静かにしておこう。


「どういうことです…!?ドラ、…え!?」
「森番されてる大木先生に教えてもらったんだよねぇ……つい先日禁じられた森にドラゴンが数頭運び込まれたって…」

千鶴先輩はポツリポツリと事の経緯を話してくださった。森で数頭のドラゴンが火を吐いているところを見てしまったと。そしてそのドラゴンと戦うことが、第一の課題なのだということを教えてもらったことを。

「何の種類がいました!?」
「確認できたのはチャイニーズ・ファイアーボールだったよ…とんでもなく美しい体をしていた……」

この話を千鶴先輩は、急ぎ寮へ戻り、大川からの代表である立花先輩と善法寺先輩へ知らせたらしい。二人とも顔を真っ青にして、各々対策を練るため散って行ったらしい。恐らく立花先輩はまずペア選びから。善法寺先輩は作戦から練り始めるだろう。千鶴先輩は、まず敵から知ろうと考えられて図書室に来られたのだろう。それにしてもすごい量の本だ。


「それで、千鶴先輩は此処でドラゴンについて勉強を?」
「うん、まぁ、そのつもりだったんだけどねぇ……」
「……何か思うようにいかないことでも?」

千鶴先輩ははぁぁとため息を吐いて、額に手を当て、





「あまりにもドラゴンという存在が美しすぎて、魅入ってしまったんだよ……。あの美しさが頭から離れなくて……全然集中できない…」





まるで恋でもしているかのように優しい声で、そう仰った。
生物委員でもない限り、そんな生き物と関わるなんてことそうそうないだろう。それにドラゴンなんて大川でさえ飼ってない。千鶴先輩は初めてドラゴンを間近く見て、虜になってしまったのだろう。

僕も何度か八左ヱ門が読んでいる本を見てその存在は知っている。もちろん実物を見たことなんて一度もないが、写真だけでも十分すぎるほどに美しい存在だった。人間を臆することない堂々たる風格。鮮やかな色。鋭い牙。大きな翼。実物を見て、虜にならない方がおかしい話だ。


「…千鶴先輩、まるで恋でもしたみたいですよ」
「いや、もう本当に、それに近い感情だねこれは。感動すら覚えたよ。あんな間近くドラゴンを拝める日が来るなんて思いもしてなかったから……。はぁ…なんて…美しい……」

それはさながら滝夜叉丸が自分に見とれているような声。でも千鶴先輩は本の中で動くドラゴンを見つめているだけ。己に見惚れたわけではない。

「千鶴先輩は、色々な生物の語源を学んでおられましたが、…ドラゴンの言語について学ばれなかったのですか?」
「もちろん興味はあったさ。でもゴブリンやマーピープルのように学園にいるわけではないから、一生使わない言葉だろうからと後回しにしていたんだ……。そしたら急に春休みに長次と小平太とルーマニアに旅行に行って見に行こうと計画が出てね。行って来たんだ。長次の知り合いがドラゴンの研究家でね」
「へぇ!いいですね!」

「かなり遠くからであまりよくは見えなかったけど、その後本で魅入った私はこれから勉強しようとおもっていたんだ……。盲点だったよ、まさかトライウィザードトーナメントの課題でドラゴンがでてくるだなんて…。むしろ行くともっと早く解っていたら去年から勉強していたさ!!マーピープル語なんて後回しにすればよかったよ!!」


バンッ!!と力強く本を机に叩きつけると、遠くから「ふへへ…」と声が聞こえたので、僕は慌ててしーっ!と口に指をあてた。千鶴先輩も中在家先輩の笑い声が聞こえたのか、ビクッと肩を揺らして身体を小さくした。

それにしても、千鶴先輩が此処まで夢中になってしまわれるとは、実物のドラゴンとはどれ程までに美しかったのだろう。僕も早く見てみたい。



…それにしても………ドラゴン、か。


ドラゴンという存在には僕も前々から興味はあった。ただ此処で魔法というものを学んでいるだけの身としては全く関わることのないあこがれの存在。あの背中に乗って空を飛べたらとか、仲良くなれたらとか考えたら、考えただけでも天にも昇るような気持ちだ。ハチだって三郎だって、ドラゴンについて記述されている本には必ず夢中になる。それほど、僕らのあこがれの存在ということだ。

千鶴先輩ははぁ…とうっとりしたような顔で未だ本を眺めている。手元の羊皮紙には本で読んだであろう重要な場所が書き写されているようだが、インクはすっかり乾いてしまっているところを見る限り、もうしばらく集中はできていないのだろう。

……あぁ、そうだ。



「………千鶴先輩、」
「お?」
「あの、これは、唯の僕の思い付きなので…その……断っていただいて結構なんですけど……」
「なんだね?」




「……一回戦目のパートナー、僕が立候補させていただいては、ダ、ダメでしょうか…」




千鶴先輩は、僕のその言葉に、大層驚いたように目を見開かれた。それはそうだ、自分で言うのもあれだけど、僕は優柔不断で、決断は三郎や八左ヱ門に任せっぱなし。僕から意見を言うなんて、そうそうあるもんじゃないんじゃないのかな。

「珍しいね雷蔵が、自分からそんなこと言うなんて…」
「……その、僕も、ドラゴンには興味がありまして…、それに、僕、いつも千鶴先輩には宿題見て貰ったり三郎のバカを止めて貰ったりと、いろいろお世話になっているので…、な、何かお手伝いできることがありましたらと……」
「そっかそっか、うん、まだパートナー決まってなかったし、丁度いいねぇ」
「!…そ、それじゃぁ」



「じゃ、一回戦、よろしくね雷蔵!」

「!は、はい!」



千鶴先輩が差し出した右手を、僕は力強く握った。

まずは情報収からだ!と、千鶴先輩は山積みの本の中から必要最低限な本を選び受付にいる中在家先輩のところへ持って行った。僕をパートナーに選んだと中在家先輩に報告すると、頑張れよと、中在家先輩は僕の頭を撫でてくださった。
貸出カードに名前を書き、バッグに次々と本を詰め込み、千鶴先輩は寮で資料を読もうと言った。中在家先輩も早上がりしていいと仰ってくださり、僕は千鶴先輩の後ろをついて図書室を出た。

学園長室に行きパートナーとして正式に登録してもらうと、学園長先生は頑張るのじゃぞ!とエールを送ってくださった。

道中八左ヱ門を実験台にしようとしていたのか何かを食わせようとしていた三郎に出会い、一回戦目のパートナーになったという話をすると、驚いてはいたが、三郎も八左ヱ門も背中を叩いて応援してくれた。二人にはまだ課題は言えないのか、千鶴先輩はドラゴンについては何も触れずにその場を立ち去った。


「やぁ、千鶴ちゃん」
「これはこれはマッドアイてんてー」
「やだなぁ、今は闇祓いじゃなくて闇の魔術に対する防衛術の先生だよ。昆奈門先生でしょ?ほら先生って呼んで」
「うわキモ」

「酷いなぁ。あ、もしかして隣の子が君の一回戦目のパートナーかな?初めまして、えっと」

「あ、不破雷蔵です。ろ組寮の」
「あーはいはい、ごめんね物覚え悪くてさ」

黒いマントをふわふわと揺らしながら曲がり角で出会ったのは、闇の魔術に対する防衛術で今学期より臨時教師として赴任されてきた、雑渡混奈門だ。後ろに部下であろう助手を二人連れ、荷物を持たせているところを見ると、今授業が終わったところかな。きり丸がもう少ししたら当番の時間だから……一年生の授業だったかな?

千鶴先輩と雑渡昆奈門先生は魔法省でお逢いしたことがあるらしい。授与式に出席していた先生と舞台上にいた千鶴先輩。接点はなかったのだが、帰り道偶然出会い少しお話をしたんだそうだ。その時先生として来るなんて聞いていなかったみたいで、始業式の時は大層驚いてたそうだ。


「千鶴ちゃん、第一の課題聞いた?」
「えぇ、なんとも美しい生き物と出会いましたよ」
「さっすが天才頭脳を持つ子だねぇ、あれぐらいじゃ驚かないか」
「見惚れてしまいました……あんなに美しい生き物がこの世界にいるだなんて…」

「……千鶴ちゃん、雷蔵くん、私の部屋においで」


本でいっぱいのバッグを助手の人に持たれ、僕らはマッドアイの言うとおり後ろについて行った。しばらく階段を上がりぎぎぃと重々しくなる扉。此処は闇の魔術に対する防衛術の授業を行う教室。奥の階段を上がり開かれた扉の向こうは、なんとも不思議な空間だった。あちらこちらの闇祓いで使うであろう道具などが飾られており、此処だけ大川じゃないみたいだった。それには触れないでねと言われた瓶。助手(諸泉さんというらしい)さん曰く、闇の魔術がかかっているから危険なんだとか。そんなもの学園に持ち込まないでほしい。

お座りと蹴り飛ばされた椅子に、僕と千鶴先輩は腰を下ろした。後ろにいる助手さんの謎の圧力が怖すぎる。

なんでマッドアイは僕らを此処へ呼んだんだろうか。そしてなんで千鶴先輩は楽しそうにキョロキョロしているのだろうか。ドラゴンに臆することなく見惚れたなんて言うし、この人は本当に怖いもの知らずだなぁ。


「さて、参考に聞きたいんだけど、君はドラゴン相手にどう戦うつもり?」


回り道なしで、直球で聞かれたこの質問に、さっきまでキョロキョロしていた千鶴先輩も真面目な顔をしてマッドアイと向き直った。


「まだ何も。さっき課題を知ったばっかですから、まずは図書館で情報収集を」
「なるほどね。ちなみに、風の悪魔と兵庫第三の奴も課題を耳に入れたらしいけど…」

「恐らく伊作でしょうね。あいつは勝負事には敵味方関係ないって考えをするような人間ですから」
「伊作くんかぁ。彼本当に心優しすぎるよねぇ。新学期初日に大量の薬品持って私の部屋に押しかけて来たんだから」

「あいつの作る薬品は天下一ですよ。切り傷なら二秒で完治します」
「びっくりしたよ、まさか私の呪いまで消せるなんて」
「それがこの学園の最上級生の実力ですよ」
「恐ろしい才能が育っているんだねここは」


ペラペラとマシンガントークを始めた二人。僕は会話に入ることが出来ずに横で聞いているだけだった。高坂さんという助手さんに出されたお茶を口に含むと、千鶴先輩もお茶を受け取って口を潤した。


「兵庫第三は、スクイブや落ちこぼれの連中だと言われていたね。だけど油断してはいけない。それだからこそ、一つの力に特化している可能性もある」
「と、いいますと?」
「例えばの話、私が受け持った網間という子がいたんだけどね、あの子の闇の魔術に対する防衛術の成績は異常に良かった。他の教科はてんでダメ。だけど兵庫第三の中ではズバ抜けてよかったよ。彼は闇祓いになる素質があるねぇ。
兵庫第三の生徒をまだ全員見てないから、兵庫第三代表の義丸という子の得意不得意、特技は解んないね。だけど彼も恐ろしく何かに特化しているって可能性がある。何かの授業が異常に良いとか、決闘倶楽部に出したら異常に強いとかね。この場合は反射神経が良いと言うか、運動神経がいいと言うか」


手に持っていたカップを口に持って行った。この匂いは珈琲かな。


「風の悪魔は見た目通りの男だ。あの男の操る魔法は此処とは違う力を持っている。土地が違ければ開花する力も違う。恐らく君たちには予測不能の行動をとってくるだろうね」
「与四郎ですか」
「以前尊奈門に誘われてワールドカップを見に行ったよ。彼のスピードは箒の力じゃない。確かに使っている箒は最高級の良い箒だけど、あの箒が持つ力の150%を出している。それは彼の育った環境がなせる技だよ、此処で育ったのならあんなこと出来ないね」


土地で出来る技。…おそらく、風。それを操っているのだろう。名前の通り、本当に"風の悪魔"だ。


「千鶴ちゃんの特技は?魔法薬?多言語?」
「ぐらいですかね」
「これをドラゴンにどう生かす?」
「さぁ、まだ何も」


ほっこりした調子で、ずずずと二人で口を潤した。


「…千鶴先輩は!風の悪魔にはさすがに敵わないかもしれませんが、クィディッチでは大活躍しておられます!箒の操りはろ組一、二を争うほどに!」


僕の発言に、マッドアイはまたにたりと目をゆがませた。

「へぇー、良い特技あるじゃない。例えば?」

「千鶴先輩は、試合が余裕で勝ちそうになると、箒に乗ったままクアッフルで遊び始めます。パフォーマンスとして、こう、腕の上を転がしたり、頭に乗っけたり……七松先輩とサーカスみたいに凄いパスのやりとりをして、観客席を沸かせたr」
「ちょぉおおおおおおおお雷蔵やめてやめてそんな恥ずかしい話先生にがwsがjkhんfkんくぁえんkfdrftぎゅhじこ!!!!!」

千鶴先輩はコップを棚の上に置き顔を真っ赤にして手をブォンブォン振りながら僕の話を遮った。後ろで立ってる諸泉さんはすごぉいと声を漏らし、高坂さんもほぉと声をもらしていた。マッドアイもへぇーと感心していたが、千鶴先輩はぷしゅーっと煙を出すように顔を更に真っ赤にしてその場に蹲った。


「すごいねぇ千鶴ちゃん」
「あああああれは試合に勝った事が確定して嬉しくなっちゃって小平太とふざけてただけでそそそそそんな対したもんじゃなくて……!!」




「……それを、ドラゴン相手に使ってみたら?」



マッドアイの言葉に、千鶴先輩はハッと顔を上げた。それどう、対ドラゴンに使えというんだ。


「……でも、箒の持ち込みは禁止では?」
「……杖は、持ち込み禁止なんてルールないけど?」

「っ!………なんで、そんなことを私たちに教えるんですか?」
「君を大層気に入っているからさ。そんな君が気に入っている後輩くんなら、絶対的信頼があるだろう?」

「…………!!あぁ、そうか!」
「千鶴先輩?」
「行くぞ雷蔵、作戦が決まった!」
「えっ!?何処行くんですか!?」

「小平太のとこ!競技場行こう!」
「はい!?ほ、本は!?」






























「組頭は、ろ組寮に力を御貸しになるのですか?」
「だって千鶴ちゃん可愛いんだもん。あーもー本当千鶴ちゃん可愛い。結婚してくんないかなぁ。ちょっと高坂、千鶴ちゃんのこと調べてよ。今彼氏いるの?いない?フリー?」

「ディメンター呼びますよ」
「ちょっと待って」
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