序章:新学期

「それでは、宴を始めよう!」



学園長先生がふわりと手を広げると、テーブルの上は一瞬にしてごちそうだらけになった。新入生たちはそれに口元をゆがませて驚いた。六年間見慣れた光景に私たちはまず自分の好きな食べ物があるかどうかをキョロキョロしながら確認した。

「あ、小平太、漬物とってー」
「おう!」

骨付きの肉をむしゃむしゃと頬張りながら右手に漬物をのせた皿を私にズイと差し出した。向かいに座っているというのにこの距離感はなんだろうな。

「はい長次」
「…すまん……」

もそもそ言いながら私の目の前にある出し巻き卵を指差す長次にの皿の上にポイとそれを乗せると、長次はゆっくり卵を口に運んだ。

よし!とりあえずかましとくか!!

私と小平太は目を合わせ笑い、パン!と手を叩いて、立ち上がった。



「さて、ろ組寮へようこそ新入生の皆!私がろ組寮監督生の円城寺千鶴よ!!」
「監督生の七松小平太だ!!」

「二人合わせて…」



テーブルの上で背を合わせ、




「「七松千鶴でーす!」」




特になんの由来もないクソみたいなユニット名を叫ぶ。席を立ちテーブルの上に立ち上がり手を広げてそういうと、ろ組寮へ選ばれた新入生だけに言ったつもりがい組寮からもは組寮からも拍手喝采と指笛が鳴り、他の寮の下級生達の視線を集めてしまったようだ。
同級生の友人たちはまたやってんのかと鼻で笑うようにこちらを見て、五年生は「いいぞー!」と手を挙げ、四年生は拍手をお越し、三年生は指笛を鳴らし、二年生はいつものむっすり顔から笑顔へとかえた。

先生方は「またあいつらか」と頭を抱え、座りなさい!と笑いながらも注意した。テヘッと頭に拳を当てると、学園長先生は声高く笑った。


「てなわけで、改めて!監督生六年、ろ組寮の円城寺千鶴だよ!クィディッチではチェイサーをしてる!好きな科目は魔法薬学!それだけだったらいつでも聞いてね!」

「監督生の七松小平太だ!クィディッチではチェイサーをやってる!クィディッチ運営委員会の委員長だ!勉強は嫌いだ!宜しくな!」

「…中在家長次だ……。図書委員会の…委員長だ…。勉強なら……いつでも…聞いてくれ…。クィディッチでは、キーパーをしてる……」


一年生達は食べるのを止め、先輩である私たちの自己紹介を黙って聞いていた。別に食べながらでもいいのに。今年の後輩は行儀正しくて可愛い子ばっかろだなぁ。
というより、ありがたいことにもう私は一年生に好かれているようで、もう隣のポジションには一年生が座って食事をしていた。名前は確か…

「伏木蔵、美味しい?」

「はい〜、凄く美味しいですぅ」
「そりゃよかった!んんん可愛いねぇ!」


わしゃわしゃと頭を撫でてあげると、あいている手で私の小指をきゅっと握った。

この子はダイアゴン横丁で危うくノクターン横丁へ入ろうとしていた子だ。孫次郎と怪士丸、平太と伏木蔵は、どうやら家が近かったのか一緒に此処へきて一緒に買い物をしていたみたいだ。好奇心丸出しのキラキラした目でノクターン横丁の入口に入ろうとしているところを、長次が見つけて止めた。此処はあと五年したらな、と通せんぼした。それを目撃した、一緒に買い物をしていた小平太と私。どうせならと手を繋いで買い物を共にし、駅まで案内。学校へ。
組み分け帽子がこの子らを全員ろ組寮へ入れたとき、ああ運命だったんだな!と小平太が言った。小平太の口から運命という言葉が出ようとは思わなかった。

それにしても…。


「また今年も曲者揃いだねぇ」


パリッと漬物を口にふくむと、平太が私を見つめた。


「千鶴先輩…?どういうことですかぁ…?」
「んー、この寮は毎年毎年、一芸秀でたやつらが入ってくる伝統があるんだよ。恐らく君たちも、何らかの能力を持ってそうだしね」

「僕らが、ですか…?」
「初めは解んないけど、一か月もすれば何かしら覚醒されるもんだよ」


肉の骨を皿に置き、私はピッと小平太を指差した。


「七松小平太、"動物もどき"。その姿は大型の犬。さらにプロのクィディッチチーム、トヨハシ・テングからのスカウト有。だけどまさかの面倒だからという理由で拒否の過去持ち。

中在家長次、図書室にある一万以上の本の内容を一字一句全て記憶。"沈黙の生き字引"の異名持ち。

鉢屋三郎、"七変化"の能力者。あの顔は雷蔵の顔で、本当の三郎の顔は誰も知らないんだ。

不破雷蔵、後天的パーセルマウス。

竹谷八左ヱ門、狼人間。

田村三木ヱ門、マグル製品不正使用取締局のブラックリスト入り。

三年生は三人、動物もどき。富松作兵衛は烏、次屋三之助は猫。神崎左門は三年で習得して鼬になれるようになった。

他の寮にも動物もどきは一人二人はいるだろうが、やっぱりその子たちはろ組寮へ来るべきだったな。ちょっと阻害されているようで可哀そうだなぁ。あぁ!でも別に先輩達がこういった特殊能力の持ち主たちだからってプレッシャーを感じることはないよ。この通りごく普通の私でさえ六年間ここで学び監督生なんかになれたんだからね」

おにぎりをむしゃむしゃと口に含むと、「あの、」と怪士丸が長次に小さい声で声をかけた。

「…千鶴先輩もやはり、普通ではないのですよね……?」
「………千鶴は、ゴブリン語、トロール語、蛇語に、マーピープル語を全て、後天的にマスターした…」
「!?」


これらの言語をマスターするというのは安易ではないと、長次が続けて言うと、新入生は「何者だこいつ」という視線を投げかけた。やだなぁ、くすぐったいよ。

「千鶴が書いた論文は、世界で評価され、……去年、マーリン勲章をとった…」
「えぇ!?」

「やめてよ長次ぃ!そんなの偶然だってぇ!」

テレちゃう!と赤くなる頬をわざとらしく手で押さえると、さっきまでお調子者の先輩だろうなぁと思っていたであろう新入生たちの目は輝いた。
ごめんね、さらにプレッシャーだったかな…。こんなクソ人間が監督生だったと思ったのにねぇ……。


「あ、あの、千鶴先輩は委員会に入っておられるのですか?」
「おやおや、孫次郎は委員会に興味があるの?」
「はい、僕も、何か入りたいなぁと思いまして…」

「私は魔薬委員に入ってるよ」
「ま、麻薬?」
「いやいや、麻薬じゃなくて魔法薬の方"魔薬"。魔法薬品管理委員会の、委員長だよ」

ワインカップにささったスルメを口に含みそういうと、周りに座っていた一年生たちがこちらへ視線を向けた。

「薬草学の授業、魔法薬学の授業で使う薬草、その他授業で使う薬品、などなどを管理する委員会だ」
「まやくいいんかい…」

「私は学園で行うクィディッチの寮対抗試合の準備などを行う委員会の委員長だ!」
「…図書委員会は、本の管理、貸し出しを全て管理する……。必要とあれば、新しい教科書などの、取り寄せもする……」

他にもこんな委員会があると他の寮の連中を指刺して委員会をさっと説明した。

い組寮監督生、立花仙蔵。魔法界作法委員会委員長。
い組寮、潮江文次郎。会計委員会委員長。
は組寮監督生、食満留三郎。用具管理修繕委員会。
は組寮、善法寺伊作、保健委員会委員長。

ろ組寮、竹谷八左ヱ門。魔法生物飼育委員会委員長代理。

監督生というものの制度が出来てから、学級委員長委員会は廃委員会となった。ただし、三郎を筆頭としてクラスのリーダーたちが定期的に愚痴大会を開いているみたいだけど。参加している後輩たちは少ないが、三郎の面倒見が良いようでなかなか好評な会とされているらしい。

委員会への所属は個人の自由だが、先輩との交流を図りたいもの、もしくは勉学の向上心があるものが所属することが多い。魔法生物飼育委員会へ私たちの代では誰も入るものがおらず、五年生のハチが委員長代理を務めている。


「委員会へ入りたいなら委員長の処、もしくは顧問の先生のとこへ行きな?先輩も先生も怖い人はいないから大丈夫だよ。もしあれなら私が紹介してあげるしね」

一年生たちは食事を手に、小さくこくりと頷いた。


続けて食事をとりながら、あの先生はこの教科担当だあの先生はあの教科担当だと紹介をしていく。そういえば、去年で辞任した先生方の後釜が決まっていないなと長次がつぶやいた。













「遅くなりましたぁ。いやー、フルーパウダーが混雑しててねぇ」










大広間の扉が開き入ってくるその影に、私たちは目を点にして驚いた。



「……マッドアイだ…!」



そう小さくつぶやいたのは、一寸離れた場所に座る三郎だった。かっぴらくその視線の先にいるのは、包帯がグルグル巻きにされ片目しか出ていない顔の持ち主。深く暗い色のマントをなびかせ、入ってくるその影は、オーラーとして名高い人だった。これはとんだゲストのお出ました。


「まっどあい?」
「オーラ―……えっと、闇祓いとして有名な"雑渡昆奈門"という人だ。"黄昏時"という名で活動している集団の組頭だよ」

誰ですかと尋ねる伏木蔵に、雷蔵はそう答えた。『雑渡昆奈門』、名前は新聞でよく聞くし、何度か見たこともある。超がつくほどの有名人だ。

かなりの何人もの部下を引き連れて入ってこられたその人は、すれ違いざま私の目をジトりと見つめ、学園長の元へと歩み寄った。

「これは学園長」
「おぉおぉ、よくぞ来てくださいましたな」
「私のようなもので良ければ喜んで」

学園長が食事が止まった私たちの方を向き、ウォッホンと大きく咳払いをした。


「本年度、闇の魔術に対する防衛術の授業の、臨時教師としてお迎えした、雑渡昆奈門殿だ」
「はい、よろしくね」


パサリとフードを取ったその下は包帯と呪いの傷跡で満ちていた。凄い人が来たと私たちは息をのんだ。にたりと微笑んだあの人は、以前にも何度か学園長、それから、とある理由で仲良くなった伊作に逢うため、この学園へ足を運んでいたようだったが、こうして堂々と学園生徒の前に現れるのは初めてだ。

まさか闇祓いの"マッドアイ"と呼ばれたあの人の授業が受けられるとは。伊作は大層喜んでいるけれど、他の連中は解せぬ、という目であの人を見つめていた。

拍手が起こる中、マッドアイはあいている席にどかりとすわって、席に置いてあったワインを部下の人に毒見させ、一気に飲み干した。さすがマッドアイ、何処に呪いがかけられてるかわかんないっていうことか。

部下の方々も他の授業の助手としてついたり、出張でいなくなる先生の代理で授業を務めたりするようで、後釜が決まっていなかった授業の担当教師は全て埋まった。

そういえばさっきワイン毒味した人、名前は忘れたけど雑渡さんとここ来たときに偶然開催してた決闘倶楽部で土井先生にボッコボコにされてた人だなぁ。うわ、めっちゃ土井先生睨んでる怖ァ。


今年は闇祓いが学園にいるのか。中々濃い一年になりそうだなぁ。




























「さぁようこそろ組寮の部屋へ!寝場所は階段を上がった場所!何個かの場所は解れてるけど、男女で部屋は決まってはないよ!好きなところで好きに過ごしてね!ベッドと机がセットで、一つ一つでカーテンで区切られているだけだから、早いもの勝ちね!場所はカーテンに引っかかってる番号を見て管理して!明日からは通常授業だから、時間割を確認して、授業の用意をしておいて!質問あったら誰か先輩にでも聞いてね!それじゃぁ…はい解散!」


パン!と手を叩くと、下級生はわらわらと解散していった。

動く階段、生きている絵などなどを見ながら、多少の内部案内もかねながら寮へとみんなを案内した。一番後ろを小平太と長次で守ってもらい、三之助と左門も作兵衛が紐でつなぎ迷子にはならず、ろ組寮の寮生は全員無事に部屋に到着した。あぁよかった…。あの二人をいなくならせてしまうと探すの大変だからな…。

「作兵衛お疲れ、三之助と左門連れてもう寝な」
「はい!失礼します!」
「失礼しまーす」
「お先に失礼します!」

「はいおやすみ。あ、ミキティは下級生の面倒見てあげて。ベッド決まらないでぐだぐだされても困っちゃうから」
「はい、お任せください!」

「五年と六年は残ってねぇー、ちょっと会議しよ」


おやすみと手を振り三年と四年に寝るように促し、私は談話室のソファに深く腰掛けた。長次が暖炉へ杖を振り火をつけ、小平太は背伸びをして向かいのソファに寝転がった。座らず立つ五年生は軍隊のように後ろに手を組み黙って我々を見つめた。



「さてさて、今回もやたらと濃いいメンバーが集合しましたねぇ」


「千鶴先輩、」
「はいなんでしょかハチ」

「恐らく孫次郎は"動物もどき"です。まだ気付いていないかもしれないですけど、俺はそう思います」
「ハチがそういうならそうだろうね。んじゃ明日にでも委員会にスカウトしな」
「そうさせていただきます」

「怪士丸は、私の委員会へ欲しい…。私が読んでいた本に、興味津々だった…」
「そうね、長次がそういうなら。じゃぁ明日にでも委員会に誘いな」
「…雷蔵、頼んだ……」
「はい!お任せください!」

「下坂部平太とかいうやつは用具管理委員会の話にくいついてたな!留三郎に伝えておくか!」
「小平太がそういうならそうしようか。明日伝えておいてね」
「おう!まかしとけ!」

「鶴町伏木蔵は千鶴先輩の委員会へ興味をしめしていましが、恐らくあいつは保健委員会の方がいいでしょうね」
「なんで?」
「マッドアイの包帯の傷を酷く心配していました。治療しなくて大丈夫なんですか?と」
「なるほどなるほど。何の躊躇いもなくノクターン横丁へ行こうとした子だもんね、ちょっと危ない思考持ってそうだし、薬品を管理するより保健室で薬の調合とかしてた方が向いてそ」
「おそらく」
「三郎がそういうならそうしようか。悪いけど伊作に連絡入れておいて」
「解りました」

その後わいわいと新入生の値踏みをしていくが、残念ながらうちの委員会に向いてそうな子は一人もいなかった。



「嗚呼、これは残念、同じ寮からうちの委員会に入る子は今年はいないってことかなー」



ごきりとなる首の音。今日そんなに疲れたかな。まぁ新学期一日目だし、やることいっぱいあったから仕方ないね。


「じゃ、私たちも解散しようね、明日から通常授業だし。一年生の疑問には必ずすぐ答えること。勉強でも学園生活の事でも。不安な点は一つも残さないで、相談事にも乗ってあげて。できれば他の寮の新入生も気にかけてほしいけど、今学期中はうちの寮の一年生を徹底的に指導して。来年からは彼らだけでやっていけるように。それから、監督生になったからには私と小平太も頼ってね。出来る限りのことはするし、出来なそうなことは、長次、頼っちゃうかもだけどよろしくね」
「…もそ……」

「規則を破れば容赦なく罰則をあたえるからそのつもりで。でも不満があったらなんでも言って。……こんなとこかな?小平太は?」

「一週間後、うちの寮のクィディッチのレギュラーテストをする。参加したい奴は自由に参加しろ。だが今年もいけいけどんどんで年間優勝を狙うつもりだから、ハンパな覚悟のやつは来なくていいぞ!」


「頼んだよキャプテーン。あと三郎と雷蔵、今年もいたずらグッズの販売頑張ってね!!」

「ちょ、僕は真面目な発明をしてるつもりです!変なの作ってるのは三郎だけですよ!!」
「ありがとうございます!!開発に励みます!!」

「楽しみにしてる!ほんじゃー、ハチ、今夜の分の薬飲んでから寝なね」
「は、はい。すいません、お気づかいありがとうございます…」

「なんのなんの。んじゃ会議は此処まで。ハチ、ここまでで質問は?」
「ないです!」

「三郎、」
「ありません」

「雷蔵、」
「右に同じです」

「長次は?」
「…ない」





「優勝カップは、去年こそい組寮にいっちゃったけど、今年は絶対獲得しようね!……よし!解散!今年度もよろしくね!」













こうして、恐らく例年のごとくハチャメチャな年になるであろう、新学期がスタートした。




「長次おやすみ。小平太、見回り行くよ」
「おう!」
「…もそ……」
- 1 -

[*前] | [次#]

×