十五章:さよならの花火

《 千鶴!あんたねぇ一体どういうつもり!?バイパーツースは魔法省が数を減らすために力を入れているって何度も言ったでしょう!?何故逃がしたの何故仲良くなってるの何故学園に連れて戻ってるの!あんたのせいでお母さん始末書書かなきゃいけない事になっちゃったじゃない!! 》

「〜〜〜〜っ」

大広間に響き渡るは私の母親の叫び声。叫び声というか、説教の声だ。

目が覚め起き上がり、着替えると同時に体中の傷に薬を塗り包帯を取り替えローブに腕を通した。可愛い後輩たちに挨拶されながら長次と小平太と大広間へ行き椅子に座ったとたん、鳴り響いたのは私の可愛い愛梟の鳴き声。高く鳴いた私のウサギフクロウは可愛い耳を揺らしながら、まだ空だった私の皿の上に赤い手紙を置いて行った。最悪だ、と一瞬で私は気を落とした。

「…先輩それ、吠えメールですよね……」

横に座っていた三木ヱ門が、箸で沢庵を持ち上げながら、そう言った。その言葉に周りは静まり、注目されたのは私の手元。小平太ママに小平太が何度も吠えメールで怒られているのをみているから、これから起こることは安易に解る。それに、怒られる内容だって想定済みだ。魔法省に務める母親が、人間と家畜に多大なる被害を与えている種類のドラゴンを逃がし剰え学園で飼育すると先生たちの反対意見を押し切って決めたのだから。学園長先生は喜んで了承してくれたが、うちの担任は恐らく私の母に連絡の梟便を送ったのだろう。全く余計なマネしてくれちゃって。

「千鶴、早くそれ開けた方がいいぞ。私放っておいたら酷い目にあったからな」

小平太が珍しく真剣な目でそう言って、私は意を決して封を開けた。そして、このざまだ。

《 大川理事長が魔法省大臣に話を付けてくれたから助かったものの!いいこと!帰ってきたらあなたから直々に魔法省に謝罪しに行ってもらいますからね!覚悟しなさい!! 》

「へーい」

そして手紙は、ガリガリガリと音を音を立て己を食いつくし、紙くずとなった。杖を一振りし全てを灰に燃やして、私はその火で朝食に出ていたウインナーをあぶった。

「いやぁ酷い目にあった。どうせ担任が母さんに梟便出したんでしょうね」
「なははは!相変わらず千鶴の母ちゃん怖いな!」

「……私も、ドラゴンの事に関しては驚いた…。例の知り合いに、言ってもいいか…?」
「別に構わないよ。あれは学園を警護させるようにこれから躾けるし、授業中は大木先生が面倒見てくださるって言ってたから!」

意外と義理と人情に篤いやつだったのか、私にはすっかり懐いてくれた。雷蔵の事も憶えていたようで危害を加えることはなかったし、ハチに至ってはまた逢えたと感極まって首に抱き着いていた。学園長もそろそろうちでもドラゴンを飼いたかったからと許可してくださったし、ドラ子は処分されずに済みそうだ。


「それにしても、千鶴、優勝できなくて残念だったな!」
「言うなって小平太。私はあの子さえ無事でいればそれでいいのよ」

「…私は、千鶴に賭けていた……」
「えぇー!珍しい!長次が賭博に参加してるだなんて!信じてくれてたのね!ごめんね!」
「……責めるわけがない…」


トライウィザードトーナメントは、昨夜無事に閉幕した。私は惜しくも準優勝。本当はドラゴンに乗ってゴールの場に戻ってきてしまったから、場外アウトのはずだったのだが、先に戻っていた与四郎がドクタケに飛ばされた事を先生方に必死に説明してくれていたらしく、順位は準優勝となった。箒に乗って迷路に入っていった先生方によって救出された小平太と仁之進さん、縄でぐるぐる巻きにされたドクタケのヤツら。そいつらは義丸さんと鬼蜘蛛丸さんが正体を見破りボコボコ(Not魔法Yes物理)にしていたらしい。ずるずると連中を引っ張りながらゴールを目指していたんだとか。仙蔵と文次郎も乱入していたドクタケを捕まえていて、何もできなくてごめん、と伊作と留三郎は落ち込んでいた。そんなことない。皆無事で何よりだ。

閉会式を終え、優勝トロフィーは与四郎の手に。準優勝だった私は本来何も貰えなかったらしいのだが、学園長の粋な計らいで物凄く高いドラゴン語学の参考書を買っていただけることになった。私は大いに喜んだ。滝夜叉丸の美しい指揮の元、吹奏楽が音楽を流して、選手及びペアはコロシアムから一足早く退場し、私と小平太は風呂に入り、泥の様に眠ったのであった。今日は振り替え休日で授業が休みだし、正直、まだトーナメントが終わったような感じがしないのだ。

「御馳走様でした!さて!他校のお見送りしに行きますかね!」
「そうだな!私たちも行こう!」
「他の奴等も…もうグラウンドに行っている……」

私達と入れ違いで入ってきた三年の頭を三連続でぽんぽん叩き大広間を後にした。向こうの階段を海賊のような集団が大荷物を持って降りているのも、反対側の階段を白装束が降りているのも見えている。そっか、みんな今日で帰っちゃうのか。そんな昨日の今日で帰ることもないのに。もっとゆっくりしていけるならいろんなところ案内してあげられてのになぁ。

広場に向かうともう既に大勢の生徒たちが他校との別れを惜しんでいた。中にはダンスパーティーでペアを組んだ者同士で連絡先を交換していたり、合同授業で仲良くなった者とあついハグをしていたりと、みんな思い思いの時間を過ごしていた。小平太と長次も挨拶してくると、各々好きな方向へ別れて行った。

「義丸さん!」
「おぉ嬢ちゃん!これで別れるなんて寂しいな」
「また是非遊びに来てくださいよ、大川は兵庫第三をいつだって歓迎しますよ!」

「ありがてぇな、俺たちみたいな落ちこぼれにこんな気ぃ使ってもらったのは初めてなんだよ。此処を離れるのが心底惜しい」
「私だって、もっとゆっくりしていってくださいと言いたいところです。次は観光でこっちに来てくださいよ!授業休んででも案内しますから!」
「ははは!ありがてぇな!じゃ、嬢ちゃん、元気でな」
「はい、義丸さんもお元気で」

やっぱり、というかなんというか、出会いが手の甲にキスだったから覚悟はしていたけど、握手した掌にキスを落とされるとは思わなかった。ちくしょう、最後の最後までイケメンだな。大人の色気を巻き散らかすんじゃねぇよこの野郎。
これ私の住所ですと小さいメモを渡すと、義丸さんは必ず手紙を書くと言ってそれをポケットにしまった。どうやら義丸さんが配る予定だった住所、ファンだと言った女の子たちに全部奪われてしまったようで、気付いたら私の分がなくなってしまったようだ。くそっ、この色男。

さて、逢うべきはもう一人。私は白装束の中から与四郎の姿を探した。集まる風魔の集団の中、一際目立っていた女子の群れ。さすが世界のクィディッチ選手。モテかたも尋常じゃないな。差し入れやらなんやらを受け取る与四郎は声をかけてくれている女の子たちに言い寄られていたのだが、遠くで一瞬目があった私がひょいと手を挙げると、受け取ったものを全てその場に置き、犬の様に駆け寄っていた。くそ!くそ!可愛い!白わんこ畜生!

「ごめんねお取込み中」
「んなことねぇ!さっきからおめぇのこと探してたーよ!」
「随分おモテになりますこと」
「んなことねえべ。クィディッチ選手っつーフィルターだあよ」

いひひといたずらっ子のように笑いながら、与四郎は私の手を引いて、少々人気の少ない所に連れ出した。


「そうだ、あんな、昨日の夜魔法省の知り合いに連絡しといたんよ」
「連絡?なんの?」
「千鶴が連れて帰ったドラゴンの事。知り合いにあの種類駆除してるやついてな、大川のヤツだけは殺さねぇようにっで言っといたから、安心してくんろ」
「……嘘、ほ、本当に?与四郎が話通してくれたの?」
「よ、余計なお世話だったがもしんねえけど、おらにできんのそんくれぇだから。まぁ此処の理事長さ力ありそうだから既に連絡行ってっとは思ったけど、念には念をな」

与四郎のファンで、よく試合に足を運んでは差し入れを入れてくれる知り合いが、あのバイパーツースの駆除課についてる人物らしく、間違えて此処にこの種類がいることを通報されたら大事だからと思ったのか、閉会式後すぐに梟便を飛ばしてくれたらしい。その人もすぐ上司に確認をとり、後日人間に害を加えないか確認はするがという返事付で、了承得たのだと、与四郎は言った。

「今朝方返事きててよ、それで許されるなら軽いもんだべ?千鶴、あのドラゴンとはもう仲良しだしな」
「うん!うん!嬉しい!本当にありがとう与四郎!こんなに嬉しいことはないよ!」
「そっか!おらもおめえの役に立ったみてぇで嬉しいよ!」

それはあまりにも嬉しい報告で、私は思わず与四郎の手を取って喜んだ。そこでふと、あ、と正気に戻った。そういえば、私与四郎に返事返してない。ドラゴンのことで頭がすっかりそっちにいっちゃってた。まずい。だが引っ込めようとしたのも時すでに遅く、与四郎も同じことを思っていたのかがっりちとその手は掴まれてしまっていた。

「…その、な、催促するようでわりぃんだけど……」
「あ、うん。そうだよね、私もちゃんをお返事しなきゃって思ってたの」

実に長い間、告白のお返事を放置してしまった。今更返すことが失礼にあたらなきゃいいんだけど。


「私ね……、与四郎の事好きだよ。まっすぐ私の目を見て好きって言ってくれたのも嬉しいし、風魔に連れて帰るなんて、軽い気持ちじゃ言えない事だもんね。うん、本当に嬉しい。ドラ子のことも、私のために其処まで動いてくれて本当にありがとう。私ね、風魔に一緒に行くことはできないけど、此れから先逢える手段なんていくらでもあるし、連絡の取りようだっていくらでもあるから、住んでる場所は離れてても、寂しくはないよね」

「…!じゃ、じゃぁ」

「それに、彼氏が世界で活躍するクィディッチ選手で、彼女は世界で論文が評価された女史って、最高にかっこいい組み合わせだと思うわけよ」
「!千鶴!」



「離れてても私の事、絶対に忘れないでね!」



そう言うと、掴まれていた手は引き寄せられ、私の視界は真っ白い装束でいっぱいになった。

「毎日手紙書く!試合がない日はこっちさ遊びくっからな!」
「うん!私も手紙書くし、遊びにも行く!それに、試合だってちゃんと見に行くから、先発落ちしないでね!」
「あぁ!おらのかっけぇとこ大川から見ててくんろ!」

はい、と私の住所が書かれた紙を渡すと、与四郎は木の葉をちぎり、其処に杖で住所を焦がして書いた。こちらも女の子に全部持って行かれたようだ。くそが!色男!浮気は許すまじ!

「あ、そうだこれ、」
「何?」
「おめぇと、おめのペアと、もう一人仲良い男いたべ?一月後に親善試合あっから、良かったら見に来てけろ」
「わぁ!指定席!これって優待券?!」
「一等いい席とっといたから、絶対来いよ!」

「嬉しい!私生で試合観るの初めてなの!小平太と長次誘って絶対行くね!負けたら別れるからね!」
「お、おいおい!勘弁してけろや!折角良い雰囲気だったのによお!」

そんな冗談に目を見て笑いあっていると、遠くから砲弾を打ち上げる音が聞こえた。パァンと弾けた赤い花火は、交流時間終了の合図。与四郎が残念そうに眉をハノ字にしたのだが、此処でぐずぐずしたって仕方ない。

「っ!」
「ほら行って、一番いい所でお見送りしてあげるから」

一向に離そうとしない与四郎に一つ、軽くキスをしてやれば、さっきまでの威勢はどこへやら。耳まで真っ赤にして、与四郎は顔を覆った。

「やっぱりおめえは良い女だな!」
「そんな女捕まえたんだから、胸張って風魔に帰りな!あ!風魔の学校の写真忘れないでね!」


「おう任しとけ!……んじゃな、千鶴」
「バイバイ与四郎、元気でね」


与四郎はマントを翻すと、風魔が集まっている場へ走って行った。私も海も空も一望できる場所へと向かったのだが、やはりそこは大川の生徒でいっぱいだった。小平太と長次もやはりそこへ来ていて、遅かったなと私を出迎えてくれたのだった。

「おや千鶴先輩、なんだかご気分が良いようで」
「そんなことないよ、いつも通りさ。さぁ行っておいで三郎!雷蔵!最近兵助巻き込んで花火開発してたの知ってるんだからね!大川の名に恥じぬよう、兵庫第三と風魔を盛大に見送って来な!」

「バレていたのでは仕方ない!一丁派手に見送りますか!行こう雷蔵!」
「うん!みんなも協力して!」
「そう来ると思った!行くぞ兵助!」
「任せておいて、行くよ勘ちゃん」
「おっしゃ!腕がなるな!」

呪文を唱えて杖を振り、五人はテラスから海へ飛び降りた。最中五人の股へ箒が入り、空高く上りそして、綺麗な花火を打ち上げた。私はそのから身を乗り出し、沈んでいく海賊船に、そして太陽の中を飛ぶ馬車に手を振った。



こうして、トライウィザードトーナメントは無事に、終了したのであった。




「さぁおいで!ろ組寮の皆!トーナメント終わったからってダラけてちゃだめ!二週間後にはクィディッチの試合あるんだからね!休んでる暇なんて与えないわよ!今年も総合優勝を何が何でももぎ取るんだから!」

「そうだとも!よーし!ろ組寮選手はこのまま競技場へいけいけどんどんでダッシュだーーー!!」
「小平太軍曹に続けーーー!!!」
「………もそそ…」


小平太の号令にろ組寮の選手はおおおお!と雄叫びを上げて駆け出した。全員こうなることを予測してか、ローブの下はユニフォームを着こんでいて、三郎たちもおいで!と空に叫ぶと、五人は最後の一発を空に大きく打ち上げて、内三人は競技場へと飛んで行った。



一つ祭りが終わればまた次がある!静かな日なんて訪れない!



「今年もい組叩き潰すわよ!いいわね小平太!」
「おうとも!は組も容赦なく潰す!なぁ長次!」
「…私も、全力を出そう…、頼んだぞ千鶴…!」



大川魔法魔術学園は、毎日楽しい学園です!

入学許可書が届いたのなら、早急に入学手続きをお願いいたします!

在校生一同!貴方の入学を心よりお待ちしております!
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