十四章:ファンファーレ
「止まれ!!」
「ぎゃぁああ!!」 「!?」
曲がり角を曲がり直進していると、急に飛び出てきた与四郎に杖を構え向けられた。突然の出来事に私は両手を上にあげて「お手上げ」ポーズをとってしまった。しかし与四郎は敵意丸出し。このまま攻撃されてもおかしくはない。殺気でも感じ取ったのか、小平太は瞬時に人型に私の盾になるように杖を構えて与四郎と向き合った
「答えろ!千鶴が第二回戦で使ったものはなんだべ!」 「よ、与四郎、何を言って」 「答えろ!!」
「ええええええ鰓昆布でしょう!?ハチと鰓昆布食べたよぉおおお!!!」
「……なんだ本物か…」
杖を降ろして、与四郎は酷く安心したような顔になった。後ろにいた仁之進さんもほっと胸を撫で下ろすように杖を降ろした。小平太は未だ与四郎から目を離さないでいたが、服を少し引っ張れば杖を降ろして与四郎に対する敵意を引っ込めた。
「与四郎も見たの?」 「おらがもう一人いた!仁之進もだ!この課題どうなってんだぁよ!ボガートでも野放しにされてるんけ!?」 「お、落ち着いてよ与四郎」 「唯でさえぬけらんねぇ迷路ん中であんなもん見て落ち着けって言うほうが無理だべ!」
焦っている。与四郎が、それはもう焦っている。昨日私に想いを告げてくれたような、優しい与四郎は目の前にいない。確かにこの迷路は最悪だ。上に出れないから先が見えないし、壁も突き破れないからただただ歩くしかない。しかもそんな中、なぜかもう一人の私たちがあちらこちらを歩いている。さっきもは組寮コンビを見たと与四郎に言うと、やっぱりかと頭を抱えた。だが本物は誰かにやられ気を失っていたので救護を呼んだ。二人は、無事だろうか。さっきの突風で道が変わってしまったのだ。与四郎も今あの風と道が勝手に塞がる恐怖から逃れてきたのだという。其処へ現れた私達。偽物と疑っても、おかしくはない。
「大丈夫だよ与四郎。私達気にしてないから」 「私もだ。細かいことは気にするな!」
「……すまねぇ…。取り乱しちまって…」 「おらもすまねぇ…与四郎さ止めらんなくて……」
「仁之進さんも気にしないで。これそういう課題だし。ね?」
敵とはいえ友となった私たちに杖を向けたことを二人は酷く反省してうつむいた。向こうは私を本物と判断したが、私は与四郎たちに本物かどうか確認するような問いかけを一切していない。だけどこの様子を見れば、本物だってことが解る。確かめる必要もない。右手を差し出すと与四郎はふっと笑ってその手をとって立ち上がった。まだまだ先は長い。こんなところで無駄な争いをしても体力の無駄だ。
「伏せろ千鶴!!」 「与四郎下がれ!!」
「あ!?」 「千鶴!!」
無駄だと言ったばっかりなのに、今度は私の背後に小平太が立った。与四郎を庇うように仁之進さんも私の後ろへかけ、与四郎は私を背に隠すように腕を引いた。なんだなんだと後ろを振り向くと、曲がり角から現れたのは義丸さんと鬼蜘蛛丸さん。
「なんだお前らも無事だったのか!」 「まとまってるんなんて珍しいな、何かあったのか?」
「…よ、義丸さん!鬼蜘蛛丸さん!伊作と留三郎を見なかった?今このあたりから二人の叫び声がしたはずなの!」
「あぁ、あいつらならさっき向こうを通って行ったぞ?」
己の後ろを指差す様に、義丸さんは親指で背後を指差した。
「………伊作と留三郎はかなり前に脱落したわ。私たちに背を向けさせて…どうするつもり!」
それを合図に小平太と私は決闘倶楽部モードに頭を切り替えた。義丸さんと鬼蜘蛛丸さんの目が完全に殺意を込めた目だ。杖を抜いたのはほぼ同時。閃光がぶつかり合ってははじけ消え、そしてまた消えた。後ろから風魔二人も援護をしてくれるが、なかなかどうして敵もやり手のようだ。押す力が強い。これは力技勝負になりそうだ。
「Obscuro!」 「うおっ!?」
「Expelliarmus!!」
小平太の呪文は見事顔面に命中してしまい、二人の手から杖が吹っ飛んだ。失神した二人は地に倒れこみ、浅く小さく呼吸を繰り返した。殺ったんですかと小平太に問うように視線を向けると、小平太はてへぺろと舌を出した。全くもう加減はしなさいとあれほど言っているというのに。姿かたちは未だ兵庫第三の二人。だけど中身は違う偽物だ。その面の皮はぎっとてやるわああと恐る恐る気を失う二人に近寄ったのだが、正面から聞こえるガササササという嫌な音。
「み、道が!!逃げるよ逃げるよ!!」 「うわぁぁあああ!!」
二人の顔まであと一歩というところで、私達は後方へ駆け抜けた。背後の道がどんどんと閉ざされている。もしかしてまた誰か離脱者が現れたのか。仙蔵達か。本物の兵庫第三か緊急事。それとも何か緊急事態なのか。いや緊急事態でしょう。如何考えても。私たち以外の誰かがこのフィールドに紛れ込んでいる。これを異常と言わずになんと言うか。突然の事に駆け出しもはや小平太が山犬になれるという事もすっかり忘れ、今は小平太に俵担ぎされ駆け抜けている状態。腹にえぐるように刺さる小平太の逞しい肩が痛いけど、今はそんなこと言ってるバヤイではない。時折後ろを振り向いてはどれほど壁が迫っているかと確認するのだか、割とすぐそこまできてて怖い。泣きそう。
「!?こ、小平太正面!!あれ!与四郎!ほらあれ!!」
「優勝カップだ!!」
駆け抜けた先に見える一筋の青い光。あの空へと神々しく伸びた光は、間違いなく探し求めていた優勝カップの色だ。二組は一目散にその優勝トロフィーを目指して駆け抜けた。壁はもう真後ろまで迫っている。
「こ、小平太!」 「あーもうだめだ!!千鶴先行け!此処は私が食い止める!」 「バ、バカ!そんな解りやすい死亡フラグ立てんな!!ぎゃぁぁあ!」
「与四郎お前も行げ!ここはおらが何とかする!」 「バカやろやめろ仁之進フラグ立てんな!!」
担がれていた私は小平太に投げ飛ばされ、与四郎も仁之進さんに背中を突き飛ばされた。小平太と仁之進さんは杖を取り出し迫りくる壁に向かって杖を振り続けた。
「与四郎!優勝カップとっていいから!与四郎に譲るよ!!」 「おめぇさが取れ!さっぎのあいつらに助けられた借りがある!頼むおめぇがとってけろ!!」
「あーもうじゃぁ一緒に!!1,2の3!!」
二人同時に優勝カップを掴んだ。と、思いきや。体はなぜか宙に浮いた。何故こんなことに。無重力状態に投げ出された瞬間小平太の私を呼ぶ声が聞こえたが、私は今重力に逆らうこの状態で優勝カップを手放さないことで必死だった。体がぐるぐると回転する中、どさりと身を投げ出され背を打ち付けた。側で優勝カップと、与四郎の死体が転がっている。
「よ、与四郎…!」
返事はない。ただの屍のようだ。
「千鶴……」
あ、なんだ生きてた。
「なにこれ………ポートキーだったってわけ…?」
「その通り!!」
「ハッ!!そのダンディーな声は!冷えた発泡酒!!」 「どわー!!稗田八方斎じゃ馬鹿たれぇい!!」
「うわー!よく見たらここドクタケ教室領内じゃないですかやだー!!」 「やだとはなんだー!!」
与四郎を揺らし起こす私の背後で聞こえた声。何故こんなとろころで八方斎の声がするのかと思いきや、周りを見渡すと、どうやらここはドクタケ魔法教室の領内だ。八方斎の怒鳴り声に与四郎は気を取り戻し起き上がり、今の状態を把握しようと必死だった。誰だべあの頭でっかちと与四郎は八方斎を指差すが、八方斎は私たちをみつめてニヤニヤするだけだった。
「ドクタケがなんでトライウィザードトーナメントの邪魔すんのよ!」 「フフフ……知りたいか…!フフフフフ……ハハハハハ!!アッー!」 「お頭ーーー!!」
「与四郎、此処まで台本だから」 「えっ……」
西の魔法使いは変な奴が多いなとか思われたらやだな…。こんなヤツらのせいで…。
「千鶴さーん!」 「……あれ?やまぶ鬼ちゃん?っていうか、ドクタケの皆ー!わーい久しぶり!元気だった?」 「お久しぶりでーす!」 「すいません僕らの校長先生が…!」 「大事な大会を邪魔しちゃって」
「いぶ鬼ちゃんも久しぶり!いやいやいや本当だよ。なにこれどういう状況なの?」
はやくおこへー!と稗田八方斎がひっくり返っているのを横目に、私たちは駆け寄ってきた可愛い可愛いドクタケ教室の子達にこの状態を説明してもらった。ドクタケ教室の子とは交流がある。何度か禁じられた森に入ってきてしまい迷子になっている所を目撃したり、うっかりフルーパウダーでうちの暖炉に来てしまったり。それにうちの学園の一年達と仲が良いらしいし、この子達は別に敵ってわけではない。悪いのはあの大人たちだ。
あのですね、としぶ鬼ちゃんが口を開いて、何故このようなことになっているのかを説明してくれた。
一言で言い表すと、稗田八方斎は酷く拗ねているらしい。敵同士とはいえトライウィザードトーナメントにドクタケ教室を招待しなかったという事にだ。伝説の行事だし、八方斎も来たかったらしいドクタケの理事長である木野小次郎竹高もちょっとおこなのだとか。最期の試合ぐらい悪役らしく邪魔してやろうと、あのフィールドにいた皆の偽物は、変身術を使ったドクタケの教師たちなんだそうな。
その話を聞いて、なんてくだらねえと与四郎は顔を覆うように手を当てた。木野理事長と学園長は昔からの縁でなかが悪いから招待しなかったんだろうし、それに招待したところで、ドクタケ魔法教室のこの子たちで、トーナメントに参加できる年齢に達している子はいない。ただ見ているだけも可哀相と学園長先生は判断したのだろう。あのじじい意外とそういうところ考えてるからなぁ。
スネている八方斎のかわいくないことかわいくないこと。お前らを招待しなかったのはこれこれこういう理由でしょうと私が思っていることを話すと、八方斎はあぁ……と残念そうに、そして妙に納得したようにドクタケの子たちを見つめた。
「この子達が大きくなったらまたやりゃぁいいじゃん。こんなセコく大会邪魔するような真似しないでさぁ。あと何年の辛抱じゃん。学園長には私から話しておくからさぁ、それまで待ちなよ」
「うむ……こんなやつらに説得されようとは……」 「なんだとテメェ八方斎コラァ!お前らのせいで大会めちゃくちゃだどうしてくれんだよ!!お辞儀ヲスルノダーーーー!!」 「むうううう!?!?」
杖を振り八方斎を地に叩きつけるようにお辞儀をさせると、教師陣がまたお頭ー!と叫んで八方斎を助けようと身体を引っ張っていた。
「帰ろう与四郎。此処はもう用事ないから」 「だどもどうやって…」 「ポートキー掴めばいいんじゃない?」 「あぁそうか」
「待てぇ!此処までやってただでは帰さんぞ!!」
「まだやるか!」
ひっくり返っていた八方斎は無事に救出され、帰ろうと背を向けた私に向かって杖を構えた。私の方が杖を出すのが一歩遅く、まずいなと思った。それも一瞬。私と八方斎の間に隕石が落下した。いや、これ隕石と違う。私の前に立ちふさがったのは、
「あ!この間のドラゴンちゃん!!」
嬉しそうに喉を鳴らすドラゴンは私の前に立ち、そして八方斎を睨みつけた。
「助けに来てくれたのね!あ!ネクタイもちゃんとついてる!嬉しい大好きよんんんんん!!」 「♪」
突然のドラゴンの出没にドクタケの教師陣は漏らし逃げだし、八方斎も腰を抜かして可愛い私のドラゴンを見上げていた。 此れはこの間の…と与四郎が見上げた。そういえば与四郎は代表選手だしこの子の事を覚えていたか。実はと逃がした経緯を説明すると、別に私をせめるわけでもなく、お前らしいなと頭をこづいた。
「与四郎、先にそれで帰って」 「だ、だども…」
「私この子と帰る。折角迎えに来てくれたんだもの。それにドクタケと大川の問題に与四郎巻き込んじゃって本当に悪いと思ってるから。此処にいてまた何かあって与四郎に迷惑かけるのもあれだし……そんなことになるなら、私永久の栄光なんかいらないから。ね、お願い。それで先に帰って。それにこの子と一緒に帰ればいい子だって解ってもらえて学園で飼育できるかもしれないし!っていうかこれが真の目的だから!ね!お願い!」
ふざけて最後にそういうと、与四郎はやっと理解してくれたのか。「解った」と膝を叩いて立ち上がった。ドラゴンは未だ八方斎を睨み付けている。
「早ぐけぇってこいよ」 「うん!すぐ戻るよ!」
与四郎はドクタケの子たちにバイバイと手を振って、ポートキーを掴んだ。
「よし!私も帰ろう!帰るよドラ子!」 「ど、ドラ子?」 「かわいかろうふぶ鬼ちゃん!今名前付けた!ドラ子!マルヒョイでもいいよ!!」
背中に飛び乗り帰るよー!と叫べば、ドラ子は羽を大きく羽ばたかせ空に浮いた。ばいばーいとドクタケの子たちに手を振れば小さくなっていくあの子たちは必死に手を振ってくれた。
「優勝逃したけど、まー別にいいよね。お前に会えたし、久しぶりにドクタケの子達にも会えたし!それに準優勝もなんか景品貰えるっしょ!!」
ねー!とドラ子の頭をぺちぺち叩くと、ガウと低く喉を鳴らしてくれた。こりゃぁ本格的にドラゴン語勉強しなきゃいけないなー。
しばらく飛び続け、大川が見え始めたとき、微かに聞こえた吹奏楽の音楽。後夜祭が始まっているのかしら。急げ急げーとドラ子を急かすと会場では与四郎が胴上げされていて、学園のみんなも指笛を鳴らして与四郎の優勝を祝っていた。教師陣の中でサングラスをかけた部外者が縄でぐるぐる巻きにされているのも見える。あれドクタケか。捕まったのか。その横では仙蔵と文次郎が与四郎に拍手を送り、留三郎と伊作も与四郎の優勝を祝福していた。小平太も胴上げに混ざっているし、義丸さんと鬼蜘蛛丸さんも残念そうに拍手を送っていた。やれやれ一安心だわ。
「千鶴だ!千鶴が帰ってきただよ!千鶴ー!」
「与四郎ー!優勝おめでとうー!ただいまー!!」
与四郎が私に手を振り、私も与四郎に手を振ったのだが、
「「「逃げろおおおおおおおおおおおおドラゴンだぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」」」
私とドラ子の帰りを笑顔で出迎えてくれたのは、与四郎だけだった。
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