十一章:道徳的行い

魔法とは、本当に摩訶不思議な物である。

私は半純血で、マグルである父の家で母と共に暮らしている。故に、住んでいる場所で言えばマグルの世界なのだ。父はマグルだが別に魔法使いを快く思っていない、というわけではない。マグルの学校の教師をしている父の話を聞くと、向こうの考えは『化学』というもので全て解決できるようだ。

だが私が今いる世界は魔法界。起こっている事全て、『化学』というものでは解決できないし、証明なんてできやしない。現にいまこうして、水の中で呼吸が出来ているのだって、エラ呼吸をしているからであるが、何故人間である私がエラ呼吸なんて出来るのか。それはこの鰓昆布を食べ体の構造が変わったから。じゃぁなぜ、鰓昆布というもので体の構造が変わり水中での呼吸が可能になったのか。何故この植物にはそんな力があるのか。それを証明できるものはマグルの世界にはいやしない。

魔法だから。魔法界の物だから、こういったことが可能なのだ。


「魔法とは、本当に摩訶不思議な物である」

「千鶴先輩?」
「なんでもない」


私の横を泳ぐハチもエラ呼吸できているため水中での呼吸が可能だ。

「なんかありそう?」
「いいえ、特には何も」
「そっかぁ、まだ時間あるし、ゆっくりいこうね」

はい、と返事を返し足のひれを動かして、ハチと私は先へ進んだ。

さっきから海藻やらコケが視界を覆うばかり。このあたりには何もないのだろうか。一時間、私たちは何を探し帰ればいいのだろう。いかんせん課題のヒントが無さすぎる。一時間水中でマーピープルが捕らえたという物、それを探さねば第二の課題は突破できない。そのために、ハチの鼻には期待しているのだけれど、やっぱり水の匂いと生臭い藻の匂いばかりで、他には何もにおわない。他のヤツらの気配もないし、皆バラバラに散ったのだろうか。えー、他の連中がもう見つけてたりしたらどうしよう…。


「っ!千鶴先輩…!」
「おぅっ!?何!?」

「シーッ!!」

ハチに腕を引かれ泳ぎが止まった。太い海藻の間に身を隠し、ハチが指差すその先には、

「……水魔だ…」
「やっかいですよ、あれはマーピープルと違って意思の疎通ができない生き物です。見つかったりでもしたら…」

なんてこった。此処にはマーピープル以外にも生き物が存在していたというのか。ハチが眉をひそめるほどの厄介な生き物。わらわらと何かに群がっているように縦横無尽に動き回るあいつらは、正直これぐらい距離をとってみても気味の悪いヤツらだ。何にそんな興奮してんのか知らないけど、やつらは私たち人間と意思を通じさせることが出来ない。人間である私たちが此処にいるとバレれば、水の中に引きずり込まれて攻撃を食らう事間違いなし!

「…迂回しよっか。あれはちょっと…」
「えぇ、数が多すぎますね」

身体を下に向け、深く深く潜って行った。水魔たちの集団の後ろを通るようにこっそりこっそり足を動かして泳いだ。誰かあれに妨害されてないだろうなぁ…。まぁ皆無事であることを祈るよ…。



しばらく泳ぎ続け、腕についた時計を見る。残り30分ぐらいか。そろそろ時間に焦りはじめてきた頃、ハチが何かに気が付いて泳ぎを止めた。私もそれを見て周りを警戒したのだが、海藻以外に何も変わったものは見当たらない。

「変な匂いでも?」
「いや、マーピープルの声がします」
「声?」



探せ、声を頼りに。



「!なんか、ヒントのそれっぽくない!?」

「…あと、俺たちじゃない人間の臭いもします…」
「それは、どっちから?」
「……動いてない…?恐らく、あっちの方から」
「迷ってても仕方ないなぁ、とりあえず行ってみようか」

ハチについていくよと、私はハチの後ろを泳いで行った。さっきほど早くはないが、ハチは確実に目標に近づくように、ゆっくり周りを警戒しながら泳ぎを続けた。他の奴らはどうなっただろうか。伊作とか魔法切れて溺れてたらどうしよう。うわああ無きにしも非ず。それはないと言えないのがツラい。

ふよふよと漂い続け、ハチの動きが止まった。ひょっこり後ろからハチの向こう側を覗いてみると、驚いたことに其処には謎のアーチがでかでかと存在していた。周りにも、何かの建物の様な、石像の様な物がいくつも並んでいる。

「…まるでアトランティスだな…」


「千鶴先輩、それどころじゃないですよ!!」
「あ?」


「あれ!!」


慌てたようにハチが指をさすその先は、謎のアーチの方角。何かと目を凝らしてよく見てみれば、アーチの下には何かがふわふわと浮いている。黒く長い何か。


「………嘘、でしょ…」


それは、人。


「ハチ急いで!!」
「はい!!」


心臓がドクンと跳ね上がり、急ぎひれを動かしその物体に近寄った。最悪の予感は的中した。此処に浮いているのは、学園の人間ばかりだ。

「なんなのよこれ…!どうなってんの…!?」
「おい孫兵!!しっかりしろ孫兵!!」

「利吉さん…!?利吉さん!!しっかりしてください!!利吉さん!!」


マーピープルが捕らえし物と言った宝は、此れの事だったのか。

ぐるりとその周りを見てみれば、喜八郎、庄左ヱ門、乱太郎、兵太夫、孫兵、利吉さん、この人は、風魔の先生…?喜三太、鬼蜘蛛丸さんに、白南風丸さんではないか。
このメンバー、うちの人間以外は知らないけど、昨日から仙蔵たちが探していたといってたやつらじゃないか!仙蔵は喜八郎を探してた、勘右衛門は庄ちゃんを探していた。伊作は乱太郎を、藤内は兵太夫を。昨日、そういえば私は利吉さんと話しているときにマッドアイが来た…。学園長先生が話があるといっていたけど、あれはもしかして利吉さんを人質?として此処へ沈めるため!?そういえば孫兵は何処だって聞いてた!嗚呼なんてこった!!憧れの利吉さんをこれに巻き込んでしまうなんて!!っていうかマッドアイ絶対私のペア誰でもいいと思ってただろ!利吉さんと喋ってたから丁度いいとおもって選んだだけだろ!もっと迷惑かけないやつ選べや!!利吉さんに嫌われたらどうすんのよ!!

恐らくこの数だと、一人に対し一人救出して水面に戻ればいいのか。じゃぁ私は利吉さんだ。ハチは孫兵を助ければいいはず。

「ハチは孫兵を」
「解りました!」

ぐるりと反転し、私たちは救出すべき人間の足元に落ちた。ぐるぐると縄で巻きつけられ浮いてしまわないようになっているが、この縄一体誰がセットしたんだか…。


「千鶴!」

「おぉ伊作!無事だったんだ!溺死したと思ってたよ!」
「馬鹿言わないでよ!僕だってこれでも最上級生なんだから!」

「うわぁぁああ伊作先輩兵太夫があああ!!」
「あああああ乱太郎ううううう!!」

泡頭呪文を使った伊作ペアが到着して、乱太郎と兵太夫の足の拘束を解き始めた。

「おい一体なんだこれは…!」
「庄ちゃん!?庄ちゃんしっかして!!」

次いで仙蔵と勘右衛門も到着し、二人の拘束を解いた。


「千鶴先輩後ろ!!」
「ファッ!?」


ハチの声に驚き後ろを振り向くと、ぐあっと大きく口を開けた鮫が二匹。食われる、と思ったの一瞬。鮫は白南風丸さんと鬼蜘蛛丸さんの縄を口でブチリを切って


「…!」
「はい、お先にどうぞ!」

腕につく時計をトントンと指差して、水面へあがって行った。あれは義丸さんたちか!


「……仙蔵も伊作も先に行って。ハチも、二人を連れて先に上がっていいよ」
「何言ってるんですか千鶴先輩!一緒に行きますよ!」


「駄目だよ!!だってまだ、風魔が来てない!!」


そう、みんな此処に集まった。兵庫第三はたった今二人を連れて上へあがった。仙蔵ペアも伊作ペアも此処にいる。ハチも此処にいる。だけど、風魔のペアだけはまだ此処に到着してない。

「千鶴!風魔なら必ず来る!我々と共に上に上がるぞ!!」
「仙蔵のバカ!忘れたのか!此処の魔法は一時間したらどんな魔法でもきれるんだぞ!!」

今此処に、喜三太と、風魔の先生であろうお方が沈められている。皆が抱いているヤツらもそうだが、まだ温かい。死んではいない。ということは、何らかの魔法で息はせずとも水の中で生きているのだ。だけど、あと10分以内に此処に到着しなければ、この二人は、確実に死ぬ。魔法が切れれば、いくら私でも、此の深さで生きては戻れない。


「だったらその縄を……わっ!!」


「伊作!!」

得も言われぬ速さで、杖を出そうとした伊作の首に、マーピープルのピッチフォークがつきつけられた。


『ヒトリダケダ』


「……っ、」



「伊作から離れろ!!」


隙をついた仙蔵が杖から失神呪文でも出したのか、その閃光はマーピープルのピッチフォーク当たって、周りにいたマーピープル達は恐れをなして逃げ出した。再び静寂に包まれる中、やはり一人が一人以上を助けるのは許されてはいないのだという事を理解した。私が救出すべきは利吉さん。おそらく与四郎と、与四郎のペアが喜三太と風魔の先生を助け出さなければならないという事であろう。

「ハチが二人を引きあげてくれれば、ひとまず利吉さんと孫兵の命は助かるってことだし、安心して上に上がって」
「ですが…!」

「大丈夫!私、これでも与四郎信じてるし!」

残り10分をきった。セクハラされようと変態であろうと、私は与四郎を信じてる。きっと此処へは、すぐに来る。

「……解りました。二人は俺が責任もって引きあげます!絶対に、戻ってきてくださいね!」
「いい子だねハチ。仙蔵と伊作たちも行って」


必ず帰れと一言残し、皆一人を抱えて水面へあがって言った。私は喜三太を抱きしめながら、風魔の先生の手を握り、与四郎ペアを待った。

ザパリと遠くから小さく小さく音がして、ハチたちが水面へ着いたのだと解った。だけど、待てども待てども与四郎は来ない。徐々に私の息もキツくなってきた。徐々に魔法の効果が切れ始めてきているということだろうか。腕時計の針は、残り時間五分を切った。


………まさか、与四郎、水魔に襲われてリタイアしたんじゃあるまいな…!?


あっ!さてはあの時なにかに群がっているように見えた水魔、与四郎たちを襲っていたのか…!?

えっ!?まじで!?あの時、与四郎襲われてたの!?



「与四郎!!いないの!?与四郎!!返事して!!」



水中に響く声は虚しくも近くで消え、私の声に返事を返す者はいなかった。くそ、なんてこった!私たちはあの時襲われていた与四郎を見捨てていただなんて!!

これじゃぁ喜三太と風魔の先生の迎えはいくら待っても来ないはずだ!

残り五分で二人を引き上げるには相当頑張らないと無理だ。だけど今はこの二人を助けることだけを考えなければ。周りを見回してもマーピープルは近くにいない。仙蔵の攻撃で気がひるんだのか、近くに気配はない。今なら、行けるかもしれない。水着に差し込んでいた杖を二人の足元に向け赤い閃光は風魔の先生と喜三太の縄を焼き切った。急ぎ遠くの水面に向かってひれを動かすが、段々その力も弱まってきている。よくみると、手の水かきもない。アッー!!タイムアウトギリギリ!?


「くっ……!おひょああぁぁ!?!?!?」

上へ上へと向かっていると、私の足は何かに引っ張られるように下へ引っ張られた。

「アッー!!こんな時に!!!」

よく見るとそれは、蛸。いやちがう、水魔だ。今最も恐れるべき水魔だ。縄張りに人間がいたから怒り狂っているのか私が一人以上を連れて帰るのが違反だから怒っているのか、どっちにしろ私を水面から十避けようとしているのは確実。だけどこの二人まで巻き込んでは意味がない。最後の力を振り絞るように、喜三太と風魔の先生を水面に向かって押し上げた。


「イダダッダダッダ!!やめ…!ちょ……っ、!!??」


その時、ガボッと、口から大量の泡が出た。




あぁ、呼吸が出来なくなった。


タイムオーバーか。




最後の最後の力、この一撃に賭けよう。杖を振りかざし水魔の群れに失神の呪文を浴びせた。ビクリと動きを止めた水魔たちは、ぶるりと己の頭を動かし、次から次へと私から離れどこか遠くへ去ってしまった。まずい。本当に息が出来ない。

んんんんんんん頑張れ私…!ここで死んだらハチが泣く…!!俺のせいだとか言ってあいつ絶対後追いする……!!そうはさせんぞ……!!!



「あ……せん、…………………でぃお、!」



残った力全てを振り絞るよう呼吸も出来ぬまま水中で呪文を唱えると、振り上げた杖に引き上げられるように、私の身体は凄い力で水面に上がって行った。

「っ!!千鶴先輩!!」

湖から吹っ飛んだ体はそのまま、皆の待機する湖面上の足場へ落下。丁度タオルに身を包んだハチが駆け寄り、私の身体はハチにお姫様抱っこされる形で着地した。ハチは涙目になりながらも自分の肩にかかっていた大きなタオルで私を包むと、良かったとつぶやいて抱きしめ背中をさすってくれた。やばい意識朦朧としすぎ。ぶっ倒れそう。

「千鶴…!しっかりしろ…!」
「いっ…!長次、…」

力強くバシッと背中を叩くのは長次で、その力で吐きにくかった喉にたまった水が勢いよく吐くことが出来た。まだ飲み込んでしまった量が多く気持ち悪い感覚が腹だか胃だかに残ってるし手足が痺れるけど少しは楽になった。観客席にいた小平太も大量のタオルを持ってきてくれて、何とか徐々に体温を取り戻すことは出来た。

「千鶴!千鶴…!!」
「与四郎、良かった…無事だったんだね…」

「すまねぇ千鶴!おらがリタイアしたばっかりに、こんな…!」
「いやぁ、喜三太と風魔の先生が無事でよかったよ…」

「喜三太と仁之進助けてくれて……!おめぇの人質でもねぇのに…!」
「今は謝罪より…感謝が聞きたいかなぁ…」


涙をぼろぼろこぼしながら私の手を取る与四郎にそういうと、与四郎は必死に笑顔を作って、ありがとうと頭を下げた。与四郎の横で与四郎のペアだった風魔の人も土下座の勢いで私に頭を下げた。

「千鶴せんぱいーー!!」
「あぁ、喜三太…無事でよかった……」

はにゃー!と叫んで私に飛びついてきたのは、可愛い一年生で、びしょびしょになったローブのままタオルで身を包んでいた。えぐえぐ涙を流す喜三太も、私の身を心配してくれていたようで、安心させてあげるように背を撫でてあげると、喜三太はびえええと大きく泣くのだった。

「本当に、ありがとうございました!」
「あぁ、風魔の…」

「千鶴、こいつは古沢仁之進いってな、喜三太と同級生の一年生だぁよ」
「…えっ!?」

「中年になってから魔法使いの力が開花いたしまして…お恥ずかしながら、まだまだ一年生で…」

先生かと思ってたのに、生徒だったのか。しかも喜三太と同級生って。こりゃまた凄い人がいたもんだな…。


「千鶴先輩、よくご無事で…!」
「ごめんねぇハチ。でもビリだったね…」

「いいえビリじゃないです!風の悪魔が水魔に邪魔されリタイアしたんで、ビリから二番目です!」

「あぁそっか……こりゃラッキーだわ…」


「千鶴!無事か!しっかりしろ!」
「千鶴先輩!!」

「利吉さん、孫兵…あぁ無事でよかった…」

「体が冷たいな。私のタオルも使いなさい」
「すいません利吉さん…巻き込んでしまったようで…」
「礼なら今度、ホグズミードでお茶にでも付き合ってくれればいい。私のことを助けてくれて本当にありがとう。君には本というに感謝している。だけど、今は自分のことだけを考えなさい。本当に無事でよかった!」

利吉さんにタオルを巻かれつつ、まだ痙攣する手足を必死に動かしながらも長次の肩を借りながら立ち上がった。孫兵も震える方をハチに抱かれ、冷える体を必死に温めた。

すぐ近くで学園長先生及び審判員、各学園の先生たちが会議の様な物をしており、しばらくして、学園長先生が一歩前に出て『静まれ―!』と叫んだ。



『第一位は兵庫第三の義丸コンビじゃ!変身術により見事鮫に化け、一番最初にこの水面へ戻ってきた!そして第二位じゃが、善法寺、浦風コンビ、立花、尾浜コンビ、そして円城寺のペアである竹谷が三組同着二位じゃった。だが円城寺は風魔の人質でもある山村、および古沢までもを救出しこの水面へ戻ってきた。その道徳的行動を称え審判員及び他校の教師陣と審議した結果、円城寺、竹谷ペアを、第二位とする!!』




「千鶴先輩!!二位ですよ!千鶴先輩!二位です!!」


「まじか!?」
「まじです!」

「ハ、ハチー!!!」
「千鶴先輩ィイイイ!!」

「うおおおおおおお!!!」
「やりましたねええええ!!!」



やったぁ!と抱き着いて喜び合うハチと私の横で、異論無と、伊作と仙蔵、勘右衛門と藤内が拍手してくれた。義丸さんもよかったな!と私とハチの頭をぐしゃぐしゃと撫で回し、客席は拍手喝采でわいて、





無事、第二の課題を突破することが出来た。
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