九章:鰓昆布について
「え!?じゃぁつまりマーピープルのいる湖で第二回戦をやるってことですか!?」 「まぁおそらく、この辺であの声が聴くことが出来るのはあの湖だけだし、他に考えられないからねぇー」
図書室の窓から、ハチとともにはるか向こうにある湖に視線を向けた。ついに卵のヒントを解けたハチは嬉しそうに私に処に卵を持ってやってきた。其れじゃぁ一緒に解決策を探そうかと図書室へ来たのだ。手当たり次第に本をかき集めているとハチの視線は向こうの湖へ。もしかしてと口を開いたハチの予想は、恐らく当たっている事であろう。
一回戦はドラゴン。二回戦で水中人。だんだんレベルはあがり、命の重みが解ってくるような内容になってきている。
「それにしても…千鶴先輩、」
ハチは金の卵をくるくると回しながら椅子に座り、手ごろな本をぱらりとめくった。
「水の中で一時間もどうやって息を止めます?」
探せ 声を頼りに
地上では歌えない
探せよ 一時間
我らが捕らえし物
卵の中から聞こえる澄んだ歌声は、確かにそう歌っていた。一時間水の中で何かを探さなければいけないという事だろう。人間普通に考えれば一時時間も水の中で息を止めることなど出来まい。だがそれはマグルだったら、の場合の話だ。私たちは卵とはいえ魔法使い。一時間ぐらいなら、魔法を使えばいくらでも方法はあるはずだ。
「そこで、私にいい考えがある」 「えっ、」
「これ」
手元にある本を開いてハチに見せた。本は「薬草全集」というなかなか分厚い図鑑だ。以前伊作が愛読していた本。 私が開き指差したのは鰓昆布のページだ。鰓昆布とは有名な薬草で、食べれば耳の後ろにエラができ、水中での呼吸が一時間可能になる、という代物だった。
「これいいじゃないですか!」 「ただし難点があってねぇ、淡水の場合と海水の場合で時間が違うかもしれないんだよ」 「えっ!」 「今から検証するような時間もないし、そもそもこれを買いに行く時間もない。あと恐らく収穫の時期もずれてるから市場に出ている可能性も低い」 「……まさか」
「そのま・さ・か。魔法薬学担当教授の土井先生の薬品庫からパクる他あるまいよ」
そう、問題はその鰓昆布の入手方法についてだ。 本当は水の中で一時間息を止める方法は他にもいくつかある。泡頭呪文でも、変身術で魚になるのも可能だ。だけどハチは狼人間ということもあってか鼻が良い。「我らが捕らえし物」が何を示しているのかは解らないが、ハチの鼻を頼りにする時も少なからずあるかもしれない。っていうか、見つからなかったら絶対頼る。水の中で息をする、呼吸をして匂いを嗅ぐのなら、出来る限り人間の姿の方がいいだろう。泡頭呪文では金魚鉢に入ってるような感じになり動きが鈍くなるかもしれないし、変身術では魚になったとしたら鼻が使えないし、魚眼に困るかもしれない。だったら淡水と海水で効果がうんぬんとはいえ、これに賭けるべきだと私はハチに熱弁した。
「……でも、や、薬品庫にどうやって…。あ、千鶴先輩は魔薬委員だから入れるんですか?」 「いーや?土井先生個人で管理をされている薬品庫には入れない。私たちが管理をしている所に、確かあれは置いてなかったはず」
「…じゃぁ本当に」 「盗む。それ以外に方法はない」
昔あそこに置いて盗まれて湖で授業をサボるやからがいたからだそうだ。バカだねぇ。
「盗みは感心しないな」
「ぶぇっ」 「やぁ千鶴。大川代表選手ともあろう者が盗みを働く気かな?」 「おや利吉さん」
私の頭をガシッと掴んだその人に、ハチが驚いて立ち上がり深々とお辞儀をした。利吉さんだ。今日もイケメンだ。
「君達に渡したいものがあってね」 「はい?」
ほらと渡されたのがガラス瓶が二つ。その中に入っていたのは、気持ちの悪い緑色の薬草だった。あ、これって。
「鰓昆布じゃないですか!」 「恐らく君たちにはこれが必要だと思ってね」
さっきまで見ていた図鑑の薬草が、今手元に渡った。たった今盗もうと思っていた薬草が、何故か手に入った。こんなに、簡単に。 びっくりして、二つあったうちの一つを思わず落としそうになってしまったが、ハチがナイスキャッチ。ハチも本物を見たのは初めてなのか、へぇこれがと目を輝かせてガラス瓶を見つめた。
「此処だけの話だけど、君たちの予想通り、次の課題はあの湖で行うようだよ」 「まじすか。っていうか何処から話聞いてたんですか」
「ふふふ、最初からだよ。土井先生に頼まれたんだ、次の課題のために湖の中を調査するようにってね。何か変な者がいないか、罠や魔法が仕掛けてられていないかどうかを。その時これを使えと土井先生に渡されたのだが、見ての通り、なぜか二つくっついていたんだ。…恐らくだけどあれは、これを君たち二人に渡してほしいという事だったんじゃないかと思ってね。竹谷くん、君はここ最近ずっと卵の謎について悩んでいて水の中で一時間息を止める方法を先生方に聞きまわっていたんだって?土井先生は君たちがまだ課題を解けていないんじゃないかと、気を使ってくれたんじゃないのかな?それに千鶴は、土井先生が顧問の委員会の委員長だろう?担当寮が違うとはいえ、応援しているってことだ」
あの人は優しい方だからねと利吉さんは本棚に寄りかかるように笑いながら話をしてくださった。 ど、土井先生……!!さっきまで貴方の倉庫に潜り込んで鰓昆布盗もうとしてましたすいませんでしたァァアアアアア!!!好きっ!!!土井先生大好き!!!
利吉さんは私たちに次の課題についていろいろ聞いてきた。利吉さんも人生初のトライウィザードトーナメントということで興味津々なのだろう。伝説とさえ歌われた大会だ。興味が出て当然であろう。まさかメモに取り始めるとは。ドラゴンと戦ったという話を聞いて利吉さんは戦慄していたが、命があってなによりだねと笑ってくださった。いや私もそれは本当に思う。あの時の怪我はもうすっかり良くなってる。雷蔵も回復してるし、兵助ももう二足歩行に支障はない。
ドラゴンを逃がした話は、しないことにしよう…。
ちなみにと聞いてみたけれど、利吉さんも鰓昆布の持続時間については知らないらしい。まぁ制限時間は一時間ってことだろうし、おそらくそれを超えればどんな魔法も効果はなくなるんだろう。一時間持てばいいほうだ。最悪、気合でなんとか乗り切ろう。
「やぁ、マッドアイだよー」 「これはマッドアイ先生。こんちは」 「昆奈門先生と呼んでほしいな」 「マッドアイ先生」 「折れないねぇ」
本棚の陰からひょっこりと顔を出したのは、呪いやら怪我やらで包帯がぐるぐる巻きにされたお顔の、マッドアイ先生だ。図書室にいるとは珍しい。ハチと私は咄嗟に鰓昆布を背中に隠してへらりと笑ってごまかした。
「利吉くんて、君であってる?」 「はい?」 「学園長先生がお探しだったよ」 「えっ、私をですか?」
「あと竹谷くん、君、伊賀崎くんて子はどこにいるか知ってる?」 「孫兵ですか?えーっと今の時間なら……恐らく外の虫小屋のとこかと…」
ハチは腕についている時計を見て孫兵の居場所を教えた。利吉さんも学園長先生から呼ばれていると聞いて何の御用だろうと疑問符を頭に浮かべたように頭を悩ませた。
マッドアイ先生は利吉さんと図書室を出ていかれ、私とハチも本を全て本棚に戻して寮に戻ることにした。
「本当に湖なんだねぇ」 「でも今の季節で良かったですね。冬場だったら死んでましたよ」 「本当にそれな。…あ、もしかして水着いるんじゃね?やべぇ水着ないや」 「あ、俺もです」
「今から買いに出るか」 「はい!」
そしてわたしとハチは財布を持って小松田さんを探しに出た。明日の準備は万端だし、後は風呂入って飯食って屁こいて寝るだけ。よし、バッチリ。
「あ、おい千鶴、喜八郎を見なかったか?」 「ハチ、庄ちゃん見なかったー?」
「いや見てないけど?」 「俺も見てないな」
「千鶴ー、竹谷ー、ねぇ何処かで乱太郎見なかった?」 「先輩方、兵太夫見ませんでした?」
「やぁ藤内。伊作も探し人?」 「見てないですよ」
「どうしたんでしょうね」 「ねー?」
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