「ごっそーさんでした!!」
「はいお粗末様でした」

八千代に向かって手を打ち合わせ、箸をしまって弁当箱を返した。

「めちゃめちゃ美味かったわ…八千代すげぇな…」
「お母さんと呼び」
「ママ」
「三之助のママ呼びキモイやめて」

八千代の弁当は予想以上に美味かった。オムライスなんてチキンライス卵でくるむだけだろとか思ってた俺が愚かだった。まじで謝罪したい気分。店のものと何が違うのかと聞かれても、何と例えて返せないけど、店とか冷凍品とかとはエラい違いだ。なんというかこう、本当に美味い。今どきの女子高生は米を洗剤で洗うやつがいるなんて問題視されていたような気がしたが、八千代ははるかに上を行く女子力の高さ。いやなんかもう俺の日本語力低くて困る。とにかく、八千代の弁当美味すぎた。

「八千代」
「うす」
「毎日弁当作って下さい」
「嫌だわ調子乗んなよハゲ」
「酷すぎィ」

新田の持って来た本日のデザートは抹茶と林檎のスコーン。やっぱり左門のだけは一回りでかいし、こいつらはいい加減に付き合った方が良いと思う。

「んじゃ次は左門だね」
「おうやったぁ!」

「えー!ずるいよ!八千代僕は!?」
「ごめん数馬昨日の放課後赫々云々で」

「同じクラスだからって抜け駆けはずるいなじゃぁその次僕ね」
「え!?ちょっと孫兵!?」

「明日休みだし、月曜左門で火曜日孫兵ね。もう面倒くさいから次に数馬で最後に藤内でいいよね?」
「やったね」
「ずるいよ孫兵!」
「僕が最後かぁ。まぁ楽しみが伸びると思えば」

「はい無事に決まったところでみんな早くこれ食べてー。残ったら鳩にあげちゃうわよー」

新田がタッパーを持ち上げ飛んでいる鳩を見上げると、そうはさせるかと各々手を伸ばしハムスターの様に口の中に放り込んでいった。孫兵はジュンコといちゃいちゃしながらデザートしてるし、っていうかジュンコの口から鼠の尻尾でてるぞ怖すぎ。

「八千代、弁当のお礼何が良い?っていうか作兵衛なにしたの?」
「俺はアイス奢った。トリプルで」
「えっ、それ元取られすぎてない?」

「いいんだよ。それだけ俺が満足したってことなんだから」
「きゃー作兵衛さん素敵おっとこまえー」
「やめろ気持ち悪ィな!!」

そうか、あの後二人で何処か行ったっぽかったけど、あれはアイスを食いに行っていたのか。さぁて俺は八千代に何をしてあげるべきか。八千代に意見を聞いてみるも、「三之助に任せるよ」としか返事が帰って来ない。今日の放課後はバイトがあるみたいだし、また後日ゆっくりとということになった。考える時間をくれるのは助かることだ。弁当本当に美味しかったし、ちゃんとしたお礼がしたいな。

空を見上げて食後のデザートを口に放り込んでいると、ふとポケットのケータイが揺れた。電話かと思ったがそれはLINEで、トーク画面を開かずとも『今屋上?』という文章だけが目に入った。俺の眉間に皺が寄るのも無理はない。相手はセフレでいいからと言い寄ってきた女なのだから。俺なんかとヤって何が楽しいんだかとも思っていたが、こいつは一向に引いてくれようとはしなかった。遊び半分で付き合っていたけど、八千代や新田といた方が面白かったから、最近連絡をすることはなかった。

「あれ、三之助顔色悪いよ。っていうか顔が悪い。いつも以上にブスい」
「うるせぇ俺はイケメンだ。八千代悪い、ちょっと出る」

「うん?おっけ、お前の分のスコーンは私に任せろ」
「ちょ、ま、少しは残しておいて」

俺が立ち上がると容赦なく新田のスコーンを八千代は口に放り込み始めた。悪いと手を挙げ無理やり笑顔を作ってみるが、屋上の出入り口へ向けると勝手に顔が真顔になっているということは嫌でも解った。あー、あの向こうにいると考えると鬱だー。もう俺あいつと遊びたくない。

「あ、三之助!」
「何だよ昼休みまで来んなよ」
「そう言わないでよ。最近全然遊んでくれないからどうしたのかなーって」

前までそそられる香水の香りだったが、今になってやっと吐き気を催すだけの臭いだと理解した。蛇みたいにするりと首に伸びた腕を邪魔そうに払いのけると、こいつは不思議そうな顔をして俺の顔を覗き込んだ。

「何三之助、機嫌悪いの?」
「悪いに決まってんだろ。今飯食ってたんだぞ」
「何そんなにキレてんの。っていうか今日の放課後暇?もし暇だったら」

「悪いけど、俺もうそういうのやめたから」

少々イラついたようにキツめに物を言うと、女は不思議そうというか、驚きの顔に変えた。

「…は、は?やめたって、何?」
「お前とヤるのもう飽きた。二度と連絡しないでくれる?」

目の前でトークをブロックした画面を見せると、ちょっと!と声を荒げて俺のケータイを奪おうとした。とっさに肩を押し距離をとったが、女の睨み付けの怖い事怖い事。暴力に出たからか自分という存在をブロックされたことにキレているのか。どっちにしろもう俺はこいつとは関わりたくないとおもっているんだから、早々に消えてもらいたいぐらいだ。

「っていうか、セフレでいいからとかお前自分の事なんだと思ってんの?」
「は!?あんただってノリ気だったじゃない!」
「自意識過剰すぎて言葉になんないわ。滝夜叉丸かよお前。お前がしつこいから折れてやったの解らんねぇのかなぁ」

これ以上事を荒げるのは面倒くさい。階段を上がった扉の向こうでは連中が食後のスマブラを開始しているはずだ。俺抜きで。明日持っていくだの全員買ってるだろうなだのグループトークで昨夜いいあってたから、おそらくもう開始しているはず。くそ。俺も早くあっちに行きたい。女はそれでも俺の気持ちも察さず誰に向かってそんな言葉をとふじこふじこしている。右から左へ受け流している俺の態度が気に入らないのか腕を掴んでくるし、面倒くさい女と面倒くさい関係になってしまったんだなぁと今更ながら後悔し始めた。いやもう遅いけど。


「三之助ー、フィールドスマッシュ始めるけ、ど……」


屋上の扉が開いたその向こうから、八千代が赤いDSを持って登場した。

「あれ?まっちん?と、三之助…。何してんの?」
「八千代…!?」
「あ、あ!…あー……お邪魔しちゃった……?」

「八千代、今日の放課後お前のバイト先行くって言ったじゃん?」

「は?え?」

突然そんなことを言われて戸惑うのも無理はない。だってそんな約束一度としてしていないんだから。だがこれはここから言い逃れるための嘘話。女には見えない角度なので、話をあわせてくれと頼む様な表情をすると、八千代もやっと理解してくれたのか、「あ、うん」と話しにのっかってくれた。

「バイト何時からだっけ?」
「今日は17時からだよ」
「そっか悪いな。忘れちゃって」
「あーうん。じゃ先戻ってるから」

八千代の方がこいつより空気読めるし良い奴だ。

「じゃ、そういうわけだから」
「ちょっ!待ってよ!」

腕を掴んでいる手を離させて、俺は階段を上がっていった。此れで一人知り合いが減った。だけどあれは友人と呼べるような関係の奴でもなかったし、これから先連絡をとらなくなったところでなんともない。心に隙間ができたわけでもないし、あいつの代わりなんて作ろうと思えば好きなだけ作れる。ま、今は作る気もないけど。

「遅いよ三之助。今僕三連勝中」
「え?藤内が?なんか意外」
「予習復習欠かさない僕がゲーム如きで負けるわけないだろう?」

「それ勉強に生かせないの?」
「やめて八千代!心が痛い!」

しばらく対戦を続けてチャイムが鳴り響き、俺たちは急いで弁当箱やらを片づけて教室へ戻った。午後の授業が始まると同時に俺は昼寝の体制に入ったのだが、八千代から小さい手紙が投げられてきて昼寝は阻止された。中に書いてあったのは、『今日のバイトで一人休みが出たから、お弁当のお礼にホール手伝ってくれない?バイト代は現物支給(ケーキ)かお金、選べるぜ?』と書かれていた。そういえば弁当のお礼を何にするか決めていなかったし、今日は部活もない。あいつにも放課後八千代のバイト先に行くとか嘘ついたけど、それが本当になるとは都合がいい。俺は思ってもいない申し出に速攻でOKを出した。現物支給の方が良いな。甘い物食いたい。そういえば八千代はお菓子作るのが苦手とかいってたな。よし、八千代が作ったケーキをリクエストしよう。作兵衛から思わずまずいと言ったという話を聞いた。作兵衛にそこまで言わせたのだから、逆に気になる部分でもある。

本日最後の授業が終わりチャイムが鳴り響き、同時に担任が入ってきてハイスピードで帰りのHRは終わった。

「よし、八千代行くか」
「ごめんねー、本当に助かるよー」
「いやこっちこそ。美味い弁当貰ったんだし」

「なんだ三之助!今日は八千代とデートか!」
「気を付けろよ八千代。逃がすんじゃねぇぞ」
「任せておいて作兵衛。私初対面で学んだ」
「エラい言われようだな俺」

「じゃぁ神崎くんは私とデートしよ!?」
「おぉいいぞ!今日は僕も暇だからな!よし!デートだ!」
「か゛ん゛ざ゛き゛く゛ん゛と゛デ゛ー゛ト゛!!!」

「作兵衛一人じゃん乙」
「バーカ、俺は委員会あるんだよ」

じゃぁなと各々手を振って、俺たちは教室をあとにした。今日のバイトはねーと話す八千代の向こうであの女が待ち伏せしていたのが見えたけど、俺はそれを見ないふりして八千代に目を向けた。

「違うよ三之助!!玄関こっち!!」
「あ、間違えたわ」

「ちょっとー!学校すらまともに出れないってこれ脱出ゲームだったら詰んでるよ!?この階から出られないで諦めて攻略本買わなきゃいけないパターンだよ!?手繋ぐ!?」
「!うん、そうして」

差し出された掌に俺の左手を乗っけると、こっちこっちと八千代はズンズン玄関口に歩いていった。物言いたげなあいつの顔。あぁ、マズいことしたかな。八千代とあいつ、友達っぽかったし。誤解させてたらどうしよう。八千代に迷惑かかんなきゃいいけど。

靴に履き替え外に出て、八千代と俺は先生に挨拶して外に出た。バイト先はここからあんまり遠くないよーといつもの帰り道とは違う方向へ八千代は歩き始めた。なんかいいなぁこういうの。部活もない日に女子と二人で帰るの。他の女の時はこうは心落ちつかない。

「あのさぁ八千代」
「うん?」
「昼休みのやつさぁ、………あー、引かない?」
「何?引かないよ。痴話喧嘩?」

「うん、あれ、俺の元セフレ」

ビシャンッと雷でも落ちたかのように、八千代は歩くのを一旦停止した。

「セフ、え?まっちん!?ま、まっちん三之助のせ、セフレだったの!?あんな純情そうな顔して!?」
「え?純情?どっからどうみても捕食者じゃん。取り巻きもそういう連中だろ」
「ひぇぇえ…女怖いわ…」

どうやらあの女と八千代はやっぱり友人だったらしく、あいつが俺と関係を持っていたことに相当のショック、というか、驚いているようだった。こういって迫られたとか、折れたとか、いつからだったとか、聞きたくもないであろう情報をつらつらと並べていると、八千代は「ディープな関係だね」と心底落ち込んだようにしていた。本当に、八千代の前では普通の女の子だったらしいから、余計にショックなのだろう。彼氏がいるなんて話を聞いたこともないし、男遊びが激しそうに見えるような感じでもなかったらしい。

「三之助とか…まっちん見る目なかったな…」
「どういう意味それ!」
「そのまんまですよやだー!」

でも確かに、あいつはみる目がなかったと思う。俺飽きっぽいし、そう知っていれば近寄ることもなかったんだろうなぁ。

「何が楽しくて俺なんか掴まえたんかね」

信号が赤に変わり、歩くのを止めてそうつぶやくと、八千代はううんと考える様に腕を組み、


「ステータス、ってやつかなぁ」


そう、呟いた。

「ステータス?」
「"次屋三之助のセフレ"という位置が、女子からしたら羨ましいと思われるポジションだったんじゃないの?」

「……ははぁなるほど」
「例えば女子の間でさ、『三之助とは遊びよ遊び〜。遊んでやってるだけ〜』とか言うとするでしょ?三之助たちってほら、実はモテてるっていったじゃん?そんなモテ男を自分が遊んでやってるという、なんていうかなぁ、優越感ていうの?そういうのに浸りたいんじゃない?周りの女はそれに憧れるんじゃないの?」

「へぇー。八千代もそうなの?」
「うーん、私はそういうの興味ないけど、ジャ忍ズ事務所の連中は全員俺に跪いてるぜとか言ってみたくない?」
「あぁーなるほどね。解りやすいかも」

つまり俺はあの女のアクセサリーの様なものだったということか。じゃぁ俺という飾り付けがなくなったあいつは一体どんな目で見られることになるのか。ペットに逃げられた飼い主?それとも借金を背負わされた大企業の社長と例えるべきか?どちらにしろ、あいつの地位は落ちることになるのか。なるほどな、それウケるわ。

「でも逃げ道はあるよ?」
「どんな?」

「『三之助は私から捨ててやった』と嘘を言うの」
「ほう、なるほど」

「でもこれってハイリスクノーリターンでね、本当?って三之助に誰かが真実を聞きに来たら、嘘って素直に答えればいい。ただそれだけ。そしたら三之助の地位は守られ、まっちんがさらに落ちるだけなんだけどね」

信号が青に変わって、八千代と俺は再び歩き始めた。

「じゃぁそういう事にしておこう。俺からあいつ捨てたんだって、八千代だけは解っててね」
「はいはい、解ってますよ。三之助ちゅわんは心配性でしゅねー」
「ナメんな」

ふざけたように八千代が俺の頭を撫でると、あそこの看板のお店!と八千代はまだ遠いけど小さなカフェを指差した。

女って言うのは面倒くさい生き物だと思ってたけど、やっぱり八千代はいいな。落ち着くし、なにしろ一緒に居て楽しい。こういうのを友人と言えたら幸せなんだけど。


「なぁ八千代。俺と八千代って友達?」

「何言ってんの今更気持ち悪い。友達じゃなかったら弁当なんか作んないし、バイト先教えたりしないよ」


その返事が、とても心地よくて、俺はもう一回手を繋いでしまった。多少驚かれたけど、迷われないよりはいいと八千代はその手を握り返してくれた。



「よう八千代!!久しぶりだな!!」
「あーーーーーーーーー!!七松さんお久しぶりですいらっしゃいませ!!」

「あれ?三之助!?」
「あっ!!七松先輩!!」

「え?知り合い?」
「おう!地元のバレーボールチームで小学生の時同じチームだったんだ!久しいな三之助!元気だったか!!」
「はい!!めっちゃ元気です!!」

「久しぶりにこっち戻ってきたから八千代に逢いたい、シフト教えてくれーって昨晩小平太から電話あってな」
「やだなぁもうとめさん先輩教えてくださいよ!あ、彼今日尾浜先輩の代理です!」
「おうそうか!よろしくな!お前は注文とってこっちに教えてくれ。俺と八千代で作るから運ぶのも頼むな」
「解りました!」

俺はおはま先輩という人の代理。ホールをやってくれとエプロンを渡され俺はその場で制服を抜き捨て身に着けたが

「じゃぁさっそくだけど注文良いか三之助サンドウィッチセットとガトーショコラとチーズケーキとメロンソーダにアイストッピングして全部食い終わったらスペシャル抹茶パフェ持ってきてくれあと持ち帰りでピリ辛ウィンナーのホットドック3つとハニートースト2つとショートケーキとモンブランと」

「ちょ、ちょっと待ってください!!」
「斬新な嫌がらせ!!」

「細かい事気にすんな早くしろ腹減った」
「まさに暴君!!」

客は本物の暴君だった。
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