「八千代」
「なぁに作兵衛」
「今日の放課後暇?」
「部活あるから一応暇ではないけど」

「待ってていいか?ほら、弁当の礼がしてぇから」
「あぁ!別にいいけど、じゃぁ部活おいでよ。今日はオムライスの予定だよ」

六限目の自習中、作兵衛が後ろを振り向きそういった。放課後は生徒会か部活かアルバイトで必ず埋まっている。授業が終わってすぐ寮に帰れるわけではない。今日はバイトが休みで生徒会も二人からのメールがないから暇と思いきや、調理部に行かねばならない。しかも今日は私が教えるオムライスの日。私が休むわけにはいかないのだ。

「は?俺もオムライス食べたい」
「基本部外者は立ち入り禁止なので次屋くんのご来店はまた今度という事で」

「作兵衛だけずるいぞ!」
「やかましい!左門たちはお弁当の番が来るまで待ってなさい!」

聞けば三之助はオムライスが大好きなのだとか。なんなんだよその見た目で可愛い食べ物好みやがって。これ他の女子が知ったら母性本能くすぐられまくるんだろうなぁ。そういうのも無自覚かくそ。殴りたい。何故素直にモテないのか。いや、問題は女子側か。

「部長の許可取れればいいのよ。萌衣!」

「なぁに?」
「今日作兵衛部活に来ても平気?」
「平気よー。二年生今日休む子いるから材料も余るし、富松くん食べてくの?」

「いいのか?」
「萌衣部長が言うなら大丈夫よ。材料余るのはもったいないからね」

前の方の席で萌衣がこちらを振り向きOKサインを出した。許可を出したのは作兵衛だけ。羨ましそうに、恨めしそうに三之助と左門は作兵衛を睨み付けるのであった。いやだからお前らはお弁当待ちなさいってば。オムライス入れてあげるから。

「じゃぁ明日は三之助にお弁当作ろうか」
「オムライスがいい!!!!!!」
「あ、はい解りました」

「八千代僕は!?」
「じゃぁ左門はその次という事で」

二人がそろってやったー!とハイタッチをすると、やはり教室の空気はちょっと歪んだ。付き合ってるの?とかどういう関係なの?なんてひそひそ声も聞こえるけれど、付き合ってないですしカツアゲとかでもないですから。一人暮らしをする可哀相な子たちのために私たちはお弁当を作ってあげる兼女子への扱いのリハビリも兼ねているのでございます。羨ましそうな顔している女子生徒の皆様。イケメン6人と仲良くなったとはいえ、これ中々面倒くさい役でございますですよ。えぇ、本当に。

自習で出されたプリントを終え暇になったのか萌衣ちゃんは自席から立ち上がり私たちの中に入ってきた(男三人はそもそもプリントに手をつけていない)。萌衣ちゃんがこちらに来たことにより男子生徒の視線も集めてしまう。まさかあの新田萌衣がこの中の誰かと付き合っているのではなんて声も聞こえるけれど、そうなった場合相手は神崎左門一択であることを知らない人間も少なくない。こんだけべたべたに左門を好いているのを感じ取れないわけがないのだから。この二人こそ早く付き合っちゃえばいいのに。左門が萌衣に気があるのかどうかと言われれば…………まぁ、ないだろうけど…。今は、ね。

授業終了を知らせるチャイムが鳴り響き、担任不在のまま本日の授業は終了した。木下先生が教室に戻ってきてHRを終わらせ、私と萌衣と作兵衛はこれから部活だと言うと三之助と委員会があると言った左門別れを告げ、教室をあとにした。目指すべき場所は調理室。

調理室に入ると一年と二年生が少人数ながら今日の部活の準備をしていた。だが、私と萌衣の存在はいいとして、その私たちの後ろについていた確信を持って強いと言えるヤンキーの姿に全員が背筋を凍らせたように動きを止めた。一人の後輩が「せ、先輩後ろ……!」と震える手で私の後ろにいた作兵衛を指差し、作兵衛は何のことか解らず「俺?」と自分を指差した。

「あ、大丈夫。害はないから」
「なんだよ八千代、俺をばい菌扱いしやがって」
「いやあんたこの女子メンバーの中に一人だけヤンキーってどう見たってばい菌でしょうが」

しかもかなりタチの悪いと言いながらブレザーを脱ぎ荷物を置くと、作兵衛はまぁそうかとでも言いたそうに、だが不服そうに調理室の椅子に座った。

「えーっと、二年の泉ちゃんがお休みね?解った。じゃぁこれから部活を始めまーす。今日は私が担当で作る物はオムライス。作り方はここに書いてきたから、はい、これ見ながらやるからねー」

バッグの中からコピーした私の手書きの作り方が書いてある紙を取り出し、萌衣に手渡した。一枚一枚手渡されていき、余った一枚が私の手元に戻ってきた。

「はい作兵衛」
「…………あぁ?」
「あぁじゃない。作兵衛も一緒にも作るんだよ」
「は!?なんで俺まで!?」

「どうせ暇でしょ。自炊できる系男子目指しなよ。材料も余ってんだから」
「や、でも俺料理なんてしたことねぇよ!」

「だと思うわ!っていうか此処はそういう子が集まってる部活なんだよ!今日のリーダーはこの私!調理室にいる限り私のいう事は絶対です!さぁエプロンをつけてバンダナもつける!その親指の指輪も外して!衛生的に良くない!タダ飯食えるだけの部活だと思ったら大間違いだよ!」

さぁ立て!と作兵衛が座る椅子を蹴ろうと足を上げると、さすが喧嘩には慣れているのか反応早く椅子から立ち上がった。その一瞬をつき椅子を撤去し調理室に置かれているエプロンとバンダナを手渡し装着させた。防具は黒とグレーのアーガイル模様エプロンとペイズリー模様の赤いバンダナ。これでいいかと少し照れくさそうに装備した作兵衛は、RPGの世界では確実にザコだ。自分の村からも出れない程に装備が弱い。これでお玉なんて持たせた日には…。
一年と二年の女子の列の一番端っこでポケットに手を突っ込みオムライスの作り方が書いてあるB5の紙を見つめるヤンキーの図。中々シュールである。

「まずは中身のチキンライスからね。作り方書いてあるから解るとは思うしそんな難しくないから、とりあえず初めて。解んなかったら私呼んで。ではー、はじめ!」

わらわらと己のテーブルに移動し、メモを見ながら包丁を握る後輩たち。やれみじん切りのやり方が解らないだの肉が切れないだの…。本当に調理部入っててよかったね。お前らこのままじゃ嫁に行くことすら厳しかったと思うわよ。だけどその中でも

「作兵衛、包丁の持ち方違う」
「まじか」
「それ多分人を刺し殺す時の持ち方だから。こう」
「あぁそっか」

ぐっと刃を下に握った作兵衛の危なさったらない。あぁそっかってなんだよ。さも過去こういう持ち方で過ちを犯しましたみたいな言い方はなんなんだよ。まずい、こいつに刃物持たせたのがそもそもの間違いだったかもしれない。ち、チキンライスの赤が血の色になってしまう…。

だが任されたからにはという責任感でもあるのか、作兵衛はみじんぎりのやり方を聞いてきたり鶏肉の切り方を聞いてきたりと、思ってより真面目に部活に取り組んでいた。そういえば留さん先輩が作兵衛はあぁ見えて責任感がある良い奴だと言っていたことを思いだした。なるほど、最初はあまり乗り気ではなかったけど一度面と向かえば真面目に取り組む良い子ではないか。関心関心。

こうしてこうと玉ねぎのみじんぎり方法を教えると楽しくなってきたのか、作兵衛にも少々余裕の笑みがうかがえた。よし、こちらは何ともなさそうと次の段階へ向けてチキンライスを炒めさせ、さらに次に卵の薄焼きを指示し、今回は初心者なのでオムライス形にご飯を固めることのできる型をご用意した。これさえあれば失敗することなんてまずありえない。

「八千代」
「うん?」
「…卵破けた」
「嘘じゃん」

ありえました本当にありがとうございました。

何故涙目なのかと問いたいぐらいには作兵衛は真剣なまなざしでフライパンの上で破けた卵を見つめていた。ドキッとなんてしてないから。私の母性本能くすぐられてないから。大丈夫だから。可哀相とか思ってないから。いや本当に。なんとかかんとか手伝いをしながらも、作兵衛及び他の子達も無事に完成していた。今回は比較的簡単だったからか萌衣ちゃんも失敗することなくできあがったと喜んでいた。少し焦げているのは、見なかったことにしよう。さぁ食べようかとバンダナを外しテーブルにつき、各々スプーンを取り出した。相変わらず後輩たちは作兵衛が怖いのかあまり近寄らないが、当の本人はそんなこと気にもせず、初めて自分が作ったというこの上ない達成感にひたっていた。はいとスプーンを作兵衛に渡して、萌衣の横に座り、いただきますと手を合わせ、我々は少し早目の夕飯につくことにした。

「あー美味しい」
「うん、今日の私は大成功な気がする!」
「其れは良かった!作兵衛は?」

「……」
「作兵衛?」


「…んんんめぇええ!!」


スプーンを握りしめ声高らかにそう言った作兵衛は、次から次へと口の中に自身が作ったオムライスを運んでいった。楽しそうで、嬉しそうで何よりだ。思わず萌衣を顔を見合わせ笑ってしまったが、作兵衛の今の大声により、周りの後輩たちも、富松作兵衛先輩というのがそれほど怖い先輩でもないのかもしれないと思い始めてくれたようだ。がっつく作兵衛の姿を見ながら声を殺して笑っている子もいるし、何より(顧問に内緒で買った)ジュースのおかわりは如何ですかと来てくれた子がいたことに驚いた。作兵衛は何も気にせずすまねぇ!とコップを出していたが、これは大きな進歩かもしれないと私は内心嬉しかった。後輩たちの間でファンができ、そこから私たちの学年までいい人だと言う噂が流れれば良し。ただの不良だという悪い話ではなく、責任感がある良い人だという噂が流れファンの鉄則なんて守らず作兵衛を好く子が出て来てくれれば最高の展開だ。いいぞ後輩たちよ!そのまま作兵衛の噂を流しなさい!!この人は怖い人ではないのよ!!


「あーもう無理だ!いい匂いがする!八千代!萌衣!僕らにもそのオムライス分けてくれ!!」

「なんで作兵衛はエプロンしてんだよ!俺にもそれ食わせろ!!」


「左門くん!?」
「三之助!?」



「入ってくんじゃねぇよ馬鹿野郎が!!これは俺のだしテメェらは大人しく部活に戻りやがれ!!」



そして後輩たちは調理室の隅っこへ行き、肩を震わせ涙を流すのであった。













「なんで喧嘩を始めた」
「…めんぼくねえ」
「謝罪が聞きたいんじゃない。私は理由を聞いているの」

甘かった。後輩を使って作兵衛たちの良い噂が流れればいいなんて思っていた私が甘かった。調理部の後輩は大人しい子が多い。突然のヤンキー襲来に怖がらないわけがない。作兵衛は己の作ったオムライスを死守するため狙う三之助をプロレス技でかためていたし、左門は左門で萌衣からオムライスをあーんされ満足そうにしていたし、あの混乱をおさめられるのは私だけしかいなかった。三之助には明日の弁当作らないよと脅し調理室から追い出し、左門もケツを蹴り上げ調理室から出した。やっぱり富松先輩は怖い先輩だったとインプットされてしまったし、その取り巻きも怖い先輩がいると認識されてしまい、私の作戦は見事失敗に終わった。後片付けをし、早々に後輩たちと別れ、私と作兵衛は六限目に約束していた弁当のお礼とやらのため、アイス屋に来ていた。徒歩で行ける距離だったので歩いて行ったはいいが、行きは無言。注文をし待っている間に、ようやく口を開いたのだった。

「いや……本当にさ、女友達増やしたいって気はあるの?」
「その気はあらぁ!」
「じゃぁなんで所構わず大声で喧嘩を…」
「…いやその……」

反省の色は見えるが、改善できるとは思えない。やはりこいつらに女友達を作らせるというのは不可能なのだろうか。萌衣ちゃんで終わりなのだろうか。

注文していた三段アイスを受け取り、私と作兵衛は店を出た。抹茶三段重ねとか幸せすぎる。

「ごちになります」
「俺こそ、弁当美味かった!ありがとうな!」
「お粗末様でした」

作兵衛はチョコレートのシングルを手にニカリと笑った。後輩を使う手は駄目だった。なら別の手を考えねば。

「……」
「なんだ?あ、チョコついてるか?」
「いいや、そういうわけじゃないです」

ふと、作兵衛が車道側を歩いてくれていることに気付いた。うーん紳士だ。やっぱりこういう面は一緒に遊んだり歩いたりしないと解らない面だよねぇ。口で言ったところで伝わらないだろうし、言ったところでいらぬ誤解受けてもいやだし。付き合ってないですから。

「まぁ、なんとか別の方法があればいいんだけど…」
「なぁ、確認だけどよ」
「んー?」

「俺と八千代って友達でいいんだよな?」

「……何を突然」

女友達のためのリハビリとはいえ、こう改めて聞かれると困るものがある。

「私は友達だと思ってたけど」
「俺も友達だと思ってるけどよ」
「何?不満?」

「いやそうじゃなくて。八千代と新田とは普通に仲良くなれてんのに、なんで他はダメなんだろうな」


……それはあなたのファンの結束があってですね、なんていえない。


「不良だからだよ」
「…まぁそれもあるんだろうけどよ」


作兵衛たちは良い子なんだし、女の子たちの方から何とかするしか、ないのかなぁ。

「今日は本当にありがとうな。料理も楽しかった」
「そりゃぁ良かった!入部届はいつでも受け付けるからね!」

作兵衛は勘弁してくれと笑ってアイスのコーンを口に投げ入れた。寮の門につき、今日はごちそうさまでしたとお互いに頭を下げ、私と作兵衛は男子寮と女子寮にわかれて帰って行った。明日は三之助のお弁当か。さて何を…。

「あ、やばい…」

買い物するの忘れてた。あぁ、こんなことなら作兵衛を荷物持ちに一緒に行けばよかった。


「こんばんは」
「おや彦ちゃんこんばんは。どうしたの女子寮に用事?」
「いえ、タッパーをお返ししようと思いまして、ちょっとここで待ってたんです」
「あぁ、わざわざありがとう」

「今からお出かけですか?あ、お買いものですか?夜道は危険ですから、付き合いましょうか?」
「いいから帰れ。お前に用など無い」

「団蔵と虎若に襲われても知りませんよ」
「だから誰なんだよ!!」
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