「何故その城が金回りがいいんだ」
「さぁてね、恐らくどこぞの金持ちの城と手を組んだか、はたまた何かでぼろ儲けしたか…」
「恐らく、前者だろうな」
「なら気を付けなさいな、戦が始まる」

「そうだな、これはかなり大きい情報だ。いくらになる?」
「これでどう?」
「そりゃお買い得だ」


菖蒲さんが指を三本立てると、利吉さんは懐から中々大きめの巾着を出してジャラッと音を立てそれを菖蒲さんの手の上に乗せた。あれはおそらく情報料だ。菖蒲さんはぽんぽんと手の上でそれを投げるようにして重さを量って懐へ仕舞った。中身を確認しないのは、恐らく利吉さんを信用されているからだろう。

偽の相棒役とはいえ、これは利吉さんのお仕事にかかわること。俺も今菖蒲さんが言っていたことを書き留めたメモを利吉さんに渡した。パタパタと墨を乾かすようにすると折り畳みそれも懐にしまった。


「すまない、手洗いに行ってくる」
「お茶は?」
「いや、もう結構。リュウザブロウくん、ちょっと待っててくれ」
「は、はい」


障子を横にずらすと、外からは他の部屋からであろう太鼓や笛の音、女と男の笑い声が耳に入った。多少心臓がやかましくなるのは、此処が遊里だからという理由だけでは、ないような気がする。



「リュウさんと、言いましたっけ」
「お好きにお呼びください」

「そう、リュウさんは利吉とは仲が良いの?」
「えぇ、そこそこ。最近はよく忍務を共にさせていただくこともあります」

嘘をつくのはたやすい。


「…最近、利吉さんから貴女の事を聞きました」
「あら、どんな?」

「弟さんが、忍者の卵なのだと」

「あらやだ、利吉は口が軽いのねぇ」
「いえ、私が気になって無理やり聞いたんですよ」


「利吉はおそらく他の女の処へ情報を買いに行ったのでしょう。何処まで聞きました?リュウさんいい人そうですし、お話してあげようかしら」


手洗いと言ったら他の部屋へ行き別の情報を仕入れに行くのだと言う。断じて抱いたりどはしないと。

俺は刀を腰にぶら下げたまま正座をし、菖蒲さんの正面に座り、かくかくしかじかでと、作兵衛と菖蒲さんの間にある溝の話をした。作兵衛が菖蒲さんと3年で帰るという約束をしたという話。だが作兵衛はあと3年待ってほしいと申し出たという話。そして、菖蒲さんと作兵衛が決闘するらしいという話も。

全て人伝に耳にしたという前提なので、そんなに深くは離せなかったのだが、菖蒲さんは困ったように笑って「そうなんですよ」と手をヒラヒラさせた。戸棚から出したのは酒の入っている瓢箪で、まぁ一杯と俺に御猪口を着きだした。断る理由が見つからず、流れでそれを受け取ってしまった。おぉ、なかなか強い酒だ。



「作兵衛は、私の可愛い弟ですよ。小さい頃は姉さん姉さんとちょこちょこ私の後ろをついて回っていてねぇ」

今でも十分可愛いだなんて、い、言えない。



「……いつまでも可愛い弟だと思っていたのに、いつの間にか"男"の顔をしてねぇ。私を超えたいだなんて、そんなこと言う子じゃなかったんだけど…。いつの間にあんなに大きくなったのかしら…。あの子はいつまでも私が守ってあげたいと思っていたのに…。見ておかないと、すぐに成長しちゃうもんなのね、男の子って」


肘を台の上に乗せ酒を飲む。その菖蒲さんの目は、どこか寂しそうな顔をされていた。


「その委員会の委員長はどんな人でした?」

「全く持ってダメダメね!弱いし口だけよ!なんで作兵衛はあんなダメ男に惚れたのかしら!!わたしの方が何倍も強く美しいと言うのn……あら、どうしたの?」
「いえ、いえなんでもありません…」


思わずガクリとうなだれてしまった。そこまで言わなくてもいいだろうチクショー…!!





「…どうして、菖蒲さんは、作兵衛くんのことを意地でも連れて帰りたいのですか?」

核心に触れるのが早すぎただろうか。




「そりゃぁもちろん、富松の家を早く継がせるためよ。うちの家がある場所は治安が悪い。今は私の友人たちに任せているけれど、私が作兵衛のためにここで学費を稼いでいたら、私はあそこを守ることが出来ない。だったら早く作兵衛に家に戻ってきて家に入ってもらわないと困るのよ。私は忍というものを詳しく知っているわけではないわ、でも、いつも命がけなんでしょう?そんな危険だと解っているところに、これ以上長居させることは出来ないわ。力を付けたのなら、もう家に戻ってきてもいいじゃない」


瓢箪を手に取り御猪口に酒を入れ、ぐいと飲み干した。

やはり菖蒲さんは作兵衛を断固として家に連れて帰るみたいだ。此の言い方からすれば、この気持ちを曲げることなど中々難しいだろう。だけど俺も作兵衛の先輩だ。作兵衛が所属する委員会の委員長だ。俺も、此処で諦めるわけにはいかない。


「ですが、作兵衛くんの気持ちはどうなるのです?」
「…」

「作兵衛くんは、まだその場に残り力を付けたいと言っているのでしょう?」
「…」

「応援をしてあげるという選択肢は、ないのでしょうか」
「…」



「俺は貴女と作兵衛くんの仲がどれほど良かったかなど、今の話だけで理解できたなんて生意気言うつもりはありません。ですが、利吉さんや貴女から話を聞く限り、やはり作兵衛くんを応援してみるのもいいのではないのかと思うんです。彼は新しい目標を見つけた。それは彼にとって必ず力になると思います。それに、貴女を守る力にもなると思います。確かに三年で帰るという約束をしたとはいえ、彼はさらに高みを目指しているんでしょう?それは、作兵衛くんにとっても、貴女にとっても、嬉しいことなのではないのでしょうか…。」



其処まで一気に喋って、俺はハッと正気に戻った。御猪口を片手にぽかーんとしている菖蒲さんは、目を点にして俺を見つめていた。喋りすぎた。というよりも、もしかしたら正体がばれたかもしれない。







「………くっ、あはははは!!初対面の貴方に其処まで言われるとは……っ!!はははは!私もまだまだですね……!ふ、はははは!」



「菖蒲、さん?」
「いや失礼、どうもあなたの発言があの憎き委員長の言葉に聞こえた物でしてね…っ!ふふふ…!」

「あ、で、でしゃばりまして…」
「いやいや、それが貴方の意見なのでしょう。参考とさせていただきます。いやはや、貴方とは初対面とは思えませんわ。其処まで私を見抜いてしまうとは」


はははと薄く笑いながら、俺は頭をかいた。危ねぇ…!まじでバレたかと思った……!!



「遅くなって済まない」

「利吉、貴方私という女を放って他の女の元へ行くのは寄してちょうだい」
「おや、薺ともあろうお方が嫉妬かな?」
「馬鹿言わないで。他の娘の処に行くなら一言言ってちょうだい。向こうにだって準備すべきことがあるんだから」
「私も一献貰おうかな」
「話を聞きなさい」

利吉さんが部屋に戻ってきた。元いた場所に座り菖蒲さんが使っていた御猪口を奪い取るように手に取り、菖蒲さんはそれに酌をした。どうやら本当に他の女の処へ行き情報を買ってきていたらしい。菖蒲さんの証言と他の女の情報とてらしあわせると、本当に近く戦があるようだという答えにたどり着いた。これで利吉さんの仕事はスムーズに動くはずだ。偽物の相棒の振りとはいえ、近いうち戦があるという情報を俺も知ってしまった。先生方にも警戒するように伝えた方がいいのでしょうかと矢羽音を飛ばすと、よろしくたのむよと返事が返ってきた。このメモは大事にしまっておこう。

手に入れるべき情報は全て手に入ったからか、利吉さんと菖蒲さんは世間話を始めた。やれあの店の団子は美味いだの菖蒲さんの町がどうだのと、まるで遊里で話すような内容ではない。その辺の茶屋で話をしているような内容だった。俺も時折話を振られ仲には入ったのだが、ボロを出さないようにするので必死だった。クソッ、六年ともあろう俺がこんなとこで緊張してるだなんて……。




「姐さん、薺姐さん。お話し中すいません」

「紅葉か。なんだ」


しばし談笑をし、俺と利吉さんに菖蒲さんが酌をしたその時、部屋の外から可愛らしい声が聞こえた。影は小さく、まだ子供のようだった。恐らくうちで言う一年生か、二年生ぐらいの娘の大きさだった。

菖蒲さんは突然声をかけられ腰の刀に手を当てたが、それを店の娘だと解ると刀から手を外した。



「はい。お客様が薺姐さんに御目通り願いたいと」
「誰だ」


「勘様、弾様、壮様でございます」


「な…!一寸待てと伝えておけ!まだ部屋に入れるな!」
「畏まりました」


娘が部屋から離れていくと、菖蒲さんは慌て違い棚に上り天袋を開いた。


「菖蒲?」

「利吉、リュウさんここから出なさい!天井裏へつながって外へ出れる!急いで!」
「だ、誰が来るのですか」


「目通り願うと言ったのはタソガレドキの忍者だ!面倒なことになる前に行きなさい!」


「「!」」


利吉さんは一瞬で御猪口の中身を飲み干し服でそれをふき取り菖蒲さんの手に乗せた。


「また来るよ」
「待ってるわ」


軽く菖蒲さんの頭を撫でた後、利吉さんは天袋の中へと姿を消した。



「さ、リュウさんも」

「は、はい。あ、あの、作兵衛くんのこと、」

「…貴方は本当にあの委員長と似ているわ。でも私の気持ちは変わらない。さ、早く言って」

「…ごちそうさまでした」
「またいつでもいらしてね」


御猪口を菖蒲さんに渡して、俺も利吉さんの後を追うように天袋へ逃げ込んだ。


「紅葉!もうお通ししていいと伝えてくれ!」
「畏まりました」








天袋の中は綺麗で、利吉さんの話によると、菖蒲さんに情報を買いに来る忍は利吉さん限定ではないらしく、いざという時はよくこの天袋から脱出するように命じられているのだとか。利吉さんも何度か此処を使ったことがあるのだが一切汚れていたことはないらしい。何度も使うから、恐らく菖蒲さんが掃除をされているのだろうと利吉さんは仰った。

たどり着いたのは店の裏手で、外へ出ると、目の前はもう山となる場所だった。地へ降りるとそこはもう高い高い塀で囲われており、恐らくあそこの遊女が外へ脱出する道はこの道一本だろうと思った。なるほど、だから菖蒲さんの部屋があそこなのだな。逃げるものがいないよう、用心棒をあそこの部屋にしたのか。どうりでただの用心棒にしては部屋の場所が良すぎると思った。

念のためにと一気に一番近い川まで走り、水の音が聞こえて来たところで俺と利吉さんは一旦足を止めた。

渡された手拭いを使い顔をあらい、鉢屋の面を外して化粧を落とした。ああ、さっぱりした。


「で?どうだった?富松作兵衛くんの情報は掴めたかな?」

「えぇ、思った以上に分からず屋みたいでしたよ。作兵衛の事なんて一切考えてない。ただ富松という家を守りたいだけという感じに、俺は受け取りました」


確かに、家を守るというのは大事だ。それも長女ならなおさら、男で弟である作兵衛に継がせて家を守りたいと言うのはもっともな意見だ。だけど、それじゃ作兵衛の意見はどうなる。作兵衛は家を継ぐ、だけどその前に忍としての腕も上げたいといっている。

何故両方とることを許さない。なんでそんなに、急ぎ家に入れたがる。約束は約束だが、新しい夢が見つかったのなら、それを応援するのもいいではないか。


「……私は、そうは思わないけどね」
「利吉さん?」

「食満くん、君、花言葉には詳しいかな?」
「はい?」


「彼女についていた花の名前だ。"薺"。その花言葉を知っているかな?」


「…いえ、」


利吉さんは河原に生えていたぺんぺん草、基、薺を手に取り俺に差し出した。







「薺の花言葉は、"あなたに全てを任せます"という意味がある。どういう意味かわかるか?彼女は、ただ富松の家を守りたいだけじゃない。彼女が一番、彼の事を思って動いているはずだよ。あそこで飲んだ酒も、富松の家で作られたもので、店の酒はすべて富松の店から取り寄せているものだ。君も、少しは富松作兵衛のことだけではなく、富松菖蒲の事も考えて見たらどうだい?

…今日は助かったよ、なかなかいい情報が手に入れることが出来た。ここで別れよう。この川を下れば忍術学園の付近に出る。父上に宜しく言っておいてくれ」


花を受け取ると、利吉さんは近くの樹に飛び乗った。





「そうだ、最後にアドバイスをしてあげよう」

「な、なんですか?」




「女を口説きたいのなら、花言葉の一つでも覚えておくことだな。私だってこう何度も通っているのに、あいつの心は掴めそうにないのだからね」




ウィンクを一つ飛ばして、利吉さんは月夜の闇へと消えて行った。

利吉さんはとんでもないものを盗んでいきました。俺の心です。




川を下り木から木へと飛び移ると、本当に忍術学園の近くに出た。門を叩くと、小松田さんではなく、作兵衛が現れた。


「留三郎先輩!?こんなお時間に一体何処へ、」
「いやなに、ただの忍務だ」
「そうでしたか」

「お前こそ、こんな時間になにしている?」
「お、俺はただ、鍛練を、その……」


手にはマメが。制服も泥だらけで、クナイはボロボロになっていた。


「…明日それ、磨いでやろうか」
「!いいんですか!?」
「あぁ、だから一緒に風呂でも入るか」
「はい!お、おれがお背中流します!」

「…作兵衛、これをやろう」
「……ぺんぺん草、ですか?」

「大事にしろ」
「は、はい…?」





































「勘助、弾、壮太、来るなら事前に連絡をしなさいといつもいっているでしょう」


「すいません薺姐さん!今夜もお願いします!」
「また組頭から命令が下ったんですぅ!!」
「俺らだけじゃまだまだなんですよぉ!!」


「えぇいいい加減にしろ!何度言えば解るんだ!女装の化粧のやり方なら俺ではなく巷で噂の伝子嬢という人の処へ行けと何度m」


「で、伝子さんは化け物なんですよ!あの人を見たことないからそんなこと言えるんです!」
「薺姐さんに教えていただきたいんです!俺ら化粧直してください!」
「お願いします薺姐さん!化粧を!化粧を教えてください!!」


「やかましいいいいいい!解ったから!寄るな!離れろ!その化け物じみた顔を近寄らすんじゃない!!汚ぇんだよ!!」
 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -