「君は今から"リュウザブロウ"とでも名乗ると良いよ」
「留三郎、だからですか?」
「さすがにそのまま名乗るわけにも行かないだろう」

そう言い一歩踏み出し門をくぐり中へ入ると、そこは夜とは思えないほどの賑わいと明るさで満ち溢れていた。忍務で何度か来たことがあるが、やはりここはいつでもこんなに賑やかなのだな。あちらこちらで黄色い声と甘い誘惑。………こんなところに作兵衛は連れてこれねぇな。

小松田さんに「外出の目的は?」と聞かれたときはどうこたえようかと迷ったものだ。まさか三禁である「色」のある場に忍務以外で行くなどと言ったらさすがの小松田さんとはいえ不審な目を向けられるに違いない。今作兵衛は小平太との特訓でヘロヘロになっているはずだ。菖蒲さんに逢いに行くなんて作兵衛の耳に入ったら恐らくあいつは着いてくる。それだけは避けたかった。菖蒲さんを倒すために専念しているのだ、俺が勝手に動いているのだから、こっちに気を使わせたくはねぇ。

小松田さんには「利吉さんに特訓してもらう約束があるんです。内密に…」と言っておいた。深くは探らないだろう。小松田さんも「了解しましたー!」と出門表を受け取り、俺が出た後の門をゆっくり閉めた。歩き出してすぐに横に降り立ったのは利吉さんだ。こっちへと言われついてきた先。忍術学園から少々離れた場所にある遊郭。遊郭の周りはシンと静まり光もないが、近づくとそこは祭りのように騒がしく賑わっていた。


「そこのお兄さん、わっちを買っておくんなまし」

「そこゆくお兄さん、此処等で一晩遊びぃせんか?」

「どうかわっちと一夜限りの戯れを…」


籠の向こうから腕を伸ばすようにひらひらと揺れる着物が歩く利吉さんの袖を掴むが、利吉さんはやんわり微笑みその手を撫ぜて離させた。
そういえば利吉さんは菖蒲さんに逢いに何度か遊郭へ行っているという話を聞いた。ここでの顔見知りも相当多いのだろうか、あちらこちらに立つ店の者から声をかけられるが、そこに目的の人物がいないとなると首を振って店を離れた。

随分歩き街の中の中に進んでいくと、たたずむ一軒の店。きっとこの街で一番大きい店だ。俺も此処まで忍務で深く来たことはない。

入るよと声をかけられ見上げていた首をもとに戻り、利吉さんの後ろに続いて店の中へと入っていった。


「おやトシさん、よく来てくんなましんした。 」
「やぁお菊、今日もまた一段と美しいね」
「そんな冗談止めてくんなまし。今日はどなたをお求めでありんすか?新しい振袖新造でも…」

「いや、いい。それより薺は何処にいる?」

「嗚呼!薺の姐さんでありんしたか…………えーっと何処やったかいな………ちょっと待っておくんなまし」


「……りき…トシさん、薺とは」
「薺、彼女のここでの名前のことだ」

トシ、というのはきっと利吉さんの偽名であろう。店先で手を付き膝を折り頭を下げた歳の若い女は菖蒲さんの場所を聞かれると、少し悩んで、奥へと引っ込んで言った。「薺姐さんは何処だっけ」とあちらこちらの部屋を開け聞いていた。


「おやトシさん、今宵はわっちと一晩いかがかい?」
「これは牡丹、薺は何処にいる?」
「いやだ、私が誘ってるのに、また薺姐さんでありんすか?トシさんも本当物好きでありんすね。薺姐さんなら今宵は花魁道中がある言ってたけど…」

「花魁道中?そうだったのか。いつ帰ってくるんだい?」
「確かもう僅かだと思いんすけど。部屋の中で待っていんすか?」
「そうさせてもらっていいかな。嗚呼、こっちはリュウザブロウだ。私の友人だ」
「リュウさん、よく来てくんなました。ささ、どうぞリュウさんもこちらへ」
「失礼します」

どうぞと手で示され、女の後ろをついて行った。道中色々な女の誘いを断りながら進む利吉さん。
すると、突然矢羽音が飛んできた。





勘違いしないでくれよ、私は、女を買ったことなどただの一度もない

えっ、

今手を伸ばしているのは、私にとっていい情報があるという遊女たちさ。ここは私の情報源なんでね

…そういうことでしたか





「此処で今しばらく」
「ありがとう」


連れていかれた先は、客間とはまた違うような雰囲気の部屋だった。なんとうか、女と逢う場というか………誰かの個室のような部屋だ。


「とめ………リュウザブロウくん、来てご覧」
「なんです?」

「石楠花。この店の太夫、花魁道中の主役だよ」


窓に腰掛け外を見る利吉さんの手招きに誘われるように窓辺に寄り外を見ると、其処は人だかりができていた。賑わうその視線の先には、煌びやかな衣装を着た一人の花魁。その周りには大勢の荷物持ちや世話役の女。その中心人物を、周りにいる女や男は憧れの的のような目で見つめていた。嗚呼、あれはきっとこの店の太夫だ。

………ということは、何処かに菖蒲さんが…?身を乗り出し菖蒲さんの影を探すが、俺の目では菖蒲さんをとらえることは出来なかった。

するとそこへ、大きい体つきをした大男が太夫の行く手を阻んだ。それを遮るように、荷物を持つ男が二人、太夫の前に立った。


「石楠花、いつになったら俺に身体を任せる!」
「……御帰りなさって」
「お前が好きなんだよ!頼むから俺に一晩お前を買わせてくれ!!」
「…御帰りなさって」

一人の花魁に詰め寄る大男。俺も忍務でよく見たような奴だ。太夫と言うのは花魁で一番ランクの高い女。その辺の男がそうやすやすと買えるようなやつではない。店で金を大量にはたいて店の者の信頼も得て、やっと顔を拝めるぐらいの女だ。言わば、最上級。
男が一歩よると、それを逃げるように女は一歩下がる。


「石楠花ェエ!!」
「…い、いやっ!薺…!!薺ぁあっ!!」


「!」


大男に腕を掴まれ怯える女。その女が、大きな声で、俺が待ちわびた人の名を呼んだ。その声がざわつく町中に響きわたると、ズダンッ!と大きな音が鳴り、俺はその方向へ首を曲げた。向かいの店の屋根から飛び降りたのは、真っ黒い着物に赤い帯を締めた影が飛び舞うのを見た。屋根から飛び降りた瞬間抜かれた刀は月明かりに光り、真下へ向けられたそれは一直線に大男の脳天に狙いを定めていた。まるで、それは、忍びの影。

落ち来る影に気付いた大男は間一髪それをよけることが出来たが、菖蒲さんの刀は未だ大男の身体を切り刻まんと狙っていた。


「また貴様か大馬鹿野郎。お前に石楠花を抱く権利などないと何度言えば解る」
「薺…!貴様俺を殺す気か!!」
「そうだ、死んでくれた方がまだましだ。お前に怯えた石楠花を引っ張り出すためにわざわざこの私が花魁道中などというものに駆り出されるのだぞ」

「石楠花を寄越せ!!その女を抱かせろ!!」
「……」


菖蒲さんより一回りも二回りもでかい男だった。菖蒲さんと並んで初めて大きさが明確に解る。あれでは俺よりもでかいのでは。助けに行かなくていいのかと利吉さんに矢羽音を飛ばすと、まぁまぁ見てろってとのんきな返事が返ってきたのだった。

どういう事かと今一度目線を人ごみの中にいる菖蒲さんに向けると、大男は腰にある刀を抜いていた。そして菖蒲さんは大きくため息を吐くと、再び刀をスラリと抜いた。勢いよくふりおろすと、周りの客はそれに声を上げた。


「やれ薺!お前の喧嘩を見せてやれ!」
「よっ!薺!花魁の喧嘩っちゅーもん見せてやれー!」
「その大男引っ張りだせー!」
「薺の姐さんやっちゃておくんなー!」
「薺様ー!お手柔らかにー!」


「……利吉さん…これはもしや………」
「ははは、やっと理解したかい?彼女の喧嘩はここの女たちの楽しみの一つでもあるんだよ」


よく見ると、この店の一階の女たちも窓から顔を出し外の様子を見つめていた。


「来い薺!」
「言われなくても!」


大男が大きく刀を振り上げ菖蒲さんに一歩詰め寄る。………が、やはり勝敗は見えているも同然だった。体が大きい分動作もでかい。男の腹に入ることなど菖蒲さんにとっては朝飯前で、男が刀を振り下ろした時には、菖蒲さんは男の背で刀を鞘へとしまっていたのだった。

男の服はボロボロに切り刻まれ、いつのまにか、褌一丁へとなっていた。


「……おぉおおっ!?!?」
「……」


それに驚き体を屈める大男の前に立ち、菖蒲さんは大きく手を広げた。


「さぁさぁみなさんお立合い!!御用とお急ぎでない方はゆっくりと聞いて見ておいで!!わっちは用心棒の薺と申しますはお立合いのうちに御存じのお方もござりましょうが、此度は花魁太夫"石楠花"の御命此処までお守り致して御覧に入れましたる折りに、この馬鹿な大男から石楠花をお守り此処までたどり着いた所存!毎夜のように石楠花の体狙うこの男名前こそ知らぬが身体はこうも大きく肝っ玉も極めて大きいのでございますが、男としてのタマというものどうも小さく我が店の女にも嫌われように御座います!これぞ肝っ玉大きくタマの小さい大男!!」


わはは!と周りにいる男や女が一斉に男を指差し大笑いし始めた。


「タマが小さく体は大きくと色々に申せど、男として此処にいる以上女を抱かずに大門くぐり出でるは男の恥!いやはや此の薺も鬼ではありますまい!何方か物好きはおりませぬか!この大男にどうか一晩!どうか一晩の甘き夢を見せていただける物好きはこの世の何処かにおりませぬかぁ!なけなしの金で女を抱こうと此処へ来た可愛い心の持ち主のこの大男を慰めてくださる、も・の・ず・き・な!女神のようなお方は何処におられますかぁ!」


わざと泣き崩れるように膝をつき手を合わせると、周りの女は腹を抱えて笑い始めた。
先ほどまで恐怖に煽られ顔色を悪くしていた石楠花という太夫すらも、口元目元を押さえて腰を屈めて笑う始末である。

男も此処までバカにされてはなすすべなく、体を隠す手を顔へと当てて顔を赤くした。
その隙にと菖蒲さんは切り刻んだ服の中から見つけた財布をだし、中身を確認した。ジャラリと出てくる小判の数。その数三枚。


「三両なんてはした金で甘い夢を見させてあげておくんなまし!こやつの肝っ玉に免じて、この薺の口上に免じて、どうか!どうかここに一つの夢をぉ!」


三枚の小判を手に持ち上へと上げると、笑っていた客の中から一人、小柄な女が出てきてその小判を受け取った。


「これは向かいの浜簪」

「お兄さん、薺姐さんに此処まで言われて良かったぇ。薺姐さんは気に入りんせん客は蹴り出すけど気に入ったお客は此処まで手数みてくれるんでありんす。逆に感謝しなくちゃいけんせん」
「止めろ浜簪、余計なことを」

「あら、姐さんは恥ずかしがりでありんすね。毎夜のように来るこなたのお方の折れぬ心に感心したと仰ってたのは何処のどなたでありんしたっけ?」
「……っ、」


「おいでお兄さん、わっちでよければ今宵はわっちがお相手しんしょう。…薺姐さんに此処まで言われては、そのタマとやら気になってしょうがないですわ」


受け取った小判を手で鳴らしそう女が言うと、周りのやつらから笑いと拍手が起こった。大男は女に手を引かれ向かいの店へと姿を消した。つまり、あの男は石楠花という女ではなく、あの浜簪という女と一夜を共にすることになったのか。喧嘩も怒らず死人も怪我人も出ず、緊迫を笑いにかえて、菖蒲さんはこの場をおさめたのであった。


「さぁさぁ今一度お耳を拝借!もしもお立合いのうちにまだ買う女子が決まっておらんと申す方おりました折からは必ず角違いなされまするな!八方が八つ棟表が三つ棟、玉堂造り、破風には様々な花の絵描くは店の名その名も「華の舞」!どうぞ此の店寄ってくんなまし〜!」

菖蒲さんは店の前でそう言った。その言葉に誘われるように格子の中にいる女を見定めるように男が何人も店先に寄り、中へと吸い込まれるように入ってきた。

一方菖蒲さんはというと、石楠花という人に「やりすぎでありんすよ」とぽこんと頭をつつかれるも、笑顔を見せて店の前までたどり着いた。
ふと、こちらを見上げた菖蒲さんに、俺は一瞬ドキリとしたが、そうだった。今は鉢屋に顔を変えてもらい全くの別人だった。此の顔は鉢屋が町で見かけたときの全然知らない赤の他人の顔だと言っていた。菖蒲さんは忍びじゃないし、きっとバレることはない。


「おい!薺!私だ!」
「これはトシさん!」
「先ほどの口上見事だったぞ!私が女だったらあの男を買うところだった!」
「はははは!またご冗談を!もしかしてそちらさんはご友人さんかい!?」
「そうだ!今宵も来たぞ!相手してくれ!」
「ちょっと待ってておくれ!今そっちへ行く!」


腰へとさしていた刀を店前で待っていた小さい女に渡して髪を解き、菖蒲さんは店中へと入っていった。



「君の名前は……そうだな、ハチヤリュウザブロウとしておこう。鉢屋三郎から少し借りようか。君は私の友人で、次の忍務で手を組むこととなり、情報を菖蒲から買いに来た。喋る必要は一切ないが、もしも喋ることがあるのなら、最低限声は変えた方がいい。彼女は忍でもなければくのいちでもないが、声の区別くらいはつくかもしれない。変装は見破れずとも、不振がられたらそれで終わりだ。いいね?相手は一般人であろうと、油断はするんじゃない。富松作兵衛への真の想いを探りつつ、彼女の本心を聞き出すんだ」

「……解りました」

「うん、六年生だもんね。人の心の内を暴くことぐらい、君にも出来るさ」



ギシギシと上がってくる階段の音に身体を強張らせるも、利吉さんに大丈夫だと肩を叩かれ、深呼吸して、出来る限りの平常心を保った。





「今宵はようこそおいでくださいました。"華の舞"用心棒の、薺と申します」


「山田利吉だ。久しぶりだね菖蒲」
「やぁ利吉。堅苦しい挨拶など途中で止めてくれても良かったのよ?」
「そうもいかないよ。それがこの店の礼儀なんだろう?」

「えぇまぁね。ご紹介してくださる?そちらの麗しいお人を」

「彼は私の友人で、鉢屋留三郎という」
「リュウザブロウさん」
「次の忍務で手を組むことになってね、君を紹介しつつ、一緒に情報を買いに来たんだ」

「……鉢屋、留三郎と申します」

「そう固くならなくて結構。私のことは薺でも菖蒲でもお好きなように呼んでくださいな。口も普段使いで結構。今お茶を持ちます。今しばしお待ちを……」



ペコリと頭を下げて、菖蒲さんは再び部屋を出て行った。




















「何もしてないのに殺されるかと思いました」

「どんなトラウマ植えつけられたんだい!?」
 
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