俺には、5つ歳の離れためちゃめちゃ綺麗な姉さんがいる。
"立てば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は百合の花"とはよく言ったもんで、俺の姉さんはまさにその言葉にぴったりな人だった。


俺は小さい頃から優しくて頭のいい姉さんのことが大好きで、何処へ行くにもひっついて歩いていた。

腹が減ったと俺が泣けば、何処から出した金なのか団子を買ってきてくれるし、
御袋がいなくて寂しいと泣けば一緒に寝てくれた。

近所のヤツらに泣かされたと聞きつければ助けてくれていた。


だから、ちっちぇえ頃は菖蒲姉さんにずっと甘えていた。


菖蒲姉さんは町の人からも一目置かれるような人だった。そんな菖蒲姉さんを俺は心から尊敬していた。



そんなある日、倉庫を掃除していた時のことだ。俺がまだ6つぐらいの時だったと思う。
倉庫の中から先代の刀が出てきたのだ。それを見つけた菖蒲姉さんは、これからは女も力をつけなきゃいけないと思っていたと言った。

俺の実家のある町は、言うほど活気づいてもいなかったし、浪人やらがうろついていてかなり危ない町となってしまっていた。


そして菖蒲姉さんはその後すぐに剣術を習い始め、その腕は俺も憧れるほどに成長していった。

町に変な輩がいれば菖蒲姉さんが退治をするほどには、菖蒲姉さんの剣術は相当なものになっていった。


…悪い言い方をすれば、恐ろしいほどに強かった。もともとその才能があったのか、力がつきすぎてしまったのか。

刀を握れば性格が変わったように振りまくり斬りまくる。斬る相手は町で悪さをしたヤツらだけ。町のヤツらはそんな菖蒲姉さんの姿を英雄のようにたたえていた。菖蒲姉さんのおかげでこの町に変なヤツらは寄らなくなってきた、と。



確かに、菖蒲姉さんの刀を振るう姿はすげぇかっけぇのだが、それは、まるで、鬼のようだった。

立てば斬殺座れば刺殺、歩く姿は……まさに鬼。



刀を握った菖蒲姉さんに、花のような可憐さは、微塵もねぇ。


そんな菖蒲姉さんの噂はすぐに広まり、ただ腕試しで町を訪ねたという剣豪さえも来るようになってしまった。しかしそういうやつらによって町は活気を取り戻していった。
その後は菖蒲姉さんを慕う剣豪がそのままこの町に住み着いたり、遊びに来たりしていたので、町に変な輩はそうそう現れなくなり、平和を取り戻した。


俺も菖蒲姉さんのようになりたくて、菖蒲姉さんから刀を教えてもらっていた。だがもちろん、今まで一度も勝てたためしはない。学園の休みに実家へ帰り手合せしても、勝てない。

そん時の俺は、いつか菖蒲姉さんにも勝てるような力を身に着けて、菖蒲姉さんを守れるようになりたい!と燃えていた。
そこで、9つになった俺は両親に頼んで、風の噂で聞いた"忍術学園"という場所への入学を頼み込んだ。


「…忍術学園の噂は聞いたことがあるが…」
「お願いします父上!俺も菖蒲姉さんのように強くなりたいんです!」

「噂よ?あるかどうかすら…」
「そんなの、俺の脚で見つけてみせます!母上たちに迷惑はおかけしません!」


「…作兵衛、じゃぁあんた、この家はどうするのよ。"富松"の名はあんたが継ぐんじゃないの…?」


菖蒲姉さんは、俺の意見には反対だった。富松という家を継ぐのは俺だとばかり思っていたのに、急にこんな申し出をされて、賛成するわけがない。


「…あそこは、六年で卒業だそうです。三年までは行儀習いで、だけどそれまで実習などはかなりあるみたいです。その三年で俺は成長して帰って来ます!菖蒲姉さんとこの町を守れるような立派な男になって帰って来ます!!」


風の噂を頼りに、あっちこっちで聞き込みをした。


町にいたとある隈のある侍は「噂によると、ギンギンに忍術を学べるいいところらしいぞ」と言った。

町にいたとある虚無僧の人は「噂によると、忍者を目指す強者がたくさんいるらしいのだ」と言った。

町にいたとある黒髪の山伏は「噂によると、戦忍び出身の先生が教師をやってるらしいよ」と言った。

町にいたとある仮面屋の男は「噂によると、行儀見習い目的で入学ってのも出来るらしい」と言った。

町にいたとある鷹匠の浪人は「噂によると、お金はかかるけどそれ以上の価値はあるなぁ」と言った。


噂だけでここまで凄い場所。俺もそんなところで学べば、きっと菖蒲姉さんのように強くなれるはずだ。三年もあれば、きっと。


「その三年で、俺は必ず家に帰ります!その三年で、俺は菖蒲姉さんと肩を並べるぐらい強くなってきます!!だから、だから……!」


床に手をついて頭を下げると、深くため息を吐いた菖蒲姉さんは、解ったわと膝を叩いた。



「…三年よ。それ以上は待てないわ」

「…!ありがとうございます!」



「菖蒲、お前」

「母さん、父さん、家のことはお二人にお任せいたします。きっとお金がかかることでしょう。この町は友人たちに任せて、私は別の場所で働きます。作兵衛の学費は、私が全て稼ぎます。金銭面のことは何も心配しないでください。」

「えぇ解りました」
「…すまんな菖蒲」

「いいんです。愛する弟の決意ですわ。無駄にするわけにはいきません」


菖蒲姉さんはそう言い立ち上がり、俺の肩に手を置いて


「ツラくなったらいつでも帰って来なさい。頑張るのよ」

「…!はい!ありがとうございます!!」


そして俺は十歳の誕生日を迎え、無事に、忍術学園へと入学することができたのだ。






























「それで?三年たって、ようやく時が来たかと思ったら、………この手紙はなんなのよ」


目の前にいるのは、その、尊敬すべき姉さんの姿だが、利き腕に握られた刀がさらに恐ろしさを倍増していた。この姉さんは、確実にキレている。


「"憧れの先輩が出来たから進級したい"?"六年まで待ってくれ"?作兵衛、これは一体………どういうことなのッ!!!」

「ヒィッ!!」


ビュッと顔の横を短刀が通り過ぎ、俺の背後の壁にカッと心地良い音を立てて突き刺さったのがわかった。まずい。殺される。
ツゥと頬から垂れる血は、菖蒲姉さんがどれほどキレているのかを物語っていた。菖蒲姉さんは俺に暴力なんてしたことない。こんな傷ツケるなんてありえない。

ヤバイ。ヤバイ。めっちゃ怒ってる。俺の人生、学園を卒業するまえに終わっちまうっていうのか…!!


「ね、姉さん…!」

「冗談よね作兵衛?あなたは、三年で卒業して、富松の家を継ぐのよね?」

「そ、そ、それは」

「驚いたわぁ。この手紙、母さんと父さんは知っていたのに私には届いていないんだもの。愛する弟はこれを秘密にするつもりだったのかしら」

「ヒッ!」


ハラリと舞った俺の手紙は、勢いよく振りあげられた菖蒲姉さんの刀によって真っ二つに斬られた。


後ろにいる平太はチビるどころか漏らしているし、食満先輩は状況が理解できていない。さらには周りに集合している先輩方や後輩たちもこの状況は全く呑み込めていないと見た。

だが、目の前の人がとんでもなく恐ろしい存在であるということだけは、理解できているみたいだ。


「誰のために遊処なんてイカ臭ェ場所で遊女の用心棒なんてやって金を稼いでると思っていやがる!!お前の学費を払うためだぞ!!それなのに……!!私を裏切ったな作兵衛!!」

「う!裏切るだなんてとんでもねぇです!!俺は改めて菖蒲姉さんに直接談判しに行こうと…!」

「何が憧れの先輩だ!!これがお前の憧れる男とでも言うのか!!」


刀で食満先輩をさす菖蒲姉さんの頭から、完全に角が生えているように見えた。言葉づかいもさっきと違ってかなり荒い。

ああああああ俺はこの場で斬り殺されるんだ愛する姉さんに殺されるんだこんな先輩や後輩の目の前で首をブシュッとやられて死ぬんださようならみんな俺は先にこの学び舎を卒業するよ。


「私の蹴り一発で吹き飛んだこの男に憧れたのか!!目を覚ませ作兵衛!!」

「そそそsっそsそれは菖蒲姉さんが昔から強かったからで…!!」

「言い訳なんざ……!!聞きたくねぇんだよ!!!!!」

「ギャアァァァアアアアアアアア!!!」






「作兵衛はどっちだー!!」








額ぎりぎりに振り下ろされた刀は、近くで聞こえた声によってピタリと止まった。涙があふれ出る目でとらえたのは、よくわからん方向へ行こうとしている、友人の姿だった。



「…さ、左門!お、おれはこっちだ!!」


「おぉさくb……むむっ!?もしや貴女は作兵衛の姉上ではありませんか!?」

「左門…!?左門なの!?久しぶりね!おいで左門!」

「菖蒲姉さん!お久しぶりです!」

「本当に久しぶりね!やだわ、しばらく見ない間にこんなに大きくなったのね!三之助たちは何処?」

「三之助なら今厠に向かいました!数馬と藤内は孫兵のジュンコを探すのを手伝っています!」

「あらそうなの。みんなにも会いたいわ!なんで最近遊びに来なかったのよ…」

「いやぁ…って、あれ?それにしても菖蒲姉さんは、何故ここに?」



刀をしまい、左門を抱き上げた菖蒲姉さんは、いつもの優しい態度、綺麗な喋り方に戻った。タイミングを見計らっていたのか、善法寺先輩が救急箱を持って留三郎先輩に近寄ってきた。大丈夫かい!?と尋ねられたが、あまりの恐怖に、俺はコクコクと首を頷かせることすらもできなかった。

俺は一連の流れに、やっと頭が追い付いて、ドバドバと流れる涙を袖でぬぐった。



「さ、作兵衛…お前の家は……」

「私の家は酒屋なんです…。…三年、ここで学んだら、……帰る予定だったんですけど……四年生になりたいと…手紙を送ったら………」

「…なるほど……」


食満先輩はビビる平太を抱きかかえて、善法寺先輩の治療を受けていた。

菖蒲姉さんは事態に気付いた小松田さんに入門表を書かされ、学園長先生に声をかけられていた。「作兵衛がお世話になっております。姉の菖蒲です」と、周りにいる先生方にも深々と頭を下げた。



「作兵衛」

「は、はいィッ!」





「ゆっくり、話し合いましょうね」







その笑顔から読み取れるのは「私が笑ってるのも今のうちだからな」という副音声だけだった。
 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -