それは何もない昼下がりの出来事だった。昼寝から目覚めると陽は少々傾き始めていた。もうそんな時間か。
背伸びをして大きく欠伸。腕を伸ばして背骨をバキバキとならして木から降りた。

今日は本当にいい天気だ。風も強くなければそんなに陽が強いわけでもない。
嵐の前の静けさ、とは思えんが、こんなに心地よい陽気も久しぶりだ。


井戸で顔を洗い眠気を覚まし、後輩たちより先に用具倉庫へ向かおうと足を進めたときのことだった。







― ドンドン






「……?」


門が叩かれる音がした。




― ドンドン





「……小松田さん、いらっしゃらないんですか?」




― ドンドン




いつも門の近くをうろついている事務員の小松田さんの姿が見えない。声をかけても、返事は帰ってこなかった。





「……もしもし、何方かいらっしゃいませんでしょうか」

「あ、はい、今開けます」





門の向こうから聞こえて来た鈴を転がすような綺麗な声。女だ。

小松田さんがいないのなら仕方ない。誰かの客なら招き入れなくては。敵なら戦うまで。


…しかし今の声は女。くのいちがこう昼間から堂々と侵入してくるもんか?いや、その可能性はないな。

生憎昼寝後なので俺は今丸腰だ。だが体術には自信がある。もしこれが敵だったら素手で戦うまでだ。



……いやいや、それは考えすぎだな。



「はい、こちらの門からどうぞ」

「あ、これはこれは、失礼いたします」


大門の横の小さい扉を開けるとそこに立っていたのは綺麗な女性だった。思わずドキリと心臓がはねた。まるで遊女のような人だ。
身体を小さくかがめて門をくぐり中へ入ってきたその人は、笠を外してペコリと深々頭を下げた。

ふわりと香る香の匂いにまた心臓がはねる。まずいな、色には強い方だと思っていたんだが…。

一体この女性は誰だ。学園長先生のガールフレンドだろうか。


「えっと、誰に用でしょうか?」

「あ、失礼いたしました…。えっと、食満留三郎様というお方は、此方にいらっしゃいますでしょうか…?」



俺は、目をパチクリさせてしまった。それは、俺の名前だ。



「えーっと、それは、…………………俺の名前、ですが…」



小さくそう返事を返すと、目の前の女性は、え、と声を漏らした。

俺を探していたのか?俺の客か?……誰だ?俺に、こんな遊女みたいな女の知り合いなんていない、はずだ。


……忍務で逢ったか?遊処で相手をした女か?いや、どちらにせよ…俺から名前を名乗るなんて馬鹿な真似はするわけがない。名乗っても偽名だ。誰だ。誰だ。


「貴方が……食満、留三郎様で…?」

「え、えぇ、俺のことですが」


目の前の女は、綺麗な顔でふわりと微笑み、俺の腹を、

















信じられない力で蹴り飛ばした。































「食満先輩…遅いですねぇ……」

「はにゃぁ、今日委員会の日だったよねぇ?」

「僕、お腹減っちゃったよぉ…」

「まぁまぁおめぇら、留三郎先輩にだって遅刻することの一度や二度あんだろ。その辺にいるかもしれねぇから、迎えにいこうぜ」

「「「おー!」」」


留三郎先輩が委員会の時間になってもいらっしゃらなかった。留三郎先輩が遅刻するだなんて珍しいことだ。先輩はいつだって俺たちより先に用具倉庫の前に来ていて、平太や喜三太やしんべヱや俺のことを笑顔で迎えてくれる。

今日もそうかと持ったが、珍しいことにいなかった。今日は実習だったか?とも考えたが、ランチの時に逢ってたし、委員会だとも伝えてくださった。忘れてるなんてことはありえねぇ。

もしかしたら会計委員会の潮江文次郎先輩と喧嘩して……!!それでボロボロになってるかもしれねぇ…!動けなくなって倒れているかも……!!


いやいやいや!!そんなバカなこと考えるもんじゃねぇ!!留三郎先輩に限ってそんなことありえねぇ!!


でもまぁ委員長が時間になっても来ないんじゃ、委員会がはじめらんねぇ。俺だけじゃ一年三人になんの支持を出していいかわかんねぇし…。
時間がなくなっちまうまえに、俺たちは競合地区を気を付けて進みながら、六年長屋の方向へ進んでいった。


壁を曲がればこの先は門がある場所だ。この辺にいるかな。



「……と、富松先輩…」

「なんだ平太?」

「あれー…壁が破壊されてますよー……」

「何!?」




曲がろうと思ったが、その正面の塀が、ここから見えるぐらいにはエグれていた。エグれているというか、ぶっ壊されている。


………しかし、そこから出ているものは、なんだ…?



「なんだありゃ?平太、見てきてくれ」

「はぁーい……」


ぱたぱたと走る平太。しんべヱと喜三太と手を繋がれながらゆっくり歩いていると、











「ウワァァァァァアアァァアアアアアアーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!!」









「平太!?」


平太が、絶叫して、尻餅をついて号泣し始めた。

しんべヱと喜三太はビビりすぎて俺の背後に隠れた。何があったのかは知らねぇが後輩が危機にさらされている。俺は喜三太としんべヱの手をほどいて平太にかけよった。


だがそこで目にしたのは、塀にめり込んでいる、留三郎先輩のお姿だった。

塀から出ていた"何か"は、留三郎先輩の足。



「と、留三郎先輩!?!?」

「……さ、くべ………」

「し、しっかりしてくだせぇ!!何があったんですか!!先輩!!」

「に、逃げろ作兵衛…!ここは、危ない……!!」


留三郎先輩の手を引っ張り、壁から救出していると、背後から、ジャリ、と足音が聞こえてきた。


それと同時に、耳に飛び込んできた声に、





















「テメェが私の可愛い作兵衛を誘惑しやがったゴミクズ野郎かぁぁああーーーーーーッッッ!!!!!」



















俺は、全身の血が、すべて抜け落ちたような感覚に陥った。


この声、まさか、うそだろ、なんで、ここに、この人が。



ガチガチと体を強張らせながら振り向くと、そこにいたのは、見覚えがありすぎるほどの人影だった。


刀を振り下ろしているその姿に、俺は全身の震えが止まらなくなってしまった。





「あら作兵衛、久しぶりね」

「あ、あ、な、なんで、」




さっきの大声を聞きつけたのか、この場に、続々と忍術学園中の人間が集まってきてしまった。


なんで、なんで、この人が。







「作兵衛、私とゆっくり、話をしなきゃいけないことがあるわね?」

「な、あ、あ…!!」






ちびった平太。

満身創痍の留三郎先輩。

尻餅をつく俺。

エグれた壁。


刀を振り下ろす、見知らぬ人間。



この状況を理解できる者など、今この場にいるいるわけがない。













…俺を除いて。
























「なぜ、このような場所に、いるのですか…!!










菖蒲姉さん………!!」

















「「「「「姉さんんんんんん!?!?!?」」」」」
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