「平仮名ねえちゃーん、おふろでたぁ」
「よぅよぅはっちー。おーいでっ」


ベッドの背もたれに身体を預けて雑誌を読んでいると、部屋のドアがゆっくり開いた。利吉兄ちゃんかと思いきや、眠そうに眼をこするハチが入ってきた。もうおねむよね。そりゃそうだもう九時だもんね。私からすりゃ夜はこれからだけど、五歳からすればもう一日終了のお知らせですものね。

雑誌をベッドの横に投げ捨て腕を広げると、可愛くとててと走ってベッドに飛び乗り、ハチは私の腕の中におさまった。はー、いい匂い。きゃわいいきゃわいい。

冷える前に私はそのままずずずと体を布団の中に沈め、胸にくっつくハチの背に布団をかけた。


「んー、ねむい」
「寝たまえよハチ」
「あ!はちあしたようちえんおやすみだよ」
「私もだよー。明日は土曜日だからね」

「じゃぁ、……はち、平仮名ねえちゃんとおでかけしたーい」

「おでかけー?」


目をこしこしとこすりながら、ハチはそう言った。お出かけ。お出かけか。
そういえばハチと二人でおでかけなんてしたことなかったなぁ。日曜日はバイト入れちゃってたりしてたしー……土曜日はなんとかシフト変わってもらって遊んでたけど家で遊んだり、ハチが友達と遊びに行っちゃったりしてたしなぁ。

ベッドに寝そべりながら机に上に置いてあった手帳を取りシフトを確認した。あ、明日も明後日もシフト入ってない。ラッキーでござる。


「よーし、おでかけするか!」
「ほんと!?」
「何処行きたい?」

「んー……んー……」


ベッドでもぞもぞ動きながらハチは頭を抱えて悩み始めた。






「はち、平仮名ねえちゃんといっしょだったらどこでもいー!!」






「此処に可愛い子がいまーーーーす!!!!」






「やかましいぞ名前!!何時だと思ってるんだ!!」

「ごめん利吉兄ちゃん!!」

バン!と勢いよくドアがあき、あ、こりゃ利吉兄ちゃん入ってきたなと思ったらやっぱり利吉兄ちゃんだったこの野郎妹とはいえ女の部屋だぞハゲノックぐらいしろやボケ。


「八左ヱ門くん!なんで利吉兄ちゃんの部屋で寝なくなったんだ!」
「はち、平仮名ねえちゃんがいー!」
「…!!」
「やめてハチ!利吉兄ちゃんのライフはもう0よ!」

ハチが私にぎゅっとくっつきながらそういうもんだから利吉兄ちゃんはドアノブに手をかけながらガクッと崩れ落ちた。こんな兄ちゃん見たことない。
ハチに悪意があるわけじゃないっていうのは解ってるけど、小さい子の無自覚の発言というのはもの凄い心にグサッときてしまうときがある。まさに今。

利吉兄ちゃんは出来の悪い妹がここにいるので弟が欲しかったんだろうな。初めてハチが家に来た時からハチを可愛がって可愛がって気持ち悪いぐらい可愛がってた。ハチの洋服とかコヘレンジャーのグッズとかほとんど利吉兄ちゃんが買ってきているし。

最初はハチも男の子だから利吉兄ちゃんの部屋で寝てたけど、私と仲良くなってからはもう私の部屋で寝ている。これには利吉兄ちゃんの思いも報われない…。


「明日出かけるだと!?私も行くぞ!」
「やめてよ利吉兄ちゃん来ないで!!」
「なんでだ!!」

「はち、りきちにいちゃんもいっしょだとうれしー!」

「一緒に行くぞ利吉兄ちゃん!」
「父上ェェエ!!私明日は大学へは行きませんので!!」


下の階から\な、なにぃー!?/と声が聞こえてきて笑った。重症だこりゃ。


「平仮名ねえちゃーん…はちねむい…」
「寝なさい!明日に備えて早く寝なさい!利吉兄ちゃん出てけ!」




















「夢の国だー!!」
「だーー!!」

日朝のヒーロータイムより早く起きたなんて初めてだ。腹にのしかかってきたのがハチじゃなくて利吉兄ちゃんだった所でもうぶち殺そうかと思ったのだが、ハチが利吉兄ちゃんの背中に居たので良しとした。
朝飯を胃に放り込み急いでハチに支度をさせた。昨日のうちに利吉兄ちゃんは行き先を決めていたのだという。朝決めようとしてたが、やっぱり昨日の夜のうちに決めておけばよかった。そっちの方が早かったよね。さすが全て計画しとく系男子。

顔面工事を終え私服に着替えて玄関へ向かうと、コヘレンジャーのリュックを背負ったハチが待っていた。利吉兄ちゃんは眼中になかった。

「はちでずにーらんどはじめてー!」
「まじか…!ちゃんと言えてないところまじ可愛い……!!」

鼻血を流さぬように鼻を押さえて悶絶するが、もう手遅れでした。はい。


「チケット代は気にするな。今日は私が全て出す」
「利吉兄ちゃんカッコいいけどそういう台詞はそのハンディカムしまってから言って」

いつの間に購入していたのか利吉兄ちゃんはバッグから手のひらサイズの愛情を取り出した。利吉兄ちゃん行動が早すぎて気持ち悪い。
興奮するようにハチは私と利吉兄ちゃんの腕をぐいぐいひっぱり入場ゲートをくぐった。入ってすぐそこにいたキャラクターにびっくりしつつも、とりあえず写真撮ってもらおうということになり、ハチの倍以上大きさのある黄色い熊に写真撮影をお願いした。ハチはがっつりプーさんに抱き着き利吉兄ちゃんがシャッターを押した。


「平仮名ねえちゃんはちポップコーンたべたい!」

「利吉お兄ちゃんハチはもうポップコーンをご所望だ!!」
「こういう場での順序を知らんのか八左ヱ門くんは…!なんて可愛いんだ…!」


まさか入場ゲートでもうポップコーンをご所望とは……!気が早いぞ八左ヱ門殿………!!


「利吉兄ちゃん、私はハチに何か帽子的なものをかぶせたい」
「奇遇だな名前、私も彼になにが似合うか考えていたところだ」

「ハチー!何か帽子的なもの買ってあげようか!」
「ほんと!?はち平仮名ねえちゃんとあれおそろいしたーい!!」


ハチが指差すさすさきにいた女の子が首にかけていたもの。それはハチが大好きな映画の中に出てくる会社のヘルメットだった。ハチはモンスターズインクが大好きなのだ。
なんか怪物的なそういうのが好きなんだって。あ、ハチは動物好きだったなぁ。動物園にでも連れて行ってあげるんだった。まぁここでも楽しそうだからいいんだけどね!

利吉兄ちゃんあれ買って!と指差すと利吉兄ちゃんは忍者かお前は、とでも言いたくなるような足の速さで会計に向かった。
ほらよと持ってきてくれたのだが、数は3つだった。このやろうお前もお揃いするつもりかッッ!!


「ハチ!利吉兄ちゃんと私とお揃いだぞー!」
「やったー!!」

かぽりとかぶったそれは、ハチにはちょうどいいサイズだったのだが、利吉兄ちゃんと私の頭のサイズには合わず、頭にはめることはできなかった。
とりあえず首にそれをひっかけ、後ろに流すようにつけておいた。私たちは頭に装着していないのだが、ハチは満足そうにそれをかぶってぴょんぴょんと飛び跳ねた。なんだただの天使か。


「平仮名ねーちゃん!あれ乗りたい!」
「好きなだけ乗れぇぇええ!!」


ハチの好きなように行動させ続けたのに、私と利吉兄ちゃんに一向に疲れが襲ってこない。多分それは目の前にいる天使のせいだと思う。
あっちこっちに出没するキャラをとっつかまえて片っ端から写真を撮り、パレードにいたっては利吉兄ちゃんがハチを肩車してみていた。なんかこれでお兄ちゃんと夫婦に見られてたらいやだなぁ…!!!



そろそろお昼にしようかと利吉兄ちゃんが言い、席が空いているであろうレストランへ入った。丁度席が一つあいていて、私たちはそこへ座った。注文を頼み、私はとりあえずハチの頭に乗り続けているヘルメットを取った。


ふと周りの席を見ると、やっぱり家族連れが多いのが目立っていた。


ハチも本当は家族で来たいんだろうなぁと思っちゃう。んー、本当の家族じゃないから複雑な気分だなぁ。多分ハチも同じようなこと、今日一回でも考えているはずだ。ハチのママー。おばさーん。早く帰ってきてあげてくださいー。


「平仮名ねえちゃん、りきちにいちゃん」
「どうした?」
「なんだいハチ」



「はちね、きょう平仮名ねえちゃんとりきちにいちゃんといっしょにあそべてたのしいよ!!」



「ハチ…」



「なんかねー、りきちにいちゃんがとうちゃんで、平仮名ねえちゃんがかあちゃんみたい!」



「お兄ちゃん大好きだよお兄ちゃん…!」
「こんなに幸せなことはない…!!」





ハチは沈んでいるのかと思いきや、こんな優しい言葉をかけてくれました…。


この子、本当に天使です………。




周りの席からの視線が凄かったことなど……この天使は知らないんだろうな……。

















おでかけだぜマイ・ボーイ!







「よし、そろそろ帰るか」

「おうち帰るぞハチー」
「かえるー!」

「待て、誰が家に帰るといった。帰る先はあそこのホテルだ」

「なん…だと…!?ホテルの予約取ったの…!?と、とれたの!?昨日今日で!?」

「私を誰だと思っている」
「りきちにいちゃんかっけー!」





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コヘレンジャーの圧倒的人気。
ちなみにハチはコヘレンジャーのイエローが好き。

動物園に行こうと思ったけど
チビ竹谷があれかぶってたら鼻血出ると思って行き先変えました。

利吉兄ちゃんの底なしの財布万歳。


第二位たけやはちざえもんくんでした!
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