「えー、やだー…」
「いやそう言われてもねぇ…」
「へーすけも平仮名ねえちゃんと一緒がいいのだー…!」
「何も泣くこたぁないでしょう……」


「おはようございます父上」
「おぉ利吉。おはよう」

「……兵助くんはどうしたんですか?」
「今日は幼稚園が休園日だからお休みなんだと。だから名前と一緒に居られるかと思いきや…」
「あぁなるほど、名前は普通に学校ですからね」

「おはよー兄ちゃん」
「おはようございます…」
「おはよう名前、兵助くん」


利吉兄ちゃんがおはようとリビングのテーブルにつくと同時に、行ってきますと父さんが仕事に向かった。

一方私は泣きながら文句を言う兵助を横にご飯を口に運び続けている。いいなぁ幼稚園お休みで、と思ったら、兵助はそれが嫌なのだといった。
幼稚園がある日は私と離れても幼稚園があるか仕方ないと割り切れるらしいのだが(五歳にしてその考えもすげぇな)、幼稚園がお休みなのに私がいないということが解せないのだという。んんんんきゃわわ。

私より早く起きていたからかもう兵助は朝ごはんを食べ終えて、今はずっと私の制服のスカートを握っている。もうこうなったら離れませんみたいな状態だ。
そんなんじゃ仮面ライダーセンゾウになれないぞーという作戦はもう通じず、ずっと首をいやいやとふるばかりだ。

最初のうちは仲良くなれるかなーなんて心配だったのだが、今となっては仲良くなりすぎだ私!と思っている。……これじゃぁ別れが来たら私の方が大変かもしれない。


「へーすけおるすばんやだー……平仮名ねえちゃんもいっしょ…」
「へ、兵助…!」


この間買ってあげたはんなり豆腐のぬいぐるみをぎゅーっと片腕で抱きしめたまま、兵助はうつむいてそう言った。


「へーすけとうふになりたい!!」
「え、いきなり何を言ってるの…?」

「お前の気を引こうと必死だな」

「まじかー。んじゃぁ名前も休んじゃおうかな★」
「バカ言ってないで早く行け」
「利吉兄ちゃん酷い!!」


この時間帯にのっそり起きてくるということは、利吉兄ちゃんも大学が休みか。
ごちそうさまと手を合わせて食器を運び、お母さんに兵助よろしくねと頼むとにっこりして私の後ろをついて歩く兵助を抱き上げた。

とっとと歯を磨いてバッグをひっつかみ、私は玄関へ向かった。


「んー、じゃぁ、その、行ってくるね…」
「はい、行ってらっしゃい。兵助くんも名前に行ってらっしゃいして?」
「平仮名ねえちゃん…」

「今日は寄り道しないで帰ってくるから、いい子に留守番しててちょー」
「…っ!行ってらっしゃい!!」

「おう!行ってきます!」


パチンと小さくハイタッチを交わして、私は自転車に乗った。おぉう時間ヤバス。

バタバタと走りながら階段をかけあげりセーフ!と教室の扉を開けると、まだ先生は入ってきてはいなかったようだった。教室には別のクラスの友人もまだいた。時計を見るとHR開始五分前だ。おはようと声をかけると「昨日の写真みたよ〜」とふにゃりとした声が返ってきた。


「兵助くんていうんだねぇ!可愛い!髪もふわふわ!今度ぜひ触らせて欲しい!」
「タカ丸さんにはたまらない人材でしょ!本当に可愛いのよあの子!」

「名前の弟?」
「そ、ほら昨日のお昼に話したじゃん」

「母親が蒸発してしまったという哀れな子か!なんと儚い!」
「哀れとか哀れな頭してるテメェに言われたくねぇよ誰だテメェ」

「今日も幼稚園に送り届けて来たのか?」
「いーや、今日は幼稚園が休園でね。だから私に学校行くなって今朝泣きつかれて…!可愛いのなんのって…!!」


ほらー!とこっそり盗撮しておいた兵助の泣き顔の写メをみんなに見せると、タカ丸さんが発狂して「可愛いぃいいい!!」と叫んだ。タカ丸さんは髪の毛がふわふわとかさらさらな子がお好みらしく、昨夜送った兵助の写メがどツボだったらしい。今度うちに遊びに来ると言い張っている。まぁ別にいいけど。

あー、兵助に逢いたい。早退しようかな。





















「……母上、あそこで倒れているのは兵助くんでいいですね?」
「えぇ、名前がいなくなってからずっとあの調子よ」
「名前の何がそんなに好きなんでしょうかねぇ」
「ふふふ、子供にしかわからないことなんじゃないかしら?」


二階で本を読み、リビングに飲み物を取り来た時のこと、ソファの上で豆腐のぬいぐるみを抱きしめ倒れこんでいる小さい姿。名前が世話をしている兵助くんだ。
兵助くんはなにがよくて名前にべったりなのか解らない。かなり名前とは仲良くなったようにも見える。それはいいことなのだが。

幼稚園の送り迎えもしているしご飯も風呂も一緒だ。前までは私の部屋で寝ていたが、名前の部屋で一緒に寝るようになっていた。……別に私が寂しいわけではない…。


「兵助くん、暇なら私とお出かけするかい?」
「………名前ねえちゃん、はやくかえってきてくれるっていってたのだ…」
「……」


……断じて、寂しいわけではない。


「兵助くん、お昼ご飯なにがいい?」
「おひる…?」
「そうよ、もうそろそろお昼の時間だから」

ソファに倒れこむ兵助くんの前に母上が膝をついてそう問いかけると、淀んでいた空気から一変。兵助くんは何かいいことを思いついたような笑顔でハッと顔を上げた。



「へーすけ!おべんとうつくって名前ねえちゃんにとどけるー!!」





















「お、お昼の時間や」

「名前はいつも四時間目終わり丁度に目覚めるな」
「褒めてもいいよミキティ」
「いつも思っているよ、無駄な才能だとな」


ガバッと顔を上げると、ちょうど四時間目終了五分前だった。んんと背伸びをすると、どうやら自習タイムに入っていたのか各々が喋ったりケータイをいじったりと好きなことをしまくっていた。隣の席のミキティは私の机に雑誌を広げて時間をつぶしているところだ。なぜ私の席に来ている。週刊世界の火器だと?なにそれデアゴスティーニ?

あともうちょっとで授業時間終わるなぁ。今日のお昼何にしよう。

そんなことを呑気に考えながらミキティーに頬をつつかれていると、ガラリと、教室の前の扉があいた。先生でも入ってきたのかなと思ったのだが、扉の方に人影はなかった。


「…え」

「こんにちはー」


教壇にいる先生は扉の方を見て呆然とする。

………いやちょっとまて、今の声めちゃめちゃ聞き覚えあるぞ。


「…おい、名前、あそこにいるの、今朝写メ見せてくれた子にそっくりだぞ…」
「嘘だよミキティそんなことあるわけないよ…!」

教室の前の席の女子がきゃーと黄色い小さい声を発した。今の聞き覚えのある声に私はガタンッ!と立ち上がった。立ち上がってやっと視界に入った扉を開けた人物が目に入った。



「へ、兵助!?!?!?」

「平仮名ねえちゃーん!」



ここにいるはずのない小さい影が、私が買ってあげたはんなり豆腐のぬいぐるみを抱きしめてそこに立っていた。やっぱり私の可愛い兵助だ。
兵助は私に綺麗な笑顔をむけてとてとてと駆け寄ってきた。ぱっと飛びついてきた兵助を受け止めるように抱きしめると、私の首に顔をうめてへへへと兵助は笑う。突然のことに脳内整理が追い付かず、つまりどうしていいのか解らず、私はただ兵助をぎゅっとしただけだった。


「え、へ、兵助?兵助なにしてんの!?お留守番は!?」

「へーすけ、ちゃんとりきちおにいちゃんにいってきますしたよ?」
「何考えてんだバカ兄貴!!!」

「へ、へーすけ、平仮名ねえちゃんにおべんとうです!」

「べ、弁当?」


抱きしめていた兵助を離すと、兵助はお気に入りの仮面ライダーセンゾウのリュックを背から外してチャックを開けた。中から出てきたそこそこでかい弁当箱。はい!と突き出され中を開けると中身はぎっしりおにぎりが詰め込まれていた。


「…これ、届けに来てくれたの?」
「うん!」

「一人で?」
「うん!」

「これ、へ、兵助が作ってくれたの?」
「うん!ふへへーはずかしいのだ!」


兵助は恥ずかしがるように両手で目をぱっと隠して笑った。ちょうどその時放送マイクからチャイムが鳴り響き、授業終了を告げた。のに、私のクラスはこのいるはずのない小さい存在に目線を奪われていた。

大半の生徒は兵助の可愛さにやられて死亡。あとのほとんどは誰だあれ山田に弟なんていたのかという視線だ。いたのよ弟。こんなに可愛い弟がいたのよーーー!!!


「い、いい子がここにいまーす!!!すごくいい子がここにいまーーーす!!!」

「兵助くんがいるときいてやってまいりました!!」
「た、タカ丸さん!兵助!兵助が私に逢いに来てくれた!」

「ひょわぁぁああ本当に可愛い!抱っこしていい!?」
「やー…!」
「!?」

「タカ丸さんやめて兵助泣かさないで!!」


私が兵助!?と叫んだからか隣の教室からタカ丸さんが飛び込んできた。さっきもいったけどタカ丸さんはもう兵助に逢いたくて逢いたくてしかたないのだ。そんな天使が今目の前にいる。興奮しないわけがない。
タカ丸さんは鼻息を荒く兵助に腕を伸ばしたのだが、そのときのタカ丸さんの顔が怖かったのか、兵助は少々涙目になりながら私の背後に隠れた。嫌と言われたのがそれほどショックだったのか、タカ丸さんはピシッと体を固めて呆然とした。

騒ぎを聞きつけてかお昼の時間だからか、滝も喜八郎も教室へはいってきた。私が抱きしめている姿を見て、喜八郎はただちいさく「おやまぁ」とつぶやいた。



4つほど机を向い合せにくっつけ、私たちはとりあえずお昼ご飯を食べることにした。今日は学食にしようと思っていたが、まさか兵助がお弁当を作って届けてくれるとは……!!なんて幸せなんでしょう私は……!!

「いただきます兵助!」
「どうぞ!たくさんめしあがれ!」

膝の上に兵助を乗っけて、私は兵助の持つお弁当箱からおにぎりを一つ掴んで口に入れた。兵助の手で握られたのがよくわかるようなサイズだ。一口で食べ終わってしまうのがもったいない!
中身は兵助が幼稚園に持っていくようにつくるおにぎり具、鮭だ。作り置きしておいたやつを入れたらしい。おいしい。兵助の握ったおにぎり美味しい!可愛い!そして美味しい!


「…平仮名ねえちゃん…へーすけのおにぎりおいしー?」

「ハッ、そっか!」


感想言ってなかった。私はガラッと背にある窓を開けて

「おーーいしー!!!」

と外に向かって叫んだ。


「おいしー!」
「うお!気合入ってますね兵助さん!」

「おやまぁ、名前の弟くん本当に可愛いねぇ」
「大きくなったら私に負けず劣らずの美しい男になりそうだな」
「それにしてもよく一人で此処まで来れたな…」
「抱っこしたい…!抱っこ……!」


再び兵助を膝に乗っけてラブラブしながら、私は兵助が届けてくれたおにぎりをすべて完食した。ひとつおにぎりに豆腐入ってたけど見なかったことにした。ちょっと量多かったけど兵助も一緒に食べたし美味しかった。

その後早退するわけにもいかず、兵助は残りの五時間目と六時間目を私の膝の上で昼寝をして過ごした。午後の先生には事情を説明して許可をもらったのだが、まるで学生にして子を持っているような感じだった。眠ってしまった兵助を起こすわけにも行かないので、椅子を前後に倒しながらゆりかごのように揺れて兵助の安眠を保護した。すっかり仲良くなったミキティお兄ちゃんの膝の上にも移動したりしていた。ミキティも兵助も可愛い。死ねる。



結局その後、兵助の寝顔に見とれてしまい私も帰りのHRまで眠ってしまったなど、…………蛇足である。



「平仮名ねえちゃんおきてー」

「…ハッ」








おとどけだよマイ・ボーイ!









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子供兵助+手作りお弁当
=死、あるのみ

ちょっと脳内で想像しただけで吐血しそうになりましたお巡りさん私はここです

あ、兵助さんやめてくだださいそんな冷たい目で見ないでください…


第三位くくちへいすけくんでした!
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