「えーやだよ。三之助女の子いっぱいいんじゃん」
「なんで?俺誰とも付き合ってねぇじゃん。だから俺と付き合おう?」
「やだ。っていうかなんで私のサボりポイント把握してんのよ」
「名前に逢いたいなーって思ったらここに来ちゃってた」
「そういえば今移動教室だったからな。迷子乙」
ぼーっと音楽を聴きながら屋上でゴロリと横になっていると、視界ににゅっと入り込んだ金髪。
三之助はそのまま私に覆いかぶさるように両手を私の顔の横に置いて、イヤホンをポンッと私の耳から取り外した。
三之助がにっこり胡散臭そうに笑うと、じゃらじゃらとつけられたピアスとネックレスが音を立てて揺れ、ついでにといわんばかりにブレスレットも耳の横でやかましく音を鳴らした。
起き上がろうと思ったのに三之助のせいで起き上がれず。はぁと息を吐くと三之助はするりと私の頬を撫でた。この男のこういう"どんな女でも落とせます"みたいな顔嫌い。
「むむっ!三之助と名前がイケない雰囲気だぞ作兵衛!」
「離れろ変態。今一応授業中だぞ」
「よぉ作兵衛、左門。見て解んだろ名前と俺お楽しみ中だ。帰れ」
「誤解生むような発言すんなよ三之助」
左門によってぐいと三之助は体を起こされ、私は伸ばされた作兵衛の腕につかまり起き上がらせてもらった。相変わらず左門も作兵衛もアクセサリーが多いし髪の色が目立つ。
これでこの三人が成績優秀だから困る。成績優秀のくせにサボるので先生も困っているだろうなぁ。まぁ私には関係ないけど。
「何してたんだ?」
「もうそろそろ授業終わるだろうし、もう帰ろうかなーって」
「名前帰るのか!じゃぁ僕も帰るぞ!」
「俺も帰っかな」
「俺も」
「じゃぁ数馬たち誘ってカラオケでも………お、」
行こうか、と続く予定だった言葉は、ブレザーの下に着ていたパーカーのポケットから流れる音楽にかき消された。この音楽は、うちのお兄ちゃんからの電話だ。
「もしm《名前か、今すぐ帰れ。寄り道したら殺す≫ ブチッ……
……カラオケは無しの方向で」
「お、おぅ…」
「ほんじゃ緊急事態なのでお先に」
バッグを持って、私は屋上から出て行った。
神様仏様、私は何かお兄ちゃんの堪忍袋をきれさせてしまうようなことをしてしまったでしょうか。私は日々真面目に生きているつもりなのですが。
帰路を急ぎながらの私は寄り道をしてコンビニに寄って、お兄ちゃんが好きなコンビニケーキを何種類か手土産として買い込んだ。あ、やべ、寄り道しちゃった。殺されるかもしれん。
「ただいまー」
「おかえりなさいー」
「ただい………………は?」
ガサリとビニール袋を玄関に置くと、おかえりなさいと聞こえて来た声は、知らない声だった。
視線を上げると、見知らぬ子供がひとり。
「……」
「……お、お兄ちゃん?」
「なにがお兄ちゃんだバカ野郎」
「!利吉兄ちゃん」
「雷蔵くん、向こうでテレビ見てなさい」
「はいー」
てててと可愛い足音を立てて別の部屋に入っていった顔は、本当に見たことのない顔の子だった。
利吉兄ちゃんに子供なんていなかったはずだ。っていうか彼女すらいなかったはずだ。童貞乙。
来なさいと利吉兄ちゃんに手をひかれて連れて行かれたリビングには、父さんと母さんがずーんと思い空気を纏わせて椅子に座っていた。
「なにこの空気!私の知ってるうちの空気と違う!!」
「座りなさい名前」
「ウィッス」
ガタンと椅子を引いて椅子に座りバッグを置くと、あのね、とお母さんが口を開いた。
「…母さんの妹いたでしょ。あの子ね、………消えたの…」
「消えた?マジック?」
「静かにしろ名前」
「サーセン」
「おばさんが蒸発したらしい。旦那さんがお亡くなりになられて、あの子を一人で育てる自信がなくなったと昨夜電話があってな。今朝がた家を尋ねたらもうおばさんはいなくなってたらしい」
「Oh……」
「とにかく、雷蔵くんはおばさんが見つかるまではうちで面倒を見るからな。全員そのつもりでいなさい」
はい、と母さんと利吉兄ちゃんが返事をしたが、私はドラマみたいだなぁとただなんとなく考えていただけで、返事は返さなかった。
「というわけで、名前、お前が面倒を見ろ」
「なんでーー!?!?」
「………なんで?」
突然の指令に私は大きく反発をしたのだが、なんでと返した私に向かってきた利吉兄ちゃんの目が、獣を捕らえるかのごとくギラリと光った。
あ、これやばいやつやと思ったがもう時すでに遅く、ガタンと椅子から立ち上がった瞬間利吉兄ちゃんは逃げる私の腕をグイッと思いっきり引き寄せて首に腕を回してヘッドロックをかましてきた。
「"なんで"…だ!?"なんで"、だ…!?お前は外で一体何をしているんだ!?昨日の夜お前が風呂に入っている間に見知らぬ男が家に来て「これを名前に渡しておいてください」と斧を置いて行ったぞ!お前は!!外で!!なにをして過ごしているんだ!!」
「ギ、ギブギブッ…!」
「子守でもして少しは静かに過ごしていろ!!」
「イ、イ、イェッサー…!!」
膝から崩れ落ちてゲホゲホと咳込んだ。私はいったいいつ斧を持ってこられるようなことをしたのだろうか。いやいや身に覚えが無さすぎる。
ピピピと電子音が鳴り、私がケータイをポケットから取り出すと、「また男からか!!こんなもの!!」と利吉兄ちゃんは私のケータイを全力投球して壁に叩きつけた。ギャーー!!!と奇声を発すると、父さんがやめなさい!!と私と兄ちゃんの間に入った。なにすんの利吉兄ちゃんまだ本体代払ってる最中なのに!!
うーんなるほどなるほど、あの子は、雷蔵というのか。可愛い子だった。
咳込みながらバッグを担ぎ部屋から出ていき、リビングの隣の部屋を覗いてみると、ふわふわのくまのぬいぐるみを抱っこしながらテレビをぼーっと見ている明るい髪の毛の色の子。歳は五歳だと聞いた。
まぁぼんやりとしか聞いていなかったけど、五歳で親が二人ともいなくなるって、そりゃ相当ツラいだろうなぁ。
そんな子を私は親代わりに育てることができるだろうか。こんなちゃらちゃらふらふらしているだけの女子高生に。全く面倒臭いことを請け負ってしまった。
だが斧を持って来られるようなことをしてしまったのだから、罪償いをしなきゃなぁ。
部屋から離れようと思い体の方向をかえたのだが、バッグがドアに当たってしまい、扉がガタッと音を立てた。それに気付いたのか、雷蔵くんはハッと勢いよく後ろを振り向いた。
「……」
「……」
「……」
「…えーっと」
「…平仮名、おねーちゃん」
「お、あ、もう、名前聞いたの」
「りきちにいちゃんから」
「そっか、うん。あのね、今日から私が雷蔵の面倒見ることになったから。その、…よろしくね」
「うん!」
ニパッと向けられた笑顔はあまりにも綺麗で、免疫のない私はその笑顔に少々苦笑いをこぼしてしまった。
「ほら名前、これ」
「お父さん、なにこれ?」
「幼稚園までの地図だ」
「…は!?なんで!?私が連れて行くの!?」
「私はもう出るんだ!母さんも利吉ももう出て行ったから、頼んだぞ!」
「ヘイ、ストップ!!」
目覚めて台所に向かうと、もうスーツに身を包んだ父さんが私に一枚の紙切れを渡して家を出て行った。
まだ眠い脳みそを覚醒させながら紙を見ると、「ここ」と矢印が書かれていた。なるほどな。ここが雷蔵が今日から通う幼稚園の場所か。
面倒くせぇと頭をぼりぼりかくと、ぎしりぎしりとゆっくり階段を下る音が聞こえた。雷蔵くんかな。
「おはようございます…」
「おはよう雷蔵。よーし、顔洗って朝ごはん食べて幼稚園行くぞー」
「はいー…」
朝食を急いで食べて幼稚園の制服に着替えさせ、家を出たのだが、
……そこからが大変だった。
「平仮名、おねえちゃん」
「なーに」
「らいぞ、おべんともってない」
「……なん、だと…!?」
道中でお弁当がないと言われ、弁当のことなんて一切聞いていなかった私は急いでコンビニに駆け込みおにぎりを三つほど買い雷蔵くんに持たせ、あとついでにジュースも買って、雷蔵を担いで目的地である幼稚園へ猛ダッシュした。
なんとか幼稚園が始まる五分前に到着することが出来た。
「じゃぁ雷蔵、三時に迎えに来るね…」
「うん」
「ばいばい」
「おう名前、遅かったな」
「………作兵衛、私一生子供なんていらない…」
「先生、名前についに子供ができたみてぇです」
「やめろ富松。先生朝からそんな話聞きたくない」
机の横にバッグをひっかけてそのまま私は机に突っ伏して深くため息を吐いた。
昨日は罪を償うために頑張らないとと意気込んではみたが、どう考えてもこれは理不尽すぎる気がする。私が数多くの男と遊んでいるからなんだというのだ。別にいいじゃないか斧ぐらい。薪割りにつかえ薪割りに。私が男と遊んでいるから見知らぬ子供の面倒を見るなんて、冷静に考えてみたらあまりにもおかしい話じゃないか。
…家に帰ったら雷蔵の世話係は辞退させてもらおう。こんなの毎日やってたら絶対に身が持たない。途中で死ぬ。
でもとりあえず雷蔵の迎えという任務だけは果たそう。迎えにいかないのだけはまずすぎる。確実に利吉兄ちゃんに殺される可能性大。
面倒だなとは思いながらも、授業が終えればあとは帰るだけ。ついに来てしまった放課後に私はゆっくりと腰を上げ校門へ向かい、のたのたと幼稚園への道を歩いた。
たどり着いた幼稚園の前には大量のお母様方であふれかえっていた。そこに入っていく制服の私。かなりの注目の的だったが、別に気にしない。
ちわ、と玄関にいた幼稚園の先生に声をかけると、「雷蔵くんの…?」と言われた。
「あ、はい、雷蔵の母代理の山田です。山田名前です」
「お疲れ様です。雷蔵くんの担当教室の善法寺伊作と言います!」
「善法寺先生ですか。どうも」
どうやら善法寺先生は今朝雷蔵くんを送ってきたところを見ていたらしい。
「平仮名、ねえちゃん」
「おーう雷……雷蔵…?」
私の声が聞こえたからか、教室から雷蔵は顔を出した。あ、今のめっちゃ可愛かったと思ったのだが、雷蔵はその後すぐに教室から飛び出し、私の腰に抱き着いてきた。
可愛いのだが、帽子の下で一瞬だけ見えた顔は、何故だか泣きそうな顔だった。
抱き着いた雷蔵にびっくりして、どうした、と声をかけたのだが雷蔵は何も答えずに、ズッと鼻をすすった。
私は何があったんですかと訴えるように近くにいた先生に顔を向けた。すると先生は、実は、と口を開いてきたのだ。
「あの、実は……雷蔵くんが…お友達に手をあげてしまいまして…」
「は…?」
雷蔵が、転入初日に喧嘩した、だと。それは元気でいいことなのだが、まさか初日でそんなことになってしまっていたとは。
どういうことですかと理由を聞くと理由はかなりくだらないことだった。
お昼のお弁当をからかわれたのだという。
私は今日お弁当持参だという話を聞いていなかったので、コンビニ弁当を持たせた。っていうかそういうのはお母さんが用意してくれるもんなんじゃないのだろうか。
話は戻して。ほかの子はお母さんが作ってくれたお弁当を広げていたのだが、雷蔵だけはコンビニのおにぎりが3つ。隣に座っていた子がそれを馬鹿にしたような発言をしてしまったため、それに腹をたてた雷蔵が、バチンッ!と、顔を叩いてしまったのだという。
さーせんしたと適当に頭を下げておき、私は雷蔵の手を握って帰ろうと幼稚園を出た。家への帰り道は雷蔵はずっと下を向いていて、とぼとぼと寂しそうな顔で私の横を歩いていた。
まだ誰も帰ってきていない家について、ただいまと家の中に言うと、雷蔵も「ただいま」と小さく小さく声を出した。私はそのまま、雷蔵を私の部屋へと連れて行った。こっちおいでと私のベッドに雷蔵は腰かけた。まだうつむいて悲しそうな顔をしている。
「雷蔵、今日はお弁当ごめんね?」
「…」
「私お弁当のお話聞いてなかったからさぁ…」
「…なさい…」
「ん?」
「ごめんなさい…!らいぞう、おにぎり、のこしちゃっ……!」
「……は、」
雷蔵は、ぽろぽろと、涙を流しながら、バッグの中から食べかけのおにぎりを出した。確か三個買ってあげたはず。
雷蔵が出したハンカチをそっと開くと、ビニールがかかったままのおにぎりが一つと、二口ほどかじったであろうもう一つが出てきた。ハンカチにくっついていたお米はかぴかぴに固まっていた。
「おかあさん、らいぞうのこと、きらいになっちゃったんだ…!」
「…なんで、…」
「…ら、らいぞ、…!い、いつも……、おべんとう、のこしちゃうからっ…!いつも…!たべ、きれなくて…っ!お、おにぎり…!おかあさんっ!らいぞうのこと、きらいになっちゃったんだ…っ!それで…!それで……!」
「雷蔵…」
「おかあさんにっ、!ご、ごめんなっ、さい!するっ…!だから…!……平仮名おねえちゃんも…!おにぎりっ!のこしちゃって……ごめ、ごめんなさい……!!」
雷蔵は、顔に手をあて、ぼろぼろぼろぼろと、綺麗な綺麗な涙をこぼして泣いた。
最初は能天気そうな子だなんて考えていたけど、とんでもなかった。しっかり今の現状を受け止めていた。しかも自分のことを嫌っておばさんは出て行ったのだと勘違いをしていた。
育児放棄なんて言葉知るわけない。そっか。子供はそういうとらえ方をするのか。
……それに比べて私はなんだろう。
面倒くさいなんて思っただけでこの子の世話を辞退しようとしちゃったなんて。
情けないなぁ。こんな子健気な子ほっとくなんて。私はダメだ。
「雷蔵」
「…!」
こんなとき、子供に対してどんな言葉をかけていいのかなんか解らない。
だから私はただぎゅっと、苦しくないように雷蔵を抱きしめた。
「雷蔵、明日から私がおにぎり作ってあげるよ」
「!」
「雷蔵が食べやすい量の、おいしーいおにぎり握ってあげる」
「……ほんとう…?」
「うん、約束するよ」
「う"ー……!」
「おにぎりの具は何がいい?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
悩みすぎである。
「雷蔵?」
「……しゃ!………しゃけ…」
しばらく待って、控えめに出たその可愛い言葉に、私は口がにんまりしてしまうのであった。
一度強くギュッと抱きしめて、私はよし!!と顔を上げて立ち上がった。
「よーし!買い物だ雷蔵!鮭フレーク買いに行くぞ!!」
「!いく!らいぞうもおかいものいく!」
「名前姉ちゃんは個人的にのりたまが食べたいからのりたまも買うぞ!!」
「らいぞうものりたまたべたい!!」
「よし!のりたまもだ!おやつに昨日買ってきたケーキが冷蔵庫にあるぞ!買い物終えたら食べよう!」
「ケーキ…!」
「さてここで復習です。私たちはこれから何を買いに行くのでしょう?」
「おにぎりのぐ!」
「よーし大体あってるぞ!!では、いざ行かん美味き鮭フレークを求めスーパーへ!雷蔵大佐!名前に続けぇええ!!」
「おー!!」
ドタバタとやかましく階段を駆け下り、雷蔵を自転車の後ろに乗っけて力いっぱいペダルをこいだ。
風がびゅうびゅう吹き抜けるのが楽しいのか、雷蔵は私にしがみついてきゃー!と叫んだ。
「これからよろしくね雷蔵!」
「うん!平仮名ねえちゃんだいすき!」
「私も雷蔵大好きだよー!!」
ひとまず仲良くなれて安心しました。
よーし!名前ママ頑張っちゃうんだから!!!!
はじめましてマイ・ボーイ!これからよろしくね!
-----------------------------------------
お兄ちゃんに留三郎を入れようか
幼稚園の先生に留三郎を入れようか迷った結果
お兄ちゃんに利吉さんを入れて
幼稚園の先生に伊作を入れました。
留三郎なんて選択肢なかった。
(真顔)
とりあえず同級生とかは気分によって変わるかもしれません。
話はつながっていますが登場人物はバラバラです。
でも山田家の娘で固定しちゃおうと思います。
無駄話ですが、"雷蔵"という名前は
「私に子供ができたらつけたい名前ランキング」で
堂々と一位を突っ走ってる名前です。かっこよすぎる。
笑顔でおにぎりにぎっちゃう可愛い可愛い雷蔵くんください!!!!!!!!!
第五位 ふわらいぞうくんでした!