今だけは私だけを愛して!



「まずはここを改良することだな。出来上がったらもう一度持ってこい」

「はい!ありがとうございます立花先輩!」

「伝七はどうだ。宿題は済んだか?」

「はい!立花先輩のおかげでやっと理解できました」

「そうか。それはなにより。浦風も終わったか?」

「は、はい!もう大丈夫です!」

「綾部、来なさい。委員会を終わりにする」

「はーい」


「では本日の委員会活動を終了とする。全員解散。各自部屋に戻れ」


「「「ありがとうございました!」」」



各々の荷物を持ち、可愛い後輩達は全員部屋を出て行った。



ただ一人。四年生だけをのぞいては。



「お疲れ様でした、名前先輩」


「っ、……あらやだ、バレてたの?」

「立花先輩は、僕の事を"喜八郎"と呼びますから」

「…詰めが甘かったわ。さすが上級生ね」

「いえ、むしろそれがなければ気づきませんでした。それじゃ、失礼しまーす」

「お疲れ様。ゆっくり休みなさい」


作法委員会室の扉がパタンと閉まり、部屋は静寂に包まれた。

ふぅと肩の力を抜き、机の上にある鏡に視線を移す。我ながら完璧な変装だと思っていたのだが、呼び方を間違えてしまうとは、私らしくも無い。嗚呼、詰めが甘かった。もう少しだったのに。


「では、私の勝ちでいいな」

「……えぇ、此れは、どう見ても私の負けね」


カタリと天井の板がはずれ、音もなく一人の男が降りてきた。作法委員会委員長六年い組、立花仙蔵。

私の愛しい恋人。


仙蔵は添乗から降りると私を後ろから抱きしめるように腕を伸ばした。「私が私を抱きしめるのは気分がよくない」とつぶやくので、私はバリバリと顔にはりついた面を剥がし、付け毛もとった。すっきりしたので深く息を吸い、長く長く吐き出した。


「では、約束は守ってもらうぞ」

「……」


何故、火薬委員会委員長である私が作法委員会に出席し、作法委員会委員長である仙蔵に変装していたのかというのには理由がある。

先日、仙蔵は学園長先生から忍務を預かった。忍務というか、これは"お使い"と言ったほうがいいものなのだが。

お使いの無いよう、それは「一年は組の山村喜三太、一年は組の福富しんべヱの護衛として付いていけ」というものだった。

何を隠そう、仙蔵はあの二人が大の苦手だ。仙蔵があの二人と関わりロクな目にあったことがない。暇だった時についていったことがあったのだが、それはもう酷いものであった。

仙蔵が寺で精神統一の修行を行っていたときの事。ただの喝を入れるだけで二人がもめ頬を痛めつけられるし、服を乾かしていたと火の中に焙烙火矢を入れられあのサラサラヘアが大惨事の被害となった。

それを見ていた私の目に映っていたのは恐怖そのもの。大爆発した頭、そして褌一丁というふざけた格好で堪忍袋の緒が切れたのか、その格好のまま焙烙火矢を投げまくる仙蔵。

あの学園一冷静といわれた立花仙蔵があそこまで乱れてしまうとは。一年生ながらあの二人はとんでもないヤツらだ。



……そして、何を隠そう、私もあの二人が苦手なのだった…。


後輩ほど可愛いものは無い。火薬委員会の後輩はもちろん、この作法委員会の後輩も可愛い子たちだらけだ。

しかし、あの二人だけは別だ。仙蔵のことがあってから、私はあの二人に対してトラウマのようなものを植え付けられたようだった。次あぁなってしまうのは私かもしれないと怖くてしょうがないのだ。

だが同じ後輩。それに話によると留三郎の委員会の子らしい。私は仙蔵とは違うと言い聞かせつつ留三郎の委員会に遊びに行ったときの事だった。


「留三郎、ちょっといいかしら」

「おう名前、どうした」

「明日実習で山に入るの。鈎爪のメンテナンスをお願いしたいんだけど、今大丈夫かしら?」

「あぁ今丁度手があいた。どれ、見せてみろ」


留三郎の横に座る富松が「こんにちは!」と元気良く頭を下げた。私はニコリと笑って頭を撫でた。


「あぁ〜!名前先輩!こんにちわぁ!」

「こんにちは!名前せんぱぁい!」


「ふ、福富、山村、こんにちは。あ、相変わらず元気ね」


私の存在に気づいた二人は愛らしい笑顔でこっちを向いた。

ヒッと一瞬息を呑む。いやいや落ち着きなさい苗字名前。私はこの二人には何もされていないじゃない。酷い目にあったのは仙蔵よ。そうよ仙蔵よ。仙蔵の有様を見て怯えてただけじゃない。大丈夫。私は何もされないわ。

私は可愛い……そう、可愛い後輩の頭にポンと手を置いた。


「あ〜、そうだ名前先輩!新しい忍なめが増えたんで〜っ、はにゃぁ!!」

「!?」


なめ壷をもった山村が私にかけよる。だが、足元にあった金槌に気づかなかったのか躓き、なめ壷が私に向かって飛んできた。


「喜三太ァァア!!」

「はにゃぁ、富松先輩すいませぇん…」

「俺じゃなくて名前先輩に謝れ!!」


「い、い、いやぁぁああああ!!!」


頭から大量のなめくじを浴びせかけられ、私の全身は一瞬にしてなめくじだらけとなってしまった。



「は、はっくしょーいい!!」

「しんべヱェェエエエ!?!?」


それに追い討ちをかけるように、福富のくしゃみと同時に出てきた大量の鼻水が私の腹部にべったりとついた。









…それから次の日の朝まで、私の記憶は無い。















「私の変わりに、あいつらの護衛に行ってくれるな?」

「………い、嫌…」

「名前、約束が違うぞ」


再び訪れた仙蔵に任せられた忍務。いや、お使い。あの二人の護衛。

むしろなんで仙蔵は学園長命令とはいえこの忍務を引き受けるんだ。学園長先生も何故仙蔵に言い渡す。もっと適切な人物がいるじゃない。留三郎とか留三郎とか留三郎とか。


そこに持ち込まれた賭け。今日の作法委員会で私が仙蔵に変装してバレずに終えれば、仙蔵が。バレれば、私が行くと。

変装の腕には自信があったのに。嗚呼、本当に詰めが甘かった。悔しい。


「…はぁ、解ったわよ。私が行く」

「…すまん…」

「だけど、仙蔵もいい加減にあの二人に慣れる努力をして頂戴。元々は仙蔵の忍務なのよ。いくらあの二人が苦手でも毎度のようにこう賭けを持ち込まれるようでは私も困るわ」


抱きしめていた腕から抜け、落ち込んだ様子になっていた仙蔵の頬を両手で包んだ。居心地が悪いのか少し眉間に皺を寄せ目を伏せてむぅと頬を膨らませた。

それがあまりにも子供っぽい顔で、私はふふふと声を漏らしてしまった。


「何がおかしい」

「学園一冷静でクールと言われる仙蔵がこんな困った顔するの、珍しいじゃない」

「そうか?」

「理由が理由だけど、私仙蔵がこういう顔するの大好きよ」

「私の困った顔が、か?」

「えぇ、こんな顔私しか見れないわ」

「ほぅ」

「だって仙蔵がここに皺寄せるのなんて、」



完全に気を許していたからか、トンと軽く肩を押すだけで、仙蔵は後ろに倒れこんだ。

私は仙蔵に跨るようにのしかかり、皺が寄った眉間に指を当てた。















「仙蔵がイく時の顔と、一緒だもの」














まだ少し高い日に当てられた仙蔵の目がギラリと光った。



「…名前」

「なぁに?」

「しんべヱと喜三太の護衛は」

「んー…あと、一時間後ってところかしら」

「なら余裕だな」

「えぇ、まだ余裕ね」

「誘ったのはお前だ」

「えぇ、私よ」

「今部屋には文次郎がいる」

「委員会はもう終わったわ」

「なら此処でいいな」

「仙蔵と一緒なら何処だっていいわ」


跨る私の肩をグイと引き寄せ、私と仙蔵の体制が入れ替わった。

仙蔵の背には天井。腕を上で纏め上げられ、仙蔵はニヤリと笑って、首に噛み付いた。


「っ、」

「お前のその顔も私は大好きだ」

「あら、そう?」

「快楽を求めるその顔、そそられるな」

「いやらしい」

「どっちが」


いいわよね。大変なことがこの後待ってるんだもの。今だけは忍務のことじゃなくて愛する彼のことだけを考えていたいわ。







「愛してるわよ仙蔵」

「ああ、私もだ」






















今だけは私だけを愛して!

災難は後でなんとかするわ!





















「仙蔵、朗報よ」

「どうした?もう行ったんじゃなかったのか?」

「福富と山村、貴方とも一緒にお使いに行きたいって」

「アッー!」








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男前な喋り方にするか迷った。

仙蔵は言うほどクールじゃない気がする。
公式は早くこいつのプロフを「ハイパーヒステリックマン」と書き直すべき。


第三位立花クソ野郎でした。

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