豆腐と同じくらい愛して!
「名前?」
「ふぁ、ふぁんふぁんひゃん」
「あ、えっと、食い終わってからでいいよ」
「勘ちゃん?」
「兵助、何やってんだお前、エプロンなんかして」
「名前に俺の豆腐料理食わせてやってんだ!」
「な、何!?!?」
「っ、!へ、兵助!!この麻婆豆腐めっちゃ美味しい!!おかわり!!」
「すぐ作る!ちょっと待ってて!」
食堂にて、今俺はおばちゃんにエプロンを借りて厨房に立っている。普段は料理なんて滅多にしないけど、今は特別。だって名前が俺の豆腐料理を食べたいって言ってくれたから。
勘ちゃんが口笛を吹きながら食堂に入ってきたけど、この光景を見てハッと息を呑んだのが解った。
それはそうだ。今のこの状況をパッと見て理解できるわけがない。
今この食堂は俺と名前の二人だけ。そんで名前は厨房から一番近いテーブルに座っている。
だけど、そのテーブルの上は汚れた大量の皿だらけだ。その皿の上には、さっきまで俺が作った豆腐料理が大量にのっていたのだ。そしてそれは全て名前の胃の中に入っていった。
「ひぃー!!兵助これも美味しい!!これもう終わり!?」
「ごめんもう材料ない。次別の作るからちょっと待ってて!」
「おっけ!おとなしく待ってる!!」
「お、おい名前…!!お前この量、一人で食べたのか…!?」
「そうだよ当たり前じゃん!!私も兵助と同じぐらい豆腐大好きだもん!!」
その言葉を聞いて、俺はちょっと口元を緩ませた。
少し前まで、くのたまに、まさか豆腐好きな子がいるだなんて知らなかった。
名前との出会いはくのたま五年との合同実習があったとき。男女でペアを組んで町に潜入するという課題があったのだが、ペア決めはくじ引きだった。
引いた番号は10。10番の人と手を上げると、同時に手を上げたのは名前だった。
五年も忍術学園にいるけど、くのたまとそんなに親しく接触したりはしていなかった。むしろ初めてこんなに接近したかもしれない。
「苗字名前です。今日はよろしくね」
「久々知兵助。こっちこそよろしく」
キュッと握手した手は冷たかったし、きっとあれはつく笑顔だったと思う。
お互い初対面で、最初のうちこそよそよそしくよろしくねなんて会話をしていたけれど、町に出ればそんなの関係ない。恋人を装い手を繋ぎ腕を組み茶屋に入り背後に座る侍から次の戦場の情報を盗み聞きした。俺は後ろの侍から。名前は周りを警戒して他の仲間が居ないかの確認を担当した。
俺が矢羽根で名前にメモを取るように伝えると名前は懐に手を伸ばし針と小さく折りたたんだ紙を取り出した。周りから見ればただ手を組んでいる様に見えるだけだが、実際は掌に針を刺し血をつけ小さな紙に場所、敵の城の名前、日時を書き記していた。
てっきり筆と紙を堂々と出すのかと思ったが、名前の行動は予想外だった。俺はビックリして気を乱したが、名前はそれを気にとめもせずに、淡々と、ただ淡々と俺が伝えることを記し続けた。
「じゃ、そろそろ行くか」
「あぁ、そうだな」
背後の侍が席を立ち、俺達も目を合わせて小さく頷き、金を置いて店を出た。
「メモ取れた?」
「うん、バッチリ」
「…っていうか、俺が伝えたものより遥かに多い量の情報書いてなかった?何書いてたの?」
「…あ、…い、いや、その…」
彼女は小さい紙を俺に渡したが、それより一回りほど大きい別の紙は、彼女自身の服の懐へとしまわれた。
まぁ別にいいけど、と俺は受け取ったメモをしまった。
「じゃ、帰ろうか」
「あ、あの、さ、先に帰ってて!私寄るところあるから!」
「?じゃぁ俺もついてくよ。報告は二人でしないと意味ないし」
「…っ」
「何処行くの?」
「……と、豆腐屋さん…」
「…え?」
顔を赤くして手を下であわせてもじもじと、名前はそう言った。
名前の話によると、さっき侍の話を俺が盗み聞きしている間に、その横に居た年配の女性の話を盗み聞きしていたらしい。そのおばさんたちの会話が、「まちはずれに出来た豆腐屋さんの絹豆腐がとても美味しかった」という話だったと言う。名前は俺が伝えている間にその豆腐屋の場所を聞き取り、それも同時にメモを取っていた、ということだった。
「わ、私……その、…と、豆腐……死ぬほど好きなんだ…」
おかしいよね…と名前は、頬を真っ赤にして、そうつぶやいた。
「苗字さん」
「は、はい…」
「いや名前!!」
「!?」
「それ何処の豆腐屋!?俺も豆腐大好きなんだ!!新しい店が出来たなんて知らなかったのだ!!何処!?つ、連れてって!!!」
「く、久々知くんも豆腐好きなの…!?まじで…!?」
「兵助でいいよ豆腐フレンズ!!」
「豆腐フレンズ!!なにそれ素敵!」
さっきまで冷静で物静かな印象から一変。名前は目をキラキラさせてじゃぁちょっと寄り道してこ!と俺の手をとりその情報を頼りに豆腐屋に走った。
たどり着いた場所は噂どおりの評判らしく、店の前には結構な人だかりが出来ていた。名前は興奮したようにお豆腐ください!と財布を取り出した。でも俺も此処の豆腐が気になったので、会計は俺がまとめて払うことにさせてもらった。
「そ、そんな悪いよく久々知くん!ついてきてもらったのはこっちなのに…」
「いいからいいから、ここは俺に払わせて。で、兵助でいいよ」
「…へ、兵助」
「うん、これぐらい俺に払わせて名前」
桶に豆腐を二丁入れてもらい、俺と名前は豆腐トークに華を咲かせながらのんびり学園に戻った。なんで豆腐持ってんだ?と木下先生に聞かれたときは我慢が出来なかったと答えた。笑われた。
その後全くといっていいほどくのたまと接触していなかった俺はよくくのいち教室の外で名前を待つようになったし、名前も暇さえあれば屋根裏に忍び込んで俺の部屋に遊びに来ていた。ついでというわけでもないけど一緒に話をしていた勘ちゃんやハチや三郎や雷蔵とも名前はどんどん仲良くなっていった。最初はすごいクールな子なんだと思ってたけど、喋ってみると案外そうでもなかった。俺の知ってるくのいちと違う(毒入りのお菓子食わされたりetc)し、凄く接しやすいし喋りやすかった。
勘ちゃんたちは「兵助が二人いるみたい」と笑っていたけど、俺にとって名前はもう特別な存在みたいになっていた。名前も忍たまとはあまり関わらなかったらしいので勘ちゃんたちと仲良くなれたことが凄く嬉しいと言っていた。
それで、まぁ、嫉妬するよね。最初は俺と仲良かったのにってね。
で、まぁ、その、言いますよね。好きなんですけどと。
「名前」
「ん?」
「俺名前のこと好き」
「えっ」
「勘ちゃんたちと話してるとちょっと妬いちゃうのだ」
「まじか」
「名前は?」
「いやまぁぶっちゃけるとめっちゃ好きだよね」
「豆腐と俺どっちが好き?」
「豆腐」
「歪み無い…!」
「兵助は私と町の緑の暖簾の豆腐屋さんの豆腐とどっちが好き?」
「あそこ最近美味しくなくなってきたから名前」
「言うと思った」
まぁ、そんなこんなで、特別な関係になりますよね。
バカみたいって雷蔵に笑われたけど、別に何といわれようと構わないのだ。俺は豆腐が好き。名前も豆腐好き。豆腐好きな俺が好きな豆腐好きな名前も俺のこと好き。凄い幸せ。
「名前!」
「どした!」
「明日俺の豆腐料理食べて!!」
「何それ凄い素敵なお誘い!今日から断食する!」
っていうのがあった昨日。指定した時間前に俺はおばちゃんに台所を借りてエプロンをしめて料理を開始した。しばらくすると名前がヘロヘロと歩きながら食堂のテーブルに突っ伏した。「お腹減って死んじゃう…」と小さくつぶやいたので、俺は大急ぎで豆腐料理をつくりテーブルをいっぱいにした。
凄い美味しい!と叫びながら名前は次々と俺が作った豆腐料理を全て胃に入れていった。
どうやら新しい豆腐屋さんに行ったあの日、買った豆腐は1つだったのだが、名前はかなり大食いらしく、正直5丁ぐらいは買いたかったと後日聞いた。男の前だから一つで遠慮していたらしい。可愛い。いっぱい食べてもいいのに。
俺が作る料理を幸せそうにほお張る名前。その横で顔を真っ青にしている勘ちゃんと、後から入ってきた雷蔵と三郎とハチ。
「お、おい名前!大丈夫かお前!」
「三郎も食べなよ!兵助の料理凄く美味しいよ!雷蔵もどう?」
「ぼ、僕らもう豆腐地獄はこりたから…」
「地獄?天国の間違いじゃなくて?」
「おほー、名前は本当に良く食うなぁ」
「豆腐は別腹だから」
「これ別の腹なの?メインじゃなくて?」
「黙りたまえよ勘ちゃん。ほら勘ちゃんあーん」
いいよと顔を青くする勘ちゃんはうっと口を押さえて食堂を出ていった。俺の料理は美味しいんだぞ。名前がこう言ってるんだから。失礼なヤツなのだ。
「兵助!もう私のお嫁さんになって!」
「え、名前が俺のお嫁さんになるんじゃなくて?」
「いや私こんな美味しい料理作れる奥さんになれない!兵助がお嫁さんになって!」
「いいよ。じゃぁ俺は名前に嫁ぐね」
「わーい!兵助大好き!」
「俺も名前好きだよ」
「豆腐と私どっちg「豆腐」歪みねぇーーッッ!!」
豆腐と同じくらい愛して!まぁ敵うわけないって解ってるけどね!
「兵助!お嫁さんになって私に毎日味噌汁作って!」
「はい豆腐の味噌汁!」
「ヒャッホォオオ!」
「……兵助、洗い物手伝おうか…」
「ありがとう勘ちゃん!」
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兵助も主ちゃんも身体の70%は豆腐で出来てます
多分二人の子供は豆腐です。
第五位豆腐小僧でした。