「おはようきり丸」
「おはようございます大和さん!」
「…もそ……」
「おはよーございます長次さん!」
私の寝室は、今きり丸の部屋として使わせている。寝るだけだし、仕事として原稿とか散らかってる部屋は別にあるから、部屋は別のところがあるし。きり丸の服、または私物は全てこの部屋にぶち込んだ。長次が小さい頃に来ていたパジャマをきり丸に着ていたので、少々だぼついている服を引きずりながらきり丸はリビングへ来た。きり丸まじ可愛い。なんで長次のパジャマなんてとってあったのかって?長次はほら、思い出大切にする人みたいだから。まぁ言い方変えれば物を捨てられない人ってことなんだけどね。
眼鏡をかけて新聞を読む長次にボフンと抱き着くと、長次は機嫌よさそうな笑顔できり丸の頭を撫でるのであった。
あの日、私に来た知らない番号からの無言電話に反応したのは長次だった。きり丸!?と、ただ事じゃないように私が何度もきり丸の名を呼ぶと、長次もそれに気づいて何処か別の場所へ電話をかけはじめた。電話切れちゃったと長次に視線を送ると、長次は私の腕を思いっきり引っ張り家の外へと駆け出した。止めていた車に私をぶち込み、長次は急いでエンジンをかけたのだった。
何処行くの長次!
きり丸は、……おそらく虐待を強いられている…
……は、
あの日、初めてきり丸と会った日。ボロボロだったきり丸の着替えを長次がしていたとき、上の服を脱がせたときに見たのだという。何個もあった根性焼きのような跡や、痣や傷。服を着ていたから私は一切気付かなかった。が、長次はそれですべて察した。
全部の施設が全てそう、というわけではない。が、孤児院での虐待などの話はドラマや漫画であるように、すくなからずあるようで、きり丸のいた施設も、もしかしたらそうなのではないかと長次は考えていたらしい。だから、大事にならないように警察には連絡しない方がいいと長次は言ったのか。
赤の他人とはいえまだ小さい子供が虐待を受けているのだとしたら、と考えると、心優しい長次はそれを見逃すことは出来なかった。学校にきり丸を送っていったとき、外で待っていた間、そこに丁度いた警察であり友人である留三郎に相談を持ちかけた。その後来た文次郎にもその話をした。だがこのまま連れて帰るのでは誘拐ということになってしまう。それでは私が今度は大変なことに。
そこで、心苦しいが何か動きがあるまできり丸を一旦施設に戻すことにした。そしてその日は、文次郎と留三郎が、車から施設の周りで待機していたらしい。
其処へ来た、きり丸からの助けてという電話。それを聞いた長次が二人に連絡。二人はそのまま施設に突撃したらしい。そして、きり丸は無事に助かった。
「大和さん、タバコ控えてくださいって!体に悪いッスよ!」
「ハハハきり丸、残念ながら長次もさっき吸ってたのだよ」
「…!」
「長次さん……」
「…大和、」
「ほーっほっほっ、連帯責任じゃい」
留三郎が医者として働き始めている伊作に連絡を取り、急ぎきり丸を診てもらった。骨にヒビ、後は煙草の後。かすり傷や切り傷が多数。一旦入院させようかとも言われたけど、きり丸はそんなの嫌だと拒絶したので、治療だけしてきり丸を引き取ることにした。病院で一人なんて絶対嫌だろう、ということでその日は薬だけもらって、暇があれば伊作にうちに来てもらうことにした。薬が無くなったら病院へ行く。あまり今のきり丸を一人にさせない方がいいだろう。
あぁそうそう、あのクソジジィとクソババァがいた施設の子供たちだけど、今ボランティアとしてい近所の人たちが全力で子供たちを見守っていてくれている。年齢は別々だし、あんなことがあってかなり可愛そうな状況になってしまった。そこで、私は体操のお兄さんとして絶賛活躍中の子供たちのヒーロー、通称「いけどんおにいさん」に救助要請を送った。暇さえあればあそこで子供たちと遊んでほしいと頼んでみた。小平太は子供が大好きだから、毎日のように遊びに行ってくれているみたい。ついにあそこの一室に「いけどんお兄さんのお部屋」という恐ろしい看板が飾ってあったのは見なかったことにしようと思う。あいつ家賃あぶないからあそこに住みつく気だな。まぁ別にいいんだけど。
「大和さん、俺卵は半熟がいいッス!」
「どうしよう半熟の加減が一番わからない…!長次パス!」
「もそ……」
施設?あそこは仙蔵が 買 い 取 っ た よ 。
久しぶりにうちに遊びに(奇襲をしかけに)来た仙蔵は、どうやらここ最近の事件を文次郎から聞いたみたいだった。「私にできることがあれば何でも言ってくれ。まぁ、できないことなど何もないだろうがな」とドヤ顔で言ってきた仙蔵に腹が立ち、「じゃぁあそこの施設買い取ってお前がなんとかしろ」と無茶を言った数日後、本当に施設の権利書を写メして送ってきた仙蔵に怖すぎて鳥肌が立ちまくった(写メにはなぜか仙蔵の手でピースも写ってた。腹立つ)。弁護士やってる男って何するかわかんないねぇ。金だけは余ってんだろうな。あ、小平太もしかして仙蔵に家賃払うことになるんじゃね?普通のアパートより高い金要求されるんじゃね?終わったね?出て行った方がいいね?
子供たちの引き取り先も今仙蔵や留三郎たちが必死に探してくれているみたいだし、あの二人も証拠が十分あったから無事にお縄になったし、全てなんとかなった。
本当に、きり丸という存在に出会ってから二日とたってなかったのに、私の周りは大変なことになっていたなぁと、今になってやっと頭の中を整理できるようになった。
ファンシーなエプロンを身に着けて卵を焼いてくれる長次が可愛くてツラい。その長次に抱き着いてるきり丸も可愛くてツラい。どうしよう私幸せすぎる。
ご飯をよそって味噌汁をよそって、長次が卵とウィンナーを運んでくれて、私たちは3人そろってテーブルについた。
「いただきます!」
「ちょいまちきり丸!」
「…はい?」
「ちょっと、朝からこんな話するのもあれなんだけど、聞いてほしいことがあるんだー」
箸を手に手を合わせていたきり丸は、私のその言葉を聞いて、カタリと音を立てて箸を置いた。
「あのね、長次と私、結婚することにしたの」
「!」
「昨日の夜、きり丸が寝た後にね、二人で話し合って決めたのよ」
「そ、そうなんですか…!おめでとうございます!」
「ありがとう!……そこでね、きり丸に相談があってね……」
長次と一瞬目を合わせる。きり丸は、顔をさっと青くした。
……あぁ、もしかしたらきり丸は、出ていけと言われるのかもしれないとでも思ってんのかな。
「きり丸、私たちの子供にならない?」
「………え、」
「前も言ったでしょう?私は子供産めないの。だから、きり丸に私たちの、本当の子供になってもらいたいのよ」
「……お、俺、ですか……?」
「…きり丸が、良ければだが……。もしいいのなら、…私も、大和も、こんなに嬉しいことはない…」
「勘違いしないでね、きり丸に可哀そうって同情してるわけじゃないから。私たちあんなことがあってからここ数日、本当にずっと一緒に過ごしてたでしょう?それで、きり丸のこと大好きになったのよ。出来ることなら、このまま三人でずっと暮らしたいなって思ったんだけど…」
「……」
つまり、養子縁組。
きり丸の両親はもういない。親戚に盥回しにされた挙句あの施設にいたのだというのなら、こんな言い方はあれだけど、きり丸の行き先なんてない。
だったら、ここ数日一緒に過ごしていた私たちが引き取るべきだ。きり丸だって、これ以上別の施設に移動させられるなんて嫌なはず。養子縁組の件は仙蔵に任せとけばなんとかなると言ってた。本人が言ってたから間違いない。
もしきり丸が、良いというのならばだが。
きり丸は、うつむいて、ポタッと、一滴、綺麗な涙をこぼした。
私と長次はそれを見て、椅子から立ち上がり、向かいに座るきり丸を抱きしめた。
「きり丸、」
「お、俺……!」ずっと、…ずっと、…一緒に、いたいです!!大和さんと…!ちょう、じ、さんと…!一緒に、いたいですっ!!!」
「うん、ありがとうきり丸」
「大和さんと、長次さんの、こ、子供に…!なりたいです…!」
「…ありがとう、きり丸……」
「きり丸、私たちと、家族になろうか」
「……っ、!はいっ!!」
きり丸が泣きやむまで、私たちはずーっと愛しい我が子を抱きしめ続けた。
ごはん冷めちゃったけど、お残しは許さんぞコラと一喝すると、きり丸も長次も、綺麗にすべてたいらげてくれたのだった。
「大和さん、」
「んー?」
「何してるんですかー?」
「お仕事だよお仕事」
もわもわと煙草の煙が充満する部屋に、きり丸はコーヒーを一杯持って入ってきた。窓を開けて換気されて、部屋は一気に綺麗な空気に入れかわった。
ペンを机に置いて、私はうーんと背伸びをしながら、新しい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
「新しいお話ですか!」
「まぁね!」
「楽しみにしてます!」
「おう!楽しみにしてろ!あ、出かける準備できた?」
「出来ました!長次さんは車出してるってもう下に行きました!」
「そっか!じゃぁ私もそろそろ行くかなー!きり丸!荷物をすべて玄関に移動させておくんだッッ!!!」
「はい!」
パタンと閉まる扉。扉の向こうを走る楽しそうな足音。こんな体の私が、自分の子供と一緒に家族旅行なんてできる日が来るだなんて、昔の私は思ってもいなかっただろうな。
ギィと椅子を傾けながら、私は今書き溜めていた原稿を手で持ち読み直した。
これは、君と私の物語。
愛する私の子供との物語。
時々旦那。
新しい連載はこれにしようと決めていた。
君と私の物語を、すべての人に知ってもらおう。
書き出しはもう決めてある。
『 君という存在は私の人生を大きく変えた。 』
君に出会わなければ、こんな幸せな毎日送れなかった。
貴方と結婚しなければ、こんな幸せな毎日送れなかった。
君たちと友人じゃなければ、幸せなんて手に入らなかった。
全ての人に感謝をして、
君という存在に感謝をして、
こうして私は一つの物語を書こうと思う。
そして、書き続けて行こうと思う。
「大和さん!まだッスか!?」
「ちょい待ち!!今行くよー!!」
愛しい君の物語。
そうだなー、タイトルはどうしようか。
「…何があったかは聞かないけど、さすがにその、おうちのほうには連絡したほうが」
「っ、帰りたくないです!!」
「!?」
「お、俺は、もう絶対にあんなところに帰りたくない…!!」
………あぁ、そうだ、こういうのはどうかな。
「帰りたくないのなら帰らなければいいじゃない」
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