痛いと何度叫んだことか解らない。

止めてと何度叫んだか覚えてない。


どうして俺ばっかりこんな目に合うのか解らなかった。

でも周りを見てみれば、どうやらこんな目に合っているのは俺だけじゃなかった。

孤児院なんてこんなもんなんだとやっと割り切るころができたのはいつだったか。

この痛みに耐えれるようになったのはいるからだったか。


俺たちは親がいないから此処にいる。だから園長が俺たちの親代わりだ。

住むところを、食うものを、着る物を与えてもらっている分際で

口答えするなんて許されるわけがないというのは解っている。

親が死んで親戚中を盥回しにされていきついた場所が此処だ。

此処のほかに、行く場所なんてないというのは解ってた。


だけどどうしてもここから逃げ出したくて、俺は孤児院を飛び出した。


寒空の下コートも着ないでランドセルひとつ背負って町を走り続けた。

今何処にいるのかも解らないまま俺はただただ道にそって走り続けた。


あんなやつらに親面されるよりました。

「摂津の」なんて孤児院を主張するような苗字いらない。

俺には「きり丸」っていう、本当の親がつけてくれた名前がある。


あんなやつらの言うことを一生聞いて過ごすなんていやだ。

愛してなんてない。同情すらしてない。

反抗しない俺たちをいいことに好き勝手しているだけだ。


殴られるし、蹴られるし、顔以外の場所は傷と痣とで怪我だらけだ。

卑怯だよなぁ。他の大人にはバレないようにここばっかりやってくるんだぜ。


孤児院に残ってるヤツらのことが心残りだったけど。

だけどこれは俺の意思だ。他の奴らを巻き込むわけにはいかない。


どれほど走ったか、今何処にいるのか、さっぱりわからないまま、

俺は疲れと空腹と眠さと寒さにその場にうずくまった。寒い。寒い。疲れた。


嗚呼、おまわりさんのところにでもいけばよかった。

ここはどこなんだろう。


ひざをかかえてガタガタと震えながら、俺は死ぬのかもしれないと思った。




…だけど、俺は死ななかった。




目が覚めたら、そこは室内だった。

最初は脱走したのがバレて連れ戻されたのかと思ったけど、見上げている天井は孤児院のものではなかった。

ギシリと扉の向こうで誰かの足音が聞こえた。


扉に耳をつけて向こうの様子をうかがうと、聞いたことのない歌の鼻歌が聞こえた。

誰かがいる。ちょっと心臓がはねた。


かすかにするいい匂いにお腹がグゥとなって、俺は勇気を出して扉をあけた。


目の前にいたのは髪の長い人。女の人だ。

女の人はヘッドフォンで音楽を聴いていて、俺の足音には全然気づく様子はなかった。

ゆっくり近づくと、少し、俺の嫌いな煙草の臭いがした。

だけど、あの園長たちとは違う匂いだった。


コーヒーを飲む女の人の肩をちょんちょんとつつくと、女の人はゆっくり振り向いて


「おはよう、気分はどう?」


そう、俺にあったかい笑顔で聞いてきてくれた。


名前は大和さんと言った。前の日の夜、家の近くで倒れていた俺を助けてくれたらしい。

俺は大和さんが出してくれた朝ごはんにかじりついた。昨日のお昼から何も食べてない。


なんだかわかんないけど、大和さんはあの園長たちと違って凄く穏やかというか、優しい感じの人だった。

俺はあそこにいた理由とか、孤児院の人間だとか、親は昔死んだとか、初対面なのに大和さんにすべて話した。


いつもこの話をすると、「かわいそうに。私に力になれることがあったら何でも言って?」と

思ってもいない言葉をツラツラと並べて俺をあわれんだ目でみんなみてくる。



でも、大和さんは、

「ツラかったねぇ」とただ一言だけ言って、コーヒーを飲んで煙草をふかした。


俺の中に踏み込んでは来なかった。それ以上は、何も聞いてこなかった。

一気に俺の中で何かがこみあげてきて、俺は大和さんに抱き着いて帰りたくない、なんて言ってしまった。


迷惑かけちゃった。そう思ったのに、大和さんは



「帰りたくないのなら、帰らなければいいじゃない」



と言って、俺の頭を撫でてくれた。

初めてあったのに、どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう。

今まであってきた中で、一番あったかい手で俺の頭を撫でてくれた。




その後、長次さんという俺を助けてくれたもう一人、

大和さんの恋人と一緒に小学校へ戻った。

どうやらあの園長たちが誘拐だのなんだの言って騒ぎを大きくしていていたらしい。

いままでの虐待を警察にバラされると思って必死で俺を探していたんだろうと、すぐ解った。



土井先生と山田先生と話をしていると、あいつらは来た。


逢いたくなかった。連れ戻されたら、またぶたれる。またタバコを押し付けれられる。

恐怖で体がガタガタ震えたが、大和さんと長次さんが抱きしめて守ってくれた。

結局俺は大和さんの友達の警察が「そのままだと誘拐になる」と言ってあいつらに手を引かれて学校を出た。



それからは、いつも通りだった。

よくも逃げたなと腹を蹴られて、

恩を忘れたのかと顔をぶたれて、

二度と逃げないと誓えと煙草を押し付けられた。


煙草の臭いはこれだから嫌いだった。この匂いがすると凄く怖い。

また熱い目にあうと、体が反応する。


だけど、大和さんの煙草の匂いが、凄く懐かしく思えてしまった。

これじゃない。この匂いじゃない。






目が覚めると、もう夜で、俺は全身が痛む体を起き上がらせた。

もうこんな時間だ。気を失っていたのか。


ふと膝を抱えて体操すわりをすると、ガサと、ポケットで何かが鳴った。

なんだろうとズボンのポケットに手を突っ込むと、出てきたのは、大和さんが土井先生に渡していた名刺だった。


そうだ、俺は先生たちが話をしているときあれを手に持ってみつめていた。

帰るとき、持って帰って来ちゃったんだ。


俺は静かに部屋を出て、電話がある部屋に入った。

名刺に書いてある電話番号を押して耳に当てると、しばらくして電話がつながった。




《 はーい?どなた? 》



「!」

耳に飛び込んだ声は、大和さんの声だった。



《 ……ん?どなた?もしもし? 》


「っ、」


助けてと、その一言が出てこない。

大和さんの声を聴いて、ひどく安心してしまって、涙がこみあげてきてしまった。


声が出ない。助けてください大和さん。助けて。助けて。














《 ……きり、丸? 》


「!!」




《 …もしもし、きり丸、なの?きり丸!? 》


「………大和、さん…!!」


《 !きり丸!どうしたのきり丸!なにがあったの!ど、何処で番号知ったの! 》


「大和、さん!大和さん……!助けて…!」


《 きり丸今何処なの!?院にいるの!?きr



そこで、俺の電話は誰かに取られて、ガチャンと通話は終わってしまった。

同時に顔にバシッ!と鈍い痛みが走って、俺は頭を机に打ち付けた。


「誰に電話をしていた!使っていいなどと言った覚えはないぞ!!」

「ご、ごめ、ごめんな、さい…!」


再びあげられた手に目を固く瞑ると再び襲われる痛み。痛い。痛い。

おばさんの方は椅子に座って煙草をふかして俺を見下していた。


「誰がお前に食べ物を与えてやってる!!誰がお前に服や寝るところを与えてやってる!!恩知らずの馬鹿者め!!」


何度も何度も叩かれ何度も何度も蹴られた。

もう嫌だ。死にたい。









誰か助けて!!




























「警察だ!!おとなしくしろ!!」








バリン!と凄い音が鳴って、それがガラスを割ったような音だとすぐに理解できた。



「な、なんだお前ら!!」

「い、いや!!離してよ!!」


「警察だ!!お前らを児童虐待で現行犯逮捕する!!」


割られた扉ガラスから何人もの大人が入ってきて、俺を殴ったりしていたやつはとりおさえられ

おんなのほうも警察の人に取り押さえられていた。


「おい!大丈夫か!」

「あ、あ…!!」


「俺だ、今朝学校の前で大和と話をしていたのを覚えてるか?食満留三郎だ」

「け、まさ、ん」


「おい留三郎!そっちは大丈夫か!」

「あぁ怪我がひどいな。伊作に連絡してくる。ここは頼んだぞ」


「気をしっかり持て!俺だ!学校ではお前を守ってやれなくて悪かった…!すまなかった…!!これが、一番早い方法だったんだ…!」

「し、お、えさ、」



いまだガタガタ震える体を、潮江さんがギュッと抱きしめてくれた。

怖かった。痛かった。でも、助かった。やっとだ。やっと助かった。やっと、やっと
















「きり丸!!!」









赤いランプの光が差し込む窓から飛び込んできたその姿は、

俺が今一番逢いたかった人だった。




「きり丸!!きり丸…!!」

「大和、さん…!」


「いってぇ!?!?」



飛び込んで来た影は、俺を抱きしめていた潮江さんを吹っ飛ばして、

俺を強く、強く、抱きしめてくれた。



「きり丸…!!きり丸……!!」


聞こえて来た声はかすかに震えていて、

どうやら、こんな俺のために涙を流してくれているみたいだった。









「…大和、さん……おれ、………大和さんと、一緒に、……いたいです…!!」









痛む腕を必死にあげて、抱きしめてくれる大和さんの背中に腕をまわすと、








「一緒帰ろう、きり丸…!」







そう言って、またぎゅっと強く抱きしめてくれた。





ああ、このにおいだ。

俺はこの匂いが大好きだ。


大嫌いだった煙草のにおい。

なぜだか、大和なら安心するにおい。



俺の、大好きなにおい。










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「大和テメェ!!公務執行妨害で逮捕するぞ!!」

「…もそ……」

「お、おう長次、いや…そ、その、た、逮捕は冗談であって、その、」

「…フヘヘ……」

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