「本当に、本当にありがとうございまいした!!」
「とんでもない、きり丸の命が無事で何よりですから」
来客専用入口から入ると、きり丸の姿を見つけた事務員の小松田さんという方が「きり丸くん!?」とガラスに手を当てて言った。小松田さんは入校表にサインしてくださいを私に紙を渡して、事務連絡です!土井先生!と校内放送を入れた。それからものの数秒でどこからともなくドタバタと大量の足音が聞こえてきて、ものっスゴいイケメンの先生が私の横にいたきり丸に飛びつくように抱き着いた。
どこに行っていたんだと涙を流す先生と、その周りにじょろじょろと泣きつく大量の子供たち。
「副担任の山田伝蔵と申します。えっと、あなたが?」
「あ、えぇ、昨晩きり丸を拾って」
「そうでしたか、いや、本当にありがとうございました。ささ、こちらへどうぞ」
泣きつく土井先生をおいと山田先生が肘でつくと、土井先生は「きり丸も行こう。お前たちは遊んでなさい」と言って私たちの前を歩いた。
通された場所は来賓を通すような場所、校長室の隣の部屋だった。あぁ、私も子供のころこういう部屋を見た覚えがある。特別な人しか入っちゃいけないんだろうなぁと、ずっと思っていた場所だ。失礼しますと部屋に入ると、そこにはおじいちゃんが一人と可愛いわ、ワンちゃんが一匹。それから、きり丸くんの学年の先生たちがズラリとならんでいた。きり丸以外に私という見知らぬ人間が入ってきたからか、ほかの先生方は一瞬身を強張らせたが、山田先生が簡潔に事情を説明すると、それはありがとうございましたと頭を下げられた。
見たところ、きっと私はこの中で一番年下だ。先生なんてすごい人に頭を下げられるなんて、なんだかテレる。
シナ先生という美しい先生にどうぞと珈琲を出されて、私は校長先生の目の前に腰かけた。校長先生は一通り挨拶とお礼を述べると、あとは担任と副担任にと席を外した。
部屋には私ときり丸と、土井先生と山田先生の四人になっている。まるで四者面談だ。
「大和さん、今日はその、お仕事は…?」
「あ、今日は休みです。休みっていうか……あぁ、私こういうものです」
私はコートの胸ポケットに常備している名刺ケースから一枚取り出し山田先生へと渡した。次いで土井先生にも。
「……二宮大和さんて、ほ、本物ですか!?」
「え!?私のことご存じで!?」
「えぇ!週刊SHINOBIで連載してますよね…!?」
「私の息子も確かあなたの本を愛読していたような…!!」
「うわテレますわ!ありがとうございます!!」
握手してくださいと突然土井先生に手を出され、私はまんざらではない気持ちでその手を握った。きり丸はぽかんとした表情で「大和さん、凄いッスね…」とつぶやいた。いやぁテレるなぁ。
その後すぐにその話題はテレるので、話はきり丸の話題へと戻した。土井先生と山田先生は名刺をテーブルの上に置いて話を聞いてくださった。きり丸はその間、土井先生に渡した名刺を手に取りじーっと見ていた。
二人に話したのは、きり丸は昨晩の深夜に拾ったこと。長次という恋人も一連のことを知っているということ。ちゃんとご飯は食べさせたこと。
帰りたくないということも言っていたが、それについてはきり丸本人から言った方がいいのではないかと思い、その辺のことは喋らなかった。
「そうでしたか…。……で、なんできり丸は施設から飛び出したんだ?」
「っ、」
「園長先生も心配されておられたぞ…?」
「昨晩あわてた様子で学校の方に連絡があってな」
「お前が黙って何処かへ行くなんて…いったい何があった?」
「…」
きり丸は、土井先生には本当のことを言いたいと言っていた。しかし、きり丸はぐっとこぶしを作って膝の上において黙っていた。
「…横槍を入れるようで申し訳ありませんが、きり丸にとって何か大きな事件があったみたいです」
「大和さん?」
「大人じゃないと解決できないような何かが。今朝もそれで……」
きり丸に視線を向けると、やっぱりきり丸は下を向いていた。
施設というような言葉が出たということは、土井先生も山田先生もきり丸が施設住みだということをちゃんと理解しているみたいだ。
二人がそれを理解しているというのに、きり丸は口を開こうとしない。なにがあったのかは気になるけど、急かすなんてことはできない。それに、私は、赤の他人だ。
私はきり丸の頭をそっと撫でた。
すると、コンコンと扉が叩かれた。外からは「失礼しますぅ」と間延びした声が聞こえてきた。たしか小松田さんとかいう事務員さんだったはず。
「どうした小松田くん?」
「あのぉ、大川摂津の養護施設の園長先生がお見えですが?」
あ、もしかしてきり丸の親代わりの人?施設の方じゃないか。
お迎えが来てよかったねと扉からきり丸へ顔を向けたのだが、きり丸の表情は、なぜか、絶望を映しているような顔だった。
「…きり、丸…?」
「……大和さん俺!!」
「入るぞ。警察だ」
「文次郎!」
「おう大和!留三郎の話は本当だったか」
きり丸が何かを言いかかけたとき、扉がバンと開き、黒いコートを着た男が入ってきた。片手にもっていた警察手帳の写真は私の見知った顔で、刑事課についたと噂に聞いた潮江文次郎その人だった。
今日は同級生によく会うなぁ。
「きり丸!!!」
「きり丸!!無事だったか!!」
「おとうさん、お、おかあさん、」
文次郎の後ろから入ってきた見知らぬ中年の男性と女性は、涙を流してきり丸を抱きしめた。この方が、親代わりの方々か。
「心配したのよ!!何処へ行っていたの!!」
「どうして何も言わずに出て行った!!」
「…お、ご、ごめ、ごめんなさい……」
感動の再会のはずなのに、きり丸の表情は、なぜか暗い。暗いというか、なんとも表現しづらい顔をしていた。
再会を喜んでいない?いや、望んでいなかった?
「…あ、あの、」
「お、お前がきり丸を誘拐した犯人か!?」
「…はぁ?」
「よ、よよよくもきり丸を攫ってくれたわね!!」
「は?」
「狙いは何だ!!身代金か!?」
「はあ?」
「落ち着いてくださいお二方。こいつはその子を昨晩保護して、ここまで連れてきてくれた本人です。恨むのはお門違いかと」
「ふん、それはどうだろうな!!」
「んだとジジィ……?」
「こんなだらしない女が子供を保護!?信じられるわけないだろう!煙草の臭いもする!ロクな女ではないな!!」
文次郎がせっかく中間には入ってくれたというのに、きり丸を抱きしめるおっさんは私を見て吐き捨てるように"身代金が目当てか"言った。
私は昔から短気だ。感謝されるのはいいが今回ばかりは逆ギレされるのはお門違いすぎる。その台詞は私をキレさせるには十分すぎる言葉だった。私はバンッ!!と机を叩いて
「もういっぺん言ってみろクソジジィ!!」
と怒鳴り散らした。これに関しては土井先生も山田先生もビックリして目をパチクリさせていた。
「ま、真昼間からそんな格好で仕事もせずに子供を小学校に届けたぁ!?お前なんかどうせ金目当てのどうしようもない若者だろう!!」
「クソジジィこの野郎黙って聞いてりゃ言いたい放題言いやがって!!私はきり丸を助けたんだ!!誘拐なんてするわけねぇだろう!!
「恩を売って金でも巻き上げる気か!!」
「テメェその歳になって感謝の一つも言えねえってか!!」
「きり丸!!こいつに酷いことされてないか!?」
「お、俺は」
「きり丸が逃げ出したのはテメェらの監督不届きが原因だろうが!!なんで私に八つ当たりしやがる!!」
「黙れこの犯罪者が!!きり丸は渡さんぞ!!」
「んだとこのクソジジィ上等じゃねぇか表出ろハゲコラァ!!!!」
「やめろ大和……警察の前だぞ…」
目の前のクソジジィの胸ぐらを掴もうと腕を伸ばすと、バシリと誰かに私の腕は阻止された。長次だ。
はいそこまでーと呑気な台詞で私のクソジジィの間に割って入ってきたのは、青い制服を着た男。あぁ、留三郎。いたの。
さすがに警察の前で暴力はいけないと長次にぐいと押された拳はやんわりと開かされた。
「きり丸!今日はもう帰ろう!こんな女と一緒にいることなんてないんだ!!」
「お、俺はっ、」
きり丸は困ったように私を見上げた。
そういえば、きり丸は、帰りたくないと言っていた。あんなとこには帰りたくない、と。それがどういう意味なのかは分からないが、この中年ジジィとババァが原因だろうな。
もしかしたら施設でイジメでもあるのかもしれない。親が亡くなってから来た子だ。もじかしたらそういう理由でいじめにあってるのかも……。ほかの子と仲良くいっていないのかもしれないな……。可愛そうに。きり丸をそんな所に帰す必要はない。
「きり丸おいで、一緒にうちに帰ろう」
私がそう言い手を伸ばすと、きり丸はクソババァの腕から逃れるように飛び出し、私の手を取り抱き着いた。きり丸!!とジジィとババァが叫ぶと、きり丸はビクッと肩を揺らした。私はぽんときり丸の背中を叩き、後ろにいる長次にきり丸を行かせた。長次は抱き着くきり丸を抱きしめ返して、クソジジィとクソババァを睨んだ。
きっと長次もこの二人の理不尽な物の言い方に頭にきていることだろう。めっちゃ目つき怖い。
「き、貴様ら!!きり丸になにをした!!」
「あんたきり丸を脅したの!?」
「うるさい!きり丸がお前らを嫌がっているのなんて見てわかるわ!きり丸は、きり丸の口から帰りたいと言うまで、うちでずっと面倒見る!」
「大和、さん」
「きり丸をこっちに寄越せ!!」
「きり丸を離しなさい!!」
「黙れっつってんだろが!!」
「大和、それ以上はダメだ。その子を離せ」
私とそのクソ親の間に入ったのは、長次でも留三郎でもない、文次郎だった。
私に顔を向けて間に割り込み、文次郎は少々悲しそうな顔でそう言った。
「どきな文次郎。これは私のそいつらの問題なんだから」
「ダメだ」
「警察だからってなんでも首突っ込んでいいわけじゃないでしょ」
「やめろ」
「あんたきり丸の気持ち解ってんの!?」
「解んねぇよ!!だけどお前を逮捕したはねぇんだ!!」
文次郎は、大声でそういい私を睨みつけた。横にいる留三郎も、ツラそうに帽子を深くかぶった。
「た、逮捕って」
「これ以上その子を離さねぇっていうなら、お前は"誘拐罪"にとられることになるんだぞ!」
「…は、」
「この子を保護したとはいえお前は所詮この子とは赤の他人だ!!これ以上首を突っ込むことは出来ねぇんだよ!!」
私の肩を両手でガッシリ掴み、文次郎は、そう言った。
誘拐って。別に、私はそういうつもりで言ったわけじゃない。
ただ、きり丸を助けたくて、言っただけなのに。
「そ、んな…」
「お前はただこの子を助けただけだ!ただそれだけだ!それだけで、永遠に一緒にいられる理由にはならねぇんだよ!!」
私は文次郎のその言葉に、どうしていいか解らなくなって、きり丸の方へ目を向けた。きり丸も泣きそうな目で、私を見ていた。
どうすればいいの。
「どけ!!」
「っ、」
きり丸の親代わりの人は私を押しのけ長次を突き飛ばし、きり丸を抱きしめて部屋の入口へ向かった。
「今日はもうこの子は連れて帰ります。明日からはちゃんと登校させます。先生方、ご迷惑をおかけしました」
「あ、い、いえ、」
「大和さん!!長次さん!!」
「きり、丸…」
来賓室の扉は、大きな音を立てて、閉じられてしまった。
閉じる扉の隙間から見えたきり丸の泣きそうな顔が脳裏に焼き付いて、
どうしても、離れてくれなかった。
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