日が昇り、んん、と背伸び。バキバキと背骨がなったのは、多分ソファーなんかで寝てたからだろう。シャッとカーテンを開け天気が最高にいい事を確認した。ふと視線を下に向けると、街灯のある電信柱が目に入った。そういえば彼は。
部屋に入ろうとは思ったのだが、ドアが開いて無い……。ということはまだ寝てんのかな。じゃぁ先に朝ごはんにしよう。
煙草をカチンとつけ髪を高い位置で結びめがねをかけ、私はキッチンへ向かった。あっ!という間にすぐに沸くあれを長次に買ってもらった時は感動した。これですぐ徹夜のお供コーヒーちゃんにあえる。それにお供のコーヒーちゃんは長次のオリジナルブレンドの挽きたて豆である。長次の趣味の範囲広すぎ。でも美味しい。
お湯を沸かしてトースターに食パンを二枚いれ、片手で卵をふたつ割りながら煙草をふかす。
その間にリビングのパソコンのスイッチをいれいつものソフトを開いて、次の連載の候補を何個も書き込んだ。カチカチカチカチとキーボードを鳴らしていると、キッチンのほうからピーッという聞きなれた機械音。
この音が聞こえたので、私はヘッドフォンをして音楽プレイヤーをポケットにつっこんだ。スピーカーで聞いたらきっと彼は起きてしまうかもしれない。それだけは避けねば。
ジャカジャカとやかましい音を聞きながら鼻歌まじりにキッチンへ向かい、コーヒーの粉末をいれ、焼けた卵とベーコンを食パンにのせ、テーブルに移動して、いただきますと手を合わせた。まぁ煙草吸い終わったら食べるからまだ置いとこう。
さーて今日は何からはじめようかなー。久しぶりの休日だ。出来ればあのベッドのシートを洗いたいところだけど……。あの子が起きないとどうもなー。
すると、
チョンチョン
と、肩をつつかれた。
起きたか。私はヘッドフォンを肩にかけるようにはずして、後ろを振り向いた。椅子に座っている私より少々背がひくい彼。名前は、きり丸くん。
「おはよう、気分はどう?」
「…」
「お腹減ってる?朝ごはんなら君の分も出来てるよ」
「…」
きり丸くんは、私を疑うような、誰だテメェとでも聞きたそうな目で私を見ていた。そんな彼の頭をぽんと叩いて、キッチンへ足を運んだ。
食パンを皿に乗せフライパンの中におきっぱなしにしてた目玉焼きをパンの上にのせ、テーブルに運んだ。コーヒーは……多分飲めないだろうから、じゃぁコーヒー牛乳にしようかね。ガムシロをたっぷりいれて、それもテーブルの上にのせた。
「どうぞ。遠慮せずに食べな」
「…」
きり丸くんを椅子に座らせ、私は横を向いて煙を吐き出した。
……それにしても本当に綺麗な顔してんなぁ。親御さん心配してそう。
「……あんた、誰っすか…」
…お、おぉ、急に喋った。
「あぁ、えーっと、ごめんね。私は大和。二宮大和。」
「大和、さん…」
「うん。君は?」
「……きり丸です…」
「うん、きり丸くんね。きり丸でいい?」
「…好きにどうぞ」
「えーっと、苗字は?」
「…」
「…」
「…」
「…っとね、」
そうね、名札に苗字無かったしね。名乗れないよね知らない人には。ごめんごめん。
「昨日このマンションの前で倒れててたって言うか、蹲ってたとこ拾ったんだけど」
「…」
「君の学校此処の隣町だよ?あ、勝手に名札見ちゃってごめんね。どうしたのこんなところであんな時間に」
「…」
「…」
「…」
「…まぁ、言いたく無いなら別にいけど。さめないうちにそれ食べな。食わないなら廃棄するだけだから」
私は煙草を灰皿に押し付けてコーヒーに手を伸ばした。
きり丸も其れと一緒にコーヒー牛乳に手を伸ばした。それをきっかけにもりもりと食パンも食べ始めた。そうだ。子供はそれでいい。遠慮なんかしなくていいんだからね。
「……何で、俺を助けたんスか…」
「そりゃ目の前で子供が倒れてたら保護するでしょう。私人並みの道徳心はあるんだよ」
「……そッスか…」
「食べ終わったら家まで送ってあげようか。おうちどこ?」
コーヒーを飲みながらそうたずねると、きり丸くんは、食べる手をピタリと止めた。
「…きり丸くん?」
「……孤児院です」
「…へ」
「大川摂津の養護施設です」
「…養護施設って……」
「…親は、昔、…事故で……」
「…そう…」
私の知識が正しければ、その施設は身寄りがない子たちがいるところだ。
きり丸くんはその後ぽつぽつと御両親が昔事故で亡くなられたことを語った。その後心無い親戚を盥回しにされた挙句、今はその施設に預けられ暮らしていると。
そんな話を聞いてしまっては何故その施設から遠く離れた此処にいるのかなんて深くは追求できなかった。なんて悲しい話だろう。
「…そりゃ、なんとも……ツラかったねぇ」
「…」
私は気の聞いたことが言えず、そう言ってコーヒーを一気に飲み干してタバコに火をつけた。ふぅと煙を吐くと、きり丸もどうやらパンを食べ終えたみたいで、ごちそうさまでしたと小さく頭を下げた。私は正直タバコに夢中になってしまっていたので、私の分も食べていいよと皿を押した。やっぱりそれだけじゃ物足りなかったのか、きり丸はありがとうございますと私の分のパンも食べた。
「…何があったかは聞かないけど、さすがにその、おうちのほうには連絡したほうが」
「っ、帰りたくないです!!」
「!?」
「お、俺は、もう絶対にあんなところに帰りたくない…!!」
きり丸は、私の言葉を遮るようにそう、大きな声で叫んだ。突然のことに私はビックリして煙草の灰を落としそうになった。
よく見るときり丸の肩が小刻みにだが震えている。
なんだろう。何があったのだろう。どうしたんだろう。
……でも聞けない。聞いちゃいけない。私には関係の無い話しだ。むやみに、土足で立ち入っちゃいけない。
「帰りたくないのなら帰らなければいいじゃない」
私が煙草をふかしながらそう言うと、きり丸くんは「は?」とでも言いたそうな目で私を見た。発言してから思ったが何処のマリーアントワネットだ私は。
「私はいくらでも此処にいてもらっても構わないよ。一人暮らしだし、ここで逢ったのも何かの縁だし。
あー、たまにもう一人来るけどー…顔は怖いけどいいやつだから気にしないで。だからきり丸の気が済むまで此処にいれば?私は全然構わないよ?」
グリグリと煙草を灰皿に押しつけ、カップを持ち上げた。あ、コーヒー無くなってたんだった。私はがしがしと頭をかきながらキッチンへ向かった。
のだが、
ぼすりと尻に衝撃。後ろを振り向き視線を下に向けると、きり丸が私の腰に抱きついていた。
「きり、丸…?」
「…っ、」
ぐすっと鼻をすするのが聞こえて、私は抱きつく可愛い彼の頭を撫でた。
何があったのかは解らないけど、私が君を拒絶することなんてありえないから。安心して。
…もしも私に子供が出来たら、こんな感じなのかなぁ、なーんて思ったり。
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