君という存在は私の人生を大きく変えた。






君との出会いは突然のことだった。

私の連載が一区切りして担当とお疲れ様会と称して飲み会をしていた帰りのことだった。今回は大当たりだ。本が出版されるなんて久しぶりのことだ。嬉しい嬉しい。
お酒に強い私があんな量で酔うわけがない。むしろこの後ラーメン行ってもう一件はしごできるぐらいにはまだ胃に余裕がある。

深夜まで飲んでいたとは思えない軽やかな足取りで家に帰る途中。カチンとライターに火をつけて酔いをさますように煙草をふかした。

原稿に臭いがつくからやめろと言われても、これだけはやめられない。



ふぅーと吐いた白いものは、煙か、寒さ故か。


カツンカツンとヒールを鳴らして自宅のマンションまでもう一息というところで、







私は君と出会った。











「……!?」


10mほど先の街灯が照らす電信柱の下で倒れている小さい影。あの大きさ、犬ではあるまい。


まさか、子供か。


私は煙草を踏み火を消してヒールであるということも忘れて猛ダッシュでかけよった。うっとおしい前髪を耳にかけしゃがみ込むと、やっぱりその影は子供だった。

腕時計に目をやると時刻は深夜の二時をまわっていた。こんな寒いのに、何故この子はこんなところで蹲っているのだ。



「ちょ、ちょっと君!どうしたの!大丈夫!?」


よくみるとかなりの薄着。トレーナー一枚でパンツだけ。横にはランドセルが一つ。どういう状況だ。親は?一体何故こんなところに。

ゆさゆさと肩をゆすっても子供は一向に起きる気配を現さない。でもガタガタと身体を揺らしているということはまだ生きてる。


「……っ、!もしもし長次!?起こしてごめんね!えっ!?起きてた!?バカ!本で夜更かしはするなってあれほど…いやそうじゃなくてねぇちょっと!こ、子供が!子供がどどど道路でうずくまってるんだけどどどどどどうしようどうしよう!!」


最愛の恋人に電話をかけると、彼はまだ起きていた。この時間まで本を読んでたら視力悪くするからやめろとあれほど言ったのに。

私の慌てた声で察してくれたのか、彼はいつもよりかなり大きい声でとりあえずすぐお前の家に向かうから部屋に連れて行っとけと言った。長次にしては声がでかい。多分私たちで言う普通の会話声なのだが。

私は着ていたコートを子供にかけて子供のランドセルを背負い膝下と背中に手を回して持ち上げた。なんて軽さだ。今まで何を食べてきたんだこの子は。むしろ食べていたのかすら危うい。

ヒールをカツカツと鳴らしながら私はエレベーターに乗り込み自身の部屋にかけこんだ。


ベッドに子供を寝かせてあげると、やっぱりこの子はかなり細かった。

男の子かな。随分綺麗な顔してるけど。10歳前後、ぐらいだろうか。全身泥だらけだし、顔のあっちこっちに傷もある。私はお湯を沸かしてぬるまゆにし、この子の顔やら傷やらをふいた。

泥だらけ傷だらけの服はどうしようとうんうんうなっていると、部屋のインターホンが鳴った。鳴ったかと思いきやすぐにドアが開く音がして、部屋の中を歩く音が。部屋からヒョコッと顔を出すと、合鍵をテーブルの上においてコートを脱ぐ長次の姿が。


「ちょ、長次、どどどどどどどしようこの子…!!」

「…落ち着け、何か、着替えなどはないか…」


まぁ正直この子男の子っぽいし、着替えなどは長次に任せておいたほうがいいだろう。私は言われたとおり、この子に対してはかなりサイズはでかいが私にしてみれば小さくなってしまったスウェットを渡した。私の子供のころの服は実家に置いてきてしまった。きっと今はこれしか丁度いいものはないだろう。

お湯にタオルをつけ傷をふきながら、長次は男の子の服を着替えさせた。

酒を飲む用のお猪口で口に水を入れてあげたが、彼は一向に起きる気配は無い。


「…救急車呼んだほうがいいかな…」

「…何か、事情があるのだろう…。大事には、しないほうがいいと思う…」


長次は置いてあるランドセルだけが彼の持ち物だと察したのか、小さくそう言った。

長次はボロボロになった服についている名札を見た。この学校名は隣町だと言った。スマホの地図を開いて見せると、私の家からこの学校までかなり距離がある。かなりって距離じゃない。歩いてこんなとこまで来たとでもいうのか。迷子?んなばかな。だったら親が捜索してるはずだ。

……名札に、苗字が書いてない。「きり丸」としか書いてない。きり丸くん。きり丸くんと言うのか。古風で素敵な名前だ。
それにしても最近の小学校は名前は書いても苗字は書かないのか。へぇ、私のときとは大違いだ。防犯しっかりしてんなぁ。

大川小学校三年三組。きり丸くん。三年生ってことは、えーっと、9歳か?まだまだ子供じゃないか。親はなにしてんだ親は。


「…どうしよう…」

「…明日は、」

「私は休み。連載終わったから」

「なら、家に送ってやったらどうだ……悪いが私は、明日は仕事だ…」

「うん、解った。ガソリン入ってるから大丈夫。遅くにごめんね」

「構わない…」


コートを羽織り、長次は玄関へ向かった。ごめんねと頬にキスして、長次は私の頭を撫でてドアを開けた。くううイケメンはつらいでぇ。

そういえば居間ベッドで寝る彼も綺麗な顔してたなぁ。きり丸くん。一体何がどうなってこんなところで蹲っていたのか。




私は一度部屋に入り、布団を肩までかけなおし、リビングのソファーに横になった。



明日になったら全て聞こう。



























これが君と私の衝撃的な出会いだった。

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