追っては来ていないだろう。とめさんに周りの警戒に当たってもらいながら走っているが、何の反応もない。
どうやらまいたみたいだ。
疲れ知らずのもんじろうは木の間を風のように走り抜ける。すると、もんじろうは「あそこだ」と小さくつぶやいた。
あまりのスピードに恐怖し始めていたのか夢前くんと皆本くんは私にしがみついていたが、忍術学園だと私が言うと、二人はバッと顔を上げた。
明かりだ。学園についた。
「もんじろう塀を飛び越えて!」
「!」
山の急斜面を一気に下り学園へ一直線に走る。そしてそのまま、塀を飛び越え長屋の庭に侵入した。
物音一つしない。まだこの事態を呑み込めていないであろう生徒たちはきっと今眠りのなかだ。んー、ふしきぞうがいれば「ゆめくい」でもやって…いやそれは手荒な真似すぎるか…。
「そうだ!とめさん、私のリュックの中からポケモンの笛取ってきて!」
「エーフィッ!」
もんじろうから飛び降りてとめさんは私の荷物がある部屋へダッシュで向かった。
その間に私はもんじろうのスピードに怖がっていた夢前くんと皆本くんを下してもう大丈夫だよと頭を撫でた。
夢前くんも皆本くんも、グルルとなく文次郎の喉を撫でてありがとうと言った。ううう、もんじろうのスピードいつにもまして早かった…酔っちゃったかも……。
すると向こうの方から笛を銜えたとめさんが走ってきた。
「ありがとうとめさん!みんな耳塞いで!」
「なにするんですか!?」
「笛を思いっきり吹くの!これでみんな一斉に起きるから!」
何故笛なんかで目覚めるのか解らないという顔をしているが、とめさんももんじろうもペタッと耳を押さえているのを見て、皆本くんと夢前くんも自分の耳に手を当てた。
きつもなら心地いい音でポケモンたちを目覚めさせるのだが、今は緊急事態だ。小さく演奏をしていたのでは何度演奏すればいいのか解らない。
私は思いっきり息を吸い込み、穴を一個も抑えることなく
― ピィイイイーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!
思いっきり、音を鳴らした。
一度山の中にいたとき、とめさんがイタズラでこれを夜中に大きく吹いてしまった事件があった。音はやまびこされやまびこされ、ふもとの町の人たちが全員目覚めてしまったという大変な経験をしたことがあったのだ。
きっと忍術学園の近くの山に届いてまたどこかの村に迷惑をかけてしまうかもしれないけれど、許してください。
吹き終わると、長屋の部屋が何個も何個も明るくなり、なんだなんだと次々と学園の生徒さんたちが顔を出した。よし、大成功。
腰についているボールを空中へ投げ、こへいたとせんぞうも出した。
「せんぞう、学園中の松明に火をつけてきて!明るい方がきっと動きやすい!とめさんは食満さんに事の真相を全て伝えて!もんじろうは潮江さんに!こへいたはちょうじと七松さんに!夢前くんは五年生と四年生に!皆本くんは一年生に伝えたら、二年生と三年生に伝えるようにみんなに言って!!私は先生方に伝えてくるから!!」
「わかりました!」
「お任せください!」
各地に散ったみんなを背に、私は学園長先生の部屋に向かった。
曲がり角を曲がれば、ここにも無事に笛の音は届いていたみたいで、ヘムヘムと学園長先生が縁側に出ていた。それを護衛するように、先生方も寝間着だが集合していた。
「学園長先生!!」
「おぉ翔子殿!今の音はなんじゃ!お主か!?」
「それについてのお叱りは後で!此度の戦、オーマガトキとタソガレドキの陰謀が全て解りました!!」
「…なんじゃと?」
「山村くんは立花さんと利吉さんが助けに行ってくれています!そこで、忍術学園に援軍要請に迎えと、私が!!」
息もとぎれとぎれにそうすべて伝え、その陰謀についてもすべて説明すると、学園長先生は全てを察してくださったようで、ふむ、と顎に手を当てた。
「学園長先生、我々もすぐに向かいましょう」
「きっとタソガレドキは向こうにいる生徒になんらかの危害を加える!」
「すぐに助けに向かわねば!」
「……」
「…学園長先生?」
「……おぉ!いいことを思いついたぞ!」
学園長先生はぽんと手を当てて、またニヤリと悪そうな顔をした。
「くのいち達の協力も借りよう!わしはタソガレドキのもとへ行く!」
「が、学園長先生!?」
「心配はするでない!翔子殿は今再び園田村へ戻ってくだされ!!」
「うわぁぁっ!!」
一瞬でいつもの着物に着替えた学園長先生は、懐から取り出した煙玉を地面にたたきつけてボフンと消えた。あ、ヘムヘムもいない。
なにを思いついたのかは知らないが、私は園田村へ。ここにいる先生方も至急門の前へ!と私が走ると後ろを先生方がつけてきた。あれ?先生方いつ着替えたの?
「翔子さん!」
「食満さん!」
「ご無事でしたか!」
「えぇ、なんとか!」
「ピーカッ!!」
「ちょうじ!立花さんから聞いたよ!いい子にしてたんだってね!」
飛びついてきたちょうじを抱きしめ、再会を喜ぶ。後ろからもそ、と中在家さんが来て、私はありがとうございましたと頭を下げた。
門の前に集合していた(すげぇ全員着替えてる)生徒さんたちに、私は事の状況を伝えた。
戦になるので、援軍として園田村へ向かってほしい、と。先生方の指示に従い、みんなは再び長屋に戻った。得意武器や必要になるであろうものを持ってきたのだ。
伝えたぞととめさんが食満さんの背後から、こへいたは七松さんを頭に乗せて、潮江さんを背に乗せもんじろうがあっちこっちから出て来たので、みんなよくやったよしよしと頭を撫でた。ハァァァアンみんな良い子すぎてツラい。
さすがにこの人数を乗せるほどみんな大きくない。今度ばっかりはみんなに自力で走ってもらわねば。
それに私だけ特別にみんなに乗るわけにはいかない。
「もんじろう、せんぞう、お疲れ様。今度は私も皆と一緒に走るから、ボールに戻ってていいよ」
「…!」
「大丈夫!体力だけは自信あるんだから!」
とめさんは俺も走るぞ!とボールに入ることを拒んだので、私の横を走行することにした。
「七松さん、こへいたのボールを持って行ってください。潮江さんはもんじろうのボールを。中在家さんはちょうじのボールをどうぞ」
中に頼もしい仲間がいれば、道中何があっても困らないだろう。きっとこのお三方は私より先につく。向こうで何かあったらみんなに助けてもらった方がいい。キズくすりは嫌というほどある。皆には悪いけど、ここはしっかり学園の生徒さんたちを守ってもらわねば。
「おう!ありがとう翔子!よろしくなこへ!」
「ギンギンに園田村へ向かうぞ!」
「……もそ…」
「みなさんをお守りするんだよみんな!」
三匹はボールの中で、たくましくうんと頷いた。
門が開き、みんな一斉に山の中に入り音もなく木々を伝って走り始めた。凄い。やっぱり忍者って早い。
私たちも行こうと意気込むと、すいません、と食満さんにひきとめられた。
「翔子さん、こういう言い方もあれですが」
「はい?」
「きっと翔子さんの足では日が明けてしまうでしょう」
「…覚悟しております」
「そこで、」
「…?…っ!ギャアァァアアアアやめてください!!!」
「しばらく我慢してください。では、行きますよ」
「重くてごめんなさい重くてごめんなさい!!」
「…翔子さんはしっかり食べるべきだと何度も…」
お 姫 様 抱 っ こ 、 再 び 。
食満さんに抱えられ木々を飛び越える羞恥に思わず顔を隠した。とめさんはそんな私の気持ちなど微塵も理解していないのか、抱えられた私の腹の上で丸くなるのであった。
降ろしてぇぇぇええええ