二人きりになったら愛して!
「……不満だ」
「なぁに三之助?」
「…不満だっつってんだよ」
「なにが?」
「…なんで俺と名前のデートに作兵衛と左門がついてくんだよ」
「なんでか教えてやろうか三之助?」
「あ?」
「なぜかというとな、
てめぇらだけじゃ出て行ったっきり帰って来ねぇからだよぉぉおおーーーッ!!!」
たしかにな。名前の方向音痴はひでぇけど。
「この団子美味いな名前!名前のオススメは何処でもあたりだな!」
「そうでしょ左門、この間の実習で見つけたのよ」
委員会も補習も無い休校日、久しぶりにデートでもするかと名前に声をかけた。名前は喜んでその誘いを受けてくれて、着替えてくるから校門で待ってるようにと行った。
久しぶりに二人で出かけられる。そう思って俺はわくわくしながら校門で名前の分の出門票も持って、名前が来るのを待っていた。
しばらくすると、名前はかなり前に俺が買ってやった着物と簪を来て、丁寧に化粧までして、手を振りながら校門に出てきた。
あぁもうまじ可愛い。
「じゃ、小松田さん、これよろしく」
「はいはーい、行ってらっしゃい。三之助くん、名前ちゃん」
「はい、行ってきます」
「あと作兵衛くんと左門くんもね!」
「…は?」
小松田さんがそういうと、急に腹に圧迫感。名前も隣で「うっ」と声を漏らした。
なにかと腹を見ると、俺と名前の腹には縄が巻かれていた。
何処につながっているのかとゆっくり後ろを振り向くと、鬼のような形相をした作兵衛がぐん!と縄を引っ張っていた。
「てめぇらだけで何処に行こうとしてやがる…!」
「…勘弁してくれよ作兵衛、名前が好きなのはわかるけど今日は俺と名前でデートの日だから」
「そうじゃねぇよ!!馬鹿言ってんじゃねぇ!!無自覚な方向音痴二人でデートだなんて俺が後で大変な目にあうのは目に見えてんだよぉおおーーー!!」
別に俺は方向音痴なんかじゃない。むしろ方向音痴なのは名前の方だ。
出かける場所を決め名前に連れて行ってもらうと必ず迷子になる。名前の方向音痴には困ったもんだ。まともに目的地にたどり着けたことなんて一度も無い。
「さ、作兵衛ごめんね!私がたまに道間違えるから!」
「そうだ名前が方向音痴なんだ」
「無自覚って怖ぇなー!互いが方向音痴って自覚しねぇとこうなんのな!!」
ああああと叫びながら作兵衛は出門票を小松田さんにたたきつけた。
何処に行くんだと聞かれ、名前が町だと答えるとこっちだと作兵衛が縄をぐんと引っ張った。あれ、こっちじゃなかったっけ。
左門と名前が何処かに行きそうになりながらもなんとか町までたどり着いた。やっぱり名前に道案内させるのより断然早ぇな。さすが作兵衛。
名前オススメの団子屋に入ってお茶と団子を注文した。おばちゃんから受け取ったお茶を名前が配り、団子も一本ずつ受け取った。うん、美味い。美味いよ。美味いのはいいんだ。
だが、この状況に納得がいかないだけだ。
一応俺と名前が隣に座っているのはいいが、その俺の横に作兵衛と左門がいるということ。なんでだ。なんでお前らがついてくる。なぁ15にもなったらわかんだろ。これデートなんだぞ。なんで関係ねぇお前らがついてくるんだよ。
思春期真っ盛りだぞ。あんなとことかこんなとこに行こうとか思ってたりすんだぞ。名前の方向音痴に手を焼くのは解ってるが俺が連れて帰るから。大丈夫だから席を外してくれ。
「……名前、」
「なぁに三之助?」
「お前は此れでいいのか?」
「何が?」
「…その、俺と、二人きりじゃなくてもいいのか」
「…三之助は、私と二人きりがいいの?」
「そりゃ当たり前だろ。デートなんだぞ。俺達付き合ってんだぞ。なのに、」
「そっか、じゃぁ行こうか」
名前はそう言うと突然立ち上がり、俺の手を引いた。
「あ?行くって、」
「おばちゃーん、この二人疲れて眠っちゃったみたいなんで起きるまで此処においておいてくださーい」
名前が口に手を当て店の奥に叫ぶと、奥からはいよーと声が返ってきた。その声を聞いて行こうと手を引く名前。
二人?と思いさっき座っていた場所に目を向けると、作兵衛と左門が店の壁に背を預けぐっすりと眠っていた。
いつの間に。そうつぶやくと、名前は袖から小さい紙を取り出して俺に渡した。
「…この臭い、睡眠薬か…?」
「即効性のね。先代の委員長の忘れ形見だよ」
証拠隠滅、と名前はその紙を通りかかった場所にあった釜戸にポイと投げ捨て、俺達は町を飛び出した。
「んー、此処何処だろう?」
「また迷子か」
大きな樹が目の前に生えていて、周りは緑だらけだった。どうやら山の中。また迷子になってしまったらしい。
名前の方向音痴は正直左門より酷いと思う。右に行けと言われて後方へ進むし、しかもそれを間違ってるとは思わない。
地図を渡せばぐるぐるまわしてしばらくすると使い物にならないレベルにはぐしゃぐしゃになってる。これはこれでちょっと恋人である俺も少々ヤバいとは思うほどにはやばい。
頭とか耳の問題じゃない。多分名前の場合は視界の問題だと思う。何が見えて進んでんだろ。
でも俺と一緒に歩いていると方向音痴じゃなくなるらしい。まぁたまに間違えて作兵衛に俺ごと引っ張られるけど。
「ごめんね三之助」
「いや、別にいい」
「うん、ありがとう」
名前はとりあえずと樹の根元に行き、懐に入れておいた風呂敷を広げてその上に正座した。どうぞと膝を叩いたので、俺はその場に寝転がって名前の膝に頭を預けた。
そよそよと流れる風で木漏れ日が届き、たまにちかちかする光に俺は目を瞑った。
どうやら名前は店のおばちゃんからお茶を受け取ったとき、その一瞬でお茶にさっきの薬を混ぜたらしい。先代の、つまり3年前卒業された薬に強い先輩といえばあの先輩しか居ない。あの先輩の特性の眠り薬ならそりゃぁすぐに効果が出ることだろう。
副作用はちょっとした頭痛かな、と名前は小さく笑った。ああ、あの先輩の作った薬で副作用がそれだけならかなり良いほうだろう。
俺なんて骨折したとき早く直るが副作用が発熱という意味の解らない薬を塗られたことがあったぐらいだ。ちょっとした頭痛なんてラッキーだろう。
俺がその昔話をするとあったねぇと名前が俺の頭を撫でながら言った。
「懐かしい。先輩達元気でいらっしゃるかなぁ」
「きっと元気でおられるよ。特に、うちの先輩とかはな」
「ははは、あの先輩が病気とかありえない」
風の音しか聞こえない静寂。久しぶりにこんなのんびりした。
久しぶりに、二人きりだ。
「三之助」
「あ?」
「なんでさっきあんな質問したの?」
「あんなって?」
「二人きりじゃなくてもいいのかーって、質問してきたじゃない」
それは多分、茶屋での話しだったと思う。
「…私が、作兵衛と左門つきのデートでもいいと思ってるとでも、思ったの」
「え」
「……そりゃぁ作兵衛と左門は大事な友達よ。一緒にいて凄く楽しい。でも、さすがにデートは、二人きりが、い、いいに決まってるじゃない…」
名前はテレくさそうに膝に頭を預けた俺の目を手で塞いでそう言った。
ふさがれる前に見えたその顔は、わずかに赤く染まっていたようにも見えた。え、何今の可愛いどういうこと。
「ちょ、名前、この手とって顔見せて」
「や、ちょっと今ダメ」
「いやダメとかダメちょっとでいいから」
「本当に勘弁して今はちょっとあれだから」
「いいからそういうの」
「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい」
「いやもうちょっとだめ」
顔に当てられた手を掴み離そうとするのだが何故か異常なまでの力で名前は其れを阻止するかのごとくぐぐぐと力を込めてきた。あ、顔痛い。離して。
だけどちょっと本気を出せば名前名前の腕なんてすぐに動いた。うわああと声をもらして俺は名前の腕を掴んだまま身体を起き上がらせぐいと腕を広げると、顔を横に背けてはいたが首まで真っ赤にしている名前が、目の前にいた。
「…名前、」
「ご、ごめんね。私のせいで、その、また、迷子になっちゃって」
「……いや、別に、今回ばっかりは感謝してる」
「?なんで?」
腕を引っ張ってぐいと名前の身体を引き寄せて抱きしめると、え、と名前が動揺したような声をもらした。
「んー、本当に今日ばっかりは名前の方向音痴に感謝してるんだ」
「どうして?」
「だって、名前の方向音痴でたどり着いた場所だから、絶対誰にも見つからないじゃん。久しぶりに、二人きりになれた」
左門も作兵衛も居ない。ふたりきり。たまに来るのは風と樹の音だけ。
後輩の声も聞こえないし、先生の声も聞こえない。
ふたりきり。
「…ふふふ、そうだね三之助」
ふわりと背中に回された腕が愛しくて、愛しくて。
「ねぇ三之助」
「んー?」
「まわりに作兵衛いない?」
「いねぇよ」
「左門も?」
「いねぇ」
「本当?」
「どうした?」
「……三之助大好きよ」
「!…あぁ、俺も大好きだよ」
たまにはこうやってまったりすんのもいいかもなぁ。
ぎゅっと抱きしめたまま草に倒れこみ、俺はふたりきりの幸せを噛み締めた。
二人きりになったら愛して!だって彼らがいたら恥ずかしいから!
「…で、ここからどうやって帰ればいいんだろうね?」
「さぁなぁ」
「どうしようか。ちょっと歩いてみる?」
「いや、もうちょいのんびりしてこう」
「さんせー」
「なぁ名前」
「ヤらない」
「チッ」
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無自覚な方向音痴×2+決断力の在る方向音痴
=作兵衛の死
ここ学年末テストに出ます。
三之助自覚できて無い具合は以上。
名前ちゃんの紹介は全て自己紹介に等しい。
第四位 どうしようもない方向音痴のほのぼのでした。