雪が溶けちゃうぐらい愛して!
「あ"−………」
「あれ?名前遅かったね。どうしたの?」
「かじゅまー…Tonight……私はもうダメだ…」
「藤内だよいい加減正しい発音で呼んでよ」
1組の友人に教科書を返しに来た。数馬が一現目で使う教科書を家に忘れてきてしまったために朝借りて、授業が終わったので返しに行くのについてきて欲しいと頼まれた。
いるのならば孫兵か名前に借りようと思ったのだが、珍しいことに二人とも遅刻しているらしく、仕方が無いので数馬は他の人に借りた。
名前と孫兵。あの二人は遅刻なんてしないはずなのに。休み明けの月曜日だとはいえ、二人が曜日感覚を忘れるなんてことありえないのに。
教科書を返し、教室を出ようと扉に手をかけると、扉はひとりでにがらりと開いた。
顔を上げるとげっそりした顔で立つ名前がいた。
おはよぉと暗いオーラを背負いながら、名前はふらりふらりとした足取りで席にドッと座り込みその勢いで机に突っ伏した。
僕と数馬はきょとんを目を見合わせて、教室を出るのをやめてうううとうめき声を上げる名前の机の前に移動した。
「名前?体調悪いの?」
「かじゅまぁ…違うよぉ……」
「じゃぁ何?どうしたの?何か嫌なことでも…」
「ちょっと待て数馬」
「なぁに藤内?」
僕は名前に話しかける数馬の肩をガッと掴み、言葉を遮った。
「名前、リュウヘイはどうした?」
名前はダンと机を思いっきり叩いて顔を上げ、
「冬眠したのよ……!!一昨日の夜にね!!!!」
そう、叫んだのだった。
「ついに来たのよこの忌々しい季節が…!私の愛するリュウヘイとの仲を引き裂く季節が!!!!」
リュウヘイ。それは名前の二の腕にいつも絡み付いている毒蝮の名前だった。
いつも名前の腕に絡み付いているのに、今日はついていない。
「名前ーーーーッ!!!」
「ま、孫兵ぇえーーーーーー!!!!」
バン!と勢い良く扉が開き、遅刻していた孫兵が勢い良く飛び込んできて名前に抱きついた。
「名前!名前!昨日!じゅ、ジュンコがぁああ!!」
「孫兵も!?うちも土曜日に冬眠しちゃったのよぉおお!!!」
抱きついてわぁわぁ泣く二人。実に奇妙な光景である。
僕と数馬は、まぁ昔々からの仲なのでこの光景にはビクともしないが…、僕らは今年から高等部にあがった。このクラスに中三の時のクラスから一緒の友人はほとんどいない、そして途中入学の子だちばっかりで事情を知らないからか、この光景に一組の教室中が騒然とした。
学校へのペットの持ち込みは別に禁止されていない。っていうか、そういう前例が無かったので特にそういった校則が設けられていなかった。
だから孫兵も名前も、相棒の蛇、蝮を堂々と学校へ連れ込んでいたのだ。
どうやら竹谷先輩が高等部から大学部に上がるときに、高等部の先生方に「こういうやつらが来るはずなので、大目にみてやってください」と先に警告をしておいてくれたらしい。入学式に手を繋いで、腕と首に蛇を巻きつけた生徒が来たと話題になったのはいまだに新しい記憶だ。
名前と孫兵は、昔からかなり性格の合う二人組みだった。
名前は生物委員会には入っていなかったが獣遁術がかなり得意で、忍務のパートナーは必ずと言っていいほど孫兵だった。
孫兵と組んで失敗した忍務は無し。恐ろしい成功率で、先輩達でさえ難しいといっていた試験も難なくクリアした。
そしてこのふたりは
「孫兵…腕がすごーく寂しくなった…」
「僕もジュンコがいないから首が寂しい…」
「キャー!今年も始まったね藤内!」
「本当にこの二人は毎年刺激が強くて困るね!」
数馬と僕がほっぺと口に恥ずかしがるように手をあてると、突然窓側の席がピンク色の雰囲気に包まれた。
教室にぶら下がるカレンダーと見ると、そういえばもう冬だったと改めて思い出した。二人にとってはツラい季節なのだろう。
そう、この二人は異常なほどに相性がぴったり、それ故の恋人同士だ。
出会いはあの時代。迷子になったジュンコが名前の相棒であるリュウヘイと仲良くしていたことから始まった。
「ジュンコ…?そ、その蝮は?」
「リュウヘイ…?そ、その子誰…?」
「!」
「!」
ガサリと草陰から出てきた、桃色の忍服を着た子を見たとき、最初はジュンコがこの見ず知らずの蛇に奪われると警戒したのだが、
くのいちに蛇使いがいるなんて聞いていなかった孫兵は、次第にその出会いを喜びに変えた。
まさか自分と同じく蝮だが蛇を連れている子がいただなんて。
「あ、あのさぁ、」
「ん?」
「…じゅ、ジュンコが、その、リュウヘイを、好きみたいだから…さ…」
「う、うん」
「……此れから、先も、…一緒にしてあげたほうが、良いのかな、って……お、思うんだけど…。
つ、ついでじゃないけど…その、……ぼ、僕らも、いれたらなーって……」
「!」
ジュンコとリュウヘイを逢わせてあげているうちに芽生えた恋心。それは孫兵側だけではなかったらしい。
そうして二人は付き合うようになって、お互いのペットを紹介したりして、まぁ、その、めでたく一緒になって、そんで、今世も、こうしていちゃいちゃしてるわけだ。
「あー、もうリュウヘイいないから寂しい。孫兵今冬はうちの部屋で生活してー」
「やだよ、名前がうちで生活して」
「えー去年あたしが孫兵の部屋で生活したんじゃん。今年はうちに来てよぉ」
「んー、しかたない。じゃぁ今年は僕が名前の部屋で過ごす」
「わーい」
孫兵が名前の腕に抱きつき名前は孫兵の首に抱きつく。
毎年この時期になると、名前と孫兵は双方どちらかの寮の部屋にペットを全て移動させ、完全なる冬眠空間を作ってあげるのだ。そのためにどちらか片方はどちらか片方の部屋で同棲状態になる。
名前のペットの数はそう多くは無いのだが、凄いのは孫兵だ。
孫兵のペット移動には毎年僕と数馬と三之助と左門と作兵衛が借り出されるほどには数が多い。いや昔も凄かったけど、今世もかなり増えてる。
異常なほどのいちゃいちゃを教室で見せ付ける二人を、遠くから信じられないという目で見つめるクラスメイト。
それはそうだ。名前も孫兵と同じく綺麗な顔立ちをしているから当然だが、問題は孫兵だ。
こいつは人間に興味が無い。クラスメイトとかぶっちゃけどうでもいいと思ってる。ジュンコと名前がいれば生きていけるとか思っているほどの毒虫野郎と呼ばれた男。
その男が、一人の女に異常なまでに甘えている。中等部から同じクラスだったやつ以外の子は、今目の前で起こっている状態が全く理解できていないのだ。
男の僕が言うのもあれだけど、孫兵は美形のイケメンで通っているし、名前は今世の女子高生というものをかなり満喫していますオーラ全開。
今年の文化祭はミスコンにでもランクインするんではないかと噂されるほどの孫兵に負けず劣らずの美人だ。
「嘘…!い、伊賀崎くんが…!」
「苗字さんにあんなに甘えてる…!?」
「どうなってんの…!?」
それにジュンコがいないことにも気づいていない。冬眠するとかそういう知識がないやつらはこの土日で一体何があったのかと頭を必死に回転させてやってるらしい。
そして其処へ飛び込む「うちの部屋で暮らせ」発言。これはますます意味が解らなくなることであろう。
「孫兵ー、今日の放課後みんなのおうち運んでいい?」
「いいよ。じゃぁ名前のために部屋一個空けとくね」
「うん、よろしくー。Tonight、数馬ー、手伝ってくれる?」
「うん、もちろんいいよ!じゃぁ放課後行くね!」
「正しい発音で名前呼んでくれるならね」
「藤内!」
「いいよ。三之助たちにも伝えておくね」
「よろしくぅ。あーん孫兵ぇー…」
「名前ー……」
未だギュウギュウ抱きあって愛しあう二人を横目に、僕らは1組の教室を後にした。
廊下に出ると、廊下の窓から1組の教室を「嘘…」と声をもらしながら覗き込む観客達。改めて教室を覗くと、孫兵が名前の腕に、名前は孫兵の首にキスを落としていた。あの二人がやるとエロすぎる。刺激が強かったからか数馬は目を覆って教室を出た。
キャー!とあがる声は、きっと孫兵と名前のファン、だった、子たちかな。
「やるなぁあの二人も」
「見せ付けてくれるねぇ」
「よぉ、ジュンコとリュウヘイが冬眠したのか?」
「やぁ三之助。うん、どうやらそうみたい」
「じゃぁ今日は引越し作業だなー!僕も放課後手伝うぞ!」
「ありがとう左門。作兵衛は?」
「俺も大丈夫だ。んじゃまぁ手伝ってやりますかねぇ」
何も変わってねぇなぁといいながら、
チャイムの音をBGMに、
僕らは教室へ戻っていった。
「ねぇ孫兵、リュウヘイが居なくなったからやっと言えるわね。孫兵大好きよ」
「僕もジュンコに聞かれないからやっと言える。大好きだよ名前」
あの子らに嫉妬されたら死ぬからねぇ。
私達はまた小さくキスをした。
雪が溶けちゃうぐらい愛して!春が来たら、もーっと愛して!
「伊賀崎、苗字、頼むから授業をはじめさせてくれ」
「先生、でしたら僕の席を名前の近くにしてください」
「解ったから、頼むから授業中にいちゃいちゃしないでくれ。先生どうしていいかわかんない」
「孫兵、続きはおうちかえってからにしようねー」
「うん」
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蝮と呼ばれた女と毒虫野郎と呼ばれた男。
そして今世でもキチガイっぷりを発揮する。
主ちゃんのイメージは色白高身長キレ目に黒髪ニーハイ。
ジュンコの変わりに彼女が側に居て
彼女の相棒の代わりに孫兵が側に居て
そして二人は相棒が眠る冬眠という時期を過ごす。
孫兵ランクインしたら絶対書きたかったネタでござんした。
今年は孫兵の年だね!蛇年万歳!
第五位毒虫野郎でした。