「…ぁ、」

「あ、名前ちゃん、目が覚めた?」

「…ぜんぽうじせんせい……」

「大丈夫、ここもう家だから」

「……伊作テメェ…」

「凄い豹変の仕方だ」


目が覚め視線を下に向ける。私が寝ているベッドに腰掛けて本を読んでいる男が一人。
小さく声をもらすと、それに気づいて私のほうへ微笑みかけてきたのは、

私の学校の校医、善法寺伊作先生だ。


「小平太が顔を真っ青にして保健室に名前抱えてきてね。名前が倒れたー!って凄い大声で保健室に飛び込んできたんだよ」


パタンと本を閉じて汗ばみおでこに張り付いた私の髪を手でかきあげた。

そして私はその手を




「痛ァアッ!?」

「伊作あんたねぇぇえええ!!」




爪を立てて思いっきり引っかいた。


「昨日私が寝ている間に何リットル血ィ抜いたわけ!?」

「…200ml…」

「本当のこと言わないと割とマジで殴り飛ばすよ」

「よ、よよ、400ml程…!」

「400!?あのねぇ…!!今日七松先生の体育あるっていったでしょう!?どうしてそんなに血を抜いたの!」

「だ、だって名前ちゃんが此処最近飲ませてくれないから!」

「あんた月1で学園中の子の採血してるじゃない!ストックは何処へやったの!」

「……もう全部飲み終わりました」

「あのねぇ……っ、!」

「おっと、大丈夫?」

「大丈夫なわけないでしょう…!」


頭に無い血が上ったのか、視界がグラリと反転しそうになった。伸ばされた伊作の腕に寄りかかるように頭を抱えて、私は再び枕に頭を静めた。




大川学園校医、善法寺伊作先生。

この男の正体、実は西洋の悪魔の代表でもある、吸血鬼である。……信じたくないけど…。



大川学園はかなり変わっていると入学前に先輩がたから噂で聞いた。変な都市伝説でもあるのかと思いきや、学園全体の健康診断が月の頭に必ずやることになっているということ。この学園の生徒全体で虚弱体質が集まっているというわけでもないのにだ。

原因の一つとしては、これまたかなりかわった先生方が集まっているからということ。
体育の授業に山登りマラソンをしたり、委員会活動のためには徹夜をさせるなんて無茶なことを要求する先生が多数いるからということ。
別に学園長先生がそれを問題視しているわけでもないし、それはそれで生徒のほうも面白いので付き合っているから特にPTAや教育委員会は口を出しては来ないらしい。

そんなんだから、体調を崩す生徒が多々発生する。

校医の善法寺先生は「無茶させないでよ!」と七松先生や潮江先生を正座させ説教するほどには生徒の事を大切に思ってくださっている優しい先生だ。
だから先生の思い付きにより月の頭に学園生徒全員の健康診断を行っている。

その中に一つ、健康診断には関係のないものが入っている。



それが、採血。



確かに採血は臓器の働きなんかを調べるのに大きな病院での健康診断ではするだろう。しかし学校で採血なんて普通しないはずだ。ウイルス予防の注射ならともかく…。

まぁ私は医者を目指しているわけでもなければ医学の知識がそんなにあるわけでもない。
それに善法寺先生は超有名医大を首席で卒業したというスーパーエリートである。かなりクソ不運だというのがたまにキズぐらいなのだが。それにイケメン。

なににせよ私が口を出していいような相手ではない。


ぶっちゃけ私は元気なのだけが唯一の取り柄だった。勉強の方はさっぱりだが体力のほうにはかなり自身がある。
どれぐらいあるかって?うーん、七松先生の山登りイケどんマラソンを走行できるぐらいには体力あるよ。

怪我したって水で洗い流せば済むし、そんな大きな怪我をしたこともなければ、病気にかかったこともない。
きっとこの先一生、善法寺先生のお世話になることはないだろうな。









そう、思っていたのだ。

つい最近までは。










《 3年1組、苗字名前さん。お弁当を食べ終わったら、保健室まで来てください 》


四時間目、日本史の授業中黒板を眺めていたら、そう、放送がかかった。
授業中ともあって教室中がシンと静まり返っていた時の事だったので、教室中の視線が私に向いた。

確かあの声は、校医の善法寺先生。何だろう。何の用だろう。今月の健康診断はもう半月も前に終わったはず。私だって遅刻しないでちゃんとうけたのに。



「で?なんで名前は善法寺先生に呼ばれたの?」

「いや知るわけないよね?喜八郎ついてきてよ」

「やーだよっ。あそこの骨格標本やたらリアルで怖いんだもん」

「見捨てないでよー。善法寺先生と話したこととないのになんなんだろ」

「善法寺先生のことだ、きっと今月のお前の健康診断に何か問題があったんだろう」

「やめてよ滝!私健康体だけが自慢なんだから!」


お弁当の箱をパタンと閉じて、「机元に戻しておいて」と滝の肩を叩いて教室を出た。階段を降りて七松先生に見つかり、「よぉ名前!昼休みバレーやらんか!」とお誘いを受けたのだが、かくかくしかじかというわけでと話すと、残念そうに眉を下げて「また今度な!」と言ってくださった。






トントン


「失礼致します。3年1組の苗字です」

「あ、やぁ、待ってたよ苗字さん。あ、ドアの札"休憩中"にひっくり返しておいてくれる?」

「はーい」


こっちこっちと手招きをされる。ベッドのある場所の周りにはカーテンがかけられてていて、その隙間から善法寺先生が顔を覗かせた。
言われたとおりドアの外側にぶら下がる札を休憩中の面にし、扉を閉め、私は善法寺先生の恋人()である骨格標本のコーちゃんを横切って善法寺先生に手招きされたベッドの一角に歩いていった。

そこ座って、と指差され、私は善法寺先生と向かい合うようにベッドに腰掛けた。


「急に呼び出してごめんね?お昼休み用事あった?」

「いえ別に?」

「そう、良かった。あのね、2,3聞きたいことがあるんだけど」

「はい、なんですか?」


善法寺先生は手に持っていたA4サイズのボードにボールペンを立ててそう言った。


「苗字さん、ご家族の血液型はわかる?」

「えーっと両親ともOだったと思います。あと兄が一人いるんですけど、そいつもOです」

「なるほどね。お祖父さんとかは解るかな?」

「あー…、じいちゃんたちは解んないです…」

「そっか。うんうん。今まで運動とかは?」

「めっちゃしてますよ。中学の時は女子サッカーやってましたしー…習い事の方では水泳も習ってましたし」

「へぇ、凄いねぇ!」


シャッと何かに丸を描いて、善法寺先生はニコニコと笑った。



「それじゃぁ、最後に一つ。昨日の夜のメニューと朝ごはんは覚えてる?」


…変なこと聞いてくるなぁ、と思いながらも、私はうーんと頭を捻った。


「…昨夜は、…あぁ、確かマーボー豆腐と松前漬けとご飯と中華スープと……」

「あぁ、美味しいよねぇ」

「えーっと…朝は、玉子焼きと、味噌汁とご飯、と納豆、だったと思います」


なんとかギリギリ頭と捻り思い出し、そう告げると、善法寺先生は眠そうな、ウットリしたような目で、私を見ていた。




「…うん、まさに完璧」


「へ?」

「文句なしの満点!超健康体!最高!」

「は、はい?…ありがt」



ドサリ。ドサリというか、フワリ?

背中に衝撃、肩に強い衝撃、目の前に広がるのは、天井の前で微笑んでる、善法寺先生。


「……先生?」

「僕お昼ご飯まだだったんだ、いただきます」

「せ、せんせ、…イダッ!?」


私の首に違和感を感じ、ヌルリとした感覚が襲ってきたあと、ブチリと肉を食いちぎられたような激痛が襲い掛かってきた。


「せ、先生!!痛い痛いッ!!いっ、せ、せんせ…!!」

「んー…」


耳に飛び込むのは採血の時に聞く、聞きたくないジュルジュルと血を吸われる様な音。なんなの。何してるの。先生は、なにしてるの。

激痛だったものは、徐々に痛みが和らいでいくとともに、それどころか、身体全身の体温がどんどん下がっていっている様に感じてきた。


…あたまがまわらない。








「っぷはっ、ご馳走様でした!」





すがすがしいほどの笑顔で体勢をもちなおし、はぁと息を吐いた善法寺先生の口元についている、血。

まさかと思い先生が顔を埋めていたあたり、さっき激痛が走ったところへ手を伸ばすと、手に付着したのは、血。



血を、飲んだの……!?



「せ、先生…!?」

「ごちそうさまでした、名前ちゃん」



口元の血をぬぐう善法寺先生の目は、


まるで、吸血鬼のように、真っ赤だった。





















「…増血剤は…」

「ご、ごめんね!すぐ持ってくるから!」


伊作がダッシュで部屋を飛び出しガチャガチャと外で何かをやってる。多分薬を探しているんだと思う。

お気に入りは近くにおいておきたいからと、先生はそのままおうちに私を連れ帰った。私は寮生だった。寮はいっぱいで一部屋空くのを他の生徒が待っている状態だったので、いつの間にか先生に寮を解約されていて先生の家に住むような状態になってしまっていた。荷物が運ばれてきたときにはまじでこいつそろそろ殺さないとと思ったレベルにはムカついた。

所詮私は衣食住の食。恋人という立場でもないので、そう気にすることも無いのだが、一応私だって年毎の女だ。同じ部屋に別の人間がいるだなんてちょっと抵抗がある。

まぁ部屋は別だし、此処は学園からちょっと離れているところにあるマンションだし、バレることはないのだろうけど、
人外とはいえ教師と二人で暮らしているだなんて……喜八郎たちにバレたら大変なことになりそう…。あいつらあーみえて私に対して過保護だからなぁ…。


今まで一度も倒れたことの無い七松先生の授業で倒れるだなんて最悪…。成績表から体育5が消えたら全部伊作のせいにする。

あ、もう学校外じゃあいつのことは呼び捨てです。人間でもないこともわかったんで。

最初は異常な性癖かとおもったけどどうやらそでもないみたいだった。採血は健康診断終了後は完全に自分の食事にしてたらしい。あの日小腹につめてたのが私の血だったらしくて、以上に美味かったことに衝撃を覚えて思わず放送で呼び出したんだと。

いい迷惑である。


「ごめんね名前!はいこれ飲んで!」

「…あー、ふらふらする」

「ご、ごめん!本当にごめん!」


昨日は夜遅くまで資料まとめで夜食に私の血を秘密で飲んだという。絶対許さない。
錠剤をガリと噛み砕いて水で一気に腹に入れた。はぁともう一度息を吐き出し起き上がっていた身体を再びベッドに倒した。


「あ、あのさぁ名前」

「別にもういいよ。薬飲んだし」

「!あ、ありがとう!じゃぁいただきます!」


時計を見ると針は2時を回っていた。お昼ごはんまだだったのね。はいはいどうぞ。薬も飲んだしもう大丈夫だよ。

私はジャージのまま連れて帰されたらしく、足元に散らばるバッグと制服を見てまだ自分が着替えていなかったのだなとやっと判断した。
じーと音を立て胸元のチャックを開いて首筋を晒す。これは完全に痴女みたいな行為だが、こうしないと伊作は服を裂くのでそれだけは勘弁して欲しい。

覆いかぶさる伊作の腹ペコですオーラにため息をつく。


だが、






「ウワァァアアア!!!」

「何!?」




飛び起きて私から3mぐらい距離をとった。



「く、クサッ!名前なにこの臭い!なんなの!?」

「は?なに?汗?」

「汗じゃないよ!今君一体何飲んだの!?」

「何って、伊作が渡した薬を………」


涙目で鼻をつまんで壁にはりつく伊作を横に、転がる薬の入っていたビンを拾ってラベルを見る。



《精力漲るニンニク剤!》



「……」

「……」

「間違えたのは伊作だからね」

「ウ、ウワァァアアアン!お腹減ったよー!」



直射日光は平気なくせに、聖水も平気なくせに、

伊作はニンニクがどうしてもダメらしい。本当に吸血鬼なんだなと実感した。



「はい知らない。あんたが悪い。増血剤どこー」

「ちょ、ちょっと!お願いだから動かないで!この部屋から出ないで!僕に近寄らないで!お願いだから!!」

「伊作さんスーツに糸くずついてますけどもー」

「ウワァァアアお願いだからこっち来ないで!!!お願いだから!!!ごめんね!!!本当にごめんね!!!!」

「伊作さんネクタイ結びなおしてあげましょうかー」

「お願いだからこっち来ないでぇぇええええ!!!!」










私のバカで不運な同居人を紹介します。

吸血鬼の善法寺伊作。


もう一度言います。バカで不運でどうしようもない同居人です。




は?R-18的展開を期待してたのにって?

ニンニク臭い女と涙と鼻水垂れ流してる二人が愛し合ってるところみたい?























「名前、もう臭いとれた?」

「ごめん。晩御飯にニンニク使っちゃった」

「アッー!!」









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つまりなにが言いたいかって言うと、

「1位なんて、伊作のクセに生意気だぞ!(CV.骨川」
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