「名前…」 「なぁに」 「腹、減った…」 「そう」 「名前……お願いだからこの部屋の結界みてぇのなんとかして…」 「いやよ」 「……俺が餓死してもいいのか…」 「いいんじゃない?」 「おい!!その言い方はねぇだろ!!」 「元気じゃない」 「あぁ元気だよ!!チクショー!!この十字架さえなけりゃぁなぁ!!」 テメェエエ!!と部屋の四方にぶら下がる十字架をバカみたいに睨みつけてベッドの上で暴れまわっているのは、勝手に我が家に住み着いた、"悪魔"だ。 悪魔ってバカかこいつ、とか思っているんでしょう?私だって最初は信じられなかったわよ。 人の部屋のベランダから侵入してきて「腹減った」って、私を無理やり抱いた強姦魔がこいつよ。これが悪魔のなのよ。表現上の問題じゃないわ、本物の悪魔よ。 夢魔、竹谷八左ヱ門。 そうねぇ、もっと一般的な呼び方をするとすれば……"インキュバス"だったかしら。 「お腹減ったなら他の女の子抱いてくればいいでしょう。ベランダの窓には十字架つるしてないんだから、外に出れるじゃない」 「お前じゃないとヤなの!他の女は美味くねぇんだよ!」 「私だって願い下げよ。なんであんたなんかの空腹のために抱かれなきゃいけないの。私にはデメリットしかないわ。腰は痛くなるし喉は痛くなるし。冗談じゃないわ」 「仕方ねぇだろそうしなきゃ俺だって生きていけねぇんだから!」 「だから、そんなに言うなら私以外の女の子を抱いてきて」 やーだー!と子供のように駄々をこねはじめる。私はハァとため息をついてノートパソコン前に頭を抱えた。これが始まるとあとが面倒だというのに。 「ハチ、静かにしてちょうだい。私今レポートやっているんだから」 「腹減った!」 「外食してきなさい」 「いーやーだー!名前がいいー!」 「…ハァ…」 猫又とは違う淫魔。インキュバスは性の快楽の絶頂をエサに生きている下級の悪魔だということをつい最近知った。なんて下卑た悪魔になつかれてしまったのかしら。 ハチが私という存在を知ってから、しばらくは最悪な日々が続いた。 人でもない存在に毎晩無理矢理抱かれ強制的に絶頂を迎えさせらる。それが毎晩、毎晩、毎晩。望んでもいないのに我が家に侵入しては無理矢理私を抱いて何処かへ去っていく。 ついにそれが面倒になったのか、いつのまにかこの男は私の部屋の一室に住みつくようになってしまった。最悪なことに、私の寝室に住み着き始めた。 …出て行って なんで? なんでじゃないわよ!此処はあんたの家じゃないでしょう!? 俺はお前が気に入ったから此処にいるんだ 聞いてないわ!出て行って!二度と私に近寄らないで! 夢魔、とは非常に厄介な存在だった。何が厄介かって ………夢魔は自分とセックスをしたくてたまらなくさせるために、襲われる人間の理想の異性像で現れるということ。 ……確かに、ハチは私の理想像にピッタリの存在だった。くりくりした大きい犬みたいな目。ふわふわの髪。しっかり引き締まった体。更に今みたいにたまに見せる子供のような態度。 …出て行けとは言えど、それが本心ではないということはハチにはもうとっくにバレている。こんなに可愛い存在…外に放り出せるわけ、ないじゃない…。 でも全てハチの計算通りになってしまうのがかなり悔しい。私にだって人間としてのプライドがある。たとえ悪魔だろうが私の好みのタイプにピッタリの外見であろうが、愛もないのに無理矢理抱かれるのなんて絶対に嫌。 ハチの行為は限度というものを知らない。空腹に身を任せてただ欲望のままに私の身体を好き放題にするので、次の日の反動がかなり大きい。 酷いときは声も出ないし、腰も痛くて歩けもしなかった。 ヤってる最中に何をしたのかなんて覚えていられないけれど、私は最初にハチに抱かれたとき、何か契約を交わしてしまったらしい。「契約したんだからもうお前は俺のもん」というのがハチの口癖のようなもので、その契約を何とかしない限りハチは私から離れてはくれないらしい。何をしたのか、今となっては全く思い出せない。 ハチは空腹が満たされる。だけど私は全身に被害を受ける。こんなのフェアじゃない。 それに快楽はその時だけ、一時的なものだし、私には何のメリットもない。 ハチには繁殖意識がないからか悪魔の子を孕まないだけましだけど……。 真っ黒いバーテンダーのような格好でベッドの上に寝転がり、少々涙目でこっちを見ている。解ってる、これは泣き落としにかかろうとしているのだ。だけど、私だってそう簡単に身体を差し出すような軽い女じゃないわ。バカにしないで。 パソコンから一瞬だけ目を離し、ハチに目を向けると、犬の尻尾がピン!と立った様に期待のまなざしを向けてきたのだが、そんなつもりはない。私はそのままふいと再び視線をパソコンに戻した。 「名前ー……」 部屋にぶら下がる十字架がある限り、ハチはその部屋から出ては来れない。 リビングと繋がっているその部屋の襖は開かれてはいるが、十字架のせいで出て来れないのだ。 さすが悪魔。十字架には逆らえないのね。 「もう、いい加減にしてちょうだい。毎晩なんて身体がもたないから、100歩譲って一週間に一回で妥協してあげたでしょう?」 「一週間に一度の食事で名前は生きていけんのかよ!」 「私は人間、あなたは悪魔。存在が違うわ。それにハチは窓から出て行けばそこら中にご飯転がってるじゃない」 「お前は俺が他の女抱いてもいいのかよ!」 「いいわよ別に。恋人でもなんでもないんだから」 「名前…!!」 これは本音だ。そりゃもちろん恋人が他の女の人を抱いているのは許せないけど、ハチは恋人でもなければ、…っていうか、そもそも人間でもない。 そんな存在であるハチが他の女性を抱いて悲しがる必要があるだろうか。 何故ハチは私に固執しているのか。それは今まで食ってきた女(表現が最低)の中で一番美味かったから、なんですって。全然嬉しくないわ。 そりゃまぁさっきも言ったけど外見性格は私の好みよ。でも、ねぇ… 「何度でも言うけど、私の身体はハチのものじゃないわ。お腹が減ったなら………………ハチ?」 バサバサと音が鳴る。何の音かと身体を捻れば、ベランダに通じる窓が全開になっていた。そして部屋にハチの姿はない。やっと出て行ったのか。 やれやれと立ち上がり部屋に入る。乱れた布団を元通りに広げて戻し、開いた窓を閉めようとした、 その時、 「なーんちゃって!」 「!?」 伸ばした腕を、力強く掴まれた。 「っ、ハ、ハチ!?」 「出て行ったと思わせてからのフェイント!ダメじゃん名前ー、ちゃんと確認してから行動起こさねぇと」 「っ、!い、いや、やめて!」 抵抗虚しく身体を抱えあげられ、綺麗に整えたばかりのベッドに文字通り放り投げられた。 「一週間も飯を目の前にして待て!って言われ続ける気持ちがどんなもんか、人間には理解できねぇかもしれねぇけど」 「い、いや!ハチ、!やっ…!」 「俺らにとっちゃかーなーりー、ツラいんだぜー」 ハァとため息を耳元でやられ、ダイレクトに熱が伝わる。両腕を押さえ込められ首に顔をうめられる。 ベロリと舐めあげられ顔を横にそらすと、まだ開いたままの窓から入り込む風で、カーテンが、大きくゆらりとゆれた。 しまった、閉めそこねたんだった。 こ、これじゃぁ… 「あぁ、そうそう忘れてた。名前、」 ハチは悪巧みをしている、とでもいいたそうな表情で、 「今な、左隣の部屋に勘ちゃんいんだよ」 「!?」 勘ちゃんとは、確か、ハチの仲間だと前に話してくれた夢魔。 左隣の部屋って、まさか、 「名前の友達だったよな?」 「あ、あの子になにする気!?」 「あー、違う違う、勘ちゃんは物好きだから契約なんて特定の相手を作るようなやつじゃない。ありゃただの外食。外食っていうか、つまみ食い?」 「……その人が、なんなの」 「……勘ちゃんさ、あー見えて、俺よりかなり暴食なんだよ」 目を細めてチロリと赤い舌を見せ、私はゾクリと背筋を凍らせた。 開く窓、隣の部屋にもいる悪魔、これからされる行為。 つまり 「今日の名前は、どんぐらい声我慢できっかなー」 ハチ相手に、我慢なんて、出来るわけがない。 「勘ちゃん来たら、お前明日は確実に立てねぇぞ」 「い、いや!やめてお願いっ…!」 「腹減ったんだって、もう諦めろよ」 口角を上げて、私の服を脱がしにかかるハチの腕を必死に振り払おうとするが、全く動かない。 だけど、 私にだって、プライドがある。 「…っ!…プッ、ハハハッ!なるほどな!そうくるか!」 「……〜っ!」 私は涙目のまま、脱がされた自分シャツを歯で思いっきり噛み、口に咥えた。 声は絶対に出さない。他の悪魔になんて、絶対汚されない。 絶対に、負けない。 「そんじゃ、真剣勝負と行きますか?」 ハチは私の足の間に身体を割り込ませ、 「いただきます」 両手を合わせて、そう言った。 私の最低最悪の同居人を紹介するわ。 夢魔の竹谷八左ヱ門。 どうしてこんな男を、受け入れてしまったのかしら ------------------------------------- (竹谷がランクインしてることすっかり忘れてて一番似合うであろう送り狼を食満で使ってしまっていた衝撃の事実に気づいてネタがなくて割とまじで竹谷の存在なかったことにしようかなとか思ってただなんて間違っても読者様に言えねぇわ) |