戦場へお弁当を売りに行ったり、町でいろんな物を売ったりするのが私の日課だ。
しかしそのためには、山一つ歩いて越さなければならない。

別に貧乏というわけでもなければ裕福というわけでもない。そこそこ、を保って私は今まで生活をしてきた。

ま、戦で両親も兄弟もなくしたから、寂しいっちゃ寂しいんだけどね。

今日もお弁当は完売。いやー、やっぱり大きい戦場だと売り上げ違うなぁ。
少し着物が汚れてしまったのだが、別にそんなの気にならない。歩くたびに懐に入れたお金がチャリチャリと心地いい音を鳴らす。私はすっかり暗くなってしまった山道を、少し早足で帰った。

それには二つ、理由がある。村の人の話伝いに聞いたのだが、最近この辺りで山賊を見かけたという話を聞いたのだ。絡まれたら面倒だし、寄り道はせずにとっとと家に帰ったほうがいい。

それからもう一つは、此処は古くから「送り狼」が出ると噂されている山なのだ。夜中に山道を歩くと後ろからぴたりとついてくる狼のことである。
歩いているときに、もし何かの拍子で転んでしまうと襲われて、食い殺されてしまうというのだ。お、恐ろしい。

だが、転んでも「どっこいしょ」と座ったように見せかければ襲っては来ないんだと言う。

そうは言っても、とっさにどっこいしょなんて言葉出てこないでしょうに。っていうかそれで騙される狼なんていないと思うけど。狼ってかなり頭いいと聞くし、その手はきかなそうだなぁ。







ガサガサガサ…






なんて考え事をしていたら、私の横の茂みが揺れた。大きな葉が音を立て、ガサリガサリと大きく揺れた。


「…っ、」



こ わ す ぎ る !


山賊だったとしても送り狼だったとしても怖すぎる…!幽霊とかだったらもっと怖いわぁぁあ!!

私は弾かれたように走り出し、山を駆け下りていった。






ガササササササササッ!!






明らかに 追 わ れ て る が な ! !

私の走る速度と明らかに走行していますといわんばかりの速度で付いてくる!これ怖すぎる!誰ですか…!狼ですか…!山賊ですか…!幽霊ですか…!?

村までの距離が長すぎる。走っているのに全然村に着かない。こんなに遠かったっけ。
猛スピードでダッシュしているので息が限界まであがっている。足も疲れてきた。それなのに耳に飛び込む私以外の移動する音がずっと聞こえている。怖い、怖すぎる。


「っ、あっ!」



ズシャッ!と、私は地面に手をついた。

やってしまった。転んでしまった。


懐から銭袋が飛び出していってしまい、チャリチャリと音を立て小銭がそこら中に散らかってしまった。
どうしよう、どうしよう。




ガサリ



私の目の前の草が揺れて、わかれた草から顔を出したのは、狼だった。


「っ、あ、ぁ……」


尻餅をついた状態で、私はズリズリと情けなく後ずさりをした。足が動かない。転んだ拍子に捻ってしまったのか、全く動かない。痛い。痛い。

きっと、目の前にいる狼は、送り狼だ。これは間違いなく、この山に伝わる妖怪だ。


「ぃ、いや、っ、!こ、来ないで…!」


背に感じた衝撃は、多分後ろに生えていた木だ。嗚呼、逃げ場がない。

息を荒くジャリ、と足音を立てゆっくりと歩み寄ってくる。嗚呼、私はこんなところで食い殺されるのか。
死を覚悟して、私は固く目を瞑った。












ふわり









食い殺されるような衝撃は、いつになっても襲っては来なかった。それどころか、今私の顔には、ふわふわした何かが擦り寄っていた。
何だと目を開くと、目の前には、灰色の毛をした狼が、私の顔に擦り寄っていた。

「っ、!」

あまりのことに、私は驚いて息を呑んだ。狼が、襲ってこない。それどころか、人になれている。


「…君は、人を襲わない、の……?」

狼はフンフンと私の私の捻ったほうの足の匂いをかぐようなしぐさをした。
その後、私の散らかしてしまった小銭をかき集めるように、前足を起用に使って小銭を一箇所に集めた。

ふんふんと鼻を鳴らしながら、集め終わった小銭の横にお行儀良く座り込んだ。



……可愛い…。



私は捻った足を庇うようにひょこひょこと歩きながら、小銭を全て銭袋にしまった。
しまい終えると、狼は私の足を心配するように擦り寄ってきた。あったかい。

「…君は、送り狼さんかな」

狼はお返事を返してくれるかのように、もう一度擦り寄った。

「……もし良かったら、おうちまで、送ってくれませんか」


狼から逃げるように、縦横無尽に走り回ってしまったのか、帰り道がさっぱり解らなくなっていた。それに不覚にも足を怪我してしまった。無事に帰れる保証はない。

狼に言葉が通じているとは思っていなかった。でも、信じられないことに、狼は付いて来いとでも言うかのように、私の前を歩き始めた。


「…そっち?」


一歩進むと、狼も一歩進む。私が走れば、狼も走る。一定の距離を保ちながら、私はゆっくりと下山して行った。




「あ、明かり…!」

山を下りはじめてどれぐらいたったのだろうか。しばらく歩いていると、山のふもとに明かりが見えた。村だ。村に帰ってこれた。
ゆっくりゆっくり歩いていくと、坂道を追え、やっと村の入り口までたどり着いた。


「ありがとう!本当にありがとう!」

もはやここまでくると恐怖のかけらもない。私は近所のわんちゃんとじゃれあうような勢いで狼に抱きついてわしわしと毛を撫でた。


「送ってくれてありがとう、狼さん」

どういたいしまして、とでも言っているのか、狼はぺろりと私の頬を舐めた。狼さんはふらりとした足取りで、山へと戻っていった。
お腹がすいているのかな。

「ちょ、ちょっと待って!」

私は急いで背負っていた篭を下ろして中に手を突っ込んだ。


「お腹減ってる?これ、もし良かったら持っていって?私のお昼ご飯の予定だったんだけど…」

今日のお昼は忙しすぎてお弁当を食べる時間がなかった。
家に帰ったら送ってくれたことに感謝して、何か送り犬に捧げると、送り犬は帰っていくという話を聞いたことがあった。私は狼におにぎりの入った竹で出来たお弁当箱を差し出すと、狼はぱくりと銜えて、山のほうへと走っていった。


「さようなら!ありがとうねー!」


遠くで狼が、高く高く鳴いた。


































「お姉ちゃん、こんな遅くにお出かけかい?」




ようするに、今ピンチです。




「い、いえ、町からのお使いの帰りでして…」

「いいねぇ若いねぇ。少し俺らと楽しもうや」
「女なんて久しぶりに見たなぁ」
「こいつはいい。上玉だなぁ」

「結構です用事がありますので…」


あぁ、私はどれだけついていないんだろう。私を取り囲むようにして下卑た笑みを浮かべている。この何日もお風呂に入っていないような臭い…。確実に、この人たちは山賊だ。

スラリと光るものはきっと刀。私は丸腰。どうしよう、本当に勝ち目なんて見えない。

グイと引っ張られる腕に全力で抵抗の意思を出すのだが、やはり男と女の差。腕はぴくりとも動かない。

どうしよう。


「なぁお姉ちゃん、ここじゃ助けなんて来ないぜ」

「お願いします離して下さい…!お金なら、払いますからっ、!」

「話が早いじゃねぇか。だがな、それはダメだ」
「目の前にこんなにいい女がいるのに、金貰って帰すんじゃぁなぁ」

「い、やっ、!や、!やめてくださいっ!」

反対の手で力いっぱいドン!と男の身体を突き飛ばす。山賊は突然のことに対処できなかったのか、突き飛ばした人を支えるように二人が背後に回ったのだが、支えきれず、三人中三人がどてどてと尻餅をついた。や、ヤバい。


「ってぇ!…てめぇよくもやりやがったな!」
「っ!!」








殺される。









しかし、何も体に衝撃はこない。

それどころか、私の身体は後ろに力強く引かれ、何故か視界は真っ暗になった。

誰かに、視界を塞がれている…?









「転んだな。お前らの命、此処までだ」









さっきの山賊の声ではない、低い凛々しい声が、耳に直接飛び込んできた。誰だ。


状況が全く理解できない。だが、その声の後すぐに、断末魔のような短い声が何個も聞こえてきた。さっきの、山賊の声。


「ギャッ」
「グェッ」
「ガッ」


まるで、殺された、ような。





「こっちです」

力強く手を引かれる。一瞬私の目に飛び込んだのは、地に伏せる三人の山賊。
じゃぁ私の手を引くのは山賊じゃない。誰なの。貴方は誰なの。


「あ、あの、!」
「もう少しで付きます。大丈夫ですよ」

ガサガサと凄いスピードで草をかき分けて山を下っていった。まるでこの間の狼から逃げるようなスピードで。





走り続けた。ただ暗闇を走り続けた。しばらく走ると、「あそこでいいんですよよね?」と、手を掴む人はつぶやいた。

あ、村だ。私の村だ。


「…あ、村…!ありがとうございます!本当に、ありがとうございました!」

私はまだ腕をつかまれていたのに、ガバリと勢い良く頭を下げた。
少し力を込められた腕に驚き、いまだ腕を掴む彼の顔を見上げた。






「…今日は、抱きしめて、頭を撫でてくださらないのですか…」








「…え、」




眉毛をハの字に下げて、テレくさそうに、彼はそうつぶやいた。



今日は…?



抱きしめて、頭を撫でたのなんて………、






この間の、


…狼さん、だけ………。








「…貴方は、」

「あぁ、…貴女に、此れをお返ししたくて……」



彼が着物に手をいれ出したのは、

「…そ、それは…っ!」


私が、送り狼さんに渡した、お弁当箱。


「…な、何故、貴方がそれを…!?」

「……それから、これ、落し物です」


差し出した彼の掌に乗っていたのは、小銭。


「一枚、拾い忘れていたみたいで」

「……あなたは、もしかして……」


困ったような笑みを浮かべる彼の背後で、ゆらりと揺れたのは、見覚えのある灰色の尻尾。

私が山道を下るとき、必死で追いかけた色。




「……私は、送り狼失格ですね…。人間なんかに惚れ、人間を愛し、己の感情で人間を殺した…。」

「やっぱり、あの時の……!」




「…先日貴方を此処まで送り届けた、この山の、狼です。…食満、留三郎と申します」


「留三郎、さん…」



留三郎さん、は、膝をついて、深く、深く、頭を下げた。





「人間に、己の真の名を語ってしまった。己の私的意思で人間を殺した。それに私は、餓えて死にそうなところを貴女に助けられた。…そして俺は、人間である貴女を、愛してしまった。俺は、人間の暖かさを知ってしまった。もう、この山には戻れません…。

どうか、どうかこの命尽きるまで、貴女のお側で守らせてください…!どうか、貴女の側にいさせてください…!…っ、どうか…!」




狼は、忠誠心が強い。私はそんなつもりはなかったのだが、きっと本当に命を救われたと思っていらっしゃるのだろう。

なんて、なんて真っ直ぐな心の持ち主なのだろうか。

なんて、愛しいのだろうか…。







「…送ってくれてありがとう、狼さん」









私は膝をつき涙を流す留三郎さんを抱きしめて、頭を撫でた。
私の背に回った力強い腕を受け止めて、私は愛しい狼さんをずっとずっと抱きしめた。





















とても愛しい同居人が出来ました。

私を一生守り続けると誓ってくださった、"送り狼"の食満留三郎さん。


忠誠心の強い、素敵な狼さんです。































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どうしてだろう。

食満を書くとイ食満ンになってしまう。

気持ち悪い食満を書きたいのに。


こ、こんなの食満じゃないyうわなにする狼やめ
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