「ただいまー」


ガチャリと鍵を開けて扉を開く。玄関の明かりをパッとつけると、足元には小さい猫が一匹。

出迎えに来てくれるのが早いなぁ。犬は飼い主が帰ってくるのを察知すると玄関に迎えに来るって話は聞いたことあるけど、猫もそういう習性をもっていたりするのかな。


「ただいま作兵衛」

ニャー


可愛く鳴く猫の喉下を撫でてやると、気持ち良さそうに目を伏せてぐるぐると喉をならした。



「あー、お腹減った」

「最近お帰りが遅いんですね」

「決算が間に合わなくて」

「晩飯なら作ってありますよ!」

「本当?助かるわー!」


猫を跨いで部屋の奥へ入る。この背後から聞こえる可愛い声は、さっき私を出迎えてくれた、"猫"の声だ。


「作兵衛はもうご飯食べたの?」

「ま、まだです」

「また?先に食べてていいって言ってるじゃない」

「…名前さんより先に食うってのはいやだと…」

「だと思った…。そんな可愛い可愛い作兵衛くんに…!ジャン!鰹節を一本丸々買ってきましたー!」

「!!」


ピンッと尻尾を立たせて私が握る鰹節を見て視線を向けると、目を輝かせて、二股に分かれる尻尾をゆらゆらを揺らした。
ほれと突き出すと可愛らしい黒猫の姿にかわり、私の膝の上で鰹節を舐め始めた。

ケータイをテーブルの上において、いただきますと手を合わせ、作兵衛が用意してくれたカレーをほおばった。まじかめっちゃ美味いどうなってんだ作兵衛の料理スキル。





作兵衛は、妖怪である。

日本を代表する妖怪、「猫又」。



仕事帰りに暗い路地の電灯の下で、小さく蹲っている猫がいたのだ。

小さい黒猫。可愛い。

私は一目惚れしてしまい、しゃがみ込んで猫の頭を撫でた。するとニャァと弱々しく声を上げた。撫でてやっと気づいた。この子、全然お肉がついていない。


「…お腹減ってんの?」

ニャァ

「か、飼い主は?」




通じているわけでもないのに、私は話しかけるように猫に声をかけ続けた。でも私は今までペットなんて飼ったことないし、そんなことより私の住んでいるマンションはペット禁止だったはず。

「…ごめんね。私には飼えないんだ。もっと大きい声で鳴きなさい。きっと優しい人が拾ってくれるから」


喉を撫で立ち上がり、カツカツとヒールを鳴らし、私は罪悪感を抱きながらその猫に背を向けた。


…のだが、気になって後ろを振り向くと、もうあの猫の姿はなかった。
新しい飼い主を探しに出かけてたのかな。



「……お!?」


しかし、よく見ると猫は私の足元にいた。
振り向き一歩踏み出そうとすると、足元にいたのだ。危ねぇよ踏むとこだったじゃないか!!


「……」

……

「……うちに、来る?」

ニャァ


心折れました。だってこんなに可愛いんだもの。
管理人に見つからないようにスーツの中に猫をしまいこんでエレベーターに乗り込んだ。か、監視カメラがあるからまだ油断できない。
目的の階に到着してヒールの音をガガガガ!と喧しく鳴らしながら自分の部屋にもうダッシュした。

鍵を開けて部屋に飛び込み鍵をかけチェーンもかけた。
はぁ、とため息をはき、「はい到着」と隠していた猫を出し、部屋にはなす。

パチンと電気をつけて、









「…………は、…」








ヒュッと喉がなって、私は目を見開いた。


尻尾が、尻尾が、ししししし、尻尾が、二股に分かれていたからだ。



「………猫くん…?」

ニャァ

「…おまえ………なんて種類の猫なん!?」






ダッシュでコンビニに行きキャットフードを買ってきた。グラタン用に買っておいた皿にバラバラと出すと、ふんふんと臭いを嗅ぎ始めた。ミルクって人間用のあげちゃダメなんだよなぁ。チンしてホットにして砂糖とか入れれば…。

「猫さんの名前考えないといけないねぇ」

足元でえさを睨みつけている猫に目を向けず、私はレンジのコンセントを入れた。
首輪もしてないし、きっと捨て猫だろうなぁ。拾ったからには私が責任を持って面倒みよう。うん、そうしよう。


「俺の名前は作兵衛です」

「作兵衛、良い名前だねぇ。作兵衛、さく……」


ぴたり。砂糖を探す手が、止まった。


誰だ。誰の声だ。




「は、はじめまして!俺の名前は、富松作兵衛と言います!」

さっき猫がいたところには、可愛い少年が座っていた。
























「ごちそうさまでした」

そういい手を合わせると、作兵衛は膝から降りて人となり、私の食い散らかした食器をキッチンに運んでくれた。やれやれと背伸びをしてソファーにドサリと座ると、作兵衛は尻尾を振りながら私の足元で正座した。

「…名前さん」

「ごめんね、まだ見つかってない」

「そう、ですか…」


作兵衛は、400年前は"人"、だったという。もともとは、あの、忍者という存在で、他の仲間5人と仲良くやっていたらしい。
でも戦に巻き込まれて、仲間もとろも自分も殺され、死ぬ間際に

俺はどうなってもいい。でも仲間だけは次の世界では平和な世に生まれ変わりますように。

そう、神様に願ったんだそうな。

気づいたら自分は血まみれで、猫の姿に。それから400年、ずっと一人、死なずに生きてきたんだという。よんひゃくねん。気が長くなるなぁ。

そして今は戦のない平和な世になった。ここ何十年も、その仲間の5人を探し続けていたんだと。泣けるじゃないの。
どうやら仲間全員に逢えたら自分も人となれるらしく、作兵衛は必死で探している。あ、神様がそう言ってたんだって。

今までこんなに人に優しくしてもらったことないらしく、頼りもないらしい。だから作兵衛はうちで今面倒をみてます。
首輪もしてないし、管理人が来ても人の姿しててくれればペットということにもならないし。かなり家事してくれるし。めっちゃ可愛いし。置いておくぐらい迷惑でもなんでもない。


私は仕事をしながらその作兵衛のいう「神崎左門」「次屋三之助」「浦風藤内」「三反田数馬」「伊賀崎孫兵」という名前の子の情報を集めているのだが、なかなかそう簡単には見つからない。

何故か積極的に探してくれる同僚が六人ほどいるけど、やっぱりみつからないって。どこにいるんだろうねぇ。


「ごめんね、泣かないで。きっとみつかるから」

「…すいません」


にわかに信じがたい話なのだが、この可愛い作兵衛がそんな必死に探しているんだ。
きっと本当の話に違いない。





「…ところで、名前さん」


「んー?」

「…今日、めっちゃ良い匂い、しますね…」


そういうと作兵衛は、トロンとした目で私の膝に乗り、私の胸元を猫のようにスンスンかぎ始めた。


「気のせいじゃないの?」

「…いや、……」


なんだろうと言いながらすんすんと顔を寄せる。作兵衛まじで猫なんだなぁ。

作兵衛が鼻をこすりつけている胸ポケットにあるのは、そう、またたびだ。


今日コンビニに寄った時、こんなものがあるんですよと店員がすすめてきたのだ。きっといつも猫雑誌を見ているから、私が猫を飼っているとでも思ったんだろう。

大正解です。こんなに大きい猫がいます。

きっと今日も見つからなかったという話をすれば落ち込んじゃうんだろうなと思って、買ってきました。
人とあまり関わらなかったという作兵衛は、私に甘え始めるとずーーっと甘えてくる。効果音をつけるとすればわりとまじで「にゃんにゃん」と背後についてるんじゃないのかぐらい甘えてくる。いや可愛いから別にいいんだけど。

反則かもしれないけど、こういうのを使うのも悪くないと思って購入しちゃいました。
相手は妖怪だから効くのかどうかわかんなかったけど、見事に効きましたねこれ。

恍惚とした表情の作兵衛にドクリと心臓がはねるが、落ち着け落ち着け。作兵衛は見た目は子供だ。こんな子供に、私から手を出したら犯罪……!!いや妖怪だから罪には問われないけど……!!



「名前、さん」


マタタビの匂いを肺に入れすぎたのか、理性が崩れたように私の名を呼んだ。
トロンとして、まるで酔っているみたいに目に涙を浮かべていた。



「どーした作兵衛」

「……名前さん、」

「どうしたの」



人間の姿なのに、私は作兵衛の喉もとを撫でた。ビクリと肩を揺らして、

作兵衛は私の指をペロリと猫のように舐めた。



「どうしたの作兵衛、顔赤いよ」


髪をふわりと撫でる手に黒く長い尻尾が絡みつき、


「……名前さん」

「言ってくんなきゃ解んないよ」

「…名前さん」

「…どうしてほしいの、作兵衛」



作兵衛は私の顔を包むように手をそえ、キスを落としてきた。

これは効果抜群ですねー。



「…俺は、猫です」

「はい、知ってます」

「でも、名前さんのこと、大好きです」

「ありがとう作兵衛」

「だから、……、」

「んー?」


これから言うことは解ってる。でも、どうしても作兵衛に言わせたい。


こんな顔されたらなおさら。






















「いっぱい………か、可愛がってください…」

























私の同居人を紹介しましょうか。


400年も生きた妖怪の猫又。富松作兵衛。


仲間思いの良い子ちゃんで、










私の可愛い、ネコですよ。












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作兵衛!作兵衛!作兵衛!作兵衛ぇえええええわぁああああああああああああああああああああああん!!!あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!作兵衛作兵衛作兵衛ぇええぁわぁああああ!!!あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくんんはぁっ!富松作兵衛たんの橙色の髪をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁああ!間違えた!モフモフしたいお!モフモフ!モフモフ!髪髪モフモフ!カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!「平太のビビリ」の作兵衛たんかわいかったよぅ!!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!映画も出れて良かったね作兵衛たん!あぁあああああ!かわいい!作兵衛たん!かわいい!あっああぁああ!ちゃんと台詞もあって嬉し…いやぁああああああ!!!にゃああああああああん!!ぎゃああああああああ!!ぐあああああああああああ!!!忍たまなんて現実じゃない!!!!あ…忍たまも忍たまもよく考えたら…作 兵 衛 ち ゃ ん は 現実 じ ゃ な い?にゃあああああああああああああん!!うぁああああああああああ!!そんなぁああああああ!!いやぁぁぁあああああああああ!!はぁああああああん!!忍術学園ぁああああ!!この!ちきしょー!やめてやる!!現実なんかやめ…て…え!?見…てる?テレビの作兵衛ちゃんが私を見てる?テレビの作兵衛ちゃんが私を見てるぞ!作兵衛ちゃんが私を見てるぞ!前髪を上げてるいやらしい作兵衛ちゃんが私を見てるぞ!!忍たまの作兵衛ちゃんが私に話しかけてるぞ!!!よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ!いやっほぉおおおおおおお!!!私には作兵衛ちゃんがいる!!やったよヤキソバ!!ひとりでできるもん!!!あ、忍たまの作兵衛ちゃああああああああああああああん!!いやぁあああああああああああああああ!!!!あっあんああっああんあ左門んんん!!さ、三之助ぇえー!!数馬ぁああああああ!!!藤内ぃいいい!!孫兵ぇええええーー!!ううっうぅうう!!私の想いよ作兵衛へ届け!!忍術学園の作兵衛へ届け!
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