- ナノ -


私は貴方に相応しい

ある日、私の部屋の真ん中に真っ赤な花が落ちていた。


薔薇。


物欲の無いと言われる私の部屋には必要最低限の物しかない。

そんな殺風景な部屋の真ん中に、薔薇。



「…?」



ひょいと持ち上げて見ても、何処からどう見ても

何の変哲も無い、ただの薔薇。

誰がこんなところへ持ってきたのか。誰が置いていったのか。


「…綺麗」


ただ一言そう呟いて、私は箪笥から花立てを取り出し

薔薇を挿して机の上に飾った。













次の日、授業から帰ると、また部屋の中に薔薇が置いてあった。

「…?」


薔薇を拾って、花立に挿した。

薔薇は二本になった。















次の日、授業から帰ると、また部屋の中に薔薇が置いてあった。

薔薇は三本になった。



次の日、授業から帰ると、また部屋の中に薔薇が置いてあった。

薔薇は四本になった。



次の日、授業から帰ると、また部屋の中に薔薇が置いてあった。

薔薇は五本になった。


次の日、授業から帰ると、また部屋の中に薔薇が置いてあった。

薔薇は六本になった。


次の日、授業から帰ると、また部屋の中に薔薇が置いてあった。

薔薇は七本になった。






薔薇には少しずつ

血がついているようになった。






薔薇は八本になった。

薔薇は九本になった。

薔薇は十本になった。

薔薇は十一本になった。

薔薇は十二本になった。

薔薇は十三本になった。

薔薇は十四本になった。

薔薇は十五本になった。

薔薇は十六本になった。

薔薇は十七本になった。

薔薇は十八本になった。

薔薇は十九本になった。

薔薇は二十本になった。

薔薇は二十一本になった。

薔薇は二十二本になった。

薔薇は二十三本になった。

薔薇は二十四本になった。











薔薇は、ぱったりと止まった。



















「…薔薇の、花……?」
「えぇ、とても不思議な事があったわ」

図書室には今誰もいない。ちょっといいかしらと長次に声をかけると、長次は私に目を移し、パタンと本を閉じた。


「きっとあれはうちで管理している菜園の薔薇の花ね」
「生物委員で…」
「えぇ、私が好きだから。それから、伊作にちょっと提供をね」
「…なるほど……」

「それから、本数が多くなるにつれて、枝に血も」
「血…」
「血をつけるほどしっかりと握ったのかしら。馬鹿な子もいたものね」


綺麗な薔薇には棘がある。

そんな言葉もあるほどに、薔薇の枝は危険だというのに。


最近あった薔薇の話をすると、長次はもそりと話はじめた。



「…薔薇一本は、"一目惚れ"」

「…え?」



長次はさらにぽそりぽそりと言葉を続けた。




二本は"貴女と私"

三本は"愛している"

四本は"死ぬまで気持ちは変わらない"

五本は"貴女に逢えて心から嬉しい"

六本は"愛を誓う"

七本は"秘めていた想い"

八本は"あなたに感謝している"

九本は"一緒にいてください"

十本は"完璧なあなたへ"

十一本は"最愛"

十二本は"私だけのものになってください"




私は長次の言葉を聞いて、

そんな意味があるなんて知らなかったとつぶやいた。


「薔薇の花言葉は、…たくさんある…」
「えぇ、知ってるわ」

「だが、薔薇は本数によって、……意味が変わってくる…」
「……そんな…知らなかったわ…」
「…だろうな…」
「とっても、……素敵ね…」






では、なぜ二十四本目で止まったのか。





「…二十四本は、"いつでも貴女が恋しい"……」





一日二十四時間。つまりはそういうことだ。

長次はパラリと本を開いた。



「……誰からかしら…」
「…そういえば……」

「何?」





























「滝夜叉丸」
「っ、」







四年の滝夜叉丸が、最近ぼーっとしていると、小平太が…。

滝夜叉丸が?

珍しいと言っていた…。それから…

なぁに?


視線の先には、必ず、お前がいると…。








「手、ボロボロじゃないの」
「名前、先輩…」

「何をしているのこんなところで。生物委員会でもないあなたが」


滝夜叉丸の手にはたくさんの傷跡が。これは輪子で出来た傷ではないだろう。

色とりどりの薔薇に囲まれて、私と滝夜叉丸は向き合った。



「……名前先輩へ」
「…私へ?」

「薔薇を、贈りたくて…」


滝夜叉丸はとても綺麗な顔立ちをしている。
だから、綺麗な薔薇が良く似合う。

だけど、こんなにたくさんの手の傷は似合わないわ。


「やっぱり、貴方だったのね?」
「はい…」
「ふふふ、自惚れやと言われた貴方が他人の事を考えるだなんて珍しいわね」
「…」
「何故、私に薔薇を贈ってくれたの?」


滝夜叉丸はギュッと掌を握って






「…名前先輩が、先日忍務から御帰還された時………

返り血を浴びていらっしゃった名前先輩が、



あまりにも、美しくて……」







狂気を纏った目で、そう、呟いた。

私は何か背筋に冷たいものが走ったようにぞわりと気を荒げた。




「…た、き…」


「…あの名前先輩の姿を忘れられませんでした。

返り血で真っ赤に染まった名前先輩の、なんと美しかったことか…。

あの時の名前先輩には、さすがのこの私も敵わないと思うほどに、

あまりにも、美しすぎた…。


どうすれば、あの時の名前先輩をもう一度見ることが出来るだろうか…。

そう考えながら、菜園の手入れを手伝っていた時に、

この花を見つけて……。


あの時の名前先輩は、この花のように、真っ赤に染まっていた…。


黄色も白も桃色も違う。真っ赤な薔薇のようでした…。美しくて、可憐で…凛々しくて…。

あの時の名前先輩がもう一度見たいと思いました。

だから、この花を贈れば、きっと、名前先輩は…喜んで下さるかと思いまして…。」




滝夜叉丸は今だ少しずつ血が溢れ出ている掌を見つめて

私へ視線をうつした。


ゆっくり私に近づき、その掌を私の頬へ当てた。


生温かい感覚が顔を支配し、滝夜叉丸が手を離すと

つぅ、と血が顔を滑り落ちるのがわかった。




「…名前先輩、なんと美しい…。

私のこの手で、名前先輩を、染めることができるなんて…」




殺人快楽衝動があるわけでもないののに、滝夜叉丸はそんなことを言った。


滝夜叉丸はわかっている。

女を一番美しく見せる色が赤だということを良くわかっている。


きっと二十四本の薔薇を贈ってくれた彼は今

善からぬ方向で、私の事を欲している。


この目。この目は獲物を捉えた目。

あと一歩で、彼は私を殺すだろう。


彼の好きな真っ赤な姿に、私を染め上げてくれるだろう。









だけど、今の彼に、私をくれてやるわけにはいかない。









「滝夜叉丸」



私は横に咲いている、まだ花開く前の黄色い薔薇をむしった。

彼の目の前に突き出すと、滝夜叉丸は目を見開いた。



「"貴方には誠意が見えない"わ。そんな感情で私を好いてくれても私はまったく嬉しくない。
真っ赤じゃない私も愛してくれるようになってから、出直してきてちょうだい」

「えっ」

「素敵な贈り物をどうもありがとう。でも、あれをやるにはまだちょっと早かったんじゃないかしら?」

「せ…、名前先輩」



「次は365本の薔薇でも用意してちょうだい。そして、それに似合うよう男を磨いて…出直していらっしゃい」




私は白い薔薇を投げ捨てて、滝夜叉丸に背を向けた。


















白い薔薇の花言葉は






















私は貴方に相応しい


私の全てを心から愛して

そして貴方の全てを私にちょうだい











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今回もぽっきり折りました。

きっと彼はこれから美しさに磨きをかけるでしょう。

そして自分で薔薇を栽培するでしょう。ワロタ。

花言葉はあっちこっちを参考にしました。


第六位、平滝夜叉丸でした。
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