- ナノ -


君を嫌いになる理由

名前が俺を見てくれない。

名前が俺の言うことを聞いてくれない。


どうして俺を見ようとしてくれないんだろう。


俺がおはようって言ったらおはようって返してくれる。

俺がバイバイって言ったらバイバイって返してくれる。


でも、それ以上名前は俺を見ようとはしてくれない。


名前からしてみたら俺は友達ですらないのかもしれない。

だって名前を呼んでくれないんだもの。


俺はこんなに名前を愛しているのに
どうして名前は俺の気持ちに気付いてくれないんだろう。

名前はクラスの女子とばっかり話をする。


違うじゃん名前。話相手は俺じゃん。

どうしてそいつらとばっかり話するの。


もうどうしようもなく耐えられなくなって、俺は教室でずっと考えてた。

どうして名前が俺を見てくれないのか。

どうして俺を愛してくれないのか。


偶然名前が部活が終わって、教室に戻ってきた。

忘れ物しちゃったんだって俺に言って

教室から出て行きそうになったから、

腕を掴んで引っ張ったら名前は可愛いからバランスを崩して尻餅をついた。


俺はそのまま名前を押し倒すような形で馬乗りになったけど

名前は目を白黒させて何が起きたか解ってないような顔をしていた。



可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。

びっくりして俺を見上げる名前が可愛い。



「…あのさぁ、久々知くん、だよね」

「兵助って呼んで」

「いやいや、久々知くん」

「兵助」

「久々知くん」

「へ い す け」

「久 々 知 く ん」

「…」

「痛ァ!!!」



首が白くて細い。俺でも折れそう。

名前が混乱してるから、俺はたまんなくなって名前の首に顔をうめて

首を噛んだ。



「く、久々知くん、ちょ、まじでなんなの!?」



バタバタと足を暴れさせるけど、名前は全く動かない。

可愛い。可愛い可愛い可愛い。



「…なんで?」

「な、なにが?」

「どうして…俺を見てくれないの?」

「く、久々知くん?」



でも知ってるよ。名前のこと全部。


名前が好きなものとか、嫌いなものとかぜーんぶ。

好きな物は派手な色をした物なんだよね?ケータイにいっぱいストラップとか付いてるもんね?

嫌いなものは落ち着いた色の物なんだよね?パステルカラーとか嫌いなんだよね?

香水は甘ったるい匂いが大好きで、柑橘系とかは嫌いなんだよね?

好きな食べ物は甘い物で、嫌いな食べ物は味がしない物なんだってね?じゃぁ豆腐は嫌い?


全部俺と正反対。名前の好きな物は何もかも俺が嫌いなもの。

でも俺名前のこと大好きなんだよ。


名前が大好きなんだ。名前を愛してるんだ。

名前が好きなら俺それを全部受け入れられるよ。

嫌いになんてならないよ。



「く、久々知くん、ちょ、いい加減に…!!」

「…どうして?」

「何が!?」

「……どうして、こんなに」

「…久々知くん…?」

「こんなに、名前のこと、愛してるのに」

「……は、」


思わず涙が流れてしまいそうになる。

名前が俺を見てくれない。名前が俺を見てくれない。名前が俺を見てくれない。名前が俺以外を受け入れているのに俺を見てくれない。



「どうして…」

「…ど、どうしてって…」

「名前は、俺のこと嫌いなの?」


「……久々知くんのこと、そ、そんなに深く…し、知らないし…」



俺が名前を知る一方で名前は俺を知らないと言う。

そっか。それなら仕方ないな。


でもね



「そういうの関係ないと思う。俺は名前が大好きだから」

「いやいやいや…」

「俺は名前のことよく知ってる。大好きだらか」

「……えぇー…っと…」


嗚呼やめろって、眉間に皴なんて可愛くないよ。

可愛い顔していて。いつもクラスの女子と話すような笑顔で俺に笑いかけてよ。



「…久々知くんが私の何を知ってるの…」

「名前のこと全部。名前の好きな食べ物は甘いものとか。嫌いな食べ物は味のしないものとか。好きなものは派手目なものってことも、好きなアーティストはドリカムで、好きな漫画は君に届けで、好きなブランドはone*wayで、好きな場所は原宿。カラオケの十八番も、好きな本の小説も、好きなゲームも、全部全部知ってるよ」

「…!?」


可愛い。

ビックリしてる顔が可愛い。

そんなにビックリしないで。名前が大好きなんだもの。それぐらい知っていて当たり前じゃん。

全部俺と反対。でも名前が好きなもの。


全部全部受け入れられるよ。

名前が好きな物は俺の好きなものなんだから、


名前を嫌いになる要素なんてなに一つもない。













「……じゃぁさぁ、その、…く、久々知くん………」





名前がゆっくり口を開いて



「そんなに私のこと、知ってる上で……こんなことしてる、なら……」

「…」

「……私のこと、ずっと名前で呼んでるけど…」

「……」




















「…私の苗字、知らないわけ、ないよね……?」




























…………そういえば、俺はずっと名前のことを名前で呼んでいた。


一目惚れしたときから、ずっとずっと名前で呼んでいた。










…名前の、苗字……?


























「何をしてやがる豆腐小僧」

























地を這うような低い声が耳に響き、



















「殺されたくなければ俺の可愛い妹からとっとと離れろ」



















誰かに掴まれた肩が、ミシリと悲鳴を上げた。
































……名前の苗字、潮江だっけ…?




















君を嫌いになる理由


そんなもの一つもないと思っていたのに

これはさすがにちょっtアッー!











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この後、久々知の姿を見た人間は

一人もいないという……―


第9位、久々知兵助でした。
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