- ナノ -


私的幸福のカルト

俺は別に"良い人"なんかじゃない。

よく「お前良いヤツだな」とか言われるけど、
みんなが思っているほど俺は出来たヤツじゃない。

結構我侭だし、好き勝手行動してるし、
欲しいものはなんとしてでも手に入れたいし。

イライラしたら憂さ晴らしにその辺の町人に変装して
あっちこっちで悪戯したりするしね。

ま、所詮人間なんて、…忍者なんてこんなもんだよ。
裏と表と綺麗に使い分けないとやってけない。ってね。


今日もまた、俺は作り笑顔の裏でイライラしている。



「名前ー?何処行くの?」
「んー?ちょっと町までー」
「最近お出かけ多いね。あ、尾浜くんとデート?」
「ははは、違う違う。ちょっとヤボ用でね」
「へぇ?彼氏とデートじゃないのに、随分気合入ってない?今日のメイク」

「…い、一応これ勘ちゃんには秘密なんだ…黙ってて…」

「今度お茶とお団子ね」
「もちろん!じゃ、契約成立ってことで。そんじゃ行ってくる!」
「気をつけてねー!」



ほらこれだよ。今日のイライラの原因は名前。
っていうか、最近のイライラの原因はほぼ名前。

最近俺に内緒で出かけている。全然そんな話聞いてない。

昨日の夜は「明日の予定は?」って聞いたら
「委員会がある」っていってたクセに。なにこれ。どういうこと。

行き先は解ってる。町に入ってすぐ右手にある、簪屋。


名前は最近一人で、着飾って、あそこに行く。


その辺のヤツの顔に変装して、隣の団子屋でお茶を飲みながら
簪屋で櫛やら簪やらを手に取る名前を横目で見た。


「あぁ、名字さんではないですか」
「あらこんにちは。また出てきてくださったの?」

「え、えぇ、もちろん。名字さんがお店に来てくださるのなら…」

「いやですわ、お仕事の邪魔してしまっているみたいで…」
「そ、そんなことありません!名字さんが」
「ふふ、名前と呼んでくださっていいと言ったのに…」

「…名前、さん」
「はい、なんでしょう?」
「……あ、新しい簪が出来たんです…。み、見て行ってくれませんか…」
「…よろしいんですか?それじゃぁ、遠慮なく」


そんな声知らない。
そんな笑顔知らない。
そんな喋り方知らない。
そんな態度、知らない。

なんで。

なんで俺じゃない男の手をとったの。

なんで俺じゃない男に笑顔を向けたの。

なんで俺に内緒なの。

なんで、なんで。



なんで。

どうして。



さっきのは本当に名前?いつも俺に愛してるって言ってくれてた名前?

なんでそいつと仲良さげにしてるの?なんで俺の知らない顔を向けてるの?



どうして。






ほら、こうなったらもう自分の理性に制御がきかない。

お仕事モードの勘ちゃんが覚醒するってわけだ。



学園に帰って武器の手入れをして、

夜、小松田さんに見つからないようにこっそり学園を出る。


行き先?決まってるじゃん。

あの名前も知らない男のところだよ。



俺の名前を誑かしたんだ。生かしておくわけにはいかないだろー。



名前?名前は後でお仕置きだよ。

あーんなことして俺にバレないと思ってるところが可愛いけど、

さすがに浮気を許せるほど俺はデカい心持った男じゃないからね。






「だ、誰だ!?」

「お前に名乗る名前なんてねぇよ」


さよーならー。















































「名前ー!!大変!!名前ー!!」
「どしたのー?」

木の下で本を読んでいた名前の元に、くのいち教室の子が走ってきて


「町の、あ、あんたが最近贔屓にしていた簪屋の店主!夕べ誰かに殺されたんだって!!」
「…え、」


そう、告げた。


名前が、落胆したような、何かが抜け落ちてしまったような顔をした。



ああその顔!またそんな顔して!

どうして!どうしてそんな顔すんだよ!

やっぱり浮気してたのか!俺に黙って!

名前!名前!名前!名前!































「嘘ー!!今日私が殺そうとしてたのにーー!!」





…ん?





「え、こ、殺すって?」


「あの糞店主ってばこの間私の可愛いソウ子に手ェ出そうとしたんだよ!?
っていうかソウ子があの男に言い寄られて困ってるんですって相談してきたの!
お店の近く通るだけで声かけてくるしあまつさえソウ子の身体に触ってくるし!!

あそこ物はいいから店の奥のいい商品隠してる場所探り出しておいて
それからあの男ぶっ殺して全部貰っちゃおうと思ってたわけ!!
そしたら盗賊のせいにでもなんでも出来るじゃない!!

なによ誰よあいつ殺したの!!ようやく昨日家の中あげてもらって
しまってる場所わかったのに…!!もうあの店行けないじゃない……!!


あぁぁーーっっ!!せっかく好みにストライクの簪見つけたのにーー!!!」





名前は、そう叫んで、バタバタと暴れはじめた。


…え?殺、……え?





「あぁ、だからあんた尾浜くんに秘密にしてたの」
「そうだよー!勘ちゃんに浮気だって思われたら嫌だもーん!」
「あーぁ、じゃぁ苦労が水の泡ね」
「最悪だー…せっかくあの男のセクハラにも耐えたのに…」

「ご愁傷様ー。でも団子は奢ってね」
「クソー!仕方ない!」


くのいち教室の子が立ち去って、

名前は大きくため息を吐いて本を閉じた。





「名前」
「おわっ、勘ちゃん!?」



俺は木の上から飛び降りて、

一人きりになった名前の横に座った。



「名前、次に浮気するときは一報ちょうだいね」

「!…い、今の…聞いてたの…?」
「うん。許せない」

「…ごめんなさい…」
「いいよ。もう秘密にしないでね」
「うん、本当にごめんね」


小さく口付けをして、俺は名前の膝に頭を預けた。


彼女は知らないんだ。

俺がこんなに真っ黒いことも。

俺が自分のためなら他の命なんてどうでもいいと思ってることも。



名前のためなら誰だって殺しちゃうってことも。





だって名前が大好きだから!
























私的幸福のカルト

ねぇ名前、浮気したら俺本気で怒るからね?

大丈夫。そんなとこありえないから安心して。






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五年で一番ヤンデレが似合う男。尾浜勘右衛門。

彼の16年の憎しみはこんなもんでは晴らされない。

腹ペコ腹ペコ。

第3位、尾浜勘右衛門でした。
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