度重なるチェックアウト。減る宿泊客。神無月も終わりに近づいているのでもうみんな有るべき場所へ帰るのだろう。

「…土井先生はいつ帰るんですか」
「えっ、夏子は私に早く帰ってほしいのかい?」
「…まぁ、……はい」
「……」

私が声をかけてしまったのがとんでもない大物だったので、案の定その真実を知った弟役からお前今日から帰るまで土井先生担当なと言われてしまった。つまり、土井先生が帰るまで、私に休みはないということだ。ファック。

「夏子が急に元の世界に戻れた時に備えて勉強教えてほしいって言ったんじゃないか」
「土井先生がお帰りになる間で暇なときだけでいいとも言ったはずなんですけど」

土井先生の授業はそれはそれはわかりやすい授業だった。昔々の人なのに因数分解を教えてくれるとは思わなかった。しかし土井先生は久しぶりの人の子というのがそんなに嬉しいのか、朝から晩まで私の勉強を見てくれていた。土井先生の授業は本当に面白いので時間が経つのがめちゃめちゃ早い。気が付いたら「あ、退勤時間」って感じ。蛙に道真様のお部屋で何をと業務内容を聞かれても「今日は数学B」「今日は古典」と教科を応えるのみ。本当に、仕事らしい仕事はしていない。食事を運んで背中を流すぐらい。あとは土井先生の話し相手になるだけ。休みっちゃ休みみたいなもんだけど…。

「はぁ、冷たいなぁ夏子は。私の生徒たちはもっと素直でいい子たちだよ」
「生徒?」
「そう。あ、先日乱太郎にあっただろう?あの子も私の生徒なんだ」
「…神様が生徒?」
「元人じゃない子たちだからね。だけど人との関りが深く、彼ら自身人が大好きだ。だから、人の世界の常識や、彼らの世界での暮らし方なんかを教えたりしているよ。彼らより私の方が来ている年数は短いけど、教える能力だけはあるからね」

照れくさそうに頬をかいては窓の外を見つめた。なるほど。神様の先生か。そりゃ確かに大物ですわ。弟役たちが急いで大部屋押さえようとするわけだわ。

とはいえ、土井先生もそろそろ戻らないと家が大変なことになるらしく、いそいそと帰り支度を始めた。どう大変になるのかめっちゃ気になるけど、きっと受験生たちの絵馬で部屋がいっぱいになってしまうんだろう。

そういえばあの大量の絵馬。勉学用とその他にわけ、その他の方をあの猪の神様が持って行ったが、あれを出雲でどのように縁結びに使ったのか見てみたいものだ。神様の世界は大変面白い。食満様の炎の簪然り、七松様の雷の勾玉然り、この世界は驚きで満ちている。今日はもういそがしそうだし、今度また遊びに来た時にでも見せてもらおう。

土井先生の荷造りを手伝っていると、何かがまた窓から勢いよく飛び込んできた。その拍子に巻き起こった突風に体を吹っ飛ばされそうになったが、土井先生が咄嗟に支えてくださったので吹っ飛ぶことはなく髪の毛が大惨事になる程度で済んだ。

「よう夏子。元気そうで何よりだよ」
「あぁっ、久々知様!?お久しぶりです!」

「久しぶり。お久しぶりです土井先生」
「やぁ兵助。突然どうしたんだい?」

「出雲で伊助達に逢ったんでしばらくハチも一緒に連中と飲んでたんですが、しんべヱが食いすぎで帰れないと言い始めて十一支総出で運んでるんです。そしたら団蔵が「土井先生をお迎えに行く約束してたのに」って大慌てだったんで、それ聞いた代わりに俺が」
「あぁなるほど。すまないね。…まったくしんべヱは…この間も腹を壊したというのに…」

「それと、夏子にも逢いたかったしな」
「お久しぶりです〜!私もお逢いしたかったです!」

イケメンの龍だ。久々知様に逢うのはいつぶりか。相も変わらずお美しい。私の顔を両手で包んではふふふと笑う久々知様。私も思わず口元が緩むが、これは傍から見たら完全に飼い犬と飼い主。久々知様は完全にムツゴロウさんポジションだ。土井先生が荷造りを再開させると、久々知様はふと思い出したように「そうだ」と懐に手を突っ込んだ。

「これ、ここへ来る道中に喜八郎に逢ったんだ。湯屋に行くって言ったらついでに夏子に渡しておいてほしいって頼まれてな」
「えっ、喜八郎お兄ちゃんからですか?」
「おにいちゃ…!?」

お兄ちゃんてどういうことだと迫り肩を揺らされるも私はフルシカトで喜八郎お兄ちゃんからの手紙を開いた。喜八郎兄ちゃんてこんな歴史の偉人が書いてそうな文字かけるんだぁ。凄い。冒頭は元気?なんて他愛ない挨拶だったけど、内容は「夏子ちゃんの神脈なら出雲に拉致られてるかと思ったのに、いないから残念」という話と、「この間温泉掘り当てたから是非遊びにおいで」という内容だった。凄い。喜八郎お兄ちゃんついに温泉を掘り当てられる能力まで身に着けたのか。それともテキトーに掘ってたら運よく当たったのか。どちらにしろこんな仕事をしているし、興味はある。行ってみたい。だけど神様からのお誘いとはいえ休みを貰って外出などできるもんなのだろうか。っていうか返事ってどうすればいいんだ。前はたまたま立花様がいらしたから届けてくれたけど、返事の仕方がわからない。今すぐ書いて久々知様にお願いするわけにもいかないし。

「内容なんだった?」
「ま、また遊びに行くねって内容でした」
「そっか。俺もまた八左ヱ門と来るよ」
「あ、もちろんお待ちしてます!」

「じゃぁ行きますか土井先生。どこ行けばいいですか?」
「頼むよ。とりあえずしんべヱの様子を見ないことには…。夏子、世話になったよ。また今度山田先生と伺おうかな」
「はい、お待ちしてます」

また新しいお名前。土井先生以外にも他に先生がいるのか。これは楽しみだ。
久々知様が私にひらりと手を振って龍に姿を変えると土井先生はすかさず背に跨り、二人はあっという間に空の彼方へ消えてしまった。いいなぁ、空を自由に飛べるのってさぞ気持ちいいことだろうなぁ。私にも翼をください。



「で?お手紙の返事は今貰える感じ?」
「の"わ"ーーーーーーーーー!!!!……って誰??!!!?」

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