「絵馬の分別?」
「そう。こっちが勉学、そっちがその他。まぁその他と言っても恋愛事がほとんどなんだけどね」

木製の心地よい音がなる部屋で、私は土井様と散らばった絵馬の片づけを手伝うことにしていた。一体どんな風に収まっていたんだろうと思うほどの量の絵馬が部屋中に広がってしまい、かき集めてみたのだが、見事に内容がバラバラ。二つの絵馬はちゃんと内容別に分別されていたらしく、破けたことにより混ざってしまったらしい。仕分けを手伝ってほしいと言わたけれど、ぶっちゃけ早く仕事に戻らなければと思っていた。が、さすがにこの量をお一人で片づけるのには骨が折れるだろうし、今日は私ご指名で仕事が入っているわけではない。断る理由もないので、私は足元にある絵馬を読みながら右へ左へと内容別にわけていった。両想いになれますように…これは左。デートが上手くいきますように…これも左。あ、試験に受かりますように。これは右だ。

「この絵馬をどうするんです?」
「恋愛事は出雲へ。そのほかは私が見て、叶えられる願いはかなえてあげるんだよ」
「へぇ。その基準は?」
「うーん…まぁ今までのその人の子の今までの行いを調べながら、かな。努力もせずに"受験成功しますよに"と書かれても、叶えてはあげられないけど、多少なりとも努力をしたうえで神頼み、というのなら、ね」
「へぇ〜なるほど」

「夏子は転校が多いから勉学に遅れを取らないようにと、家でもたくさん勉強していたしね」
「うわぁバレてる」

なんで知ってるんですかと聞いても、麗しい顔でほほ笑むだけで応えてはくれなかった。歩くアカシックレコードかな。

あまりにも量が多く一息つこうと言われたので一旦休憩でお茶を鳥に部屋を出た。途中テルテル坊主ように布を被った神様に素を晒したくないんだがと相談されたので完全貸し切り用の風呂場へご案内する寄り道をしてしまった。金髪の綺麗な神様だったなぁ。

お茶を入れて部屋に戻りそれを渡したが、土井様は肩をまわして、もうひと頑張りだとすぐに作業を再開させた。

「土井様お疲れがたまってますね。ご無理はなさらずに。私も頑張りますから」
「ありがとう。うーん…なんだか、様付けなんてテレくさいなぁ。夏子も先生と呼んでくれていいよ。私の教え子もみんなそう呼んでいるんだ」

「…土井、先生ですか?」
「そう、それでいいよ。はは、私の教え子は男だらけなんだ。女子の教え子ができるなんて、くすぐったいなぁ」

あーッ!イケメン!この人しゅごいイケメン!今のほほえみ撮影しておくべきだった!最高!食満様の次にイケメン!やばい!乙女ゲーだったら課金してる!こんなにイケメンな先生だったら欠席者0ですわ!!

いつから始めていたのかは覚えていないが、結構長い間作業に没頭している気がする。陽も落ちお風呂場の方が賑やかになってきたのが聞こえたところで、最後の一枚の仕分けが終わった。

「土井様、終わりましたよ!」
「ありがとう!本当に助かったよ!でも、呼び方」
「あ、ど、土井先生」
「うん、それでいい。はぁやれやれ、本当に助かったよ、なんてお礼をしたらいいものか…」
「いえいえ、困った方がいたら助けるのは人としてあたりまえですから」
「はは、夏子はいい子だね」

さて、と土井先生は己の着物の懐に手を突っ込んだが、何か探している物がみつからないようで、袖の中、手提げの中を探したが、一向に見つからないらしい。

「あー、すまない夏子。君、煙草とか持ってたりしないかな?」
「私は吸わないので…」
「そうだよねぇ。参ったなぁ…」
「…あ、料理番の蛙で吸ってるヤツ何人かいたような…。もしよかったら貰ってきましょうか?」
「…なんだか、何から何まですまないね」

私のお父さんも仕事終わりにスパスパ吸ってたもんだ。…ぶっちゃけ吸うような見た目には見えなかったからびっくりしているけど、お客様が欲するのなら仕方ない。蛙に頼んで二、三本程恵んでもらおう。

一度失礼しますと部屋を出て料理場に向かったのだが、今日という日に限ってきらしているだの、部屋に置いてきてしまっただので、誰も所持していなかった。これは困った。他に誰か吸っている人を知らないかと尋ね名前が出てきたやつらを訪ねてみたが、同様においてきたとかきらしているとか。蛞蝓も「煙草嫌いなお客様の接客の為」に部屋に置いてきただの。これはやばい。みつからずに謝罪するパティーンのやつだ。貰ってきますと部屋を出たのだから、それだけは避けたい。仲の良い神様にも聞いてみたが、みんなキセルばっかりだ。全くおしゃれな奴らめ。

さてどうしたもんかと歩いていると、どこからかこの油屋で嗅いだことのない匂いがしてきた。この煙の臭いは、煙草の匂いだ。においがする方へ足を進めてみると、土井先生の部屋をおさえてもらってるときに湯屋にチェックインしてた団体の中にいた、面をつけてた神様とイケメンな神様。なんの神様なのかはわからないけど、女の神様の隣にいる神様はまるで狐みたいだ。

「あ、あの!突然で図々しいんですけど、一本分けてもらえませんか?」

突然声をかけてしまったからか、口面をしていた人は目をぱちくりさせていたが、何かひらめいた顔をして「じゃぁこれごとどうぞ」と、開封済みの煙草と、箱の中にライターを入れて私にくれた。なんて太っ腹な神様なんだろう。とにかく目的のものは手に入った。深く頭を下げて、貰った煙草を懐に入れて急ぎ土井先生の部屋へ戻ることにした。

「戻りました!蛙が誰も持ってなくて、お客様から譲ってもらえました」
「うわぁ、わざわざすまない。本当にありが…」

土井先生の手に煙草をのせると、土井先生はそれをまじまじ見て何か疑問を覚えたかのように首を傾げた。

「どうされました?」
「いや…これ何度か神社に置いて行ってくれた人間がいたんだ。見覚えがあってね。これをくれた者はどこにいた?」
「えぇっと上の、大戸の外ですけど」

ふむと顎に手を当て何かを考え始めた土井先生。でもすぐに立ち上がり裾をはらうと

「わかった。ちょっと思い当たる節があるから礼を言ってくるね。その間にもし私を訪ねる者が来たら、こっち側の絵馬が入った風呂敷を渡しておいてくれ」
「はい、畏まりました」

それだけ言って部屋から出て行った。自分が吸ってる煙草を同じヤツを吸ってて親近感でもわいたのかな。

さて、待っている間に何をしようかなとぐるりと部屋を見回すと、丁度いいタイミングで部屋の窓から何かが飛び込んできた。隕石かと思うほどの大きさの何か。びっくりしてそれを見てみると、月明かりに照らされたそれはふわふわの毛を揺らす猪そのものだった。

「土井先生ー!例のもの受け取りに参りましたー!しんべヱお腹いっぱいで動けなくなっt……あれぇ?」
「ど、どいせんせ…土井様でしたら、今用事があって部屋を空けております…」
「本当!?タイミング悪い時に来ちゃったなぁ」
「あ、でもこれを渡してほしいと…」

いつぞやの久々知様や竹谷様のように、動物の姿をしていたそれはあっという間に人の形に姿を変えた。見た目は大学生ぐらい。若いな。ふわふわの赤毛を揺らした人型。可愛い顔のこの神様は私が持つ風呂敷を受け取ると、ありがとうございますと可愛い笑顔で深々頭を下げた。どうやら出雲の集会でこの絵馬も使うらしい。なるほど、恋愛事だもんね。向こう持ってった方がいいわな。

「あ、あなたもしかして伊作様達のお世話した人間?」
「あ、はい。ご存じで?」
「うん!私は猪名寺乱太郎!伊作様から話は聞いてたんだ!よろしくね!」
「白浜夏子です。以後よろしくお願いします」

「今日はこれを受け取りにきただけだから長居できないんだけど…、今度来た時是非私たちの担当してほしいな!」
「よろこんで!お待ちしておりますね」

えへへと笑った神様はそれじゃぁと言うと、風呂敷を口に咥えて窓から外へ飛び出した。月の中を走り抜ける猪の図。窓の枠もあるし、まるで花札みたいだ。

「あれ、風呂敷がない。誰か来たかい?」
「おかえりなさい。今猪名寺乱太郎様と名乗られる方が…」
「乱太郎が?あれ?しんべヱがくるって聞いてたのに…まぁいいか。ありがとう夏子。助かったよ」

さっきの神様も土井先生の事を先生って呼んでたし、教え子ってあの神様の事かな?一体何の先生なんだろう。

「さて、一仕事終えたし、風呂に入りたいな。それとも…親睦を深めようか?」
「オフロヘゴアンナイシマース」
「冷たいなぁ」

一瞬黒土井先生が見えたけど気にしない方向でいこう。夏子ちゃん今回はそういう方向へもっていかないように気を付けているんだから。
この時間帯ならどこかしら空いてる風呂があるはず。土井先生と今まできた絵馬で一番面白かった願い事はなんですかとかいうクソくだらない質問をしながらお風呂場へ向かっていると、私を見つけた弟役が物凄い勢いで駆け寄ってきては「道真様!!!」と大声を出して土下座をキメてきた。

「すすっすssううs菅原道真様にお越しいただいているとは露知らず!ご挨拶遅くなりまして大変申し訳ありません!!」
「あぁいいんだ、気にしないでくれ。私も飛び込みで夏子に頼んでしまったからね。ね?」
「そっすね」

「なんと…!!?もしや梅の…!?」
「あぁ。一人で泊まるにはちょうどいい部屋だね。今度から山田先生と来るときはあっちにしようかな」

「ああああああ申し訳ありません!!!!急ぎお広い部屋をご用意いたしますので!!!」
「あー!もういいから!私は風呂に入りたいんだ!道をふさがないでくれ!」
「うるさ…」

名前を聞いた時点でしゅごい神様だって理解していたけど、さっきまで梅で満足するような客なら金使う神様じゃねえだろうなとか言ってたくせに、その神様が何者かわかるとここまで露骨に態度を変える弟役。こいつやっぱクズだわ。

退 

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