「じゃぁな〜夏子〜!」
「また来るからな〜!」
「楽しかった!ありがとうな!」

「はーい!お気をつけてー!」

ざぶんと大きな波が階段にあがり、船は出港した。大きく大きく手を振る私に笑顔で手を振り返してくれるお三方を乗せた船は、だんだん小さくなっていき、あっというまに水平線の向こうへと消えてしまった。神様って船でどこまで帰るんだろう。海のどこにあの方々の帰る場所があるんだろうか。牛車で空を飛んだり、海から飛んで来たり、結構神様の交通手段は多種多様にあるみたいだ。線路はどこまでも続いているとはいえ終着点はあるはず。船は一体、いずこへ行くのやら…。

船を無事見送ることができたので、私は湯屋へ戻ることにした。蛞蝓の話では今日から特に忙しいみたいだ。そりゃそうだ。なんてったって今日から十月。つまりは神無月。世間一般では神無月と呼ばれているだろうが、ここはお客様、基、神様第一の店。神様全員が出雲へ行くというわけではないらしく、出雲に行かない神様方はここへ疲れを癒しに来られるらしい。だから今日は予約帳簿が何冊も出されていたのか。いい迷惑だ。みんな出雲へ行けばいいのに。そしたらこの油屋も閉館できるだろうに。労働組合作ってやろうか。

吉野先生の部屋から近道して部屋まで帰ろうかと階段を下りていくと、ふと、線路の上で誰かが大きな荷物を足元に置き立ち往生しているのを見つけた。走り去っていった電車の姿が見えるということは、あそこにいるのは電車に乗ってここへ来られた神様だろうか。そういえば富松様は、「あれは死んだ人間が乗るもんだ」と言っていたなぁ。ってことは人の可能性もあるのかな。とにかく、荷物が大きくて動けないのであるのなら、神様だろうと人間だろうと手助けしなくては。

「もしもーし!何かお困りですかー!!」
「!」

階段の上の方から大声で声をかけると、そこにいた人はびっくりしたような顔をして私の方を見上げた。あっ、やばい、めちゃくそイケメンだ。夏子ちゃん今までの経験を元に嫌な気配を察知したゾ。

「お手伝いいたしましょうかー!」
「えーっと…君は、ここで働いている者かな!?」
「はい!まだ新入りですけど!」
「丁度よかった!悪いんだが、荷物を運ぶのを手伝ってくれないだろうか!」

イケメンは足元にある大きな風呂敷二つを指さし、困ったように眉を下げた。喜んで!と叫びテトラポットのように凹凸に突き出た壁を伝って一番下に降りると、「いやあ助かったよ」と私の方へ駆け寄ってくれていたイケメンは、最後の段差を飛び降りようとする私に手を差し伸べてくれた。うわ身長高いし紳士とか最高のイケメン。

「結構重いんだけど、大丈夫か?」
「えぇ、肉体労働で慣れてますから。任せてください!」

水色の風呂敷を一つ抱えると、イケメンさんももう一つの水色風呂敷も抱えた。イケメンさんは問題はここからどうやって行くかだと頭をかいたのだが、従業員用の通路があるので、そこを通ってもらうことにした。通常電車で来る神様はあまりいらっしゃらないので、そこからお客様入口に通じる正規のルートはない。来られる方がいたとしても、空飛んだりなんなりしているだろうから、今までちゃんとした道が作られていなかったのだろう。ゴミ捨て専用ルートだったので多少汚いですがというと、全く構わないと笑顔でほほ笑んでくれた。イケメンって空気すらも綺麗にしてくれるんだなぁ。

「そういえば、今更ですけど、お客様ですよね?」
「あぁ。実は今日予約取ってないんだ…」
「えぇっ!?今日から大型の予約が何件も入っているみたいなんで、お部屋とれるかわかんないですよ!?」
「解ってるよ、もう忙しくて予約を取るのを忘れていたんだ…。藁にも縋る思いで来ているんだけどね…」

はぁぁぁと大きくため息をはくイケメンは、どこか疲労がたまっているようにも見える。大きな荷物を抱えた訳アリのお客様。これはできればなんとかしたいところだが、アルバイトなんかに、それも人間なんかになんとかできるだろうか。

「部屋が空いているか確認してきますよ。ちょっと待合室で待っててもらえますか?」
「い、いいのか!?すまない、本当に、泊まれるならどこでもいいんだ…」

今まで相手をしてきた神様たちが大物だったからいつも一番上の一番いい部屋担当だったけど、どこでもいいというのならそこじゃなくてもいいかな。松竹梅どこでもいいから、あの人を滞在させてあげたいもんだ。

「弟役ー、ちょっとお部屋の空室状況確認したいんだけど」
「おお、どうした夏子」
「お一方飛び込みでいらしてる方がいてね。なんか訳アリっぽくて、どこでもいいから泊めさせてもらいたいんだって」
「ふむ」

待合室にいるということを伝えたが、弟役の方向へ背中を向けている状態で座っているので、顔を確認することができなかった弟役は、首をかしげて「ちょっと待て」と帳簿をばらばらめくった。朗報が出ることを待ちつつ机に肘をつき帳簿を覗きこんでいると、入口の方が急に賑やかになった。予約団体の一団がご到着されたらしい。やっぱり神様っていうのは人型ばっかりとは限らないようだ。正面入り口から入ってくる面をつけた集団に、大戸から入ってくる龍や大きな鳥。人型の神様はほとんど正面玄関からだが、やっぱり顔を隠していない神様は美形美女ばっかりだ。あの一団はみんな人の姿をしているが皆武器を下げているし、年齢もバラバラっぽい。女の人もいるなぁ。女の人は一人か。あぁ、人間の一人でも紛れ込んできてくれれば、お友達になりだいんだけど。それは無理な話かな。

「あ、春日様ー!」

見覚えのある面をつけた神様が入口を通過されたとき、思わず名前を呼んで手を振ってしまったが、春日様は私に気が付いて、みんな同じようにふわりと手をふってくれた。神無月初日に春日様は出雲に行かずに温泉か…。集会行きなよ…。

「夏子、梅の部屋でよければ一室空いているが」
「本当!?」
「お一柱様用だからかなり狭いが…」
「どこでもいいって言ってたからどこでもいいと思うよ!」

「それならいいのだが。まぁそういうのならあまり金を使う方でもないだろう。お名前は?」
「あ、やばい、聞いてなかった…」
「だろうな。とりあえずお前の名前で部屋を埋めておくぞ。これが鍵だ。お通ししろ」
「ありがとー!」

弟役は空欄の名前のマスに『白浜夏子』と書いて帳簿を閉じた。これから忙しいからいちいち名前を確認して来いって言わなかったんだろうな。面倒くさがりめ。弟役はさっき到着した一団にへこへこしながら近づき、こちらですとエレベーターへ案内をしていた。結構な団体だったけど、今回は弟役があっち担当するんだろうし、私はかかわることはなさそうだな。団体の一人と目が合ってしまったと思ったら、その人はぺこりと小さく頭を下げたので、私もすかさず頭を下げ、待合室で待機しているイケメンの元へ向かった。

「梅のお部屋が空いていたそうなので、取り急ぎ私の名前でお部屋押さえておきました。いかがでしょうか?」
「本当かい!?いやぁ助かった!ありがとう!」
「いえいえ、お部屋にお荷物お運びしますね。ご案内します」
「何から何まですまないね」

よっこいしょとババくさい声を出して荷物を持ち上げ、私はイケメンをご案内することにした。梅なのでエレベーターを使うほどの階でもないが、なかなかエレベーターが下りてこないので、階段でいいよと笑うイケメンのご厚意に甘えることにした。

「えーっと……あ、ここです。一番下の部屋なんですけど…」
「いやぁ充分だよ。本当にありがとう!」

まぁ対神様で成り立ってる店だし、梅とはいえ結構広い。夢の国のオフィシャルホテルの部屋くらいはあるわ。イケメン神様は部屋に入り設置されている机の前にどさりと風呂敷を置いたので、私も部屋に入り隣に荷物を置いた。

「君には随分助けられたな。本当にありがとう。名前を聞いてもいいかな?私の目が間違っていなければ、人の子のようだけど?」
「その通りです。わけあってここで働いてます、白浜夏子と申します」
「白浜夏子。綺麗な名前だ。白浜夏子、白浜夏子…」

イケメン神様は私の名前を聞くや否や、ううんと眉間にしわをよせ何かを考え始めたが、あっ、と言ってにっこり微笑んだ。

「うん、思い出した。二年前、君は私の社に来たことがある」
「えっ?」

指をパチンを鳴らしたイケメン神様。鳴らした指からバチッと散った火花の中から現れたのは、一枚の絵馬だった。そこには「第一志望校に合格できますように!! 白浜夏子」と書かれていた。これは確かに、私の文字だ。そして神社にひっかけたはず。……てことは。


「菅原、道真様ですか…?」
「そう。今は土井半助と名乗っている。生徒たちからは先生なんて呼ばれてるし、好きに呼んでくれてかまわない。以後、よろしく頼むよ」


この人、受験生だった私の心の支えだった神様だ!


「ん?」
「あぁっ!!」

びりりという嫌な音が二つもしたのでそちらを振り向いてみると、無残にも穴が開いた風呂敷。中から出てきた絵馬は部屋中に広がり、土井半助様は、頭を抱えて膝から崩れ落ちた。

退 

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