ですからね、と口を開いては富松様の御猪口に酒を注ぎたした。さっきからこの話ばっかりだ。

「私は食満様のお手付きではありませんって何度申し上げれば…」
「だっておめぇ…それ留三郎様の火の玉じゃねぇか…」
「善法寺様の軟膏って、お前それ秘薬じゃないのか」
「夏子は顔が広いんだな!」
「んもぉおおおおそんなんじゃないですってばぁ」

御三方の話によれば、次屋様は七松様の、神崎様は潮江様の、そして富松様は食満様の直轄の部下らしい。ははぁ、それで次屋様はさっき、私の首にかかっている勾玉を触っても平気だったというわけか。尾浜様には雷が落っこちてきたからひやひやしたが、なるほど、信用している部下には落ちないとかそういう性能がついてんのかな。いやそれにしても尾浜様があの雷で生きていた方が驚きだけど。神様だから死にはしないか。

話をしても信用してくれない富松様方。仕方がないので言いたくはないがと、私は食満様じゃなくて仙蔵様のお手付きだという話をぶっちゃけた。この処女持っていかれましたと。よよよと泣き崩れる真似をすると、三人はブッと酒を吐き出した。

「はぁ!?立花様の!?」
「はいあっという間に食われました」

「お前なんで此処にいんだよ!身請けは!?」
「みうけ?」

「引き取るとか言われなかったのか!?」
「起きたらすでに部屋にはいなかったので…」

七松様からは勾玉を。食満様からは簪を。あの時頂いたものは身に付けてはいるが、肝心の仙蔵様からは何も頂いていない。だから、これという証拠がないのが悔しい。本当に立花様に食われたんですってばと説明したところで、人間の言葉を信じる方がおかしいというものだろう。だが冗談で出していい名前でもないからか、三人は目線を合わせて冷や汗を流した。ちょっといいかと神崎様に腕を引かれ、神崎様の腕の中へ。すっぽりと収まった私の首元で神崎様がすんすんと鼻を動かしては「うわ本当だ」と小さく呟いた。

「え!?何が解ったんです!?」
「立花様の香りがする…!夏子…本当に立花様に抱かれたのか…!」
「嗅覚凄いですね!?」

「そりゃぁ身体に入れば染みつくだろうよ」
「次屋様生々しい発言はやめてください」

出された御猪口に酒を注ぐ。さっきまでこの部屋には踊り子とか太鼓持ちがいてドンチャン騒いでいたというのに、今この部屋にいるのは私と御三方だけ。酒を注ぐ音すら部屋に響くというのに、そんな静かな部屋で生々しいエロな話はやめていただきたい。凄い響く。っていうかいくら偉い神様とはいえたった三人で最上階使うとかどうよ。梅の部屋でええやないですか。今日なら一人一部屋使えるぐらいには空いてまっせ。

だが話もそこそこに富松様は風呂に、神崎様は厠に、次屋様は一旦船に戻ると三人ともいなくなってしまった。富松様はいいとして、神崎様と次屋様には案内役をつけておいたし、迷子になってここへ戻って来れないという事もあるまい。私はとりあえず食堂とを往復して御膳を引っ込め、お布団の準備を始めることにした。初めて風呂ついてきてって言われなかった気がする…。富松様紳士…。もしかしたらあの六人と知り合いだって言うから遠慮してくださったのかな。だとしたらあの方々の存在マジでデカいな。そういえばあの方々が帰ってから日もたってないけど、他の連中の態度変わったような気がする。いじめっぽいことしてたお局的な連中も大人しくなったし、そこだけは仙蔵様に感謝しよ。そこだけ。そこだけね…。

「ただいま!」
「おかえりなさい。お布団の準備できてますよ」
「おぉすまないな!よし寝よう!」
「お二人が戻るまで、私は御側に」
「そうだな!すまん!灯り消してもらっていいか?」
「あ、はい」

部屋の電気を消して、枕元にあった小さい蝋燭に火をつけた。ほんのり枕元だけ明るい。

「おっもう寝んのか」
「おかえりなさい富松様」
「おかえりなさいって言葉良いな。俺の女みてぇで」
「冗談は前髪だけに」
「おい」

手拭いでガシガシと長い髪を拭きながら、富松様は三つ並べた布団の真ん中に入った。

「夏子、寝る前にお話をしてくれ」
「おはなし?」
「寝るまで側に誰かがいるなんて久々だ!人の子は寝る前に何かお話を聞かせてもらえるのだろう?」
「おぉいいな。なんか聞かせてくれよ」

お話といわれても、今手元に絵本などがあるわけもなく、むしろ絵本の内容は昔と大分変っている部分がる。っていうか神様ならの私の知ってるような昔話は全て知ってそうだけど。まるで当事者の様に知っていること間違いなし。

「…うーんでは、ヘンゼルとグレーテルという兄妹のお話でもしましょうか」
「夏子の友達か?」
「んなわけないでしょう架空の話ですよ。昔々あるところに、ある家族がいました」
「個人情報だから隠すのか?」
「神崎様うるさいですよ」

次屋様が未だに戻られないのが少々気がかりだが、枕に顎をのせわくわくと私の話に耳を傾ける二人は、私より身体がでかいがまるで子供。よかった。海向こうの話は知らないか。ちっちゃいときから大好きだった絵本だったからか、私はあの絵本中身を一字一句覚えているようだった。お菓子の家に、一度住みたいと思っていた。あんな家で家族と過ごせたらどんなに楽しいかと、小さい時はいつも想像していた。すらすらと出てくる言葉に、二人はうんうんと頷きながら私の話をずっと聞いていた。子供を持つお母さんってこんな気持ちなのかなぁ。っていうか私の子供デカい。もっと小さい子に聞かせてあげたい。


「そして魔女は…………って…あれ」


最後の最後のいいところ。気が付くと聞こえるのは規則正しい寝息で、二人はすっかり夢の中へ旅立っていた。寝るの早すぎかよ。これからがクライマックスだっていうのに。身を乗り出して聞いていた神崎様に布団をかけ、富松様は頭に手拭いを乗せっぱなしだったで、起こさないようにとって枕元にたたんでおいておいた。

「で?オチは?」
「ヴォゥッ!!??あ、次屋様お帰りなさい」
「うんただいま。んで?魔女はどうなったの?」
「聞いてたんですか。結局ヘンゼルとグレーテルに鍋にぶち込まれて殺されたあげく二人は魔女の家から金銀財宝を懐に詰めるだけ詰め込んで家に帰って幸せに暮らしましたという話です」

「……なんでそんな後味悪すぎる話を寝る前のこいつらに聞かせてたの?」
「セクハラとパワハラの報復です」

部屋の入り口で胡坐をかいて座っていた次屋様は、どうやら途中から話を聞いていたらしい。よいしょと立ち上がりながら布団に来ては、落ちを聞いて愕然とした表情をされた。

「遅かったですね。また迷子に?」
「いや、選んでたら遅くなっちゃって」
「選んでた?」
「うん。これ、夏子にあげるよ」

私に差し出した綺麗な風呂敷に包まれていたのは、凄く綺麗な琵琶だった。次屋様が持っていたのと同じぐらい美しい。

「いっ!?いただけません!こんな高価な物を…!!」
「大丈夫だよ。何個かまだあるし」
「スペア!?」

「なんだかあの方々ばっかり傷痕残しておいて悔しいからさ。これあげる。だからたまには俺たちの事思い出して。また遊びに来るから、それまでに練習しておいてよ。一緒に弾いて、一緒に歌お」

どうやら寝ている二人に楽器の才能はなかったようで、こいつらはてんで駄目だったと苦笑いして二人を見つめた。私だって琵琶なんか弾けない。っていうか、触ったのだって初めてだ。絵でしか見たことのない楽器を受け取ったところで、私には何もできない。

「大丈夫、ここの連中そういうの強いだろうから」
「た、確かに…」
「夏子は接客担当で芸を一つも仕込まれていないんだろ?これあげるよ。役に立つと思うよ」

「……で、ではありがたく、頂戴いたします…」
「うん、頑張ってね」

次屋様が布団に潜りこんでいるのを横目に、私は恐る恐る弦を弾いてみた。みょぉわぁぁんというなんともいえな不協和音が耳に届き思わず眉間に皺を寄せてしまう。これが上手く弾けるようになれるとは、思えない。相手は七福神の弁財天。セッション相手が大物すぎて目がくらみそうだ。


「で?」
「はい?」
「こないの?」
「は?」


「いやだから、一緒に寝ないの?」
「……」

退 

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